受験記
-四日前 火曜日-
ペンを置く。
時計を確認する。9時13分。
ゆっくりと室内を見渡す。机、散らかった本、ベッド、カーテン。
それぞれのものが、くっきりと実感をもって存在していることを確認して、静かに、深く息をはく。
受験まで、あと四日。
憧れが、輪郭を帯び始める。
-三日前 水曜日-
昨日は思いの外眠れなかった。
寝ようとする僕の頭のなかで、活きのいいポップコーンのように、イメージが弾けては消えていく。
静かな心とは裏腹に、頭はすごくうるさくて、僕はただ目を閉じているしかなかった。
それでもたぶん昨日、僕の安眠を邪魔したポップコーンのお陰だろう。
今日の僕の心はすごく居心地がいい。
固すぎず、柔らかすぎず、留まりすぎず、漂いすぎず。
いい感じだ。
清々しい朝日とともに、ゆっくりと「三日前」が動き出す。
-二日前 木曜日-
今日は、いつもより少し早く図書館を出た。
予定していたことをやりきったからと、出発の準備をするためだ。
今朝降っていた雨は午後にはすでにやんだらしく、清々しい青空が僕を出迎えてくれた。
雨上がりの香りが、ふわっと咲いた。
ヤバい、逸る。
落ち着け。
受験票、鉛筆、切符
持ち物を確認して、鞄に詰める。
それだけの動作なのに、気がつけば口角が上がっている。
ずっと憧れた場所。
そこへ行くのが、楽しみで仕方がない。
明日になれば、緊張がじわじわと僕の心に入り込んでくるんだろう。それでもいい。
今日は潔く、この高揚感に身を投じていよう。
- 一日前 金曜日 -
凄く、濃い一日を過ごせた。
新幹線の窓から見た、雄大な景色は僕の小ささを改めて教えてくれた。
外国人が多いこの土地で、笑顔で英語を使いこなすプロの人たちに、僕の生きる世界の狭さを思い知らされた。
得意教科で僕を圧倒する人と話せた。そういう人の存在を、知ってはいたがわかってなかった僕の目を覚まさせてくれた。
今日が終わる。
両親が用意してくれた高級ホテルのベッドの上で、心地よいBGMに包まれながら、今日という一日を振り返る。
楽しかった。悔しかった。情けなかった。
そして、実感した。
ここは、僕の知らない世界で溢れている。
そう思ったとき、憧れが、いっそう強い光を放ち出した。
湧き出てくる高揚感を、少しずつ胸にしまうように、深く、深く息を吐く。
集中。段々と思考に沈み、頭のなかをイメージが駆け巡っていく。
それに身を委ねる、この瞬間。
悲しみが、僕を襲う。
理由はわからない。それでも僕はこのとき、心地よい悲しみを感じなかったことはない。
そして深く、沈んでいく-
イメージを終えると、心は心地よい静けさに満ちている。
今日の「受験記」を記そう。そう思ってサイトを開くと、彼女の小説が更新されていた。
少しの高揚感と共に、それを開く。
読み進めていく。そのうちに、ふっと笑みがこぼれた。
彼女の小説は相変わらず、僕にいとおしく思わせる。
彼女にありがとう、と伝えて、今日を終えよう。
そう思った。




