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オッサン妖精、明日を行く。  作者: 五陽 朱之丞 
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 その日、オッサンは食事を済ませ、グレイスの両親との会話もそこそこにグレイスの自室に戻った。


 オッサンは過去四十年の、特に三十代の反省を踏まえ、自身の記憶力を信頼する事を止めた。

記憶が鮮明なうちに彼らから聞いたことを日本語で事細かに書き留め、それから彼らから教わった事を復習したのだった。

 文字は薄墨が恐れていたよりも簡単だった。彼らから教わっている間、オッサンの受けた感じはローマ字表示にに近いと言う印象を受けた。


 ただ、薄墨には言葉が翻訳されて頭に入ってくる。またその逆もいえるのだが、言葉として意味を成さない音は翻訳されない。

 だから、オッサンは自前で彼らの発音を聞き取り、同じ音を発音する。


 しかし、改めて同じ発音をすると微妙にずれるのか全く違った音になるのか、彼らに笑われたのだった。

 何で普通に話せるのに、一つ一つの文字の発音は出来ないんだと、笑いながら指摘され、オッサンは赤面し、またヒヤヒヤしつつ、笑ってごまかす手段を取るしかなかった。

 それでも、彼らが献身的に教えてくれたお陰もあって、オッサンは彼らから及第点をもらえるに至ったのだった。

 オッサンはブツブツと覚えたて文字を発音をしながら、木塊に綴って練習する。

 彼らから学んだことを一通り復習した所でその日、オッサンは寝たのだった。



 次の日、彼らと会うまでの間、薄墨は習った事を復習をして過ごした。

 それから、昨日と同じ時間帯に彼等とグレイス=オッサンは会い、同じ場所で文字を教わった。

 昨日と唯一つ違っていた事は、リディが遅れて合流した事だった。

 リディが遅れたのは訳があった。グレイス=オッサンの文字の学習の為の教材を取り戻っていたのだった。

 リディが家から待ってきた絵本は五冊。


 薄墨はリディから絵本と言われ、手渡された本を手を取り、中を見る。

 リディが眩しい位の笑顔でグレイス=オッサンをみていた。

 しかし、薄墨はこれは絵本といっていいものかわからない。

 絵本と聞いて見たそれは、オッサンが思っていた以上に写実的な絵が描かれてあった。

 確かに絵が描かれているから、絵本なのだろうが、百科辞典か図鑑と言った方が納得するようなできばえだった。

 これは絵本と言うより図鑑だと訂正したかったが、こっちではこれを絵本と呼ぶのが常識もしれないと考えると思いとどまった。

 そんな事より、オッサンはちょっとワクワクしながら、何ページかめくってみる。其のどれも、植物と思われる絵が描かれていた。

 

 薄墨はこういった図鑑が子供の頃、大好きだった。学校図書館や公共の図書館に行くと真っ先に図鑑の場所に行き、動植物の図鑑を手に取っていた。絵が好きだったからなのか、それとも未知の物を見たいという好奇心か、それともそういった物の知識なのかはわからなかった。多分すべてなのだろう。薄墨はそんな事を考えながら、本をみる。

 ただ、おっさんが見覚えのあるような植物もあれば、空想の植物みたいなものもあり、オッサンの興味が尽きない。


 その本の絵は植物、主に薬草の絵が描かれていた。絵の脇には文字が、名前と植生と効能が書かれているのだが、今のオッサンの語学力では読めないし、何が書かれているのかわからなかった。

 見開きで片方に絵、もう片方の頁に詳細な解説文が書かれている。一冊に大体三十前後の薬草が載っていた。

 ただ、こっちの子供はこういうもので文字を学ぶのか、と。また、ずいぶんと高度な、レベルの高い教育の仕方をしてるなと、オッサンは渡された絵本を見ながらそんな感想を持った。


 脇で覗き込んでいたフォレストとケインも「すげー」と言う感嘆の声と「絵本じゃないだろう、図鑑じゃないか」と言う声がおっさんの耳に入った。

 それを聞いて、オッサンは普通でない事を理解した。


 計五冊。その一冊、一冊が、神都近辺で取れる薬草で取れる場所で分けられている。

 その本は薬師をしているリディの両親が、冒険者に薬草採取の依頼する時に使用する本をリディが書き写したものだった。

 リディが幼い頃に両親がプレゼントしたものだ。

 両親が仕事をしている間、リディはこの原本を「絵本」と両親に言われ、読んでいた。何度も何度も、読んでいるうちに本の内容を覚えた。それから、覚えるとする事が無くなり、暇潰しに本の絵を描きはじめた。そういって出来上がったものが、今、薄墨が読んでいる本という。

 

 しかしこの本が、普通の絵本でないと知ったのはずっと後で、彼女が同性の女の子の家に遊んだとき知ったのだ。

 そんな事をリディはちょっとぷりぷりしながら不満を言っていた。

 そんな話をグレイス=オッサンの両脇で聞いていたフォレストとケインは、声こそ出さないが驚いていた。


 その後のリディの話によると子供の頃から読んでいたため、本の内容はすべて暗記している、と話し、それから少しもったいぶりながら、本は学院の初級薬学の薬草のすべてが網羅してあった、と続けた。

 それを聞いて、フォレストとケインは口々に「嘘だろう」「ずるい」というのだった。

 彼らからしてみれば、同じスタートラインに立っていると思っていた人間が実は一歩も二歩も先んじていたわけだから焦りから出た言葉なのだろう。

 薄墨はそんな事を考えながら彼らを見ていた。

 

 リディは学院で教科に使う本を渡されたとき、薬学の本を確認したら其のすべてが載っていたと教える。

 もちろん、幾つか知らないのがあったが、それは両手の数より少ないとリディが言った時点でフォレストとケインは見せてくれと彼女に許可を取り、許しを得て本に手を伸ばすのだった。

 

 薄墨はとりあえず文字が読めることを最重要とした。その為、本を音読し、読めない文字をリディに確認しながら読み進むと言う方法をとることにした。

 オッサンはリディが用意してくれた本の一冊を音読して、文字を学んだ。

 グレイス=オッサンが音読している場所からやや離れた場所では、フォレストとケインもリディが持ってきた本のうちの内の一つを手に持って読んでいた。


 そんな訳で、自然と薄墨の文字の先生役はリディとなった。

 オッサンが、すらすらと読めるまでとは言わないまでも多少つっかえ突っ返しながら読めるようになるまで音読するのに五回繰り返した頃、お開きとなった。


 オッサンはリディから絵本を借り、自宅で自習する。その時、二人も本を借りたい素振りを見せていた。

 結局、彼らも五冊ある内の一つ、本を一冊づつ借りるのだった。


 その日の夜、薄墨は借りた本を口に出して読む。リディから読み方や発音などを注意された事を思い出しながら。また注意された事を、忘れないよう日本語で書きとめる。

 リディに教わっている時、正確な発音をすると翻訳される事がわかった。ただ、リディの言葉はそのまま翻訳されるので、本来の言葉の発音を薄墨の力で発する事に苦心する。

 読めるようになったら、暇を見て模写する事にした。

 オッサンは自分が凝り性な事を知っていた。そして、それがあさってな方向に向いている事を四十数年生きて、ここ十年で理解した。

 薄墨は優先順位を決め、それに沿う形で進める。

 もちろん、文字の読み書きを最重要とした。ある程度読めるようになると、その内容を書いて、文字を覚える。


 そしてその結果を次の日、彼ら、主にリディが確認して次の段階に移る。と、いう形が定着する。

 その次の日もリディの本を薄墨は朗読した。

 一冊をつっかえつっかえしながらリディから「よし」を貰うのに三日かかった。

 次の一冊は二日で薄墨はリディの「うん、じゃ次の本」と言う許しを得た。オッサンは順調に文字を学んでいく。


 リディの絵本を五冊、すべてを読むの頃には、オッサンは一冊をリディから二、三回、注意をされる程度に読めるぐらいにはなっていた。

 リディの絵本を読み終わると別の本が用意されていた。彼らが読み書きで学んだときに使っていた教科書といっていい、神都の歴史が書かれた本だった。

 薄墨は渡された本を受け取り、同じように朗読していった。


 オッサンが文字を学び始めてから二十日が経った時、リディと彼らからお墨付きをもらえた。

 何の見返りもなく付き合ってくれたことに、オッサンは彼らに恩を感じずに入られなかった。


 もっとも二十日間、薄墨はすべての時間を語学に当てていたわけではなかった。

 オッサンは彼らに神都の街を案内してもらいながら、実生活に伴った語学や、数字や計算、重さ、長さといった単位にまつわる事やお金の事、社会常識を教わった。

 実際、五冊を読み終わった次の日に薄墨は彼らに神都の案内をしてもらった。

 そして、オッサンはその際、改めて実感するのだった、日本ではない事を。


















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