表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オッサン妖精、明日を行く。  作者: 五陽 朱之丞 
7/29

6





 さて、薄墨は体調を崩しはしたが、とりあえず自分の足で来た道を戻れるくらいには回復した。その足でグレイスの友達と今は倉庫として使われている家の傍まで何とか来た。

 その途中、彼らと話の中で通っている魔法学院の話題になった。

 一応、薄墨はグレイスの両親たちから経緯を話を聞いていた。その時の聞いた内容を思い出す。

 グレイスの中の者。齢四十を超えているが、魔法と聞いて心躍るぐらいの精神年齢。



 教科書として使っている書物を見せてもらえないかと、駄目もとでオッサンは言ってみた。

 すると思っていた以上にすんなりと快く承諾してもらう事ができて、薄墨は驚いた。

 さらに、丁度今持っているから、と彼らが、口をそろえていった事にオッサンは驚き、恐縮した。

 そして、彼らのうちフォレストがごく自然に、ローブの胸元から本を取り出した。オッサンはその一連の動作を見ていたのだが、取り出した本は大きさも本の厚さも電話帳並みにあった。


 それを見て、オッサンは元の重さを想像した。持ち運べない重さではないにしろ、結構重かったはずだと考えに至る。

 また、それと同時に知識の塊である大事な物、彼らの将来の商売道具を携帯させたまま、倒れた場所まで案内させた事に申し訳ない気持ちで一杯になる。

 オッサンはその事を感謝し、彼らに謝るのだった。

 すると彼等は笑いながらいう。そんことは気にしないでいいと。


 そして、フォレストは笑いながら手に持った本をグレイス=オッサンに差し出す。

 グレイス=オッサンは手垢がつかないように服で手を交互にぬぐい、それを受け取った。

 手渡された本を持ったときオッサンは驚いた。異様に軽い事に。

 その驚いている様が可笑しかったのか、彼らは再び笑う。そして笑いながら説明し始めた。

「さっき、気にするなと言ったのはそういうことだ」

「魔法が掛かっているんだよ。重さ軽減の紋章を入れてある」

「学院で最初の授業の課題なのよ」

「おおぉ」

 思わず前のめりになって食いついたグレイス=オッサン。それが彼らのツボにはまった。また彼等は声を出して笑う。


「重さ軽減だけでなく、識別と紛失防止の紋章もしてあるから落としたり、失くしてもすぐに見つけられる。だから、グレイスが心配したような事はない」

「本来もっと重いんだ。重量軽減と識別の紋章を学ぶまでは、このぐらいの本が教科によって二、三冊あるから大変だった。紛失の為に学院の鍵付きの戸棚で管理して、自分の物だけど学院の外には持ち出しが出来ないんだ」

フォレストの言葉の後に補足するケイン。

「で、今日その魔法を学んだからこうやって安心して持ってこれたって訳だ」

 彼らのその話を聞き、薄墨はなるほどと納得し、受け取った本を最初のに開いてみる。

 無論、オッサンは字が読めない事をこのとき考慮していた。ただ、万が一と言う期待もあった。


 案の定、オッサンは見開いたページの文字が理解できなかった。それでもオッサンは五ページほど一枚一枚捲って知っている文字があるかを探す。

 なかった。

 薄墨はその事にそれほどショックは受けてはいなかった。わかっていたことだから。

 オッサンはゆっくりと顔を上げ、告げる。

「すまない、読めない」

「そりゃぁ、そうだよ。そこに書かれている言葉のほとんどは魔法言語だから読めないのは当たり前だよ、俺も読めない。でも、最初の方は読めるだろう? 習った言葉だ」


 オッサンはちょっと驚いた。魔法言語なるものがあるとは思わなかった。魔法に浪漫を見たが、一瞬にして遠のいた。

「…いや、最初も読めない」

 

「「「!」」」

 彼らの無邪気な笑顔が一瞬にして固まった。

「えーっと」

「グレイス! いくらなんでもそれは、嘘だろう!」

「…」

 和やかだった空気が不穏なものとなる。

 フォレストが質の悪い冗談だと言葉だけでなく目でも語る。

 どういえばいいのか、困惑しつつ、薄墨は疑問に思っていたことを訊ねる。

「えーっと。確かめたいんだが、以前の僕は文字を読んだり、書いたり出来た?」


「うん、ちゃんと本も読めたし、書けてもいたわ」

 即答で返ってきた答えに、頭を抱えて答えるのだった。

「あぁ。やっぱり、そうか」

 薄墨はグレイスの部屋にあった巻物に書かれていた字を思いだしていた。そして、あの巻物の字はグレイスのものかと推察した。


 フォレストが、本当かよと呟く。

「まさか、文字も忘れてるとか…」

「まぁ、自分の事と両親の記憶がなかったから、ある程度は覚悟はしていたけどね…」

 

「なんか、色々大変だね」

「…いや、大変と言われても、うーんと…。ちょっと、考えが及ばない。これから、どう大変になるのか、どう大変なのか、想像つかない状態なんだよねぇ…」

 彼等はその言葉にわかったような、わからないような表情を浮かべていた。

 オッサンは彼らの表情を見て、つくづく自分は説明が下手だなぁと胸の内で苦笑し、話題を変えた。

「話を戻すけど、僕は読み書きできていたといっていたけどその本の冒頭ぐらいは読めるぐらいはできていた、と言うことでいいのかな?」

 道々で彼らから聞いた話から、寺小屋のようなものがあることをオッサンは知った。

 フォレスト、ケイン、リディは同じ学び舎で、学び遊ぶようになったと聞いていたが、どの程度の学力だったのかは薄墨は突っ込んで聞いていなかった。


「読み書きはちゃんと出来てたわ」

「うん、後は計算はさすが商人の子供という位は速かったかな」

「後、字はリディもうまいけどグレイスもなかなか上手だった」

 ケインがそう言うとリディは照れくさそうに顔を背けるのをオッサンは見、何ともいえない甘酸っぱさを感じた。

 それは微笑ましく、また羨ましくもオッサンは思うのだった。


「あぁ、そうだ。字を忘れてたこと両親に話さないで貰いたい」

 とそう言って、オッサンは流れをぶった切る。

 それを聞いてリディは、はにかんでいた顔を一瞬で変化させ眉間に皺を寄せる。

「それはどうかと思うわ」

 他の二人もオッサンの提案に同意しかねるという表情を浮かべている。

「もちろん、ずっとという訳ではないよ。顔と名前を忘れたとき、…母親が泣いてしまって、何というか、ものすごく胸が締め付けられるような、…罪悪感?」

 そう話しながらも薄墨はグレイスの母親、トゥリーを母と言うのに抵抗を感じずに入られなかった。


「「「あぁー」」」確かに…」

 と声をそろえた。

 綺麗に揃った事に苦笑を隠さず、薄墨は言葉を続ける。

「後、何と言えばいいのかなぁ…。これ以上、両親に心配事の種を増やしたくない、と言えば良いのか…。ようは心配を掛けさせたくない」

「でも、グレイス。うちの親は、親は子供の事を心配するのが仕事っていってたぞ」

 フォレストは腕を組み、言う。


「記憶を失っただけで、やつれている親をさらに追い討ちをかけるのかい? 多分、読み書きも忘れているって言ったら、ショックで死んでしまいそうだよ」

 グレイス=オッサンは、大げさだと思う、とばかりに彼らの顔を覗き込むように見る。

 ここら辺はオッサン自身複雑で心の整理がついていなかったが、グレイスの両親に心配を掛けたくないと言うのは彼の本心だ。


「あぁ、うん…」

「まぁ、そういう事なら…」

 彼らもまたグレイス=オッサンの言葉に思うところがあったのだろう。彼らもあり得なくはないと答えを出したのか、文字が読めない事を黙っていてくれる事にしぶしぶ同意する。

「でも、それでも…、おば様とおじ様にきちっと話したほうが、良いと思うの」

 しかし、リディは持論を崩さない。


「もちろん、ずっと黙っていてくれと言うつもりはないよ」

 薄墨は彼女を宥めるようにゆっくりと話す。

「じゃぁ、いつまで」

彼女の追及は続く。

「それで、相談と言うか、頼み事なんだが…。文字を教えてくれないか? 学院が忙しいのはわかっている。暇なときで良いから、自分一人で出来るところまで教えてくれないか?」


「「「!?」」」

「今から文字を学びなおすのは厳しいかな? その間だけでも両親には言わないで欲しいんだが…」

 彼ら三人はお互いの顔を見合わせる。


「君たちの負担にならない程度でいい。もちろん、断ってくれても良い。無理を言うつもりはない」

「あぁ、そういうことか。グレイスが文字を覚えたら、僕たちがおばさんに言っても意味ないからな」

 フォレストの言葉にグレイス=オッサンは頷いてみせる。


「まぁ、両親に話して学び直すのが、本来は正しいと思う。ただ、なぁ…。正直、両親のあの何ともいえない顔を見ると辛いんだよ…。すまん、この通り」

 グレイス=オッサンは彼らに拝むように手を合わせ、言葉をつむぐ。

「一度やっていることだから、それほど難しくはないと思う…。多分、体が覚えていると…、思いたい…。参考までに聞くけど字が書けて本を読む程度ってどの位時間が掛かった?」


「どのくらいの本を読むのかにもよるんじゃないか? 言葉を知らないと読めないし…」

 フォレストが首をかしげつつ、ケインとリディに救いを求める。

「そうよね。言いたい事はわかるけど…」

「普通の読み書き位なら半年位じゃないかな? 魔道書を読めるくらいになると専門用語とその言葉の意味とかを含めるからちょっと判らないけど」

 とケインが同意を求めるようにそれぞれの顔を窺いながら結ぶ。


 オッサンはケインの半年と言う言葉に絶望した。自分の語学力のなさを知っている。それ故に憂鬱になった。何かを取得する事は時間が掛かる。薄墨は頭では理解しているのだが、気が急いていた。

 薄墨が思案にふけているとリディの声に我に返る。

「まぁ、そういうことなら協力するわ」

 リディは晴れやかな顔で賛成する。

 ケインとフォレストもそれに頷いた。

リディは彼らの仕草、首を縦に振ったことを確認すると、彼女は一旦手を組み話し始める。


「それと、文字がだめということは多分、計算も忘れているんじゃないかしら?」

 片手で顎を支え小首をかしげる。一拍置くとまた話し始めた。

「あと、記憶の方。グレイスとの出会いから今まで知っていることは書いておいて上げる。文字の勉強にもなるから。文字の勉強も見てあげるわ。学院に通うまでは協力するわよ」

 それまでと打って変わるリディ態度にケインとフォレストは唖然としてリディをみていた。

 何よ。言いたいことがあるなら言いなさいよとばかりに目で男の子二人を眼力でねじ伏せる。

「いや、それ。僕も書いた方がいい? 僕そっちの方苦手なんだけど…」

 ケインがリディの提案に躊躇いの言葉を残す。フォレストも「俺もちょっと苦手だ」と追随する。


「書いてくれたほうがありがたいっちゃぁ、ありがたいんだが…。面倒と言うか、書き辛いのはなんとなく僕もわかるし、無理にとは言わないよ」

小学生の頃の作文を思い出す薄墨。

 遠足だの社会科見学の学校行事が終わった後の国語の時間は決まって作文だった。時間内にかけなくて放課後まで残った記憶が蘇えっていた。


「ちょっと、そのぐらい書きなさいよ」

 彼女の少々棘が感じられる声が薄墨を正気に戻した。

「そりゃぁ、リディはそういうの得意だから良いかもしれないけど…。実際、どう書いていいのか迷う。俺は苦手だ」

「うん、僕も」

 ケインがリディの顔色を窺いながらフォレストに倣う。


「ちょっと、あなたたち! 薄情すぎない?! 苦手でも、そこは協力しなさいよ」

 リディが柳眉を逆立てる。

 オッサンは慌てて「まぁ、まぁ。落ち着いて」と彼女を宥めた。

「人それぞれ、得手、不得手があるから。無理強いはできないよ」


「まぁ、グレイスがそう言うならいいけど…」とリディは矛を収めるが、オッサンの感覚で四、五秒ほどリディはまだ、眉間にしわを寄せていた。そして彼女の眉間のしわが取れたとき、彼女は二人に顔を向け、晴れやかにいう。

「じゃぁ、私が書くから。あなた達、話しなさいよ」

 フォレストとケインはお互いの顔を見、共に頷いた。

「それなら…、いいか?」

「うん」


それに対してオッサンは驚いていた。

「文字を教えてくれと頼んでいてなんだけど、学院の方は大丈夫? 忙しいじゃないの? 僕の事は二の次、三の次でいいから」

 オッサンはリディの負担の事を考えていった。

「今はまだ、忙しいと言えるほど本格的なことをじゃないのよ。今なら時間を取れるけど、後三、四日経つと本格的に授業が始るから、やるなら今しかないの」

「ありがとう。ただ本当に無理しなくていいからね。それは約束してくれ。僕の事を優先して学業が疎かになったら何の為に学院に入ったのかわからないし、そんな事になったら僕はどう君たちに償えばいいのかわからない。嬉しいけど…」

 リディは「わかったわ」頷いた。


「グレイス、何か、ジジ臭いな」

 フォレストが笑いながらいうと。他の二人も顔を見合わせ笑いながら頷き、同意を示した。

 薄墨は内心ひやひやしていた。オッサンはどこら辺がジジ臭かったのかという疑問が浮かんだが、中身が四十だから仕方ないと言えば仕方が無いと納得する。しかし、気をつけないと反省し、何がきっかけでばれるかわからないと焦るのだった。気を付けようにも何を注意していいのかわからないが…、と薄墨は自分自身に突っ込む。

 彼らの笑いに対して苦笑いで追随するのだった。


 一通り笑い終わるとリディが足元に落ちていた手ごろの棒を拾い、棒をペン代わりに地面に文字を書き始めた。その数二十六文字。

 それがわかった時点で拒絶感がオッサンを襲う。さらに似た形の文字を見つけこともそれに拍車をかけた。

 しかし、だからといって彼らに無理を言って頼んだのに、途中で放り出すほど出鱈目な事をする気にもなれなかった。

 やってみて、だめなら仕方がないが、やる前からだめだと放り出すのもどうかと思った。オッサンの四十数年の人生経験が警笛を鳴らしたのだった。

 萎えた気力を奮い立たせ、彼女達が書いた手本を元にオッサンは、声を出しながら地面に棒で書いて練習するのだった。


  

 オッサンの文字の勉強は空が赤く焼け、かけたとき、唐突に終わりを告げた。

それは丁度、頭上から雷とも爆音とも着かない大音響に晒されたのだ。

 それを聞いたグレイス=オッサンの身体が硬直し、変な汗が背中に流れるのを感じたが、一瞬の事だった。それは、グレイスが倒れていた場所に案内してもらったときに受けた感覚に近い。

 二、三回、深呼吸をすると緊張がほぐれ、体温が戻って来る感じを薄墨は感じていた。

ただ、ぞわぞわと毛が逆立つ感覚はいまだ消えず、着ていた長袖をまくり、ちらりを腕をみる。薄墨は鳥肌が立っていることを確認するのだった。


 だが、そんなオッサンを他所に、三人は冷静だった。

 それどころか口々に今のは凄かったね、と興奮、というのかはしゃいでいる。

 オッサンはそんな彼らを怪訝な顔をしつつ眺めていた。そして、ふと思いあった。  

 あぁー、これはあれか。

 学校の授業中に雷や地震があった時と同じ反応なのかもしれない、と。だとすると、あの大音響は、この土地では日常的なものなのか、と。


「今のはでかかったね」

 ケインは少し嬉しそうに隣にいたフォレストに話しかけ、話しかけられた彼は頭上を見上げつつ、感想をのべる。

「集合体か? 魂喰いか? 少なくとも単体じゃぁないな」

 グレイス=オッサンは彼らの話しをぽかんと聞いていた。

 しゅうごうたい? たましいぐい? たんたい? 何ぞ? 今の音に関係があるのか?

オッサンは日本で培った二次元知識が、うずく。


「でも、いつもより早くないか?」

「そーう? 前もあったじゃない」

「あー、どうやら、黒の森が活動期に入ったみたいだよ。周辺の村の一つが飲まれたって噂しているのを聞いた」

 と、ケインが説明する。

 他の二人は目を見開き、「えっ!」「うそ!」といった驚愕を表す。

 

 話についていけない薄墨は彼らをのやり取りをぼんやりとみるだけだった。

 話に加わっていないオッサンを気遣ったのはケインだった。

「どうしたの? グレイス?」

 オッサンは身体の異常が戻った事もあって、その場をごまかす。

「あぁ、今の音はなんだい」


「えっ!? それも忘れているのか…」

 フォレストは呟く。

「なんか、すまん」

 どうやら知っていなければ、おかしいぐらいの常識らしいと、オッサンは理解した。

 それから、こんな身が縮むような音が日常的にあるという彼の口ぶりにオッサンはちょっと驚くのだった。そして、ここはどんなところなのだと今更ながら不安になるのだった。

「亡者だよ」

 フォレストが淡々とした口調で言った。


「?」

 もうじゃ? ってなんだ、と言う疑問がすぐさま浮かぶ。

 亡者と言われ薄墨が思い浮かべたのは幽霊だった。

 亡者と幽霊の違いがわからないが、似たようなものだろう、と思っていた。


「今のが、どっから来たのかは判らないけど…。多分、黒の森か、迷いの森、帰ざる谷のどれかからはぐれた亡者が、神都の結界にぶつかった音だよ」

 ケインが説明する。

「まぁ、あれだ。亡者の鐘が鳴ったし、日も暮れ始めてきた。グレイス。とりあえず、三層に上がろう」

 そう言って帰り支度をし始める。

「そうね。じゃぁ、グレイス。今日はこれまで。後は明日。今日教えた事は復習しておくように」

 リディがそう言って椅子に座った腰を挙げ、服についた埃やゴミを手で叩き落とす。


「亡者の鐘?」

 オッサンは聞き慣れない言葉を聞き返す。

 それを聞いた他の三人は帰り支度をしていた動きを止め、お互いの顔を見合わせ、困った表情を浮かべた。

「ウーン。何をどう話せばいいのか、どっから話せばいいのか。その分だと最初から…、話したほうがいいんだろうけど…」

 フォレストが頭を掻きながらいう。

「長くなる。明日じゃだめか?」

 オッサンは自分が言った一言で彼らの行動を止めてしまった事に後悔した。

「あぁ、ごめん。詳しい話は今度でいいよ」

「わかった。また明日にでも話すよ」


「うん、悪い。お願いする」

 オッサンは日本で普段受け答えの日常的な答えにフォレストがとがめる。

「グレイス。記憶を失ったのはグレイスの所為じゃない。お前は全然、悪くないんだから。悪いって言うな!」

「そうよ」

「そうだよ。グレイスは悪くない」

「あえて言うなら、運が悪かっただけで、グレイスは悪くない」

 ケインがそういうと、


「ちょっと!」

「おい!」

 と他の二人がケインを諌めた。

 オッサンはそんな彼らのやり取りを見て、ちょっと嬉しくなる。ケインの言葉が言えて妙だとも薄墨は思い、思わず笑みがこぼれる。

 それと同時に、こういう場合は何と言えばいいのか、四十過ぎて迷う自分が嫌になった。

 色々考え、出てきた答えが、

「こういう場合は、ありがとう…、で良いのかな…」

 と言う言葉だった。

 それを聞いた三人は、笑いながら頷いた。

「あぁ、それならいい」

「そうね、そのほうがいい」

 ケインは「うん、うん」と言いながら頷いた。

「それはそうと、早めに三層目に上がろう」 

「そうね」

 と言うリディの言葉でオッサンを含め四人は止めた足を動かし、三層目に向かうのだった。


 階段を半分上った辺りで、鈍い音が遠くから聞こえた。

 オッサンは響いてきた方向を見るが、もちろん何も見えない。

 他の三人も音を聞こえたのだろう。一瞬、足を止め、聞こえてきた方向に顔を向けるが、そのまま何事もなかったかのように先に進む。


 オッサンは彼らに問う。

「さっきの音とは違うような気がするけど、今のも亡者?」

 彼等は階段を登りながら、言葉を口にする。

「あぁー。今のは違う。亡者が結界に弾かれる音は甲高い音、金属同士がぶつかったときのような音がするんだ」

 先行して歩いていたフォレストが、振り向きながら薄墨の質問に答えた。

「今の音は多分、学院の研究棟の方からだと思うわ」

 リディがそう言うと他の二人も同意を示す。

「授業中にも聞こえた事がある。その時の先生の顔ったらないよ…。すごい顔してた。その時の顔はどう伝えていいのか。言いようが無いよ。あえていうなら、ぶっ殺してやるって言う顔をしてたね」

 他の二人が笑い出し、「してた」「してた」と笑い、手をたたく。

「まぁ、何の研究をしているのか判らないけど…。魔法か、魔導器の実験の失敗で爆発させているみたい。研究棟に巣くう破壊魔ていわれてる」

 ケインが嬉しそうな声で噂話を披露した。

「ただ、どういう立場の人間なのかは、よくわからないんだけど…。先生に聞いても口を濁していたから。結構偉い人なのかもしれない」

「なるほど」

 そんな話をしている間に三層目に着いた。


 オッサンと彼等はそこで今後の事を話し合い、一旦解散となった。

 また、今日と同じ

 別れ際、オッサンは改めて礼を言うのを忘れなかった。

 ケインとリディはそこで別れ、グレイス=オッサンとフォレスは一緒に家路に向かう。

 フォレスは西門近くの鍛冶屋通りの裏手に店を構えている鍛冶屋の跡取り息子だとオッサンはケインから聞いていた。

 ちなみにリディの家は東門近くの薬師通りにあり、ケインの家はリディの家の近所にある。

 オッサンがグレイスの家に着いたとき、空は暗すぎず明るすぎずのいい塩梅になっていた。

 オッサンはケインに今日の御礼と別れを告げて、家の扉をくぐる。

 グレイスの父親と母親がほっとした表情を浮かべグレイス=オッサンの顔を見ていた。

「ただいま」

「「おかえりなさい」」



 










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ