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第5話 この世界と元の世界と1

イハクは1つ咳払いをすると、さおりの目を真っ直ぐ見て、話し始めた。

「では、この世界に人間の方が来るシステムについてお話しいたします。」

「ええ、お願い。」

さおりも、イハクの目をじっと見つめていた。

「この世界は、先ほども言ったように、天国と現世の狭間にございます。ですから、そのままの状態でお連れすることはできません。なので、現世の体をコピーして、ここに作りだし、そこに魂のみを移しているのでございます。」

「え、じゃあ、現世の方は?」

「そちらは、肉体だけの状態になっています。ですが、魂が抜けただけでは肉体は死にません。幽体離脱の状態だと考えてもらえれば良いです。そのような状態ですので、眠ったままのようになります。」

「それ、放っておいたらすぐに死んでしまうわよ?」

「ええ。ですから、他の人がすぐに気が付くよう、こちらから現世に信号を発しています。いわゆる、第六感だったり、虫の知らせといったものですね。」

「え、じゃあ、今、私もその状態…?」

「…ええ。そうでございます。」

「ちょっと、そういう大事なことをなんで早く言わないのよ!?早く起きないと、せっかく就いた仕事をクビになっちゃうじゃない!!」

さおりは焦ってイハクに詰め寄った。

「まあまあ、そう焦らないでください。たまには少し休んでもいいではありませんか。」

「焦るわよ!こっちにとっては一大事なの!ねえ、今どのくらい経っているの?」

イハクは、懐中時計を取り出すと、それを眺めてこう言った。

「約1か月ですね。」

さおりは頭がくらくらした。

「ああ、もう駄目だ…。」

「え、どうなさいましたか?」

イハクは、今の状況が分からないようで、さおりの前でただおろおろしていた。

「イハク、あんたねえ、ここに人を呼び込んでいるんなら就職している人間のこともちょっとは知っているでしょう。社会人にとっての1か月がどんな意味を持つのか、分からないわけはないでしょう?それともわざとなの?」

さおりはイハクをにらんだ。

イハクはきょとんとしていた。

「そ、そうなんですか…。それは存じておりませんでした。ここにお連れする方々は、就職以前に、通学もままならないような人ばかりでしたので…。」

「え?どういうこと?」

さおりはとても驚いていた。

それを見たイハクはこう続けた。


「”健全な精神は健全な肉体にのみ宿る”という言葉がありますよね。私はあの言葉が嫌いです。まあ、実際の意味は普段よく使われているものとは異なるそうですが、それは置いておいて、よく知られている言葉としてのそれは、間違いですから。」

今度はさおりがきょとんとした。

「どういうこと?」

「あのですね、魂の綺麗さというのは、人が生まれた瞬間はほぼ同じです。成長するにつれ、ご両親や親戚の方々、隣人の方やお友達など、触れ合う人たちの魂が少しずつご自分の魂に混ざり合っていくのです。」

「へえ。」

「このとき、触れ合う人の数が少ないほど、魂は綺麗なままでいられるのです。」

「え、どうして?」

「それは、触れ合う魂の数が少ないほど、汚れる危険性も減るからです。ですから、人と触れ合う数の少ない、体が弱い人ほど、綺麗な魂を持っていることが多いのです。」

さおりは首を捻って考えていた。

「えー、なら、友達が多い人ほど魂が汚いってことなの?」

イハクは首を横に振った。

「それは違います。魂は、親和性を持つ者同士でなければ混ざり合うことはありません。そして、類は友を呼ぶ、といったのがまさにそれで、魂の似た者同士が集まりやすいのです。ですから、綺麗な魂を持つ人には、同じく綺麗な魂を持つ人が寄って来やすいのです。」

「へ、へえ。それなら、体が弱い人でなくても、綺麗な魂を持つ人は多いのではないの?」

イハクは少し考えているように見えた。

「そうですね、ただ、ごく稀です。少しでも魂が汚れてしまうと、汚れた魂を持つ者と触れ合う機会が増え、ますます汚れていく、というケースが一般的ですから。基本的に、ここには健全な肉体をお持ちの方をお呼びしたことはございません。」

さおりが、えっ、と声を上げた。

「ちょっと待ってよ、私はどうなるの?持病も何も持っていないわよ?」

イハクは、ああ、と頷いた。

「そうですね。さおりお嬢様は、お呼びした、という形ではなく、お連れした、という形ですから、説明に省かせていただきました。」

さおりは首をかしげていた。

「…どういうこと?」

「一般的に、ここに人が来る際は、私たち悪魔の誰かが声をかけ、見学という形で一度お呼びするのです。そこで、ここに住みつきたいかそうでないかをお聞きし、はい、という場合は真っ白な土地を1つご用意し、いいえ、という場合は夢だったという形式で記憶を操作いたしております。」

「え?私は特殊な例ってことなの?」

「ええ。さおりお嬢様以外に、私が直接ここにお連れした方はいらっしゃいません。」

「なんで私が?」

さおりはきょとんとしていた。

イハクはとてもにっこり笑って答えた。


「きっと喜んでいただけるかと思いまして。」

さおりはびっくりし、イハクの顔を見た。他意は無さそうだ。

「え、それだけ?」

「ええ。…ご迷惑でしたか?」

イハクはしょんぼりしていた。

「いや、とても楽しいところなんだけど、現実の方に大きな障害ができてるから、それが無かったら嬉しかったかなーと。」

それを聞いて、イハクはさおりの目をじっと見て、こう言った。

「では、もうここに住みついてはいかがでしょう?」

イハクの目は期待に満ちていた。

100%純粋な目で、さおりを困らせて楽しもうという様子は見られなかった。

さおりは、はあ、と1つため息をついた。

「イハク、あのね、それはできないの。」

イハクは、えっ、と声を漏らした。

「あのね、ここは楽しい場所かもしれない。でも、私にとっては失うものが大きすぎる。大事な家族や友人と会えなくなってしまうし、それは私の生きがいを失うことになる。」

「生きがい、ですか…。」

「そうよ。高城さんが言っていた意味が、さっきの綾野ちゃんの様子を見て、今いろいろ話を聞いていて、やっと分かったの。ここは”夢を見られる場所”であって、”夢を叶えられる場所”では無いってこと。」

「ど、どういうことでしょう?」

イハクは困惑していた。

「ここって、何でも作りだすことができるのよね?ところで、人間を作りだすことはできるの?魂の入った、本物の人。」

「い、いえ、それは無理でございます。魂は作りだすことはできません。」

「そこよ。ここに足りないものは。綾野ちゃん、友達が欲しかったのでしょうね。人とおしゃべりしたかったのでしょうね。それは私も同じ。だからこそ、みんな、最初は現実にあるものを作っていき、それを諦めたとき、現実味のないものを作りだして楽しみを見出すようになる、ということなんじゃないかしら?」

「…さおりお嬢様、まだ3件しか見ていないというのに、よく、現実的なものから非現実的なものへ推移すると分かりましたね。」

さおりは、また、はあ、と1つため息をついた。

「私は人間だからね。」

「な、なるほど…。」

イハクは、心底驚いているようだった。

「綾野ちゃんが発狂してしまったのも分かるわ。私もずっとここにいたら、そうなってしまうかもしれない。3人に会ったけど、みんな、人に会うのは久しぶりって言っていたじゃない。私は耐えられないかな。それも、ここにいられない理由の1つ。」

「さ、さおりお嬢様に寂しい思いをさせるつもりはありません!なぜなら私が…」

イハクが何かを言おうとしたところで、後ろのドアがガチャリと開いた。


「おいーっす。困るよー、勝手に建物作られちゃうとさー。誰ー?困るなーっと、お?」

それは、イハクと同じで全身真っ黒のスーツを着た、同じく真っ黒な短髪の、少しがたいの良い、背中に大きめの翼が生えた男の人だった。

「あれ、ザッヒー?何してんの、こんなところで。っていうか、そのお嬢さん誰って、あーなるほどー前にそういや言ってたねー。なるほどー。」

顔色は1つ変えず、棒読みのようなしゃべり方でその人は話していた。

「イ、イハク、この人、誰?」

さおりは思わずイハクに聞いた。

「イハク、だってー。マジかーザッヒーマジかー。」

「少しお黙りなさい。イコラ。すみません、さおりお嬢様。こいつは私と同じく、悪魔でございます。危ないので、ささ、こちらへ。」

イハクは、さおりを抱き寄せるようにソファの端へ移動させ、その隣に座った。

「ケチケチすんなって、ザッヒー。でも、その様子だと、あんまり上手くいってねえみたいだなー。さて、説明の途中っぽいし、なんなら俺も説明の手伝いしてやっから。だから、どんどん聞いてくれよ?さおりちゃん?」

「は、はあ…?」

「さおりお嬢様、相手にしなくて結構です。イコラ、さっさと出て行けって。」

「そんな冷たいこと言うなってー。ちょっと手伝うだけだし、お前の邪魔はしないからさーいいだろー?」

「ったく、あなたは1回言い出すと、その通りになるまでテコでも動きませんからね。分かりましたよ。」

「やったー。よろしくな、さおりちゃん。」

「よ、よろしくお願いします…?」

イコラ、と呼ばれる悪魔を追加し、説明会は再開した。

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