第一話 夢の中に
最近、妙な夢を見る。妙な夢というより、夢に必ず妙な奴が現れる。
それは、真っ黒で、耳が隠れるくらいの長さの髪で、同じく真っ黒のタキシードを着た、背中に小さな黒い羽の生えた、笑顔が特徴的な、スマートな青年。しかもとてもイケメン。
その青年が、どんな夢の中にも現れるのだ。
青年は、こっちを見てただ微笑んでいるだけで、近づいてくることはない。話しかけてくることもない。ただひたすら、立っているだけだ。
初めのうちは、起きてから1時間もすれば夢の内容とともに忘れてしまった。またベッドに横になり、夢を見始めると、ああ、またか、と思うくらいだった。
しかし、あまりに頻繁に現れるので、そのうち日中でも忘れることがなくなっていった。
初めて夢に彼が現れてから1カ月が経った。
私は今日もベッドに横になり、目を閉じた。
しばらくして目を開けると、ここが夢の中だと分かった。
そこは、目の前が真っ白な壁だった。いや、壁だけではない。天井も、床も、どこを見ても真っ白だった。
テーブルも椅子も何もない、広いとはとても言えない部屋の中、いや、どちらかといえば箱の中、といった感じだろうか。そんなところに、私、秋野さおりは1人佇んでいた。
「つまんない夢。」
そう呟やいた時だった。
「お待たせいたしました、秋野さおり様。お迎えに上がりました。」
後ろから声がした。
さっき見回した時には誰もいなかったはずのところに立っていたのは、あの、いつものタキシードを着た青年だった。
「あなた、話せたのね。」
思わずそんなことを言ってしまう。
「ええ、驚かせてしまいましたか。さて、さおりお嬢様。もう出発の時間でございます。お話なさりたいのなら、お車の中でお願いいたします。」
そう言うと、彼はさおりの手を引いて車、と呼んだ馬車のような乗り物に乗り込んだ。
「さて、出発いたします。」
彼が一声かけると、車は独りでに動き始め、あっと言う間に空へと飛び立った。
「わあ、すごい光景。」
さおりは思わずそう呟いた。
さおりが見たのは、オーロラのように輝く川が流れる、とても広い森だった。森と言っても、木々もとてもカラフルで、赤や黄色、橙色の鮮やかな柔らかそうなものだった。
「私、さっきまであんな中にいたのね。」
「そうでございますよ。」
青年が答えた。
「ここはすでにあの森の上空ですから、よくご覧になれるでしょう。どうです、お気に召されましたか?」
「ええ。とても素敵なところ。さすがは夢の中ね。こんなこともできるなんて。」
さおりはにこにことそう言った。
「夢、でございますか。今はそれでも良いでしょう。」
青年はぽつりとそう呟いた。
「ん?何か言った?」
「いえ、何でもございません。」
青年はさっと顔を上げ、にっこりと微笑んだ。
「ねえ、ところで1つ聞いてもいいかしら。」
さおりが青年を見上げ、微笑んだ。
「ええ、何なりと。」
「あなたは誰?」
「私ですか。さおりお嬢様の案内人でございますよ。」
それを聞いて、さおりは少しむっとした顔をした。
「そういうことじゃないの。分かるでしょう?いつも夢の中に出てくるじゃない。いつも立っているだけだけど、あなたが誰なのか、気になるのよ。名前は?」
青年は、ああ、と呟いた。
「気付いておられたのですね。」
「いつもいつもいるのに、気づかないわけないじゃない。」
「これは失礼。私は、jhkfhzDHfgんkfくjtと申します。」
「待って。聞き取れなかった。もう一回。」
青年ははっとした顔をした。
「も、申し訳ございません!!ついつい母国語で話してしまいました!さおりお嬢様のところの言葉に直しますと、イハクファフ・ザデヒファグ・ンクファネイットと申します。」
「な、長いのね…。」
「ええ。お好きにお呼びください。」
青年はにっこりと微笑んでいた。
「じゃあ、イハクって呼ぶわ。」
「ええ、ありがとうございます。」
「なんでそこでお礼を言うのよ。まあいいわ。ところで、母国ってどこ?すごく気になる。」
「私の母国ですか。ィヴェッドと申します。」
「そんな国があるのね。初めて聞いたわ。」
「それはそうかと思いますよ。ィヴェッドは、Devilを逆さから読んだもの、つまり、悪魔という意味になりますから。」
それを聞いてさおりはぽかんとした。
「へえ、悪魔ってことは、イハクも悪魔?」
「ええ。そうです。」
「悪魔が毎晩私の夢に出てくるなんて、どういうこと?暇なの?あ、そうか、悪魔だからこそ私の名前も最初から知っていたんだ。」
イハクはふふっと笑った。
「ええ。悪魔だからこそ、名前を知るなんて朝飯前ですよ。年齢、身長、体重、経歴、なんでも知っていますから。」
それを聞いてさおりは焦った。
「ちょ、ちょっと、年が23歳とかそういうのは別に構わないけど、身長とか体重とかはやめてよ!プライバシーの侵害!」
「あ、すみません。でも、そう隠すものでもないかと思いますが…。さおりお嬢様はとても魅力的な方ですよ。」
「そういう問題じゃないから!!」
「すみません…。」
イハクはしょんぼりとしていた。
「さて、目的地に到着です。」
馬車のような車が、ゆっくりと高度を下げていった。
降り立ったのは、地面が真っ白な雪のようなもので覆われているところだった。
「ここはどこ?」
「さて、どうなるでしょうね。」
イハクは掴めない返事をした。
「どうなるって、どういうことよ?」
「ここはさおりお嬢様だけの空間でございます。」
「…状況が飲み込めないわ。」
「さおりお嬢様が望んだように形は変化していくのです。ご自分が最も居心地が良いと思う光景を思い浮かべて下さい。先ほど見た、カラフルな森などのように、さおりお嬢様の世界では到底あり得ないようなものでも作りだすことが可能です。」
「へ、へえ。さすがは夢ね。じゃあ、まず、お菓子の家が欲しいかな。」
さおりがそう言い終わらないうちに、目の前に大きなお菓子の家が出現した。
扉はチョコ、壁はクッキー、窓は飴、屋根はチョコ。とても甘い匂いが辺り一面に漂っていた。
「わあ素敵。窓の飴なんてステンドグラスみたい!」
「中も入ってみませんか?」
「え、入れるの!?」
「もちろんでございますよ。」
目を輝かせたさおりを見て、イハクは嬉しそうに微笑んでいた。
さおりはチョコの扉にそっと手をかけ、ゆっくりと開いた。中はとても明るかった。
「わあ、すごいすごい!!」
さおりの顔がさらにぱあっと明るくなった。
クッキーと綿あめとマシュマロでできた大きなベッド、ビスケットの机と椅子、飴細工のウサギや犬の置物、生クリームで装飾された壁、奥にはクッキーやビスケットでできた暖炉があった。
「暖炉があるのに、生クリーム溶けないのかしら。」
「それは大丈夫ですよ。さおりお嬢様が溶けて欲しくないと思えば溶けませんから。」
「なんか変な気分。」
さおりはふふっと微笑んだ。
「ところで。」
「何でございますか?」
「ここにいるのは私たちだけなの?」
イハクは、ああ、と呟いた。
「いえ、他にも大勢の方がいらっしゃいます。先ほどの森も、別の方が作り上げたものですから。」
「あ、そうだったの。他の人が作ったものももっと見てみたいな。自分の空間を作るって言ったって、何をどうすればいいか分からないもの。お菓子の家しか思いつかなかった。」
「な、なるほど。そういう考えもあるのですね。では、他の方の所へ参りますか。」
「ええ。ぜひ。」
「では、近くから参りましょう。」
そう言うと、イハクはさおりを連れて、さっきの乗り物へ再び乗り込んだ。
「さて、では再び出発いたします。」
乗り物はまた、2人を乗せて上空へと飛び立った。




