シュークリームの食べかす
1.5、シュークリームの食べかす
2012年10月くらい
ぐったりと無防備に背中を晒すこの男はたぶん、
「まじむかつく。あいつ、自分の命をひとつも大事にしてねえ。勝手にのこのこあんなド悪霊に着いていきやがって。あいつあれが悪霊かどうかなんかぜんっぜん気づいてねーんだ!下手したら生きてる人間と霊の見分けもついてねえしな。いったいどんな箱入り息子だよ。なんで俺があいつを風呂に入れて服も替えてやらなきゃいけない。濡れて重いし。気失って重いし。あいつはそんな俺様の苦労とか甲斐甲斐しいお世話には気づいてないし。どんだけ無頓着だよ。箱入り息子だからか。そうなのか。俺は一生あの箱入り息子を許さない。許さないからな。つーかあのジジイだよ、そもそもの元凶!変なやつ採用しやがって……『これが真の入社試験なのだよ』とかって、フツー悪霊払いの囮にするか?なにが『悪霊とはいえなるべく安らかに成仏させてあげてね』だ。なんで俺が悪霊に気を遣ってやらないかん。ふざけんな。悪霊のババアはめでたく安らかに成仏しましためでたし、めでたしって、んなわけあるか。こっちの被害がでけーわ。主に俺の心労。そうだ、封筒に目印つけたのお前の判断か。あれのおかげで箱入り息子の居場所すぐわかった。さすが凄腕美人呪術師。ありがとう。やっぱり俺にはおまえだけだ、愛してる」
というようなことを思っている。
「んなこと思ってねえ…」
「思っテるナラ言エばいいノに」
「だから思ってねえ…」
「アたシノこと愛しテないノねっ」
男の美しい背中をなぞる。一面に刺青のひしめく白い肌は触り心地が良い。今日はこの辺りに彫ろう。男のうなじの下に針を乗せて、件の新人バイトのことを思った。
「ばかの相手はつかれる…」
面接に来たばかりのときには、確かに透き通っていた子供は少しずつ色づいていった。私が思うにその色づけに一番加担したのはこの男だ。四六時中、あの子供にかまっていた。
「所長ハともカく、バイトボーイは千鳥ガこんじょうタタきナオしテあげナ」
「やだよ、なんで俺が」
弟みたいで、うれしいくせに。
神経質で、心配性で、子供好きで、おせっかい焼きで、見栄っ張り。このやさしい友人が愛しくてたまらない。そして近頃はあの透明な子供も愛おしい。彼はきっともっとどんどん色づいて生身の人間らしくなっていくだろう。この男が世話を焼いて、だ。
次は、何を彫ろうか。この季節を、今日をいつでもいつまでも忘れずにいられるような、そんな絵がいい。
「シュークリームの絵、彫ってモいイ?」
「死ね」
シュークリーム、完食。
「透明人間とシュークリーム」の人々の紹介。
透明人間…大学四年生。たぶん21歳。たぶん男。家の事情で透明人間になっている。どんな事情かは自分でもいまいちちゃんとわかっていない。自分に関する記憶も無い。日田オフィスの面々のような霊感的なアレが強い者には姿が見える。好物はシュークリーム。
千鳥[ちどり]…オフィスの社員。金髪、大量のピアス、全身に刺青というカタギには見えない男。甘党。透明人間の指導係。
ジャスミン…オフィスの社員。国籍不明な美女。一応アジア人だと思う。オフィスの外の仕事は千鳥や透明人間に任せて基本的にずっとオフィスにいる。千鳥が苦手な細かい作業など事務仕事を一手に引き受ける有能な人。千鳥の刺青を彫っているのもこの人。呪術師。
日田[ひた]…オフィスの所長。狸おやじ。好きなものはお金。
英彦[ひでひこ]…オフィスの常連の幽霊。よく首が取れて、取れた首をいつも紛失するドジっ子。爽やかな好青年。
甘木[あまぎ]…オフィスの常連の幽霊。猫を沢山飼っているおばあちゃん。飼っている猫が全員死ぬまで自分も成仏できない。
透明人間の祖父母…孫に甘い祖父と孫に厳しい祖母。どちらも愛ゆえに。
透明人間の伯父…透明人間が通う大学で職員をしている。不安定な甥のことをいつも気にかけている。
新田原[しんでんばる]…透明人間が通う大学の職員。とある教授の助手をしている男性。
吉塚[よしづか]…透明人間の大学での唯一の友人。男。眼鏡。
おわり。




