第二話 にぎやかなお城で
「さて、一番近いのはこのあたりですね。」
イハクがそう言うと、乗り物は高度を少しずつ下げていった。
そしてそのまま、虹色に光る川へ着水した。
「このまま先へ進みます。」
イハクがそう言うと、乗り物は船のような形に変化し、川を進み始めた。
「わあ、綺麗なところ。」
さおりは思わずそう呟いた。
初めに見た森とは違うが、うす黄緑に輝く木々が周りを取り囲み、虹色に光る川に反射していた。ここは、森というよりは林のようなところだった。
所々に、金色に輝く鳥たちが思い思いに飛んでいて、鈴のような声で鳴いていた。現実ではけしてありえない光景が、今目の前に広がっている。
少し進むと、泉のような場所に出た。
広い泉の真ん中には、島が1つ浮かんでおり、その上にお城のような建物が1つ立っていた。
「あの建物に、他の方がいらっしゃるはずですよ。」
イハクはさおりを見てにっこりと微笑んだ。
「そうなんだ。どんな人なの?」
「女性ですよ。」
「そうじゃなくて、もっと具体的に。」
「それは…まあ、会ってからのお楽しみでもいいではありませんか。」
イハクは一瞬悩んだような表情をしてから、にっこりと笑ってそう言った。
さおりは少し首をかしげながら、それもそうね、と答えた。
少し進んで、いよいよお城が近づいてきた。
遠くからは分からなかったことがいくつか分かってきた。お城は真っ直ぐ建っておらず、少し斜めになっていることや、周りを水でできたイルカが飛んでいること、にぎやかな音楽が流れ続けていること。
「まあ、とても楽しそうなところ。」
さおりはまた、目を輝かせていた。
「中もご覧になられますか?」
「え、勝手に入っては駄目でしょう?」
「構いませんよ。誰でも自由に行き来できるようになっているんです。」
「へえ、そうなの。じゃあ、ちょっと失礼するわね。」
そう言うと、さおりは船を降りてお城へ立ち入った。イハクは後ろからついてきた。
「まあ、中も綺麗。」
お城の中は、白を基調とした色彩で、小ぶりだが可愛らしい作りのシャンデリアがいくつも並んでおり、陶器でできた置物や食器たちが音楽に合わせて楽しそうに踊っていた。
「うわあ、すごい。ふふ、なんだか楽しくなってきちゃう。」
「お気に召されたのなら、私もとても嬉しいです。」
「あら?階段があるわね。というか、まだここの人に会っていないわ。上にいるのかしら。」
「そうかもしれませんね。」
2人は、そのまま階段を上っていった。
階段の上は、広いテラスになっており、お城の中よりも一層にぎやかになっていた。
独りでに演奏し続けるバイオリンやピアノやフルート、お皿からお皿へと移動しながら踊るクッキーやビスケット、たくさんのティーカップに紅茶を注ぎながらくるくると回るティーポット。
「わあ、本当に楽しいところね。」
さおりは、にこにこと笑ってそう言いながら、ゆっくりと歩を進めた。
すると、瓶底メガネをかけ、おさげを2つさげた女の子とばっちり目が合った。
女の子は、少し斜めになった椅子の上に片足で立ち、ティーカップを片手に持って、周りで踊る食器や楽器と共に、口を大きく開けたまま、リズムにのって楽しそうに体を揺らしていた。
「う、う、うわああああああ!」
女の子はびっくりしたのか、そのままバランスを崩して椅子から倒れてしまった。
「ご、ごめんなさい、大丈夫?」
さおりが思わず声をかけると、女の子はおそるおそる顔をあげた。
「あ、あの、どなたでしょうか。」
「私は秋野さおり。ここで空間を作るための参考にさせてもらおうと思って、ちょっと上がらせてもらったの。やっぱり、急に来たら迷惑だったかしら…。」
さおりは少ししょんぼりとした顔をしていたが、それを見た女の子は首を大きく横に振っていた。
「そ、そ、そんなことないですよ!いつでもウェルカムです!!ただ、すごく久しぶりに人に会ったっていうのと、恥ずかしいところ見られちゃったっていうのでびっくりしただけですから!」
「あ、そうなの?」
「ええ!ええ!なので、ぜひ!ゆっくりしていってください!」
女の子がそう言うと、ティーカップにおいしそうな紅茶が注がれ、ケーキやクッキー、スコーンなどがとてもおしゃれに用意された。
「まあ、おいしそう。じゃあ、遠慮なくいただいちゃうね。」
「ええ!どうぞどうぞ!おかわりもありますから!」
女の子は終始元気よく喋っていた。
その様子を見ながら、イハクはそっと船に戻った。
「あの、ところで、あなたの名前は?」
「え、わ、私ですか!私は、紅葉かえで、と申しますです!はい!」
「ふふ、かえでちゃん、とても元気で面白い子ね。」
「え!?あ、いやー、褒められたことなんてないから、照れちゃいますよー。」
かえでは、てれてれとしながら頭を掻いていた。
「またまたー。かえでちゃんなら、学校でも人気者になってそうだもん。」
さおりがそう言うと、意外な答えが返ってきた。
「いやー、私まともに学校通えてたことが無かったもので。今が一番楽しいです。」
かえでは、本当に何でもないかのように、さらっとそう言い放った。
「…え?」
さおりは思わず、ぽかんとしてしまった。
それを見て、かえでは少し驚いた顔をしていた。
「あ、あれ、もしかして引いちゃいました?え、あの、ごめんなさい。」
「あ、いや、違うの。なんで学校行ってないのかなーって。それに、無かったって、過去形ってことは、もしかして、成人してる?」
「いやあ、私、体弱かったもので。まともに学校に通えるだけの体力無かったんですよー。視力も、メガネ見たら分かると思いますけど、かなり悪いんですね。しょっちゅう転ぶし、大きな病気や怪我も、いっぱいしました。入退院を繰り返しまくって、親は喧嘩ばっかりだし、そんな時にここへ来られることになって、本当に良かったです!あ、そうそう、最後の年齢は17歳でしたよ!だから、今もそのまま17歳のままなんです!」
かえでは一気に話した。さおりはぽかんとしていた。
「え、最後って、え、かえでちゃん、現実ではまさか…。」
「ええ!死んでますよ!」
かえでは本当ににっこりと明るく言った。
「あ、ご、誤解しないでください!こっちに完全に住みつく場合、元の世界での私と重複しないようにするために、肉体を処理しなければいけないってことで、死んだことにしてもらっているだけです!私自身はここにちゃんといますから、幽霊とかじゃないですから!」
「住みつく?え?でもここは夢の中で…。」
「あれ?悪魔さんから聞いていませんか?私はここに着く前に、この世界のこととか、ルール的なものとか、全部教えてもらったんですけどねえ。」
「え?いや私…。」
「さおりお嬢様、そろそろ別の方のところも回ってみませんか?」
混乱しているさおりと、困惑しているかえでの前に、ふっとイハクが出てきた。
「わあ、さおりさんの担当の悪魔さん、とってもイケメンですねえ。」
「ありがとうございます、紅葉様。」
イハクはそう言うと、さおりの手を引いて船へと戻っていった。
「さおりさーん!また遊びに来てくださいねー!!」
船で遠ざかっていくさおり達を見て、かえでは全力で手を振っていた。
「うん!またお話ししようね!」
さおりも、かえでに手を振り返した。
「ねえ、イハク。」
「何でしょう。」
「私、この世界のこととか何も聞いていないんだけど。」
イハクは、ふふっと笑っていた。
「ここは、”夢”なんでしょう?」
「本当に?」
「さあて、どうですかね。」
さおりは少し焦った顔をしていた。
「まさか、もう私死んでいたりしないわよね?」
「それは大丈夫です。勝手に殺したりなんていたしません。」
「そう。で、ここはどこなの?」
「さあ、それは次の方にお会いしてからでも遅くは無いんじゃありませんか?」
「…それもそうね。あ、じゃあ、さっき気が付いたら1人だけ船に戻っていたのは?」
「それは、さおりお嬢様が会話に夢中になっていらしたので、邪魔にならないようにと思いまして。」
「そう。」
「さて、では再び上空へ参りますね。」
イハクがそう言うと、船の形をしていた乗り物は、再び馬車のような形に変わり、青く光る空へと、高く高く飛び上がった。




