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102歳のおれの大事なひいばあちゃんへ(実話)

作者: アムロ

もう10年近く前、まだぼくが二十代のころに書いた日記です。パソコンの中に眠ったままになっていたので、それもかわいそうだなと思い、公開することにしました。手直しを加えようかと思いましたが、当時のエネルギーをそのまま伝えようと思い、あえて一切手を加えないことにしました。

では。

人間らしい感情を失ったと思ってから、もうどれくらい経つだろう。

悲しみと苦しみが多すぎる人生の中で、もう涙を流さない、もう心を動かされない、と誓ったのは、おれの処世術だった。

だが今日、感情の堰が壊れた。


うちには今月で102歳になる祖祖母がいる。

おれは小さい頃「小さいばあちゃん」と呼ぶことを強要されたが、幼き日のおれは口がうまくまわらず、以後約28年間この祖祖母を「ちっぱー」と呼ぶことになった。


ちっぱーは100歳を超えたころ認知症が現れはじめ、異常な食欲を持つようになった。

耳は強い難聴のため、ほとんど聞こえず、一方で足腰は健康なため、ふらつきながらも移動するので、危なっかしくてしょうがない。


テーブルの上に置いてあるものは誰のものだろうとどんどんと口にいれ、世話をやきお茶を注ごうとしてはこぼしてしまう。


次第にわが家ではこの祖祖母をうとんじ、馬鹿にし、祖祖母に対し怒鳴り散らすようになった。


当たり前に流れていく日常の中でちっぱーは確実にぼけていく。


「はやく死んでくれないと困る」


「どんどん逝ってもらわないと困る」


わが家では祖祖母の前でもそんなことを口に出し、


「何やってるだ!あっち行け!」


などとどなり散らすことが当たり前の日常になっていった。

コミュニケーションが取りづらく、うっとうしいちっぱーと話す者は誰もいなくなり、ちっぱーは次第に孤独化していった。


今日おれは休みだったので、久しぶりにちっぱーにご飯を作ってやった。

家ものはみんな出払っているため、わずか食事の時間だけであったが、もう10年ぶりくらいのちっぱーと二人だけで過ごす時間。


相手がおれだということで、ちっぱーはおれの作ったうまくもない料理を食べながら語りだした。


「いつも、早く死なないかって考えてるの。

どうしてこんな年まで生きちまったずら。生きていてもあたしにはなにもできんくなっちゃってね。


(今年の)3月に死ねるって言われただよ。

でもへー11月ずら。いつも夜お願いしてるだ。

死なせてくださいって。


でもまさか自分で死ぬわけにもいかないだよ。そんなことしたらあの家はどうだっていわれるだよ。


だからお願いしてるだけんどね。

つれてっちゃーくれないの。

おじいさんがあんな先にいちゃってね。

死にたい死にたいと思ってるの。


でもこの家の人たちはみんなうんとよくしてくれるだ。

あたしを蹴飛ばしたりしないの。

大事にしてくれてね。感謝して感謝してるの。


お母さんなんかうんと気持のいい人でね。あたしをうんと大事に大事にしてくれるの。いつも感謝しててね。

こんなもんが生きててねわりいなと思ってるの。いつも思ってるの」


ちっぱーは泣いていた。語るうちに次第に次第に。最後はテーブルに突っ伏して泣いた。


おれも泣いた。涙が止まらない。

自分は何もわかっていなかったんだと知った。

この人の気持ちを何一つ理解せず、煙たがり、会話をしてこなかったことを悔いた。おれの感情の堰は完全に切れた。

涙をみられまいとしたが、溢れてくるから止めようがなかった。



ちっぱーは死ぬだろう。もう近い。だが今日話せてよかったと思ってる。




目の見えない人は何も見えないのか?耳の聞こえない人は何も聞こえないのか?ぼけた人は何も考えられないのか?黙っている人は何も思っていないのか?



心が石でできている人間などいない。悲しみを抱え、感謝をかかえ、喜びをかかえ、苦しみをかかえ、だがそれを口に出すすべがなく黙しているのだ。



おれは明日もちっぱーと話す。残りのほんの短い時間を、ともに生きるために。

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