記録の記憶
あたまが、いたいな。
いたい、いたい、うでが、あしが、しんぞうが、いが、はいが、のうみそが、いたい、いたい。
からだじゅうがいたくて、いたくて、こんなもの、なかったらいいのにって。
いたいものなんて、なくなってほしいって。
だから、いたいものは、いたくても、なくさないとっておもって。
まずは、このいきが、じょうずにできない、しんじゃいそうなはいから、つぶしちゃおうって。
こわれたものは、もういらない。
このうでで、たたいて、こわそう。
たたいたら、いたい、くるしい、でも、なくなってしまえば、おしまい。
これで、いたみから、かいほうされるんだ。
でも、まだいたい、ぜんぜん、かいほう、されてない。
あんなにつよく、たたいたのに。
ああ、そうか。まだ、たりないんだ。
いたいもの、ぜんぶ、こわさないと、だめなんだ。
じゃあ、なにを?
ぜんぶ、いたい。
じゃあこのからだごと、ぜんぶ。こわさないと。
俺は、自分の指を首元に絡めた。
朝起きると部屋の鍵が外れていた。
あれ、なんでだろ、まあいいや。久々に外でも歩こうかな。
歩いたらすごく疲れた。多分今まで全然運動しなかったからだと思う。
少し歩いただけでもう息が上がった。
でも歩き続けたら、いつの間にかに、台所に着いた。
我が家の台所、というのを実に何年ぶりに目にしただろうか。
何年も閉じ込められていたわけじゃないかもしれないけど、
何年とか何ヶ月とか何日とかそんなもの分かるわけないし、気にしない。
台所は思いのほか綺麗だった。でもまあ、男の人達が来るからと思えば納得だ。
適当に漁っていたら、よく分からないものが出てきた。
それを被っている袋には、ビーフジャーキー、とかいてある。
ビニールを剥がそうかと思ったけど、剥がせなかったので、
食器棚の中に置いてあった包丁で真ん中の辺りを適当に切って、そこから食べた。
思いのほかおいしくて、おいしくて。
いつも食べているものは何だったのかと思うくらいおいしかった。
飲み物に腕を伸ばした時、腕が汚れていることに気付いた。
腕に黒くて、少し赤みを帯びた、薄い膜のような塊がこびり付いていた。
身体を見回すと、それが何箇所にも及びついていたので、風呂に入ろう、と思った。
風呂から上がって、身体を拭いて、伸びきった髪の毛を拭いて、服を着た。
体に付着していた赤黒いものは案外簡単に落とせた。
でも、髪の毛に着いた赤黒いものはなかなか落ちず、髪の毛一本一本手掛けている暇もないので諦めた。
髪の毛の汚れに気を掛けつつTシャツを着て、なんとなく、そこにあった鏡をみた。
そこには見たこともないくらい、やつれていて、髪が長くて女の子のようで、
そして、楽しそうな自分がいた。
楽しそう、というか、どこか怖い笑みを浮かべて、ただにやにやしている自分。
何かやり遂げたような、疲れきったような、嘲笑するような、見透かしたような目をした自分。
純粋にその自分は怖くて、一瞬、目の奥が黒く光って、それもまた怖かった。
自分は、楽しいとも、何とも、思っていないのに。
自分は今の今まで笑っていたというのだろうか。
それに全く気がつかなかった、それどころか、笑っていたという感覚すらなかった。
そう、今だって、自分が怖い。
それなのに、笑っている。
虚ろに笑った俺の顔はどこも歪んでいないのに、何故かとても怖くて、
気分が高揚するにつれて目の奥がきらきら光るところが、さらに怖かった。
怖い。
恐い。
自分が、恐い。
俺は鏡を思い切り殴った、俺の腕は細くて、折れそうで、弱々しくて、
思い切り殴ったというのに、鏡に少しヒビが入っただけだった。
鏡に映る俺の顔は、やはり、笑っていた。
怖い。
俺は走った。
俺は俺が怖かったから、俺から逃げ出そうと、走った。
でも、俺は俺にまとわりついて、醜い腕も脚も身体も、全部俺は俺だった。
もう、訳が分からない。
俺はもう俺の顔を見たくなかった。
あんなに怖くて、凄惨で、残酷で、醜悪な顔が俺だという事を信じたくなかった。
あのぎらぎらした目は、とても子供の目じゃなかった。
まるで、快楽殺人鬼が人を当たり前のように殺して、
その殺す様を心の底から楽しんでいるような、純粋で、歪んだ、目、口、顔。
なんで殺人鬼のような、という見たこともないそんな的確な喩えを思いついたんだろうか。
俺は、この場から逃げ出すために、俺自身から逃れるために、走る。
そんなことなんて出来ないのに。
廊下のあたりで俺は派手に転んだ。
足元がぬるぬるしていて、冷たくて、気持ち悪かった。
足の感覚では、ぬるぬるしているところはごく一部で、
その他の所はほとんどが乾燥しているようで、固まっていて、気持ち悪い感じがした。
俺は、知っていた。
この感覚を、この臭いを、この気持ち悪さを。
急に吐き気がして、俺はその場で盛大に嘔吐した。
どこかで感じた気持ち悪さだ、何処で経験したのだろうか。
そして俺は、さっきからずっと避けていた、視界に入れようとしなかった足元を、
ゆっくりと視線を動かしながらながら、見る。
その光景を見た瞬間、俺は急に手足が震えて、立ち上がれなくなった。
紅くて、黒くて、派手で、綺麗で、汚いそれは、
あの憎くて忌々しくていつも殺意しか沸かなかった、紛れもない母親だった。
思い出した。
昨日殺したんだった。
忘れてた。
どうしよう、これ。
気持ち悪い、変な匂いがする、どうしよう。
俺はその場から逃れようと、震える両足に無理矢理力を入れてなんとか歩く。
殺人現場から離れれば離れるほど脚の震えは大きくなって、普通に歩くことすら難しい。
それでも歩いて、駆けて、走った。
裸足のまま家から出た、そして痛みすら感じない脚でアスファルトの上を駆け抜けた。
無我夢中で走り回った。
走り回っていたらそのうちあの凄惨な死体を忘れることが出来るかもしれないから。
でも頭の中はあの殺した時の感触や、血飛沫の水圧、血や肉の腐臭ばっかりが巡って、
気持ち悪かった。嘔吐した。胃の中が空になっても気持ち悪さは増していくばかりだった。
そのまま走り続けてたら、あっけなく力尽きた。
往来の道路のど真ん中で派手に倒れた。
近くが交番だったのか、誰かが通報したのか。
警官が俺を見つけると同時に、大声で俺に呼びかけ、俺の頼りない二の腕を強引に引き揚げて、
交番の中に放り込んだ。
そして、俺は事情聴取する羽目になった。
その時の事はほとんど覚えていない。
寧ろ、俺には中学以前の記憶が、殆どと言っていいほどない。
ただ、閉じ込められていたやら何やらで、そうとう精神がやられていたようで、
俺は呂律の回らない舌で、世迷言を延々喋り続けていた。
何を言っても会話にならず、警官も対応に困っていたであろう。
確かそのあと霧隠した父親が発見されて、俺は釈放されたんだっけ。
俺は幼い少年とはいえ、人殺しが発覚したというのに、何故かあっさりと釈放された。
まあ、今なら分かる。
こんな事件に発展するとは思わず逃げ出して、負い目を感じた父親が、裏で手を回してくれたんだろう。
父親は家出中に大企業に勤め、大企画を立ち上げ、大評価され、知らぬ間にお偉いさんになっていた。
父親には地位も金も権力もあるようで、
それらをフルに使ったら俺を半日で簡単に釈放するくらい余裕だろう。
しかし俺が見る限り、父親は弱々しく、頼りなくてそんな大物には見えない。
ずっと俺に気を遣いっぱなしで堅苦しく、なにより俺の事を恐れているようだったから、
だんだんと俺も父親に苦手意識を持つようになっていった。
父親は誠実で女関係の問題など一切無く、母親とは真逆の仕事人のようだから、
俺はそこまで嫌いじゃなかった。
まあ、でも俺を捨てたことに対してずっと気に病んでいるようで、少々鬱陶しい。
時を経て、俺は初めて学校に行くことになった。
小学校の一年生か二年生の始めあたりで入った。入ったと思う。
勉強は監禁される前までは、母親が教育熱心だったから、幼いながら勉強してた気もするけど、
何ヶ月だか何年だか閉じ込められていたからか、使わない頭が鈍りきって全く動かない。
つまり俺は勉強が出来なかった。授業が分からなかった。
何を言っているかが分からなくて、下らない事に群がって面白がる皆の気持ちも理解できなかった。
だけど勘を取り戻してきてか知らないが、勉強もせず、授業もろくに受けずで成績は急上昇。
成績のお陰か親の権力か、地毛か何かで赤っぽい髪色も、何事にも無関心な態度も、
普段全く誰とも口を聞かなくても、喋ったかと思いきや口が物凄く悪くても、
喧嘩になったときに片手で組み伏せても、何も言われず皆から避けられるだけだった。気がする。
教師共も扱いに困ったらしい。多分。
まあそんなことをしているうちに俺は孤立したわけで、小学校も終わりに差し掛かろうとする頃には、
俺に近寄ろうなんて考える馬鹿は居なくなった。
いや、居なくなってなんかなかった。
ただ一人避けなかった奴がいた。
正確には、現れた。
神崎悠。
五年の五月の頭に俺のクラスに編入してきた奴。
そいつの事を話そうと思ったけど今からじゃ時間が足りないし正直面倒臭い。
そのくらい異常児。異端児。そいつの異端さは原稿用紙が百枚あっても到底収まりきらない程変な奴。
だからそれはまた別の話ということで。
今日も父親は俺に気を遣う。
それはもう慣れたんだけど。
やっぱり少し気持ち悪い。
長かった………眠い………
おやすみぱとらっしゅ……
今回は書きたいこと描ききったので後書き何もないよパトラッシュ…
はよ水沢先生書きたいわ………