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オッサン妖精、明日を行く。  作者: 五陽 朱之丞 
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8




 薄墨が五冊の絵本を音読し、リディから良しの返答が返った時、彼は心底ほっとしたのだった。

 なぜなら、リディは日本で言うところの教育ママぶりを発揮した。

 最初からそうだった訳ではないが、三冊目に入った頃からどういうわけか、彼女の熱が入り始める。

 何が彼女をそうさせたのかわからない。が、スイッチが入ったのは確かだった。


 傍で見ている残りの二人も彼女の豹変振りにびびっていた。

 熱くなる彼女に対し、幾度と無く彼らに薄墨は目で救いを求める。

 その都度彼らは、薄墨の視線をかわし、素知らぬふりをして本に視線を戻すのだった。

 残念ながら薄墨が文字を学んでいる間、彼らから救いの手が、伸びる事も無かった。むしろ巻き込まれないよう避けている風でもあった。

 五冊目に頃には、中身が四十超えるオッサン薄墨は、彼女の一挙手一投足にビクビクする事になるのだった。


 もちろん、薄墨は自ら頼んだ事だから途中で投げ出すと言う暴挙はしなかった。

 実際めげそうにはなった。それだけは中身が四十を超えるプライドが赦さなかった。またその都度、ここで生きていくための最低限の綱であると、思い直し、オッサンは踏ん張った。

 ただ、薄墨は思う。

 しんどいけど、頑張れ、と。

 そう薄墨は将来、彼女が結婚し生まれてくるだろう子供を憂うのだった。


 まぁ、何にせよ。薄墨が五冊目を読み終え、彼女の良しを貰う。

 その際、明日学院が休みだと言う話になり、リディが神都の散策を提案したのだった。 

 彼女の考えは、街で生活するうえで最低限の識字ができているかの確認をするつもりだと、後グレイスの記憶の探索もかねていると。

 それに対して薄墨は一も二も無く賛同するのだった。


 彼らが何処に行きたいかグレイス=オッサンに尋ねた際、即座にオッサンは「君たちが通っている学院」と答える。

 薄墨の中ですぐに思いつく理由は二つある。

 ひとつは、何か当時の事を思い出すかもしれないと言う事。もう一つは純粋な興味本位。

 薄墨からしてみれば、記憶が無いにしろ一旦は目指していた学院とやらを見て置きたかった。


 そう考え、オッサンは彼らに神都観光の案内場所の一つに指定した。

 その夜、薄墨は夕食をとりながら、グレイスの両親に学院を案内してもらう事を伝えた。

 言いようの無い表情を浮かべつつ、黙って頷く父親に薄墨は、確認をする。

 「わかった」と言う答えを聞いてほっと胸を撫で下ろす。

 

 神都観光当日。

 朝、空が白む時。グレイスの家に近所に住むケインが訪ねてきた。それから、グレイスの家の前の坂を上がった所でフォレストと落ち合う。その道を東に向かい二つ目の道路にリディが待っていた。

 四人は改めて朝の挨拶をし、目的地である学院正門に向かった。 


 薄墨は日本で生活していたとき朝が弱かった。

 しかし、このグレイスと呼ばれて生活するようになって、朝が弱いという事を自覚する

ことなく夜明け少し前に目が覚める。

 日本では考えられない真っ当な、そして健康的な生活を薄墨は送っていた。

 それは薄墨だけの話ではなく、神都の住民すべてがそうなのだ。

 この数日間、神都で暮らしていて薄墨が知った事だった。

 神都の朝は早い。

 夜明けと共に人が動き始める。早いければ、日が空に顔を出す前、空が白み始めるころから動くものがいる。

 大体の人々は太陽は東の森から顔を完全に出す頃、人々はあわただしく動き出す。

 それは大人も子供も変わらない。

 ある人間は職場に、客商売をしているところは店を開けて客が何時来てもいいように準備をする。

 子供は子供で文字と計算を学ぶ為に近くの教会に行ったり、早くから仕事について、その職場に向かったりしている。

 グレイスの友人達と同じように学院に向かうものもいる。

 そして、「亡者の鐘」がなり始めたとき、帰宅の準備をし始める。これは大人も子供も変わらない。


 

 彼らと合流し、日が高くなりにつれ、街の建物に光があたる。

 そして、白い建物が浮かび上がってくる。

 その様をみて、どこか神々しくありがたいと薄墨は思うのだった。


 今まで、薄墨は三層目の自宅と二層目の広場しか行き来していなかった。その為、その周辺しか知らない。

 階段状の地形に建物が建っている城塞都市の町並みも今となっては代わり映えしない風景の一つになっていた。

 同じ階層は比較的平坦な道だが、階層が違うと坂道か階段になる。

 学院は上層にあるため、薄墨たちは必然的に階段と坂道を通る。

 初めはきちっとした都市計画で作られた町だと、薄墨は感じていた。

 が、今回彼らの後をついて神都内を歩いた感想は、思っている以上にゴチャゴチャとした街の造りであるということだった。


 主だった道は広く作られているが、少し外れたところでは荷車が一台通れる位の道幅だったり、人がすれ違うのがやっと、という幅だったりと色々だ。

 改めて見ると、計画的に作られているようでもあり、無計画のようにも薄墨の目に映る。

 建物もどれもこれも似たような造りで道も入り組んでいる。町全体が迷路のようなつくりをしていた。


 薄墨が彼らの後を歩いてしばらく幾つかの階層を上った。この時点で薄墨は何階層にいるのかわからなくなっていた。

 荷車同士のすれ違いのための退避場所となっていた開けた場所にでた。

 すると先行する彼等は急に走り出し、遅れて歩くグレイス=オッサンを手招きする。

 何事だと思いながら薄墨は彼らの後を追い、彼らが指差す方向を見る。


 薄墨の目に一層目の遺跡、今では広場となっている二層目の農耕地、三層目、四層目の町並みの様子を一望できた。

 また、全ての建物がそうではないが、建物自体が壁の役割を果たしていると同時に屋根に当たる部分が道となっている場所もある。

 三層目の道路から見た景色と似た風景だが、三層目の町並みや、一層目の遺跡もすべてではないが、薄墨が考えていた以上に広範囲に、神都を中心に広がっていた。


 暫し、薄墨は言葉を失い見入っていた。

 一層目の遺跡と称させるものは、一部は朽ちていたが、遠目から見るとまだ、人が住んでいてもおかしくない状態の建物がちらほら見える。

 気のせいか人が見えた気がしたが、あまりにも遠くのことだから気のせいかとも思うのだった。



 彼らの声で薄墨は我に返る。声のしたほうに薄墨は顔を向けると、彼らが早くしろと手招きをしている。

 薄墨はまだ、見ていたいと後ろ髪引かれながらも、慌てて彼らのもとに向かうのだった。

 それから、グレイス=オッサンが彼らの元に駆け寄ると彼等は歩き始めた。

 オッサンは彼らに尋ねる。

「ここは何階層目?」

「五階層になる。ここから人通りが多くなるから、人ごみにまぎれて迷子にならないようにな」

 そうフォレストはグレイス=オッサンに注意を促した。

 反射的に頷いて、「わかった」と返事を返した。

 そう言いながら、薄墨は『もう、すでに迷子なんだけどな』と内心で思っていた。

 その事が、顔に出たのか、フォレストはどう受け取ったのか、薄墨はわからなかったが、彼はまじめな顔で言葉を続けた。

 

「五階層、六階層は職人、商人の町といっていい。何代も続く工房や商店が幾つもある。

もちろん、腕がよく名が知られている職人や、人気な工房が幾つもあって、それを求めて色々な所から来る。三階層、四階層と比べられないほど人が街にあふれている。神都で一、ニを争う活気がある場所といっていい」

 そこで、フォレストは一旦区切った。フォレストの両脇で聞いていたリディとケインも頷いている。

「うちに来る客の話では、神都は他所と比べて治安がいいらしい。俺は神都から出たことが無いから判断できないけど。それでも、揉め事もそれなりにある」

 フォレストはそういうとさらにまじめな顔つきをした。

 薄墨は彼の話を黙って頷く。


「今のグレイスは、ちょっとポヤポヤしていると言うか、注意散漫と言うか…。ちょっと心配だ。目を離したらどっかにいっちまいそうでこわい」

 フォレストがそういうと両脇の彼らも「あぁー」と共感の声を上げ、「確かに」と頷いた。

 その様に抗議の声を挙げることは無かった。それは薄墨も自覚していた。四十年間。


「日が天頂に着く頃は、学院前の通りは人で一杯になる。とにかくすごい。色々、気になるのは分かるけど、ちゃんと俺たちを見失わず着いてきてくれよ」

 薄墨は神妙な面持ちで頷きながら一言言う。

「わかった」


 しおらしい態度のグレイス=オッサンの姿に一応、納得したのかフォレストは笑顔でいう。

「俺たちの傍にいれば、そういった揉め事に巻き込まれる可能性は低い。学院のローブを着ているからな」

 フォレストはそう自信満々にい放った。

「巻き込まれないとは言わないけどね」

 ケインが脇から口を挟む。

「?」

「学院はこの神都を管理しているの。だから学院生に喧嘩売る事はまず無いわ。保安員が探し出して、捕まえて二度と神都の門をくぐれないようになる。それに、商人や工房も取引できなくなるの」

 フォレストの言い分に首をかしげていた薄墨にリディは補足する。


「まぁ、学院生にちょっかいかけるのは初めて神都に来る人たちぐらいかな。それでも周りに店があれば、事情を話して、大抵とめる。だから大丈夫」

「なるほど」

 と、先程の疑問が氷解するが、薄墨は引っかかるものがあった。それが何かはわからなかったが、


「正直、どうなんだ?」

 フォレストはグレイス=オッサンの顔を覗き込むように前のめりで話しかけた。

「今日ここまでの道のりは中心部に遊びに行く際にいつも使っていた道順だ。何か、思い出したか?」

 そういうフォレストに薄墨は申し訳ない気持ちになった。

「正直、覚えていない。見た様な記憶もあるかもしれないが、はっきりしない」

「そうか。じゃぁ、尚更、迷ったら帰れなくなるから注意しないと。ちゃんと着いてきてな」

「うん、そのローブは目立つから大丈夫だと思う。それに最悪はぐれたら、君たちの名前を呼ぶよ」

 薄墨が言い終わるや否やリディが叫ぶ。

「それはやめて!」

「えっ? 即答!?」

「だって、恥ずかしいじゃない」

 リディはそうなった時の事を想像したのか、それともいきなり叫んだ事を恥じたのか、片手で顔を覆い隠しながらいった。

 そのやり取りがおかしかったのか、ケインとフォレストが声を漏らさずに笑っている。


 四十数年生きた記憶のある薄墨は彼女の言っている事が理解できなかった。

 が、嫌といわれたことをやるほど子供ではなかった。

 釈然としないながらもリディの剣幕に気おされて薄墨は「わかった」と答える。

 その答えにリディは小さく「よし」と返事を返すと、顔を上げて深呼吸をした。

 

「繰り返すけど、街中で名前を呼ばないで。それと、ローブで判断すると見間違うと思うわ」

 そうリディは訴える。

「だって、私たちのほかにも学院生が散策しているかもしれないじゃない」

「あぁー、確かに」

 そう言われ、薄墨はそういったことを考慮しなかった事を恥じた。

「じゃぁ、俺がグレイスの後、リディかケインが先頭でそのどちらかがグレイスの間。どうだ? これならグレイスの迷子を防げる」

 フォレストの最後の言葉がおっさんの胸を打つ。

「私が先にいくわ」

 リディがそういうとケインがうなずいた。

「じゃぁ、学院の正門でいいのね」

 薄墨を除く二人が頷いた。彼女はそれを確認して歩き始めた。

 

 薄墨は隣の二人を見ながら、恐る恐る確認する。

「二人に確認したいんだけど、街中で名前を呼ぶのは変? と言うか、おかしな行為なのかい?」

「「いいや」」

 それを聞いてほっとした薄墨。

「リディとはぐれちまう。話すんなら、歩きながら話そう」

 フォレストがそういってグレイス=オッサンを促した。

「ああ、すまん」

 促され、歩き出した薄墨は彼女はいったい何を嫌がったのだろうかと考える。


 それから薄墨はちらりと後ろを振り返り、前を確認して、それから改めて小声でフォレストにたずねる。

「なぁ…、変な事を聞くようだけど、彼女の名前が世間的に可笑しい、とかそういうことなのかい? いや逆に高名な人にあやかった名前とか…」

「いや、有名とか、変な名前とかそういったことじゃないと思う」

 二人は歩きながら話す。

「わからないなぁ」

「相手は女だぞ。わかるわけが無い。むしろ、わかろうとするからいけないんだ。そうか、そういうものかと納得して流すのが正解だ」

 達観した物言いに思わず後ろを振り返る、そして前を向きなおす。

「女を理解しようとするな。ただ、ただ、愛せばいい」

 思わず振り返って、薄墨はフォレストの顔を見た。

 お前、歳幾つだ、と薄墨は声を出さずに突っ込んだ。

 それから、こんなんだから四十になってもDTだったのかも知れない、と気持ちがふさぐ。

 そんな薄墨の気持ちを置き去りに、フォレストは言葉を続けた。

「もちろん愛せない女もいる。それを見極めろ。それが人生を最良にする。そして、人生の大半がその時間だ。…そう、親父が言っていた」

 なんだよ、おやじかよ。親父さんはジゴロか何かか。と、心の中で突っ込みつつ、ある意味ほっとした薄墨は、

「何か、すごい親父さんだね」

と、感想を述べた。

「今度、親父さん紹介してよ」と女の見極め方のノウハウを聞いてみたいと素直に薄墨は思ったが、口にするのを我慢した。

 それに対し、フォレストはすごいいい笑顔で答えた。

「あぁ、親父はすごいぜ。て、前見ろ、前。離されてるぞ」

 薄墨とフォレストは少し小走りぎみに彼らの背を追いかけるのだった。



 道行く人も、薄墨の目に多く映るようになった。

 来ている服もマントのようなものを羽織っている者もいた。

 それでなくとも、何処からか来たのか、それともこれからどこぞに向かうのかと言った服装を着込んでいたりする。

 薄墨がここ数日、見た神都の住民とはちょっと違う、軽装な服装でない身なりをしていた。

 また、目の粗い布の袋を膨らませた手荷物や、背に背負子のような物に荷を乗せている人がちらほらと薄墨の目に映る。

 向かう方向が同じなのか、薄墨たちが歩いている脇を通り過ぎていく。

 背負子の脇に鍋のような物を幾つかぶら下げて、音を立てていた。

 

 薄墨はその背中を見ながら、ふと思う。

 グレイスの実家から結構な距離と時間を歩いている気がする。

 普段、彼等はこの道を通学路として歩いているのだろうか? 

 ふと、彼らの背中を見ながら薄墨はそんな疑問が浮かんだ。

 先程走った所為もあるのだろうが、うっすらと汗が額に浮かぶのを薄墨は感じる。

 ちょっとした登山のようだと思いながら、薄墨は彼らに声を掛けた。

 

「後どれくらいで学院に着くの?」

 その問いに、「丁度半分ぐらいかな」と言う、ケインの返答が返ってきた。

「いつも、この道を通って学院に行くのかい? 大変だな」

「いや、いつもは学院が管理している魔導機で通っているよ。今日は学院が休みだから使えない」

 と言う答えが返ってきた。


 『魔導機で通っている』ってなんだ? どんな魔導具なんだ?

 と薄墨はケインに聞き返そうとするが、丁度その時、「前から荷車が来るぞー」というフォレストの声が聞こえた。

 薄墨は荷車を確認する前に、フォレストの言葉に反射的に反応し、慌てて道の隅に寄った。


 道の広さは薄墨の見立てでは、約三メートルぐらい? それより、ちょっと広いかどうか。荷車の幅は普通車並みかやや小さいように思えた。それでも軽自動車より大きいぐらい。

 薄墨本来の身体なら大体の計測はできた。

 片手を伸ばして反対の脇の下が約一メートル。手の小指の爪の幅が約一センチ。小指、薬指、中指をくっつけた状態で関節の線が横並びになる場所が五センチと色々とノギスで目安になる長さを測って記憶していた。

 しかし、あいにく四十歳の薄墨の身体でない。

 子供二人が横並びで歩いても余裕がある道幅だったが、歩行者同士なら問題は無いが、荷車はどうだろう。

 先行くリディが道の脇に寄るのが見え、薄墨もそれに倣う。

 それは彼らだけでなく、道行く人も脇により、荷車の往来の妨げにならないようにしていた。

 

 車輪が石畳を踏みしめる音が近づいてくる。時おり、砂を噛む耳障りな音を響かせながら、薄墨たちの脇を荷車が通り過ぎていった。


薄墨はその荷車に違和感を感じた。

 ここに来るまで薄墨は何台かの荷車とすれ違っていた。そしてその荷車の前には必ず牽引するモノがいた。

 それは人力だったり、人力以外だったりする。

 人力以外と言うのは薄墨が見たことが無い動物で、亀みたいな動物だったり、恐竜を思わせる二足歩行の爬虫類だったりと、身の丈ある鶏を思わせるものだったり、様々だ。その都度、薄墨を驚かせた。

 今、薄墨の脇を通り過ぎようとしている荷車には牽引している動物がいない。

 その動物の代わりに金属の光沢を帯びた球体が宙にフヨフヨと上下に波うちながら音も無く進んでいる。


 オッサンが興味を引いたのは球状の金属の塊だった。

 それが荷車を引いていたときは薄墨は立ち止まって通り過ぎるまで眺め、先を案内する三人に声をかけられるまで見入っていた。

 

「今の荷車は何だ? どうやって動いてるの?」

 慌てて彼らの元に駆け寄り、そして薄墨は自制を忘れ、彼らに尋ねるのだった。

「どんな原理で動いているのか俺にもわからない。あれは古い魔導器の一つで、牽引魔導具って言っているな。他にちゃんとした名前があるかもしれないけど、大抵の人はそれで判る。一回使ったことあるんだけど、あれ、すごく便利なんだよ。くそ重い鉱石を山積みに積んでも、すいすい移動できるし、その状態で坂道も苦も無く上れる。おまけに冷や冷やしないで坂道を下れる。家も一つ欲しいんだけど。学院から貸し出しで、なかなか順番が来ない」

 フォレストはグレイス=オッサンの質問に答えた。後半、は酷く残念というか口惜しそうに語っていた。

 その二人にリディの苛立ちの声が掛かる。

「そこの二人、何時までグダグダしてるの! いくわよ!」

 彼等は彼女の声に応え、歩きはじめた。

 

途中、ケインが持っていた魔導具の水を分けてもらいながら、薄墨は彼等と目的地の学院を目指した。

 道に不慣れなグレイス=オッサンを気遣い、できうる限り、人ごみを避けて道を選ぶ。

 日が天頂より日の半分か一個分西にずれた時、薄墨たちは目的の場所に着いた。

 朝、薄墨が彼らから聞いた予定より、若干遅くかった。  

 グレイスの実家から半日チョイ歩いた計算になる。

 整備された道とはいえ、ちょっとした山登りをした気分を味わう薄墨だった。



 学院の正門に着いたときにはさすがに腹が減っていた。薄墨たちがここに来るまでとにかく屋台が多かった。

 幾つかの通りと広場は屋台が整然と並び人でにぎわっている。

 そのうちの一つに学院の前を通る東門から西門に続く幹線道路があった。

 その学院側の道に整然と屋台が並んでいた。そして、その屋台を目当ての客がいた。

 薄墨は道行く人はそう多くは無いと思った。なぜなら、自分のペースで歩けるだけの空間がある。

 ただ、屋台の多さに吃驚していた。正月の神社のようだと感想を持っていた。


「すごいな」と思わず薄墨は言葉をこぼす。

 それをケインが拾い、「いつもより少ないかな」という。

「今日は学院が休みだからと言うのもあるし、日が天頂より二つ分西に傾いているから遅れて昼を食べる人ぐらいしかいない」

「へ~」

 薄墨は人の多さについて言った訳ではないのだが、と思っていたが、あえて口にしなかった。

「この周辺には食べ物屋が無いんだ。神都の唯一の欠点といえる」

 ケインの言葉に引っかかるものを感じて薄墨は訊ねる。

「まったく無いの?」

 二、三軒ぐらいはあると思っていた薄墨は思わず聞いた。繁華街に飲み屋を含め飯屋が無い事が信じられなかった。

「この周辺はまったく無い。あるとすれば学院内の食堂だけだ。それも一つしかない。所属する部署によっては遠いから屋台を利用する人が多いらしい。学院内は関係者以外は立ち入れない。入れないから使えない。学院に商品とかを卸すときぐらいじゃないか。せいぜい、食堂が使えるのは。食堂で何人か見知った顔を見たことがあるな」

 フォレストがケインのあとを継いだ。

 そんなやり取りを傍でみていた、リディが号令をかける。

 

 個々の店の自慢の品の匂いと煙が、あちらこちらで立ち上り、混ざり何ともいえない空間になっている。

 それが彼らの食欲を無性に掻き立てた。

 それは薄墨も例外ではなかった。しかし、金属製のフェンス越しに見える学院の建物を観察するぐらいの余裕はまだあった。

 しかし、学院付近はリディが懸念していたように学院生が多くいた。

 三人と同じ色のローブを着た学院生もちらほら薄墨の視界に入る。

 薄墨は彼らに注意された事を思い出しつつ注意しなおかつ彼らの後を追いながら学院の建物を観察する。


 街にあふれる建造物とやはり違う。重圧で荘厳。白い漆喰なのか、石なのか薄墨はわからなかったが光の加減で光沢を帯びているように思えた。簡素な装飾が施されているのもみえる。

 学院と言うより何かの宗教施設といったほうが薄墨にとってはしっくりくる。

 時間があればもっとじっくり鑑賞したいのだが、と思いつつも前を歩くケインの後姿を視界に入れつつ、薄墨は観光を楽しんでいた。


 それからしばらくして、学院の正門前に着いた。

 正門は宗教的な関係を表したレリーフなのか意味ありげに門の上層部に彫られてれている。

 薄墨はその事を彼らに訊ねたかったが、彼の後ろで三人が何処で何を食べようかという談義を始めていた。

 グレイス=オッサンは仕方なしにその輪に加わる。

 とはいえ、薄墨はこの神都でどんなものを食べているのか、知らない。

 最終的に彼らの会話の流れを壊さぬように黙っていた。が、グレイス=オッサンの腹の虫が彼らの話に相槌を打ちながら答えていた。

 それも絶妙なタイミングで腹の虫が答える。

「マービンの串焼きで食べよう。前に四人で食べた事あっただろう。あの肉汁はたまらないぜ」

「あ~、いいね~」

「それもいいわね」

「キュッ、キュルル~、キュッ」

「「「「…」」」」

「でも、串焼きならあそこがいい。ガッツの肉の塊。安いしうまいし、何し食いでがある」

「あ~、確かに。今の腹の空き方にはあうかも」

「う~ん、私あの苦味と酸味が混じったグラップの香辛料がにがてなんだよなぁ」

「キュル~、キュッ、キュルキュ~」

「「「「…」」」」

 フォレスト、ケイン、リディが無言でグレイス=オッサンをみる。

 オッサンは黙って腹を抑えた。

「スパンの屋台! 肉野菜炒めは絶品。前にもう一度食べたいって、みんな言ってたじゃない。あすこにしよう」

「クッキュ~、キュッ、キュルキュ~」

 薄墨の意識とは別に、腹の音が答える。

「ブッ。何よそれ。グレイス! それやめて」

「ク~」

 空気が爆発した。三人は溜まらず笑い、はじけた。

 オッサンは苦笑した。

「器用なやつだな。腹の虫で相槌をうつなよ」

「意識して、腹の虫を鳴らしているわけじゃないよ」

 フォレストの言葉にグレイス=オッサンは弁解する。それに対してケインが笑いながら言う。

「まぁ、そうだろうね。できたらすごい才能だよね」

「どうでもいい、役に立たない才能だよ。そんなの欲しくも無い」

「ク~」

 薄墨がそういうと腹の音がすねた音を出す。

 三人はまた笑い出すのだった。それから、リディは笑いながら言った。

「わからないわよ。私たちが気がつかない使い方があるかもしれない。無いと思うけど」

「笑いすぎて、腹が減ってきた。グレイスは何が食べたい」

 おっさんは一言、

「肉」

 と答えた。

 彼等は頷き、屋台に向かう。


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