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依頼篇 山奥の名医②

「俺が見かけよりは怪しくないこと判って貰えた……ってはいかないみたいだな」



 優菜が浮かべる険しい視線にはまだ不信感が溢れ出ているのを感じ取ったのか楠木はポリポリと頭を掻く。

 確かに楠木がメールをしてからすぐに警察は現れた。

 しかも優菜も知っている人物を呼ぶという楠木の言葉も間違いはなく、訪れたのは火事の時に何かと親切にしてくれた年配の警察官だった。

 老警官も詳しくは知らないようだが、楠木と名乗るこの男がある種の国家公務員である事は間違いないと保証はしてくれた。

 しかしそれでこの巨漢の胡散臭さが減るわけではない。

 警官が来るまでに優陽に聞いた話では風に飛ばされた帽子が公園の木に引っかかってしまった所を取ってくれたとの事だがその話も怪しい。

 なんで小学校で待ち合わせしていた優陽の帽子が、小学校の近くとはいえそれなりに離れたこの公園まで飛ばされるとはどうにも信じがたい。

 ひょっとしたら楠木が縁様と呼んでいる少女が優陽の帽子を持ち去って、ここまで妹を連れ出したのではないかとまで疑ってしまう。

 その縁は不機嫌そうな表情を浮かべながら楠木の右肩に腰掛けている。

 


「優陽はしんじるよ。助けてくれたもん。お姉ちゃん。このお兄ちゃんいい人だよ」



 しかし無邪気な優菜はこの怪しげな人物をすっかり信じ切っているようだ。

 右袖を引いて信じてあげてと目で訴えてくる。

  


「おう。ありがとうよ。信じてもらえ…………」



 優陽の言葉に嬉しそうに笑った楠木が優陽の頭へ手を伸ばしてきたので優菜は竹刀を突きつけ威嚇する。

 大切な妹の頼みでもこんな怪しげな男を易々と信じるわけにはいかない。

 もし妹にまで何かあったら…………最後の家族まで失う事への恐怖心が優菜の心を意固地にさせていた。

 


「判った判った。離れるから竹刀を突きつけるなって。しょうがねぇな。順序立てて説明するつもりだったんだが結論から言う」



 降参だとばかりに両手を挙げた楠木が、口元に張り付いていた笑みを消す。笑みが消えただけだというのに雰囲気が一変する。

 先ほどまでの軽薄な胡散臭さが形を潜め、真摯で誠実な大人の顔がそこにはあった。

 


「あんた達の親父さんは生きている。でも帰れない場所にいる。だが俺は……俺達は親父さんを助けることが出来る」

  

  

「……………っ!?」



 予想外の言葉に優菜は息をのみ硬直した。

 楠木が何をいっているのか理解できない。

 父が生きている?

 そんなわけがあるはずはない。父は炎に包まれて跡形も無く消え去った。

 この世にはもう父はいない。どんなに望んでも帰ってこないと優菜の本能は理解していた。

 横の優陽も驚きと悲哀の混じった表情を浮かべて優菜の顔を見上げながら手をぎゅっと握ってくる。楠木の言葉に父が消えた日の朝を思いだしたのだろう。



「驚くのは無理ないと思う。だけど本当の事だ……話だけでも聞いてもらえないか」



 優菜に向かってかなり年上のはずの楠木が恥も外聞も無く背が見えるほどに深々と頭を下げる。

 なんとしても聞いてもらいたい。

 無言で頭を下げ続ける楠木の姿は言葉は無くとも雄弁に語っている。

 


「…………判った。頭上げて。話聞くから」



 優菜は小さく頷き答える。

 楠木に対する大きな不信感が消えたわけではない。

 だがあまりにも必死にも見える楠木の姿に優菜はそう答えるしかなかった。 

 


「助かるよ……少し内密な話になるから場所を変えさせてほしい。っと、その前に優陽を小学校に一度戻してからの方が良いか? あんたの様子だといなくなった事になってるんだろ。いろいろ悪評はあるが俺もさすがにロリコン誘拐犯はごめんなんでな」



 安堵の息を一つ吐いた楠木がまた口元に笑みを浮かべ、先ほどまでの真摯な表情は演技だったのではないかと思ってしまうほど軽薄な軽口を一つはき出した。


 










 姉を待つ間に近くの公園でかくれんぼをしていて途中で眠ってしまった。

 多少苦しい言い訳で先生に頭を下げて謝ってから小学校を後にして、少し離れたところで待っていた楠木の案内で優菜たちは駅の方にある商店街へと向かうことになった。

 楠木曰く、密談にはもってこいの秘密の隠れ家的な店があり、しかもそこに行けば優菜達も楠木の言葉を信じたくなるはずだと。



「いや縁様が出てきたときはどうなるかと思ったが、なんとかなって上出来上出来と」



「何が上出来だ阿呆」



優菜達の前をゆったりと歩く楠木の右肩には縁が腰掛けている。

 商店街に入ってからすれ違う人が増えてきたが、しかし誰も縁には気づかない。  

 どうやらこの少女が自分そして妹。楠木の3人にしか見えていないようだと優菜は気づく。

 結局この少女が何者なのかも、後でまとめて説明するとまだ教えてもらっていない。

 ここまでの会話を聞く限り、楠木が自分よりも遙かに小さな縁を常に敬っている事が窺い知れる。

 しかしその割には楠木の口調はたまに気安くなり、縁の方も気にしている様子はない。二人の関係性はいまいち不明だ。



「楠木。そういえば玖木の娘は放っていて良いのか? 周辺調査をさせたままだぞ」



「……やべぇ」



 縁の言葉に楠木が立ち止まり呻き声を上げた。

 どうやら近くに他にも仲間がいるようだが、その人物のことを完全に失念していたようだ。



「姫さんの事すっかり忘れてた……っていうか縁様。あんたが一緒だったんじゃないのかよ」 

 


「貴様がしでかした狼藉を忘れたわけでは無かろうな。すっ飛んできたから玖木の娘がどうしたかなど知らん」



「仕方ねぇな。電話してみる……一通り使い方は説明したから携帯の使い方は判るよな? 掛かってきた電話ぐらい出ると思うんだが、あの姫さんだからなぁ。判らなくて出ないか、遊びで出ないか微妙なんだよな」



「まったく……貴様は世話を焼きすぎる。放っておけ。あやつなら根の国からすらも平然と帰ってきおるわ」



「そう言うわけにもいかないでしょうが。これは全面的に俺が悪いんだし。第一後が怖い。二人とも悪い。ちょっと電話するけどそのまま付いてきてくれ」



 うかない表情を浮かべて振り返った楠木は軽く頭を下げて優菜達に断ると携帯を取り出し、歩いたまま何処かへと電話をかけ始める。



「…………………………あー俺だ。楠木だ。良かったよ出てくれて…………姫さん今どこだ?…………悪い迎えに行けねぇ……いろいろあって被害者の姉妹と接触した…………今から説明……姫さんのこと?……忘れてない。忘れてない………………すみません。忘れてました……後で謝るから勘弁してくれ……ともかくマヨイガの出現位置をメールで送るからGPSで位置確…………いやそれじゃなくて……だからその左にあんだろ…………左…………そうそれ………………それは切断だ。つーかそのボタンは右じゃねぇか……遊んでんだろ。姫さん……場所がわかったら来てくれ。判らないなら駅で合流だ」



 電話を切った楠が大きく溜息を吐く。

 僅かに二、三分の電話だというのにまるで生気を吸われたかのようにげっそりとしている。

 よほど苦手な相手なのだろうか?



「楠木……あやつがはぐらかした意味は分かっておるな? 甘い顔をみせるでないぞ。調子づく」



「つべこべ言わずに迎えに来いって意味だろ。全く仕事中くらいは勘弁してくれ」



 苦笑混じりの顔で楠木は携帯を弄る。先ほど電話で言っていた店の位置をメールで送っているのだろう。

 だがマヨイガという風変わりな店名は、この商店街によく買い物に来ている優菜には聞き覚えがない。

 一体自分達はどこへ連れて行かれるのだろうと不安が過ぎる。



「仕事中以外でもじゃ。全く貴様はあやつに甘すぎるのだ……止まれ楠木。ついたぞ。あそこじゃ」



 優陽はアパートに連れ帰って大家さんに預けて来ればよかったかと思っていると、縁が楠木の耳を軽く引っ張って立ち止まらせた。

 優菜も目で追ってみると、縁は横道の薄暗い路地を指さしていた。

 そこにはこぢんまりとした店が建ち並ぶ。しかしなぜか路地はぼんやりと揺らいでいて存在感が希薄にみえた。

 有るはずなのに無いように見える。無いはずなのに有るようにも見える。

 どちらにもとれそうな印象はまるで蜃気楼のようだ。

 こんな所に路地などあったか?

 希薄な気配を優陽も感じ取って不安を覚えたのか、ぎゅっと優菜の手を握ってくる。

 だが路地に向かうのを躊躇する優菜達を他所に楠木は平然と足を踏み入れて、一番手前の店の扉に手をかけた。



「安心しなって。ちょっと外れたってだけで害はねぇから」



 優菜の不安を見透かしたかのように、楠木はにやっと人の悪い笑みを浮かべて手招きした。










 

「なにこれ……」



 意を決して扉を潜った優菜は予想外の光景に唖然とする。

 古びた木の扉をくぐった先は何処かのショッピングモールのエントランスホールのようになっていた。

 吹き抜けとなったホールからは上に連なっているフロアが見えるが少なくとも40階以上はあるようだ。

 看板が連なり無数の店が並ぶ通路も果てが見えず、この建物の中は一体どれくらいのお店が入っているのか検討もつかない。

 建物の外観と中の容量が釣り合っていないにもほどがある。

 しかも不気味なことにこれだけの広さがあっても人っ子一人の姿もなく、静まりかえっていてあまりにも静かすぎて耳が痛くなってくる。



「マスター。ちょっと席を貸してもらいたいんで出てきてもらえますか」



 優菜と優陽が呆然としていると楠木が誰もいないホールに向かって話しかける。

 声を張り上げたわけでもないのにすぐに一番手前の店の扉がチリンチリンと小さく鳴るベルの音と共に開き、中からウェイターの格好をし顎髭を生やした中年男が出てきた。

 


「やぁ楠木君じゃないか。久しぶりだな。それに縁様も」



「どうもご無沙汰してます。マスター」



「なんじゃその言い方は。まるで妾がこの木偶の坊の付属品のようじゃな。妾がこの木偶の坊に貴様を紹介した事を忘れたわけではあるまい」



 出迎えに現れたウェイターに楠木が神妙に頭を下げ、その肩に座る縁が憮然とした顔を浮かべた。

 


「おっと。これは失礼。ようこそ縁様。『マヨイガ』は古来よりの顧客であるあなた様の来訪を心より歓迎いたします」


 

 顎髭を一撫でしてからウェイターは頭を下げて改めて出迎えの言葉を述べるが、縁は白々しいと言わんばかりに鼻を鳴らす。

 


「さてこちらは新しいお客様ですね。ようこそマヨイガへお嬢様方」



 肩を竦めたウェイターはついで優菜達へと目をむけてにこりと笑って会釈してきた。

 優菜が小さく会釈を返すと、横の優陽も姉を真似て小さく頭を下げた。



「こちらのお二人はご姉妹かな。楠木君が連れてきたということは」



「……まぁね」



 目で問いかけるウェイターに楠木が小さく頷いて答えた。

 短い今のやり取りで楠木が何を伝えたのか優菜には判らない。しかし一瞬だけ先ほど公園で見せた雰囲気を楠木が漂わせたのを優菜は感じる。

 だがそれは本当に一瞬だけ。次の瞬間にはまたも軽薄な笑みを浮かべている。



「お、そうだ。優陽。何食いたい? 何でも良いから口に出さないで思い浮かべてみな。マスターが予想しておいしい店を紹介してくれるから。俺が奢ってやるよ」



 不安そうな顔を浮かべていた優陽に対して楠木はニカッと笑って見せた。








 優菜たちが顎髭のウェイターに連れられて入ったのは入り口から少し奥に進んだ甘味所だ。

 店内には客の姿どころか店員の一人も見あたらず、顎髭のウェイターが優菜たちをそのまま奥のテーブル席まで案内すると、3人分のメニューとお冷や、そして縁用の小さなカップとメニュー表を持ってきた。



「おい楠木。阿密哩多が入っているぞ。妾は所望する。良いな」



 優菜の小指の爪ほどの大きさのメニューを見ていた縁が顔を上げると楠木に告げる。

 その口調は頼んでも良いかと尋ねているのではない。もう決定したということだろう。

 


「さすがは縁様。お目が高い……楠木君これくらいだけど大丈夫かい?」



 顎髭を生やしたウェイターは縁に世辞を言いながら掌に何か書き込み、その手を楠木に見せる。



「また高いもんを……一杯だけですよ」



 縁の頼んだ物は相当高額らしく楠木は頬を引きつらせるも、しょうがないと苦笑を浮かべてオーダーを通す。

 


「お兄ちゃん。優陽クリームあんみつ」



 優菜の横に座る優陽がニコニコしながらアイスの乗ったあんみつを指さす。

 


「おう。頼め頼め……んでお姉さんの方はどうするよ? ここまで来といて断らんよな」



 どうにもいけ好かないまるで人を試すかのような、にやにやした笑みを楠木が浮かべる。

 あまりに胡散臭く怪しい男と怪しげな店。

 どう考えても普通ではない。

 しかし父親のことを知っているという男。助けられると断言する男。

 


「……妹と同じ物で」



 毒を食らわば皿まで。

 あの怪しげな扉を潜ったときから……いや父親がいなくなったあの日から、自分が摩訶不思議な非日常世界に放り込まれたのだと優菜は認めはじめていた。







 頼んだ料理が運ばれてきたところで、楠木がネクタイを弛めスーツの下のワイシャツの一番上のボタンを外す。

 どうやら窮屈な正装があまり好きでないのか落ち着いたと言わんばかりに息を吐く。

 アイスが溶けると心配しているのか、食べたくてうずうずしている優陽を見て楠木はにやっと笑う。



「食って良いぞ。優陽には難しいから判るところだけ聞いてればいい……ちゃんといただきますしてからだけどな」 



「うん……お兄ちゃん。ありがとうございます。ご馳走になります。」



 楠木の薦めに優陽が手を合わせて楠木にお礼を言ってからスプーンを手に取った。



「礼儀正しいお嬢ちゃんだ事で……さて。んじゃあまずは俺の本当の役職から説明する。これが俺の仕事だ」



 懐から銀色のカードを取り出しテーブルに置いた楠木は指で小さくカードを叩く。

 するとカードが淡い光を放ち、ついで優菜の脳裏に直接映像が浮かび上がってくる。

 


『日本国異界特別管理区第三交差外路 特殊失踪者捜索救助室 専任救助官 楠木勇也』



 優菜の脳裏に浮かぶのは楠木の役職といくつもの記号や印章が浮かんでくる。

 その中にはパスポートなどにも使われる菊花紋章の姿もあった。

 隣に座る優陽にも見えているのか、アイスの乗ったスプーンを口に加えたまま目を丸くしている。



「便利だろ。俺らの相手は文化や種族が違うとか目や耳が無いどころか、気体生命体やら精神生命体やらがいてな。視覚情報も聴覚情報もあまり役にたたねぇんだ。これが。だから相手の存在その物に語りかけるこのカードが重宝する」



 カードを手にとって胸にしまった楠木がにんまりと笑う。

 それはいたずらに成功した子供が浮かべるようなやんちゃな笑みだった。



「要するにだ……世界の外には異なる世界がいくつも、それこそ無量大数に連なり繋がっている。異世界ってやつだな。異世界間移動及び関連事項対応に特化した組織が日本では異界特別管理区交差外路って呼ばれている。俺は日本が所持する交差外路の三つめ。通称

特三に所属している。んでこっちのちっこい御方は」



 我は関せずと極上の笑みを浮かべて杯をちびちびと舐めている縁を楠木が指さす。



「ちっこいとは無礼な奴め。妾はこの木偶の坊の守護刀にして、万物を司る八百万の御霊が一柱『縁』じゃ。苦しゅうない。縁様と崇めるがよい」



 杯から顔を上げた縁が胸を張る。

 一見傲慢な態度と言葉だが傲り高ぶっているとは優菜は感じない。

 そういう存在だと本能が感じ取っているのだろうか。

 


「簡素に言えば神様って御方だ。ちなみにさっきのマスターも。この空間自体がマスターって事らしい。遠野物語には妖怪で紹介されてるけどな。厳密には超高密度世界干渉力存在って俺も良くしらねぇ世界の理の一つ」



 楠木は理解しようとしても無理だと言わんばかりに、そういう風なもんだと思っとけと言いたげだ。 



「異世界……神様……」



 なんだその御伽噺は。

 鼻で笑って否定してしまいそうな与太話……とはいえない。

 人外の縁という少女とこの有り得ない空間を実際に目にした後では。



「ここらは信じても信じなくても本人の自由だ。でもここから先は信じてくれ……本題になる。あんた達の親父さんは今は異世界にいる。召喚っての知ってるか? 良く小説やゲームとかにある所謂魔法だ」



「優陽知ってる。妖精さんの国のお花を呼び出す魔法でしょ。図書室の本で読んだよ」



 優菜が迎えに来るまで小学校の図書館で時間を潰している優陽が手を挙げて答えた。



「平和でいいなそりゃ……まぁそんなもんだ。他の世界の存在を呼び寄せる魔法って奴だ。優陽よく知ってるな偉いぞ」



 楠木は皮肉気な笑みを浮かべたかと思うと、手を伸ばして優陽の頭を押し下げるように撫でた。



「ちょっと!………」



 楠木の乱暴な扱いに怒鳴ろうとした優菜は思わず言葉を失う。 

 笑みを浮かべてる楠木の目には寒気を覚えるほどの悲しみと怒りが浮かんでいたからだ。

  


「親父さんはそいつでどこかの異世界に召喚……要は誘拐されたんだよ」



 優陽には見せないようにしている固い瞳と優菜にだけ囁く冷えた声。

 父親は異世界に攫われた。これが真実だと告げてくる。

   


「おい。木偶の坊。小娘の背が縮むぞ。そろそろ離してやれ」

 


 急に空中に飛び上がった縁はそう言ってから、楠木の右肩に止まって耳に顔を近づた。



「……そりゃそうだ。縁様のサイズまで落ちたら可哀想だな」



 楠木が一瞬目を閉じてから息を吐いて口元に、にやりと笑みを浮かべて優陽から手を離す。その顔からは先ほどまで見せていた暗い感情は消え失せている。

 縁が何を言ったのか判らないが、その言葉が楠木を落ち着かせたようだ。



「ふん。妾のどこが可哀想だ。この木偶の坊が」



 悪態を吐きながら縁はテーブルには戻らず、そのまま楠木の肩に腰掛ける。



「まぁ、召喚つっても悪いことばかりじゃねぇんだがな。一般には伏せられてるけど異世界との交流ってのは結構昔から盛んなんだよ。それにもいろいろ理由はあるんだが。ここ最近の主流は召喚主と召喚者の間で条件と折り合いをつけて、ちょいと変わった能力を持つ人間を異世界に紹介する異世界派遣業ってのだな。日帰りの異世界アルバイターって奴もいるみたいだわ」



 明るく話す楠木は裏の世界って面白いだろと笑顔を浮かべて饒舌に喋りはじめる。

 一気にまくし立てる様は、まるでいつもの自分を必死に取り戻そうとあがいているようだ。



「交流が盛んになるにつれて数多くの異世界と条約も取り交わされてる。安心安全な異世界旅行ってな。そのルールの中で断りのない無断召喚ってのも禁じられてんだよ。ただ、たまに起きちまうんだ。無断召喚ってのが……ルール外の遠い異世界ってこともあるし、条約内異世界での犯罪や事故とかって場合もある。運悪くそいつに親父さんは巻き込まれたんだよ」



 楠木はそこで言葉を切ると、一気に喋って喉が渇いたのかコップを取り水を飲み干した。

 そしてにかっと笑う。



「でも安心しな。異世界に攫われた国民様を救い出すために、あっちの世界こっちの世界乗り込んで力ずくでも助け出す正義の味方。それが俺達『特三捜救』だからよ」

 


 楠木は詠うように高々と宣言すると快活にカラカラと笑いはじめた。



「じゃあお父さんが帰ってくるの?!」



「おう。任せろ」



 楠木の言葉をよく判っていないのだろうが優陽が嬉しそうな歓声を上げ、アニメのヒーローを見るかのようなキラキラした目で見る。

 だが先ほどの目を見てしまった優菜からは、どうしても楠木のそれは無理矢理な笑い顔に思えてならなかった。

 この男は何かを隠している。

 それが何かは分からないが、重たく暗い物を感じさせる。

 


「……楠木」



 証拠と言うべきなのだろうか。

 楠木の右肩に乗る縁が楠木の名を小さく呟き首を優しく撫でていた。まるで幼子をあやすかのような優しく、そして悲しげな顔だ。



「あの……」



 楠木が隠している物を尋ねようと優菜が口を開こうとした時、店の入り口の扉が開く音が響いた。

 この怪しげな空間に一体誰が?

 思わず入り口の方を向いた優菜は言葉を失う。

 舞い散る桜を柄に施した純白の着物。

 しっとりと濡れるように輝く黒髪。

 薄桜色の唇は色気を醸し出す。

 ほっそりとしながらも女性らしさを主張する小柄な身体。

 強い存在感を放つ二十才ほどの和装美女がそこに立っていた。

 

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