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奪還編 奪われた死③

 それは最初は紛れも無い純粋な善意から始まった。


 死は終わり。挽回の出来ない損失。失われた者が果たす役目を、代理する者が出来ても、所詮は代わりでしか無い。


 代わりが生まれる保証も、それがいつか等、誰にも判らない。


 その者がいないことで起きる悲劇が、防げる災いが、いくらでもあるというのに。


 ならば死を、終わりを凌駕できないだろうか?


 誰かが、誰もが、想い、願い、無量大数世界において無数の試行錯誤が行われ、今も行われている。


 意図せぬ同心を抱く者達の無限の失敗の末に、結実した極々僅かな例。


 だがそれは出来上がった瞬間に歪む。なぜならそれは、それだけはあってはならないからだ。


 始まりと終わり。生と死。それは無量大数に渡り広がり、無限の理が存在するこの世界において唯一といって全ての世界で共通された理。


 歪みは、望みを歪め、心からの望んだ希望は、違う物へと、すなわち欲望へと変わる。


 その世界もまたその1つ。そこは楽園。


 志半ばで倒れ死を迎える直前の勇者、聖女達の無念の心に答え、召喚し、死の無き世界で、起きるはずの死を回避し癒やした後に、元の世界へと送還し、志を達成させる。


 無量世界の平和と繁栄を願い作られた再生システム。


 だがそこに歪みはある。誰もが死を、損失の痛みを堪え、再起できるわけでは無い。


 なぜ自分が死ぬまで戦わねばならない、なぜ自分達を見捨てた者達のためにまた死ぬかも知れない死地へと行かねばならない、なぜ自分だけを生き残らせ、仲間達に死を迎えさせた。

 

 死によってより強まった思いは、感情は、再生システムを破綻させる。


 無量大数の世界より召喚された力ある者達。かつての勇者、聖女と呼ばれた者達が跳梁跋扈する世界。


 力を思うがままに振るい、それでも誰も死なず、自らも失わない。


 力こそが正義の世界。力ある者達が全てのしがらみから放たれ、心のままに振る舞う世界。 

 当初とその世界の意味は変わるとも、そこは今もかわらず『楽園』と呼ばれている。







 異界転位直後の何時もの立ちくらみと吐き気に、ふらつきそうになりながらも柔らかい砂を何とか踏みしめ、目を閉じて平衡感覚を取り戻そうとする。


 普段ならば相変わらず何度やっても馴れないなと、皮肉な笑いの1つも浮かべてみせるが、今の自分にそこまでの余裕が無い事に今更ながらに気づき、楠木は小さく息を吐き、呼吸を整え、何とか気持ちを切り変える。


 動悸が収まると共に目をゆっくりと開き、周囲の光景を確認する。


 どこまでも広い青空が広がり、足元には白い砂浜が広がり、透き通った海水が穏やかな波を起こす。


 日差しは強く見えるが、気温はほどよく温かく、からっとしていて、冬用のスーツ姿だというのに心地よい位だ。


 どこかの南国のような風景。だがこれは幻。楽園というイメージを、その者が抱く心象風景を再現するこの世界独特の有り様。


 しかもこの幻はある意味で現実。しゃがんで手を伸ばせば砂の感触が確かにそこにあった。



「俺には南国の小島に見える。縁様と姫さんは?」



「安直な心象が過ぎるぞ。妾には稲穂が実る田園が、地平の彼方まで広がって見えておる」 



 右肩に腰掛けた縁は、異界転位で消費した力を取り戻すためか、どこからともなく甘柿と杯を取り出し傾けはじめている。


 縁が抱く楽園のイメージが、豊穣という原風景な現れなのだろうか。



「私は……ふふ。美味しそうだとだけ」



 一方姫桜の方といえば、うっとりとした目と口元を隠した微笑を浮かべ、誤魔化すかのように、言葉少なく答える。


 もっとも皆まで言わずとも、玖木の頭領である玖木姫桜にとって楽園とは、一般人が思い描く物とは真逆だと楠木は知っている。


 その証拠に、異界転位の際に同調させるために握った楠木の左手に、右手の爪を立てて、その血を啜っている。姫桜好みの屍山血河でも広がり、少しだけ興奮しているのだろう。


 三者三様の光景。一般人に毛が生えた程度の楠木はともかく、現世において上から数えた方が早い縁と姫桜にさえ、本来の世界の有り様では無く、心象風景を見せる辺りに、この世界の質の悪さが現れている。


 戦場で猛勇を誇る勇者が、牧歌的で平和な光景を見させられたら、清貧を誇る聖女が己の楽園として金品の山を見させられたら。


 己さえも普段は意識していない、本来の心からの望みを見させられたら、心より望む物がそこにあったのならば、元の世界へと返ろうと、自分が一度死んだ世界へ戻ろうとするだろうか? 


「縁様。乖離が酷くなるとお互いを見失う可能性もあるか?」



 あまりに違いがあるイメージに、楠木は懸念を覚えるが、己の神官が発した質問に縁は不機嫌に眉根をあげた。



「ふん。舐めるなたわけ。他の有象無象ならともかく、妾は縁を司る神。妾に傅く貴様はもちろん、玖木の娘とて切っては切れぬ腐れ縁で結んでおる。この程度で互いを認識できなくなるか」



「大丈夫ですよ楠木様。この程度ならば私の足止めにもなりませぬから。それか抱き上げていただけるならより安心ですがいかがなさいますか?」



 自分が抱く懸念程度は、ものの数にもならない2人が返してきたそれぞれの返答。


 何時もなら下らない軽口で返すことも出来るのだろうが、茶化す心が、強がる余裕さえ生み出せない楠木は軽く肩をすくめ、左肩の竹刀袋を担ぎ直して、とりあえずいつの間にやら目の前にあった小道を進んでいくことにする。


 事前情報では、転位してきたこの世界の交差街路。出現地点付近は、それぞれの思惑で群雄割拠する元勇者、聖女達の中でも争いを好まぬ比較的穏健派、それ故に勢力を減らし続ける少数派の一派がかろうじて確保しているはず。


 他の勢力の支配領域に入れば、いきなり戦闘となりかねない中で、姫桜を放り込むなど火薬庫にダイナマイトを投げ込むような愚行。


 交渉の余地がある勢力とまずは関わりを持つのが何時もの手だが、統一された意思機関などとうの昔に滅び、外への興味など失った勢力がほとんどで窓口さえ存在していない。


 だからこの世界への転位は事前に告げてはいない。


 となれば、転位早々にいつの間にやら出現した道は、その一派からの招きと見て間違いない


 まずは情報を求める。何時もと違う精神状態であるからこそ、何時ものスタンスを意識して勤めようとする楠木の行動に、縁も姫桜も言葉は無くとも同意する。


 少しばかり小道を歩いていくと、忽然と景色が切り変わり、周囲を谷に囲まれ、真正面に道を塞ぐ、道の終着地点となるおおきな岩山が出現する。


 その岩山は内部をくり抜いて建造物として用いているのか、規則的に並んだ小さな窓からは灯りが漏れて、何故か岩山の中腹辺りにぽっかりと穴を開けた長方形の正門らしき出入り口を塞ぐ門には、細やかな意匠が施されている。



「岩山。俺らの世界とちょっと意匠は違うけど、なんつーか洋風の寺院に見えます」



「良い絶景ですね。内部に人の気配を多数。あまり強くは無く、こちらを警戒する視線もいくつかございますね」



「同じく。どうやら誰かの心象風景が産み出した理想らしいの」



 何らかの術式か。それとも長年この世界で過ごすことで周囲の光景を己の心象に固定でも出来るのか、二人と一柱が見る光景はいつの間にやら一致していた。


 道を作ったという事はこちらを招き入れるつもりか、それとも罠か?


 どちらにしろ踏み込んでみないと判らない。


 楠木はスーツの内側に手を入れ名刺入れを取りだし、一枚のカードを引き抜き、それを掲げながら指で弾く。


 凛とした鈴のような音が周囲に響き渡り、楠木の頭上にいくつもの光が浮かび上がる。



「日本国異界管理区第三交差街路。特殊失踪者捜索救助室専任救助官楠木勇也と申します。先日この『楽園』世界に我々の世界から、男性が1人違法に召喚されていることが判明いたしました。彼の探索のためにお力をお貸し願えないでしょうか」



 隠すべき目的も恥ずべき策謀も無い。求めるのは攫われた者を助けるだけ。


 言葉無き者。視覚無き者。肉体さえ無く精神体しか持たぬ者。ありとあらゆる万物へと己の所属と姓名を伝える特別な名刺を使い名を名乗った楠木は、ゆっくりと己の立場とその目的を告げる。


 少ししてから、中腹の門が開き、そこから1人の老女が姿を見せる。彼女の背中には一対の純白の翼が姿を覗かせていた。


 軽く翼を振って地上に降りてきた老女は、己の世界の挨拶なのだろうか、その背の翼をこれ見よがしにゆっくりと上から下に降ろしてみせると、



『ようこそ異界の方々。原初派救護院【トリアロジ】院長を務めさせていただいているクラトリアと申します。どうぞお入りください。お話だけでも聞かせていただきます』



 敵意や悪意を一見には感じさせない微笑みと共に、地上に作られた小さな出入り口を指し示した。

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