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坂田恭介の場合。  作者: こんにちわ
そもそもお前と出会ったことが間違いだったんだよ。
5/7

眠りの底は黒の空

坂田くん、坂田くん。


どこからかそんな声が聞こえてくる。

気がする。

でも、動けない。から、ごめん。

俺、そっちにはいけそうにもねーや。


ここはどこだろう。

ぼやぼやしててよく分からないけど、やわらかそうな色してる。

ふわふわする。

地面の感触すらない。

浮いてるのか沈んでるのかも分からない。


でも一つだけ分かる。

俺が動けない理由は。

こんなに居心地がいいのに動けない理由は。

あれだ。


身体が重い。

重すぎて、重力に逆らえなくて、動けない。

俺の上に何かが乗ってるんだろうな。

重く伸し掛ってる。

多分しがらみとか圧力とか。

文字にすると陳腐なやつ。

他にもいろいろ黒いものが沢山乗ってるんだろう。


何かが乗っているような気はしないのに。

重さなんて感じてないのに。

それでも、動くことが出来ない、重い。

誰かそれを退かして。

壊して。

苦しい。


それでもここは居心地がいい。

だから眠る。

なにかに囚われたままでも。

安心して眠る眠る。

柔らかいこの場所で。

4月中旬、生徒活動室にて。


「━━━━……なんすか、わざわざ呼び出すなんて」


俺は何故か生徒活動室に呼び出された。

生徒活動室とは名ばかりの、言わば東棟簡易職員室のような扱いになっている場所だが、

一応ここでは生徒指導をする場所となっている。

水沢先生は脚を組んで余裕そうに、何かの雑誌を読みながらパイプ椅子に深く腰掛けていた。


警戒心。

無意識に身体が硬直する。そして構えてしまう。

まあ俺ってそんなもんだよな。


先生は雑誌を閉じて傍らに置いて、俺に話しかける。

「そう怖い顔しないでくださいよ、まあ入って入って」

「……はい」

俺は失礼します、と不明瞭な声で言ってからしぶしぶ入室した。

そして先生に一番近い椅子があるところに立つ。

先生はどうぞ座ってください、と手で椅子を示した。

俺は椅子に適当に腰掛ける。


正直ここに呼び出された理由が全く分からない。

何故こいつは俺を呼び出したんだろうか。

もしかしてだが、何か俺、悪いことでもしたのかな。無意識に。

「いいえ、とんでもないです。もしかして、俺の事、覚えていませんか?」

くすくすと笑いながら先生は言った。

そんなはずがない。

あんな出来事覚えていないわけがない。

そう否定したかったが言葉が喉でつっかえて、なかなか話すことが出来なかった。

「ふふ……良かった。覚えていましたか…」

先生は安堵の息を漏らした。

今、なんと言ったんだ。覚えていましたか、だと?

俺は先生に対しては何も言っていないはずなのに。

…どういうことだろうか。

「そんなに怪しまないでください。坂田くんの目を見れば分かります。

それに俺は悪意をもって呼び出したわけじゃないんですよ」

聞いてない事まで答えてから先生は席をたち、俺に手を両手でとって微笑みかけた。

「━━━━……っ!」

俺は反射的にその手を払いのける。

「……ふふ……すみません、驚きましたか?」

そりゃ驚くわ。二回しか会っていない男に手を握られたら。

「まだ怖い顔してますよ、コーヒーでも淹れましょうか」

くすり、と微笑んで横目で俺を見る。

「…あ…………いえ……結構です」

なんでわざわざこの男は年上で俺より上の立場にいるというのに下手に出るんだ。

分からない…。

「お砂糖、何杯くらい入れましょうか?」

「いや……その…要りません、コーヒー……大丈夫っす…」

「では、少し多めに入れておきましょうか」

話聞けよ、おい。

まあ俺は甘党だから、無糖だと飲めなくて困るんだが。


結論から言うと。

人間、いきなり攻められると対応できないらしい。

それを今日、身にもって体験した。

最初はあんなに気になってた水沢先生。

それが今となっては怖い、分からない、関わりたくない。

超級人見知り人間の俺はチキンなもので人と正直関わりたくない。怖いから。

それなのに普通の人でさえ寒気がするレベルの人間と一対一でいないといけないなんて。

死ぬかもしれん。

俺は無意識の防衛本能でこの教師にまさぐりをかける。

この教師の俺に何を思っているのか、何に感じているのか、何を伝えたいのか、

何をしたいのか。

俺は全力で勘繰った。先生は俺に背を向けてコーヒーを淹れている。

今日のあの教師の目的は何か、それだけに意識を集中させて、ただただ見つめる。

あの教師が次にどんな行動をするか、

あの教師の些細な言動ひとつひとつにも意識を向ける、向けてしまう。

何を考えているのかが分からない、あの教師の情報量が少なすぎて読めない。

これだから俺は。

情報が少なすぎて動けない、計算をしないと動けない。

最善の行動を意識しないと、臆病な俺は動けない人なんでね。


先生はコーヒーを二人分淹れて、一つ俺の前に差し出した。

「…ありがとうございます………」

「要らないものをわざわざ強引に渡されてまでお礼を言う必要はありませんよ」

「…………………」

先生は必要以上に自分の地位を自ら低くしているようだった。謙譲というやつか。

そんなことする必要はないだろう、と。不信感を抱きつつ、俺はコーヒーを啜った。

その時、俺はどうでもいい事に気付いた。

「あ…………おいしい……」

「ふふ……ありがとうございます。甘くしすぎたかなって思ったのですが、好かったようで何よりです」

先生の淹れたコーヒーはあまりにもおいしかった。

甘さも見た目も苦さも薫りも全て俺好みという具合に。

そもそも俺はコーヒーは少し苦手で自ら飲もうとしないくらいなのに。

「…俺、コーヒー淹れるの得意なんですよ、というか、趣味、です」

「でしょうね……すげーおいしいです…」

そして、俺が黙り込んだと同時に、先生も口を閉じた。


静かだ。

口を開くことさえなければ、この人の良さが見えてくる。

他の先生とは違い話し方が綺麗で、でもきちきちしていなくて、和やかで何だか心地が良い。

仕草もとても柔らかくて、長瀬と違ってガサツじゃないし、

何より直視出来ない程綺麗な顔をしていた。

ずりーな、生まれつきあんなんとかやっぱりチートだ。

遺伝子とか運とかだけで顔が決まるなんて理不尽にも程がある。

先生はどちらかというと女顔で、微笑みを絶やさないから、余計に綺麗さが引き立っていた。

不気味だからこそ、不思議だからこその綺麗さ。

先生は俺が今まで会ってきた人物の中で誰よりも綺麗という言葉が似合う。

そう。

思った。


そして唐突に先生は話しかける。

「坂田くんは、俺の事、覚えていますか?」

おいおい、この先生は随分と鬼畜らしい。

俺が覚えていると知っているくせに、わざわざ俺の口で、直接言って欲しいのだろうか。

「…はい……」

とりあえず答える。正直に。

覚えてるに決まっているじゃないですか、さすがにそんな長文は俺には言えない。

手元のコーヒーが温かい。

「あのとき、俺、坂田くんのこと、面白そうだなって思ったんですよ」

そんな要素何処にもなかったんだけど。

「……そうですか」

初めて会ったとき、俺はおどおどしてるだけだった様な気がするのだが。

俺は何となく先生の手元を見る。

一瞬光った指輪は人差し指のもので、未婚だということが分かる。

そしてコーヒーに目を移らせる。

コーヒーは真っ黒なのに、とても澄んだ色をしていて、きらきらと光が反射していた。

濁りのない色から無糖のように見える。

甘いの、苦手なのだろうか。

「雰囲気でわかりますよ、それに奇跡的な邂逅でしたからね、

神様が見繕った運命かもしれませんよ」

「神様」という言葉に少し嘲笑の色が交じっていた。

無神論者なのだろうか、まあ、いい年して本気で信じ込んでるわけもないだろうが。

「運命………ですか」

俺は下を向いて続ける。

「…いい響きじゃないですか…」

嘲け笑うような口調で言葉を返した。

下を向いている俺には先生がどんな表情をしているのかは分からない。

俺は先生の方向に顔を向けなおす。

「坂田くんもそう思いますか?俺も素敵な響きだと思ってるんですよ、とってもね」

先生は、俺が先生を見た瞬間に答えた

俺は何も返さなかった。


厳密に言うと、返せなかった、というのが正しい。

それに何より、俺は先生の事を何も知らない。

俺はいい年して極度の人見知りで、

相手が何を思っているのかだけに過剰に反応してしまう。

心でけなしている相手にさえ、称え、気遣い、敬い、

それに対し心苦しさを覚えつつも、また笑顔の嘘でそれを塗り固めて。

そうやってずるく賢く卑しく生きてきた俺にとって、

情報の少ない相手に対して会話を交わすことはとてつもない障害でもあった。

理由。理由は分からないけど、怖い。

万が一、相手の気分を害してしまったら、余計な気を持たせるようなことをしてしまったら、

それだけが俺を縛り付けて何も出来なくさせる。

まあそのほうがいいか。

もし俺に誰かが関わったら誰かが不幸な目にあうかもしれないし。

それに俺の周りには厄介事ばかりまとわりついてて下手に動けない。

なんというか、どうしようもなく大きいやつが。

身動きできなくて絡まってて取れないやつが。

今も。だから。

話したい、話したいのに、話そうとすればするほど頭痛がする。

コミュ障、とまではいかないと思うけど。

結構、日常生活を円滑に過ごせないぐらいのレベル。


「そういえば坂田くん、俺、実はずっと坂田くんを探していたんですよ」

俺が一人で自己嫌悪し始めたと同時に話しかけてきた。同時に。

俺が頭を使うのをやめさせようとするように。

なんかもう先生がいきなり、俺ってエスパーなんですよ、っていっても驚かない。

いや、驚くけど。大の大人が嬉々としてエスパー宣言する光景は見たくない。

先生の顔で微笑みながら言われるとなんだか更に頭が痛くなるな。

「あなたと話がしたかったから、です」

何も返事をしていないのに言葉を紡ぐ。

「それは運命の人相手にってとこですかね、寒いこと言わないでください」

正直本当に寒気がするからやめてほしいところだ。

「ふふ……まあそうなるかな。後ろ姿が似ている人を見かけると

つい目がいってしまって、ね?」

先生は俺を何だと思っているのだろうか、俺は神じゃなければ仏でも釈迦でもないぞ。

ただ偶然会っただけの一生徒に対して何故そこまで意識するんだ。

「それは俺もですよ」

「…ほう」

「英語の担当も先生じゃなかったから、もう会えないかと思って…」

とりあえず適当に返事をしておく。

「坂田くん」

「はい…」

「俺の名前、知ってたんですか」

どうでもいいことを聞いてきた。嬉々として。

何だこれ、頭痛くなりそう。

この感じからして、先生はあえて自分の名前を口に出さなかったようだ。

何の為かは、全く分からないが。

うむ、迷惑な。

「大変でしたよ、探すのにな。長瀬、先生に聞いたり、名簿を見たり、訊き回ったりしてね」

長瀬と呼び捨てにするところだった。

「そんな……そこまでして探してくれたのですか」

先生はいつもの爽やか笑顔をより一層柔らかくした。

そこまで感動してくれるのなら最初から名前を言ってくれれば良かったものの。

「名前も分からない人をどうやって探せというのですか」

「はは、それは正論だね」

先生はコーヒーを啜った。

俺はそれとなく先生を見ていた。


静寂。

二人の間に沈黙が訪れた。

でも先生と初めて会った時や、知らない人に対して黙り込んでしまった時とは違う、

何だか心地の良い、気の楽な静寂で、俺はその空間に浸っていた。

ここにいると本当に気が楽になりそうだ。寝そうで怖い。

先生は何もせず、微笑みながら俺を眺めているだけだった。

俺も先生を眺めていた。

見つめ合っていたわけじゃなくて、目の前の対象を愛でるように、眺めた。

それから俺はコーヒーを少しずつ飲んだ。

苦いものは苦手なのだけど、このコーヒーだけは何故か飲める。

先生はぼーっとしていた。俺もふわふわしていた。

お互いなにもせずにゆっくりしていた。それだけ。


「そういえば選択教科は水沢先生でしたね」

なんとなく、頭に浮かんだ疑問を投げかける。

「ええ、英語科の一年部の枠が無かったのですから、藁にも縋る思いで志願したんですよ」

うんうん、と自分に言い聞かせるように話す水沢先生。

藁にも縋るって、一年部の英語科なんてそんな御大層なものじゃないだろ。

特待生組のクラスを受け持ちたいとかなら分かるが。金的な問題で。

まあ先生が自ら一年部に来てくれるとは俺にとっては好都合というわけで。

「それはこちらとしても…嬉しいことですよ…。俺、水沢先生が担当って聞いて

英語……選択したので…」

「なら…よかった…。俺も一覧表にまさか坂田くんの名前があるとは思わなかったよ」

ふふ、と笑ってコップを揺らした。

コーヒーの表面が反射してきらきら光った。綺麗。

「一覧表?」

「こういうの貰うんです。生徒表です」

傍らにあったファイルに挟んである印刷用紙を一枚とり、ぺらり、と俺に見せるようにかざした。

「へぇ……」

先生は印刷用紙を机の上に置いて、中指と薬指で俺の前に滑らせる。

俺は目の前に置かれた一枚の紙面を受け取った。

「そういえば、長瀬先生はいい人でしょう?」

「…はい、………とても」

先生の顔が一瞬見たこともないくらい綻んだのを目にした。

しかし一瞬でいつもの爽やかな表情に戻ったので、特に気にせず話を続ける。

「ふふ…、長瀬先生、一年四組が担任と聞いてね。坂田くんのクラスだなって思って」

俺はコーヒーを啜った。とうに冷たくなっていたがおいしかった。

俺が眺めている紙面には、確かに、英語科の一覧表に俺の名前が記してあった。

それだけ。

「その…すいません」

「何故謝るんですか、さっきも言ったでしょう。俺が呼び出したんですから

坂田くんが気に病む必要は全くありませんよ」

印刷用紙を再び机の上に置く。感想としては人数が少し少なめだったというぐらいか。

先生はタイミング良くそれを受け取り、ファイルに仕舞った。

「俺……人見知り気味で………初対面の人とうまく話せないんです……」

そんなことを言っておきながら俺は結構饒舌ではないか。

それに相手は俺の苦手な教師という職業の人間の上に、不気味で恐ろしい奴だろ。

「そうでしょうね、無口でしたし」

無口、ね。

俺は周りから見たら無口で暗い奴なんだろうな。

「だから……その……すみません…」

「何をでしょうかね…?……ふふ」

この確信犯め、俺は小さくつぶやいた。

先生は穏やかに微笑んでいる。

「俺………疑っちゃって……すみません、まともに話せない奴で……。

どうしようもなくてすみません」

先生は俺の手の甲を撫でるように手のひらで包んだ。

どうしようもない俺を慰めるように。肯定するように。擁護するように。

気づけば俺は震えていた。

怖いから?

「もう俺と話せるじゃないですか。

もしかして、もう俺は坂田くんの心の許せる人になれたのでしょうか…」

くす、と笑って俺に尋ねかける。

俺は知らない間に話せるようになっていた。

他人とここまで会話をするのは、社交辞令と神崎を除いたら始めてかもしれない。

「………………そうかもしれないですね」

俺は初めて先生に笑いかけた。

先生を真似る様に小さく笑って目を合わせる。

「坂田くんの笑っているところ、初めてですよ、可愛らしくて何よりです」

先生は変わらない穏やかな表情でそう言った。

普通に言った。

「は……なっ……何っ…」

先生は口に手をあててくすくす笑っている。

「くっ………くっそ………」

すげえ恥ずかしい。なんだこれ、超恥ずかしい。

俺は手の甲で顔を被って苦虫を噛み締める表情をつくる。

頬の紅潮は隠しきれていないけど。

「ふふ………」

余裕の表情で可笑しそうに笑う先生。いつまでも笑うな恥ずかしい。

先生は俺の手を包んでいた手を離して俺を解放する。

そういえば最初に手を触られたときは振り払ったはずなのに。

むしろ、今、手を離されたわけだが、少しもったいなく感じる。

なぜだろう。


先生はコーヒーを飲む。

ゆっくりと時間が過ぎていく。

俺も気を取り直して、わざとらしく咳払いしてからコーヒーに口を付ける。

コーヒーはもうなかった。気づかないうちに飲み干していたらしい。

「あ、もう一杯いります?」

気付くのが早い。

無駄に気が利くこの先生は、やっぱりなんか勝てそうにないな。

勝負するつもりもないけれど。

「………お願いします」

人の心の隙間に入り込むのが上手な水沢先生に、俺は二杯目を注いでもらった。


他のどんな所よりも暖かくてふわふわする此処で。

俺は意識を奪われた。

無防備な俺に入り込んでくる何かに誘われて。

俺は眠る眠る。

ここは時限付きの楽園でした。


というわけでみなさんさようなら投稿主です。

主は今日も元気です。


だんだんと話がよくわからん方向に行ってきましたね!

全力で斜め上に走っちゃってますね!

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