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「短編」

「理想」

作者: 晒す者

 久しぶりに行った大学は休み時間ということもあって、

多くの学生が敷地内を歩いていた。

俺も大学生である身なので、その場に溶け込むかのように、

人ごみに紛れていく。

しばらくすると、目当ての人物の姿を確認した。


「おーう、××」


俺の姿を見て、名前を呼びながら手を振っているのは、

一歳上の先輩である、○○さんだ。

今は就活中であり、数々の企業に足を運んでいるらしい。


「元気かー? 俺もしばらく大学に顔を出せていなかったからな。

 寂しくなかったかー?」


陽気な冗談を言いながら、俺の肩に手を置いてくる。

それを「うざったい」と思う気持ちを決して態度には出さず、

俺は先輩に愛想笑いで返した。


「ええ、大丈夫ですよ。○○さんは面接だったんですか?」


○○さんは黒のリクルートスーツ姿であり、髪も短めに整えた清潔そうな印象だった。

どうやら今日も面接を受けてきたようだ。


「まあな、でもあの企業は正直滑り止めかなあ」


……滑り止めか。



未だに、「無い内定」の癖に。



○○さんはいわゆる「大手病」というやつで、

業種・職種に関係なく大手と言われるであろう企業の試験を片っ端から受けていた。

その結果、7月になる今でも内定が無い。

しかも、自分が内定を貰えない原因が企業の見る目がないせいだと決めつけて、

反省する気は全く見えなかった。


「なあ××、聞いてくれよ。この間グループディスカッションで会った他校の奴と仲良くなってさあ、

 ラインのID交換したんだよね。それでそいつと飲みに行ったんだけどさ、そいつもサークルの代表とか、

 バイトで売り上げに貢献したり頑張ってるんだけど、内定が無いんだよ。

 まったく、企業も見る目ないよなあ」


何を言っているんだこの人は。

今どきの就活生でバイトを頑張ったとかサークルの代表をやったという「設定」の人など、

剥いで捨てるほどいるだろうが。

企業に見る目が無いんじゃない。あんたに魅力が無いんだよ。


「それでな、そいつは商社を狙っていてな。社会人になったら、営業でバリバリ契約を取ってやるって、

 やる気に満ち溢れているんだよ。俺もそいつに共感しちゃってさあ、名刺も交換しちゃったんだ」


名刺か。

俺は一か月前にもらった先輩の名刺のことを思い出す。

先輩はどこの就活本を参考にしたか知らないが、就活をするにあたって自分の名刺を作るのが効果的だと、

思ったようだ。


「これで人事の人に顔を覚えてもらえるな」


そんなことを先輩が言ったのを覚えている。

バカか。そんな就活本に載っているような情報は他の人も試しているに決まっているだろうが。

そんなことをやっても無駄だ。人事はその名刺を五分後にはごみ箱に入れているだろう。


「いやあ、こういう風に共感し合える仲間がいるって大切だろうな。

 こういう繋がりが就活では大事だからな。俺なんか体が弱いから、

 せめて精神は健康でいたいもんな」


はいはい、大切でしょうね。

あんたらみたいに「無い内定」同士で傷の舐めあいするのには。

全く、この人のやっていることは無駄ばかりだ。

全部、表面的なことや受け売りばかりで中身がない。

この分じゃこの人が内定を取るのは当分先だろう。

いや、もしかしたら卒業しても就職できないかもしれない。

たとえ就職出来たとしても、薄給激務のブラック企業にしか入れないだろう。

そんな企業には入るだけ無駄だ。正直、この人に明るい未来などあるはずないのだから、

早く自殺すれば? と思う。


「そうですね。やっぱり仲間は大切ですよ、頑張ってくださいね」


俺は内心の罵倒を表には出さず、形だけの激励をしておいた。

そして、講義があるからと言って、先輩と別れた。



その日の夜。


俺はもはや日課となっているネットサーフィンを始める。

そしていつもの様に、匿名掲示板にスレッドを立てる。


「大学の先輩が痛すぎる」


このようなスレタイにすれば大体人は寄ってくる。

実際に先輩は痛い行動をしているのだから、何ら問題は無いはずだ。

いや、こうして晒しあげてあげた方が先輩自身も間違いに気づくし、

俺を含めた先輩の周りの人たちも助かる筈だ。

そう思って、俺は先輩の数々の痛い行動を書き込んでいく。

そうすると、次々と先輩の痛さを指摘する書き込みが来る。

それだけではない、俺がツイッターの痛い行動を書き込むと、

すぐに特定する動きが出始めた。

これだけ晒しあげてやれば、先輩も自分の痛さに気づくだろう。

これで痛い人をまた救うことが出来た――



「あなたは随分と『親切』な方のようですね」



その声に俺は心臓を掴まれたかのように跳ね上がった。

俺は一人暮らしだ。この部屋には俺以外いない筈。

それに今の声は老人の声だった。この部屋に老人が入ったことはない。

おそるおそる後ろを見ると――


黒いスーツの上にコートを着た老紳士が立ってい。


「だ、誰だ、あんた!?」


老紳士は7月だというのに、黒いスーツをきっちり着こなし、

黒いコートに帽子を被っていた。

ドアを開けたような音はしなかった。しかし、老紳士の後ろにある玄関には、

彼のものと思われる黒い革靴が置いてある。

四角い縁のメガネに白い口髭を蓄えた風貌はまさに紳士といったものだが、

この状況では不気味なものでしかない。

泥棒か!? いや、こんな安アパートに泥棒が入るだろうか。

とにかく警察に――


「お探し物はこれですか?」


その声の直後に老紳士を見ると、彼の手には俺の携帯電話が握られていた。

まずい、この家には固定電話はない。

外に連絡をするにはあの電話しかないのだ。

仕方がない、ここは大声で助けを――


「待ってください。私はあなたに危害を加えることはしませんよ」


老紳士の手で、俺の口が塞がれた。

やばいやばいやばい。

俺はどうなる、殺されるのか!?

混乱する頭で考えをまとめようとすると――



「あなたの『理想』、叶えましょう」



……え?


「私はあなたの『理想』を叶えに来た者です」


『理想』? 俺の『理想』?

何を言っているんだ?


「失礼しました。私のことは、□□とお呼びください。

 それで、あなたには『理想』があるのですよね?」


ちょっと待て、あまりの状況に理解が追い付かない。

『理想』を叶える? そんなこと出来るわけが――


「お疑いになっているようですね。では、こちらをご覧ください」


そして、老紳士の手に握られていた携帯電話が徐々に薄くなっていき……


……消えた。


「え、ええ!? 俺の携帯電話が!?」


何だ今のは!? 手品の類じゃない、蜃気楼のように少しずつ消えていった。

□□は手を動かしていない。何をしたんだ!?


「ご安心ください。あなたの電話はここにあります」


すると、□□の手に携帯電話が再び現れた。


「な、何が!?」

「申し上げておきますが、これは手品ではありません。私の能力です」

「の、能力?」

「いずれお話しますが、あなたの『理想』を叶えるための能力です」


だめだ、不可解なことが起き過ぎてわけがわからない。

だが、はっきりした。

こいつは……人間じゃない。


「『理想』って言ったな。俺の『理想』を叶えると」

「ええ、申し上げました」


このまま反抗してもいいことはなさそうなので、相手のペースに合わせることにした。


「それで、どんな『理想』でも叶えてくれるのか?」

「その質問に『はい』と答えることは出来ません。私が叶える『理想』は決まっていて、

 さらにあなたがどんな『理想』を叶えようとするかも決まっています」


何だと? 俺の『理想』が決まっている?

少し考えてみる。

俺は特に生活に困ってはいないし、彼女とも別れたばかりで当分女はいい。

となると、


俺の『理想』、それは「痛い」奴らを晒しあげることだ。

晒しあげて助けてやることだ。

いつもやっていることだし、それで間違いないはずだ。

そして、俺の周りから「痛い」奴らを消しされば、俺が迷惑することも無くなる。

そうだ、それが俺の『理想』だ。


「お気づきになったようですね」


そこまで思考を続けた所で、□□が声をかけた。


「では、叶えて差し上げましょう」


そう言って、右手を上げた瞬間、

部屋中にまばゆい光が放たれて、俺の意識は途切れた。





翌日。


昨日のことが夢ではないことは、ネットの掲示板を見たらすぐにわかった。


俺たちが「痛い」として晒しあげたツイッターなどの書き込みが、

全て消されていたのだ。

それだけではない。

まるで、その書き込みが最初から無かったかのように、

誰も消されたことに反応していなかった。


まさかと思い、大学に行ってみる。


○○先輩がいた。想像通りなら、彼も……


「よう××、昨日面接だったけどさ、寄り道せずに帰ったよ」


そう言って、彼はそれ以上話すことなく立ち去って行った。

やっぱりだ。彼も過剰な自己アピール……「痛い」行動をしなくなった。

□□の力は本物だ。これで、これで俺の『理想』は……




……叶ったのか?




二週間後。


「××……お前どうしたんだ? 生気を失ったみたいだぞ」


○○先輩が俺に問いかける。この二週間、俺はなぜか「痛い」行動をしている奴がいないか、

必死に探していた。

そいつらがいなくなればいいと思っていたのに、俺はそいつらを求めていた。

何でだ? なぜ俺はそんなことを?


その時、先輩の携帯電話が鳴った。


「はい○○です。あ、はい。先日はありがとうございました……え!

 本当ですか!? はい、はい! ええ、わかりました!」


先輩は喜びの声をあげる。


「××! 俺、内定取れたよ! やっと、やっと内定が取れたんだ!」


……内定が取れた? 先輩が?


「……先輩、どこから内定が出たんですか?」

「△△株式会社っていうところだよ。中小企業だが、内定が取れたんだ!」


△△株式会社、聞いたことはある。

でも、その会社は――


「……先輩、喜んでいていいんですか?」

「え?」

「△△って、ブラックって噂ありますよ。それに俺たちの学歴でいったら、もっといいところいっぱい狙えるでしょう。

 そんなところに内定出たからって、素直に喜んでいいんですかね?」


そうだ、先輩は一つ内定が出たから浮かれている。

そう、今の先輩は――


「……××、前から思っていたんだけどさ」




「お前ってさ、滑稽というか『痛い』やつじゃないか?」




……え?


「お前はさ、なんというか何もしないことで自分の格を保とうとしていないか?

 何もしなければ恥をかくこともない、失敗することもない。そう考えているだろ?

 そして、自分の周りで失敗したやつらを『痛い』って晒しあげることで、

 何も築き上げていない自分をごまかそうとしていないか?」

「そ、そんなこと……」

「さっきの言葉だってさ、何もしていないお前が言うのは滑稽なんだよ」



「この時期になっても、就活していないお前がいうのは滑稽なんだよ」



この時期になっても、就活していない?

違う、俺は蓄えているんだ。

就活のための力を蓄えているんだ。


「俺も去年は肺炎での入院が長引いたからさ、結局留年して五年生になってしまった上に、

 就活は初めてだから苦戦したし、お前の眼には滑稽に映ったかもしれないけどさ。

 他人をバカにしたいなら、せめてそいつと同じ土俵に立ってからにしろよ」


そう言って、先輩は立ち去って行った。



その日の夜。


「クソが、クソが、クソが!」


俺はいくつものスレを立てていった。


「ブラックに内定した先輩が調子に乗っている」

「先輩が痛い」

「クソ先輩にあきれている」


だが、どんなにスレを立ててもレスはつかない。

たまについても、「別にいいんじゃない?」みたいなレスばかりだ。


「なんでだ! なんで!」


先輩は「痛い」やつなんだ!

俺がそれを救ってやるんだ!

なんで誰も見向きもしない!


「おや、お気に召しませんでしたか?」


すると、俺の後ろに□□が立っていた。


「□□! ○○は、あいつはまだ『痛い』やつだぞ!」

「おや、あなたの基準ではあの方はもう、そうではないように思えますが?」

「うるさい! とにかく、とにかくあいつを……」

「ああ、まだ『痛い』人は残っていましたね」

「……え?」


すると、キーボードが勝手に打ち込まれて、

モニターに文字が表示される。


「俺は『痛い』奴らを晒しあげる正義の味方だけど質問ある?」


いつのまにかこんなスレが立っていた。


「……待て、こんな、こんなことしたら!」


俺が今までやってきた晒しあげ行為が晒されていく。

そして――


「なんだこいつ、正義の味方気取りかよ」

「他人にこんな粘着するのっておかしくね?」

「……というか」


「こいつって痛くね?」



違う、違う、俺はあああああああ!






気が付くと、俺は右手を上げた□□の前に座り込んでいた。


「……はっ!?」


日付を確認してみる。

すると、初めて□□が俺の前に現れた日付だった。


「これが、私の能力。幻を見せるだけの、つまらない能力ですよ」

「幻、だって!? じゃあ、さっきまでのは……」

「現実ではありません」


まるで現実のようだった。

いや、ある意味ではそうなのかもしれない。

俺がこのままいけば、自分が『痛い』ことに気づかなければ……

本当にああなっていたかもしれない。


「わかっていた……」


俺は□□の前で泣き崩れた。


「本当はわかっていた……失敗するのが怖くて、恥をかくのが怖くて、

 就活で何をしていいのかわからなくて、自分の行動が無駄だと言われるのが怖くて、

 だから、失敗した奴らを笑ってごまかそうとしていた……」


□□は無言で俺の話を聞いていた。


「あれをやっても無駄、これをやっても無駄と決めつけていた……

 何もしないことこそが一番の無駄なのに……」


そして、□□が俺に語りかける。


「……今でも、失敗は怖いですか?」


それに俺はこう答えた。


「……怖い。でも、何もしないまま終わるのはもっと怖い」


それを言った直後、□□の姿は消えていた。




それから。


俺はとても遅い就活を開始し、周りから驚かれていた。

○○先輩は相変わらずの言動を繰り返し、内定はまだ取れていない。

だが、俺はもう前に進もうと努力している人を『痛い』とは思わない。


そういう意味で――

俺の『理想』は叶ったとも言える。



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― 新着の感想 ―
[一言] 理想、ですか。 内定は高校生である私にはまだまだ理解しきれない部分もありましたが、なんだかズンと心にきます。 知らず知らずのうちに私も自分を正当化しようと、誰かを蹴落とそうとしてないの…
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