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オッサン妖精、明日を行く。  作者: 五陽 朱之丞 
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 で、薄墨は寝台に身を投げ、彼らの話を一言いく反芻し整理しているところだった。薄墨は考える。


 彼らの話を聞いて整理してみても、何もわからないことがわかった。いや、グレイスと言う少年が何らかの理由で気を失ったと言うことがわかった。

 それが自分とどう関係が繋がるのかわからない。


 薄墨は自問自答していく。


 転生なのか。仮に転生ならグレイスとして生きてきた人生の記憶がないのが引っ掛かる。

 では、なんだ?。何らかの理由で幽体離脱。そして、グレイスの身体に取り付いた、憑依?

 じゃぁ、日本にいた自分の体はどうなっているのだろう、と言う疑問が付き纏う。

「あぁー。やめだ、やめ。どう考えても正解が出ない。人智を越えている。もっと、建設的なことを考えろ」


 そう、薄墨は自分に言い聞かせた。

 そして、建設的なこととはいったい何かを考え始めた。で、オッサンの頭の中では様々な疑問や方針めいた考えが浮かぶが、整理がおっつかない。

 ついさっきの事だからまだいいが、これが二、三日経った後、きちっと細部まで覚えているかと問われたら、正直オッサンは記憶に留めている自信がなかった。自分の携帯電話の番号すら覚えていない。


 年とともに衰え始めた記憶力は、年々当てにできなくなってきている事をオッサンは自覚していた。ゆえに、薄墨は自分の脳みそを出来るだけ信用しないようにしていた。

 薄墨が二十代の頃は仕事で扱う複雑な機械の説明も一回で覚えたが、三十を越えたあたりから物覚えが悪くなった。三十半場を過ぎた頃、それはさらに加速し、仕事に支障が出始め手も過去に出来た事に拘り続け、あげく周りから白い目で見られるようになった。

 仕方なくメモを取るが、普段からメモを取っていなかった所為もあり、習慣付けるのに苦労した。最近になって、やっとオッサンはメモを取る事が苦痛に思わなくなった。

 そんな経緯があり、彼らの話を聞いている間、オッサンはメモを取りながら話を聞きたかった。

 かといって日本語で書けば、彼らにどう思われるかわからない、諦めた。


 何か書き留められるものがあればいいが、とオッサンは寝台から身を起こし、辺りを見回す。

 部屋はオッサンの見立てでは六から八畳間の部屋、寝台をはさんで一つは机、もう反対側にクローゼットのような家具がどれも壁際に置かれている。

 オッサンは机に向かう。少なくとも整頓された机とはいえない。雑然と散らかった机を見て、薄墨は親近感を覚える。

 机の上には、ゴミなのか、それとも大事な物なのか解らないが、くるくると巻かれた紙の様な物が無造作に幾つも置かれている。その下に本のような物があった。

 

 薄墨は散らかった巻物を手でどかして下にあるものを確認する。

 それは碁盤か将棋盤ぐらいの大きさの木の塊がでんと鎮座していた。

 その脇に羽のようなものとナイフが隅に置かれていた。そしてスライサーのような物が壁に立てかけるように置かれている。


 他人の家の物を好き勝手に家捜ししている事に若干、後ろめたさを感じていたオッサンだった。

 薄墨は今の自分の行動を正当化するために、様々な言い訳をしながら、くるくると巻かれた物を手に取広げる。

 如何せん情報がない。グレイスの両親に聞けば一発なのだろうが、質問をするたび彼らの顔が優れないのは結構堪える。

 なぜか彼らの残念そうな、悲しむ顔が薄墨の両親と重なる。そして、それがオッサンの精神を抉るのだ。

 知りたい事を気軽に聞ける情報源が欲しい。オッサンは彼らの憂う顔が頭に浮かべながら、切実に思うのだ。


 おっさんは心の中で部屋の主に謝りつつ、手に取ったそれを広げる。

「……。わからん」

 模様がオッサンの目に映る。

 良く見れば規則性のあるように見えるが、何もわからない。

 オッサンは会話のときのように翻訳されるかも、という淡い期待を抱いていた。

 が、そんな事はなかった。

 それでも、何かに期待をして見続けた。しかしそれらしい変化はなかった。

 オッサンは机に置かれた別の巻物を手に取り開く。しばらく見ているが翻訳されず原文のままだった。

 オッサンは諦めずに机の上にある全ての鉋屑を手に取っては広げ、しばらく眺めるという動作を繰り返した。


「こまった」

 ため息につられ思わず薄墨は声が出た。しかし、出てきた言葉は日本語ではない。

 こっちの文字を覚える事になるとはオッサンは思わなかった。

 きちっと翻訳されているのかわからないが、翻訳されている事に薄墨は安堵感を感じていたのは事実だった。それだからこそ文字も読めるかもと、オッサンは期待はしていた。

 

 オッサンは中学、高校と苦しめられた英語の悪夢を思い出す。変な汗が出る。当時、なかなか覚えられず、成果の出なかった科目に恐怖すら感じていた。それが記憶に蘇えった。

「何とか、ならんのかぁ…」

 オッサンは口から言葉が零れ出る。誰に言うともなく、強いて言うなら人ならざるものにオッサンは心の底から願った言葉だった。

 おっさんは嘆いてみたが、そこでふと思う。

 十中八九、文字だろうな。しかし、この模様が文字であるという根拠はない、と。

 おろかな願望に薄墨はすがる。

 確かめなければ、わからない。だが、誰に聞けば良い。

 グレイスの両親の顔がすぐさま浮かぶが、すぐに打ち消した。


 オッサンにとってはグレイスの両親は他人のはずで、自分の性格からして他人にどう思われようが、気にしなかったし、気にならなかったはずだった。

 しかし、なぜかはわからないが、彼らの残念そうな顔を見ると精神に来るものがある。まるで自分の両親の期待に添えなかったときの罪悪感、いや無念感といえば良いのか、多分それに近い。

 当時のオッサンの苦々しい記憶が蘇えろうと形作られていく。

 そして、そんな事させまいと薄墨は先程の話を無理やり上書きした。


 そして、グレイスの父親の話を最初から思い出し始めた。話が後半に差し掛かったとき、何をオッサンははっと顔を起こす。

 そういえば、グレイスが倒れた時、友達たちと待ち合わせをしていたと言っていたのをオッサンは思い出した。

 聞いてた当初はあまり気にも留めなかったが、彼らに文字など知りたい事を聞けば良いと思い至った。

 それから彼らと連絡を取るにはどうすべきか、と考えるが、その彼らの名前も住んでいる所も知らない事にオッサンは気がついた。

 彼らの名前と住んでいる場所をグレイスの両親に聞かないといけない。いや、友達なら、グレイスがその後どうなっているのか様子を見に訊ねに来るかも…。

 それより何を聞けばいいのか、それが問題だ。 


 薄墨は椅子を座り机に向かう。羽のようなものを手に取る。軸の先が黒くなっているのを確認した。隣の焼き物の手の平ぐらいの壷を手に取り、蓋を空け中身を確認する。


 インクのようだ。

 

 それからインクの蓋を一旦、閉める。

 それから机の上に存在感を主張している木の塊の表面を指の先でなぞる。それから、模様が書かれていた巻物を再び広げ、感触を確かめるように手で触れ、時には手の平で、また人差し指と親指で挟んで肌触りを確かめる。

 薄墨は確信する。再びインクの入った入れ物に手を取り、蓋を開ける。

 オッサンは羽ペンの軸にインクを浸し、木の表面に字を書いてみる。

 とりあえず、何をどう書けば良いのか解らなかったが、これは夢か? 現実か? 自分は生きているのか? 死んでいるのか? と日本語でオッサンは書いた。


 翻訳されるか期待しながら書いてみたがそんな事はなかった。

 がっかりした表情を隠さず、オッサンは書き終えた文字を指先で触れ、インクが付いていない事を確認する。

 そして、改めてオッサンは自分が書いた字を見返す。文字を覚え始めてから、うん十年前。

慣れた字が、そこにあった。

 書いた文字をオッサンは声に出して音読してみる。

 声に出すと現地の言葉が発せられる。自分の声でない声が聞こえる。

「意味がわからんな。まぁ、意思疎通に支障がないことは助かる」

 思わずオッサンがぼやいた言葉も聞きなれない現地の言葉に翻訳された。

 それから、壁に立てかけてあるスライサーのような形をしたものを薄墨は手を伸ばす。意外と重い事に驚きつつ、初めは片手だったが、両手でしっかり持ち、裏表を確認する。ガイドのようなものがあり、その窪みに木の塊をはめ込む。そして、引く。シュルリと巻物が出てくる。

 削る木は触った感では硬く、それゆえ初めオッサンは力を入れながら、削ろうとした。が、鉋の刃を当てるとするりと削れて吃驚した。

 それを手に取り、オッサンは確信する。同じものだと。


 まず、はじめにグレイスの父親の話をすべて書いた。

 それから、オッサンはトイレの中で考えた事、思った事、解っている事、解らない事それについて、自問自答を繰り返し、そのすべて書きだしていった。


 途中で何度も迷走し、軌道修正を繰り返しながらオッサンは書き続ける。そして何度目かの横道を修正して、方向性を見出した頃、腹の虫がなった。

 その事で、ふとオッサンは我に返る。再び、腹が鳴った。


 窓の外を見ると日は高く天頂よりやや傾いたところまで上っていた。

 机の上は鉋屑がいくつか増えている。

 薄墨はついさっき書き終えたばかりの物を削り取る。


 インク溜まりもなく、すぐに乾くので、木に書いた表面より下にインクが吸われたと思っていた。が、鉋屑の裏を見ても写ってはいなかった。

 くるくると綺麗に丸まった巻物の厚さは、触った感じでは、普通のノートの紙と同じか、やや厚いぐらいだろうとオッサンは感想を持っていた。

 オッサンは削り取った物を裏表と確認しつつ、本当に良く出来たものだなぁ、感心するのだった。


 取り合えず、オッサンは机周りを片付けはじめた。散らばっていた最初からあった巻物を一旦開いて、何枚か纏めてから改めてくるくると巻いて置いく。日本語で書いた物も同じように纏め、丸めておく。

 部屋をもう一度、薄墨は見回す。ゴミ箱のような箱があり、巻物がいくつか入っていた。

 ゴミ箱か、巻物入れか、迷うところであったが、薄墨は日本語で書いたもの以外すべてを、その中にぶち込んだ。

 腹の虫が断続的に鳴る。

 腹の虫をどうにかしたいとは思ったが、それよりも、日本語で書いたものをそこら辺に置いて置けない。と、切に思った。


 一応頭の中にあるものを吐き出し、整理が着いたといっていいだろう。捨てても良いが、後で読み返したい、とも思わなくはない。捨てるにしてもこの家で捨てるのはまずい。外で捨てるか? あまり気乗りしないが。ゴミ捨て場があれば良いが。さもなければこの部屋のどこかに隠す。

 オッサンは隠し場所がないかと辺りを見回す。そして、その最中、自分の母親の事が頭によぎる。

 薄墨は物を隠す才能がないのか、隠したはずのエロ本がきちんと重ねられ机の上に置いてあるのを度々やられ、最後は降参して隠すのを止めた。

 オッサンはそんな過去を思い出した。


「最悪、持ち歩くか、捨てるしかないか。出来れば捨てたくはないが…」

 そういえばこの世界にエロ本とかあるのかな。まぁ、この身体の主は十二歳といっていたから、もちろん持ってないだろうけど。

 あの美人なグレイスの母親も、お袋みたいにエロ本を机の上にこれ見よがしに並べるのだろうか、とオッサンは失礼な事を考えると、急に腹が空き過ぎたのか下っ腹が重くなる。

 痛いと言うほどではなかったが片手で痛みを感じたところをさすりながら探索を続ける。


「なんかウェストバックみたいなものがあれば良いのだが…」

 探しながら、何かドロボウをしているような気がしてオッサンの良心をえぐる。


 なければ、一時的に見つからない場所はないかと身を屈め、探しつつ寝台の下あたりを見る。

 枯れ草が数本散らばっていた。

 オッサンはそれを一本一本つまんでゴミ箱に捨てようと体を起こそうと顔を上げてみると寝台のシーツがめくれ、枯れ草が顔出していた。

 何となく想像はついたが確認の為、オッサンは寝台のシーツをチラリとめくってみる。

 枯れ草が敷かれていた。

「マジか」

 文明的にどの位の水準なのか、オッサンは少々不安に駆られる。まぁ、追々わかることだと、頭を切り替えて、と書いた物を隠す場所とカバンを探す。


 机の反対側の壁の隅に皮のバックを見つけた。オッサンはそれを拾い上げた。

 何の皮を使っているのか専門家でないのでオッサンにはわからなかった。

 使い古されたというほど古くはないが、真新しいともいえない。それなりに使用感がある。表面は飴色の照りがあり手入れがなされている。皮と皮を張り合わせる為、糸が使われていたが、ほつれも見当たらない。ぱっと見、均一に見えるが、わずかに狂っている。

 手縫いか、とオッサンは感想を抱く。ただ、それでもしっかりした造りである事は解る。所々に新しい縁に擦れた傷が見て取れた。


 オッサンはしげしげと見回し、手に取ったバックを振ってみた。

 固めの鈍い音が聞こえた。どうしたものかと逡巡し、今更しょうがないという答えを出し、オッサンは中を見た。

 木っ端と言うか木札とペンとインクつぼが中に入っていた。

 オッサンはそれを見て、はて?、と考える。

 それから先程の話で、グレイスが店の手伝いをしていると聞いた事を思い出す。

 御用聞きみたいな事をしていたかもしれない。と思い至り、木札を確認する。

 幸い文字が書かれているものはなかった。

 オッサンはある意味ほっとした。


 日本では、小さな商店が信用を無くして潰れる事は良くあることだ。こちらの世界がどうなっているのかは知らないが、こんな事で潰れて職なし宿無しになるにはハードすぎる。

 まぁ、それは兎も角として、このバックがグレイスのものか確認した方がいいな。と、オッサンは考え、何て聞けば良いのか、と憂鬱な気分になった。

 そんな中、階下からグレイスの母親が昼食の用意が出来たという声が聞こえた。

 「ハーイ、わかった」と返事をし、オッサンは日本語で書いた巻物を着ている上着と下着の間に入れて、バックを手に取り階下へと足を運ぶ。


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