表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
特三捜救 異世界召喚者奪還物  作者: タカセ
記憶無き奪還
22/27

帰還編 記憶無き奪還②

 天頂に達した太陽は盛んに燃え、じりじりと暑い日差しが肌を焼く。

 暦上ではそろそろ冬が近づくはずだが、旧御角志村はまだまだ夏の装いを保ち、コンクリートの隙間から姿を見せる下草は青々と茂っていた。

 異界へと続く道から流れ込んできた世界改変力により、世界の理が歪んでしまった影響で、この一帯の時間流さえも狂い異界化していた。

 こちらが夏なのは判っていたので、冬用のコートの下は薄手のワイシャツのみにしていたのでまだマシだが、両腕の怪我がまだ完治しておらず体力の低下している楠木にとってはこの暑さは些か強すぎた。



「…………っう……碌な情報が無いな」



 階段に腰掛け朽ちた駅舎が作り出す僅かな日陰で辟易しながら、待ち合わせの相手が訪れるまでの僅かな時間でも資料に目を通していた楠木は、手元の資料を捲ろうとして鈍痛に顔をしかめる。

楠木の両腕には、二の腕から指の先端に至るまで無数に奔る裂傷の跡が残っており無残な有様だ。

 怪我の原因は数ヶ月前に行った送還儀の際に、単なる偽善行為で無茶をした所為なのだから、この痛みは自業自得だと受け入れている。

 しかしその際に信奉し仕える縁にまで無茶を強いて、その宿りである竹刀を粉砕してしまったのは、縁に苦痛を与えてしまった事も含めて痛恨の極み。

 神官としての自覚やら、未熟すぎる技能での高望みなど、いろいろと至らぬ点で縁を激怒させてしまい、竹刀の新生が終わるまでは、完全治癒も異界行きを禁止された半謹慎状態を申しつけられていた。

 もっとも縁の力を借りられない自分など、異界では何も出来ないと楠木は割り切っている。

 だから今できることをやる。

 何時ものことだ。

 過去の資料を辺り、状況を調べ、親交のある友人、知神に聞き取りをし、他世界から流れてくる情報に目を通し違和感を探す。

 地道な調査だが、僅かな手がかりでも見つけられれば、特一に頭を下げて調査や救助を依頼すれば良い。

 緊急を有する場合は、いろいろな意味で後が怖いが、姫桜に頼み単独で動いて貰う事も出来る。

 無力感に苛まれながら這いつくばってでも前に進んでいた頃に比べれば、打てる手、やれることはいくらでもあるから、異界行きを禁止された状態といえどまだ気楽な物だ。

 目新しい情報や有力な情報は無いと思いつつも熟読していると、不意に資料に影が陰った。

     


『…………』



 目を上げるとぼろぼろのローブに身を包んだ女性がいつの間にやら楠木の前に立っていた。

 幽鬼のようにはかなげで生命力に乏しく、感情を感じさせない死人のように凍りついた表情

 その立ち姿も幻のようにゆらゆらと揺れて、真夏の陽炎のように現実味が無いが、彼女こそが楠木が待ち合わせていた異神レイディアット。



「どうも。ご足労をおかけします」



 母による子殺しが起きる前に、子を浚い異世界へと転生させる超常存在の1つを前にして、楠木はゆっくりと立ち上がると一礼する。

 奪還者である楠木にとって、違法召喚主であるレイディアットは厳密に言えば敵対存在であるが、今は協力者の1人であり、その召喚の結果の善悪はともかくとして、子拐いの意味を知らされたからには積極的に敵対する意思は無かった。

 

 

「貴女から依頼されていたゴオライの件は、こちらの派遣登録者数人を対龍専門チームとして選抜して行ってもらいました。運命は変わりますか?」 



『…………』



 レイディアットがなにも答えず目を閉じると、楠木の頭の中に鮮明な映像がいくつも浮かび上がっていく。

 風変わりなデザインで作られた異世界の大都市。

 そんな平和な世界の上空に飛来するのは、世界を渡り歩き改変力を喰らう災厄である龍。

 暴虐にして大食である龍に食い尽くされる世界。

 生きながら喰われる恐怖に怯える娘をせめて楽に死なせてあげようと、その首に手をかける母の嘆きと絶望。

 そこで映像がぶつりと切れて、白紙の未来図が浮かび上がる。

 


『……彼女の願いは消えました』



 微笑の1つも見せず無表情のままでレイディアットはつぶやく。

 その双眸は虚ろを見つめ、目の前にある楠木の姿を捉えているのかさえ判らない。

 


「そうですか。よかったです」



 相手からは明確な返答が無い事を知りながらも楠木は言葉を返す。

 レイディアットの召喚とは前倒しの召喚。

 絶望にとらわれ、自ら愛する我が子を殺さなければならず苦悶し、無力な我が身を恨む母の呪いを肩代わりし、母親が自らに絶望する前に子を拐い、怨みを引き受ける神に似た異なる物。

 それが異神レイディアット。

 木之崎夫婦から娘を拐ったのも同様。

 三崎が見せられた本来の運命とは、御角志の事件により業績を悪化させた事で会社が潰れ、あの夫妻は巨大な借金を背負い、その末には一家心中という形で母親が自ら娘を殺すはずだった。

 だが娘を浚われ取り返すために、命がけで会社を建て直した木之崎夫妻の運命は対極へと変貌した。

 木之崎の娘にしてもそうだ。

 あの世界で楠木が介入していなければ、母子は父親を殺したあの狂人に拉致監禁され、そのまま一杯の酒と引き替えに浮浪者達の慰み者となるはずだった。

 誰の種とも判らない子を孕み狂った娘を思い、母は子殺し、孫殺しを決行し、自らも命を絶つ。 

 異神とはかつてあった世界で最後に生き残った物が変貌し、世界その物となった存在。

 今際の際に思い描いた強い意志が、異神の力と行動の源となる。

 レイディアットの行動原理は、子殺しを防ぐこと。

 楠木に接触してきたレイディアットが見せてきた過去の行いは、全てその為だけだった。

 レイディアットは異神でありながら、平時ならば弱く、存在感すらほとんど感じさせないか細い力しか持たない。

 だからこそ強力な物が訪れれば、周囲一帯が異界へと落ちてしまうほどに崩壊しかけた危険な御角志の地へも訪れることが出来る。

 だが一度子を拐い、他の世界に渡らせてしまえば、上位の神であろうとも、その存在を追い切れないほどに隠し通してしまう。

 転生召喚に特化した存在と言えば良いのだろう。 

 おそらくこの異神の基になった者は、似たような絶望の果てに世界に成り果ててしまったのかもしれない。

 救う為に子を拐い、恨まれ、それでも子を拐う。

 その行動には喜びも無ければ、悲しみも無い。一種の自然現象みたいな物。

 そんな相手に、怨みも怒りも楠木は抱かない。

 だが利用できるならば利用する。

 

 

「では教えてもらえますか。我々の世界から落ちてしまった人の行き先を。そして貴方が次に拐う予定の世界の事を」



 1人を救えば、1人の行き先を教える。

 意思疎通が出来ているのかすら怪しい相手に、何とか交渉めいた物を出来ているのは、単なる偶然だ。

 謹慎を言い渡された後、単身で御角志の調査を始めた楠木の前に、彼の神は現れ、何も言わず、起きるはずだった出来事と、そして行方知らずの住民が落ちた世界の映像を見せてきた。

 ひょっとしたら自分ではどうしようも無い出来事を何とかして貰った礼のつもりだったのだろうか。

 それとも楠木を動かす為の未来が見えていたのだろうか。

 何を考え、いや考えているのかさえ判らないが、唯一確かなのは、この存在が楠木にとっては役に立つということだけだ。

 だからとっさのことではあったが、そのまま立ち去りかけていたレイディアットに取引を持ちかけ、今の協力関係らしき物を築いていた。



『…………』



 新たな映像が楠木の脳裏に浮かんでくる。

 見世物にでもされているのだろうか。檻に入れられたおびただしい少年、少女達の映像。

 その周囲を取り囲むのは、見上げるようなカラフルな羽根で着飾った巨鳥達。

 次いで映像が切り替わり、空から落ちてくる巨大な星と押しつぶされそうになっている親子が映し出された。

 映像がぶつりと切れて楠木の意識は現世へと戻る。

 目の前に立っていたはずのレイディアットの姿は既に無い。



「鳥と隕石ね……相変わらず判りにくいことで」



 ふらりと現れ、すぐに消えてしまう相手ではもう少し分かり易くしてくれと文句を付けることも出来無い。

 鮮明ではあるが、世界を特定できるような情報が少ないことにぼやきつつも、次の目標が定まった楠木の目に闘志が宿っていた。



















楠木が使う神刀『縁』は一言で言えば竹刀型呪具。

 縁を断つ意味に刀という形を取り、見ない絆を紡ぐという抽象的な意味に、地下茎で繋がる竹を用いる。

 神気の濃い聖地で育てられた黒竹は、強い生命力と再生を象徴させ、力を高める。

 さらに墨を塗り漆黒に仕上げた表面は、混ざることの無い明確な意思を表す。

 その直刀形状は、柄に埋め込まれた十握剣『天之尾羽張』の元の形状と一フェムトメートルも狂い無い同寸とし、縁の力を最大に引き上げるように仕立ててある。

 現代においては最高峰とも呼べる材料と技術を用いた純粋な神剣型呪具。

 その新生は壊れたからといって、一日二日で新しく作り直せるという物では無く、特三に登録された鍛冶師が一つ一つのパーツを丹精込めて作り出す一品物になっていた。




 差し出された竹刀の一片は、特三に異世界派遣業としてして登録された特殊能力者の長さを見極める力により、他の4つと寸分の狂いも無い太さ長さに保たれている。

 表面は幾度も墨を塗り乾燥させた混じりっけの無い純粋な漆黒を保つ。

 裏側には米粒大の無数の呪を刻み込み、楠木が用いる縁断ち、紡ぎをより強化した特化構成の術式としてある。

 神剣屋の異名を持つ女鍛冶師沢木圭子は渾身の自信作を手に破顔した笑顔で竹片の裏表を見せながら、



「縁様。こっちはどうです。長さはいつも通り柚希ちゃん完全調整でもうパーフェクトな良い感じに。表面はかっさらってきた古木松墨仕上げで、裏面には幸樹にねじ込んで刻ませた神文字で術式をサポート」



「却下じゃ。その構成はあの未熟者に負担を強いる。その式をこなせる力量などありはせん。妾に回せ」 



 しかしそこに書かれた術式を一瞥した縁は不機嫌そうに眉をしかめ説明を遮ると、杯を傾けた。

 杯に満たされるのは黒い液体だが、歴とした日本酒。

 元禄の大古酒とまではいかないが、200年以上熟成された稀少な神酒であり、甘みの強い酒を好みとするが、基本的には和洋問わず節操なく飲む縁の為に、楠木が集めてきたコレクションの中でも稀少な一杯だ。 



「こっちもですか? 了解です。でも少しは楠木君にもやらせたらどうです。いつまで経っても成長しませんよ」



 自信作を一蹴されあっさりと袋に戻し、選り好みのはっきりしている縁の嗜好にはやはり合わなかったかと圭子は1人納得する。

 元々採用されるとは思ってもいないが、作りたいから作るという、鍛冶師として真っ当な欲求で作成した代物。

 もっともその圭子の職人心を満足させる為に各々忙しい中、無理矢理に手伝いををさせられた恋人や友人、知人達にはたまったものでは無いだろう。



「ふん、下手に成長させれば増長しよるわ。今回のこととて、あやつの自己満足のすえに起きた事。ともかく妾に回せばよい。己の力量も顧みられない者にはお前の剣はすぎた物じゃ。あやつはただ妾に願い出れば良いのじゃ」



 極めて不機嫌な縁が手酌でちびちびと酒をあおり続ける。

 稀少な酒を粗雑に飲み過ぎなようにも見えるが、縁にとってはこれは傷ついた神魂を癒やすための治療行為。

 無理矢理な術の反動は術者である楠木の両腕を破壊したが、それでもまだ死んでいないだけ良い方。

 反動の大半を縁が引き受けたからこそ、楠木は生き残ることが出来た。


 ”消えるはずであった存在の、縁を無理矢理に結び留める” 


 召喚被害者が産んだ娘は、母親がいなくなることで存在しなかったこととなり、本来ならば世界の理から外れ消滅するはずであった。

 だがそれを良しとしない楠木の願いにより、事実改変を行い誰にも気づかれずに無理矢理にあちら側の世界に留めさせたとのこと。

 世界の理にまで介入しようとすれば、縁の神官とはいえ元を正せば単なる一般人である楠木には手に余る大事。

 術式自体は成功しても、竹刀が砕け、楠木どころか縁までも深手を負うのは自明の理、両者が死んでいないだけ幸運だといえるほどの無茶でしかなかった。   



「でも今回は縁様が反対すれば楠木君も無茶しないですよね。縁様に基本絶対服従ですし」



 結果はやる前からわかっているのだから、信奉する神である縁が反対すれば、楠木は己の意志を曲げることになろうとも従っていただろう。

 自分が弱いと認める楠木にとって、そんな自分でも見いだし力を貸し与えてくれる縁を、普段の気安いやり取りとは裏腹に、楠木は最上級に崇めて従っている。

 供物として買い込んでいる酒や菓子の購入費に給料の大半をつぎ込んで、暇を見ては稀少酒を探し出す為に尽くしているほどだ。

 多少行き過ぎな感もある縁への奉仕は、己の全てを捧げ尽くす神官としては当然ともいえるかも知れない。 



「あやつに舐められたくは無いからな。出来無いなどというわけが無かろうが」



「……相変わらずの猫かわいがりですね」



 だが問題はその信奉対象である。

 楠木に対する言動は常に厳しく叱咤激励する物ばかりだが、縁がその神官である楠木を溺愛しているのは周知の事実だ。

 本来の立場、神格であれば霊験灼かな聖地に社を構えて、神官である楠木に力を貸し与え下知を下して、本神はのんびりとしていればいい。

 大抵の高位神はその形を取り、己の持つ巨大すぎる力を複数の神官に貸し与えている。

 なのに縁は基本的に楠木の右肩を定位置とし、常に共にあり心身ともに支え、己の力を託すのは自他共に認める未熟な楠木だけ。

 そんな可愛がっている楠木の願いならば、自己満足な偽善行為であろうとも、自らの身に危険が及ぶ無茶でもこの神様が断るはずが無い。

 今回の件だけを見ても、己が傷つくのも構わずその願いを叶え、楠木を庇いきれなかった自分に不甲斐なさを覚え不機嫌となる。

 これで縁が楠木を溺愛していないなどと反論できるものは皆無だろう。

  


「誰が猫じゃ。あやつは無力で貧弱な鼠じゃ。だから妾に頼れ……何をにやにやしている」



 楠木に怪我を負わせたことが実に不本意で、ここの所不機嫌が続いている縁本神を除いて。

 見た目は愛らしい和風巫女美少女フィギュアという外見の縁の典型的なアレな言動にニマニマした笑顔をつい浮かべてしまった圭子を見て、さらに縁の機嫌は悪くなる。



「ともかくじゃ神剣屋よ未熟なあやつが原因でこれ以上妾に傷を付けられるのは我慢がならん。術式は妾に全てを回せ。妾1人でやった方が無難じゃ。後はいつも通りで構わん」



「はい。承りしました」 



「だから笑うなと言うておるに……酒が切れおったか」



 楠木の負担は減らして自分が受け持つといういつも通りのオーダーに、にんまりとしている圭子を睨み付けると、縁はぐいっと杯を傾け残っていた酒を一気に飲み干し宙へと飛び上がる。

 これ以上は自分の分が悪いとふんだのか、酒を飲み尽くしたのを理由に席を外すつもりのようだ。

 


「後は任せる。出来あがったら呼べ。それと八菜の奴が金山彦神から芯に埋め込む緋緋色金を受け取って来る手はずじゃ。残った物は報酬にくれてやるから技巧鍛錬に励め」



「了解しました。あ、緋緋色金をいただけるなら、どうせなら楠木君用に非常時結界用とは別に護神短刀を一本打ちましょうか? あたしやっぱりそっちが本職ですし縁様に生んでいただければ相性が良い」



「妾だけでも持てあます楠木には過ぎたものじゃ。いらんわ」



 本気半分、からかい半分で申し出た圭子の戯れ言を、縁は一刀両断で切り捨てると、姿を消し、工房から出て行ってしまった。

 


「いやーさすがにガチの神殺神蘇神剣じゃ誰でも持てあましますよ……縁様。楠木君好きすぎでしょ」    



 自分が生んだとしても、お気に入りの神官に他神が手を出すのを嫌ったのだろうが、こじつけた理由はさすがに無理がありすぎるなと圭子は頬をかく。

 例え担い手が天才だったとしても、相手が縁では誰も釣り合わないだろう。

 自他共に認め他世界にさえも響く天才鍛冶師神剣屋沢木圭子を持ってしても、縁の力を十全に引き出す剣は数千本を打っても生まれるかどうかの奇跡の品。

 だがその事は屈辱でもなければ、純然たる事実。

 何せ姿も名も変わろうとも縁は、国生み伊耶那岐神の愛刀にして、火之神迦具土神を斬り殺し、数多の剣神達の母となり、さらには黄泉の国に繋がれていた伊邪那美神を己の身と引き替えに現世へと帰還させた神剣『天之尾羽張』

 その神魂、力は紛れもなく彼の神であり、本来であれば重鎮として鎮座し、1人の神官だけに力を貸し与えたり、軽々しく異界に赴いていい立場ではない。

 ただその巨大すぎる功績から面と向かって反対できる者は父神、母神、三貴神にすらおらず、数百年前に現世に帰還するまでは無量大数世界を放浪していたいきさつなどもあって、縁本神が望む異界関連事項に関わり現場へと居続けている。



「縁さんにとって楠木さんは初代以来ようやく現れた紡ぎの使い手。代々の継承者の方には申し訳ありませんが別格扱いは仕方ないでしょう」


 工房内に涼やかな笑い声が響く。

神出鬼没な第三交差街路管理人金瀬八菜が、黄金色に染まる金属板を手に工房の入り口に立っていた。



「あー八菜さんお帰り。おぉ! また大量な緋緋色金を仕入れてきましたね!」



 どこで聞き耳を立てているのか判らない八菜には慣れている圭子は、その手に持たれた緋緋色金を見て目を輝かせる。

 これだけあれば竹刀に使ってもお釣りが十分に来る。

 龍退治にいった龍殺し達の装備を整備しても良いし、巨大回転衝角に仕立てて機甲兵連中に譲ってもいい。

創作意欲を刺激され圭子は喜色を浮かべる。



「縁さんの新しい宿りの為だといったら快く譲って戴けました」



「さすが縁様! んじゃ早速柄元の芯にしますね……それにしてもこれだけあれば刀身全体を緋緋色金で作れそうですけど、八菜さんと縁様ってやっぱり反対なんですよね」



 大きさの割りに驚くほど軽い緋緋色金を受け取った圭子は、そのひんやりとした心地よい感触に感動を覚え愛おしそうにほおずりしながら勿体ないと息を吐く。

 確かに今の縁の宿りに用いる黒竹を筆頭に他の材料も現世では最高品質ではあるが、その力は神代の金属である緋緋色金には劣る。

 全身を緋緋色金で作り、柄など装飾部に竹を用いればより強力な剣を作れると鍛冶師としての勘が告げている。

 実際先代の継承者兼神官達が用いたその姿は古刀じみた形状の金属剣。

 玉鋼を用いたその切れ味は縁との相性も相まって『天之尾羽張』であったときと比べても遜色なく、怪異を切り払い追放し古今無双神刀『縁切り』と謳われていた。

 それらに比べれば、今の形状では切れ味だけで見れば著しく落ちているのは、その竹刀という形から見ても当然の事だ。



「今の縁さんは断ちではなく紡ぎに重点を置いています。それに楠木さんは奪還者。復讐者ではありません。今の形が最上でしょう」



 だが圭子の意見をやんわりとだが、きっぱりと八菜は否定する。

 復讐者であり斬る事に特化するならば緋緋色金一択だろうが、楠木は奪還者。

 なら紡ぎを重視した今の形がベストというのが、発案者である八菜とそれをあっさりと承諾した縁の共通した意見だった。



「いやまぁ最初は正直言えば神剣を竹刀に? って疑問に思いましたけど、今は結果正解だったかなとは思ってますけど」



 作ってみたら作ってみたで、これはこれで奥が深いので鍛冶師としての圭子の嗜好を十二分に満足させる物だったが、その顔には物足りなさが見て取れた。



「だったらこれでも良いと思いませんか。紡ぎまで引き出せるのって楠木君だけなんだから才能は有るんでしょ。鍛えれば良いのに。弱くないでしょあの人。絶対に折れないって言うか、化け物じみた精神力の塊ですし」



 圭子は先ほど縁に却下された竹刀の一片を指し示す。

 これは楠木の負担を少しだけ上げたバージョンだが、そこまで無謀な作りではなく、適度の負荷によりむしろ楠木を鍛え力を強化する事も出来るだろう。

 楠木の強さはその精神力。

 ただの一般人から、縁に見いだされるまでに来た道は、並の人間ならとうの昔に諦めただろうほどに過酷な物。

 楠木は縁の担い手であった歴代の神官達の中では血統的にも技量的にも著しく劣る。

 だが彼らは、縁を切る事は出来ても、紡ぎは誰1人も出来なかった。

 初代そして当代である楠木だけが行える神技。それが縁紡ぎ。

 ましてや楠木は代償を払うことになったと言っても、消え去るはずだった人物を無理矢理につなぎ止めるなどという、高位召喚師でも難解なことをやってのけている。

 楠木が血統や技量に著しく劣ると言っても、そんな人物を縁が自ら選んでいる。

 見いだした縁が引かれた何かがあるはず。

 それが圭子の正直な感想だ。

 ただあまりに縁が大切にしすぎて、成長を阻害されていると感じていた。



「そうですね……私は楠木さんは強いと思っていますよ。ですが強すぎる為に神官としての才はありません……今回の件で心を折られるかもと思いましたが、無理矢理に乗り切ってしまいました。次の手を考えませんと。これでは楠木さんの望みが叶うのはまだまだ先。なかなか思うようにはいきませんね」



 八菜の口調はまるで今回の奪還が失敗すれば良かったとでも言いたげで、そして楠木の最終目標が行き着く先を見据えたかのようなニュアンスを含んだ物だ。 



「前から思っていたんですけど、八菜さん実は楠木君が探している幼なじみとっくに見つけて…………また意味深な言葉だけ残して消えるし」



 その言動に怪しげな物を感じた圭子が聞き返そうとしたが、八菜は笑いだけを残して縁と同様に忽然と消え失せた。

 今は話せないという意思表示なのだろう。

 人に見えようとも金瀬八菜も、また神に似た異なる物。

 極めて強力な力を持つ『異界創』の異名を持つ異神。

 無量大数世界を見渡し異世界派遣業を行う傍らで、正義の味方を標榜し召喚者奪還を行う道楽神の力や見えている先は、人の身には想像も出来ないほど遙か彼方。



「八菜さんのことだから意地悪とかじゃなくて、なんかの意味があるんでしょうね……さてじゃあ気合い入れて作りますか」



 ただその力は人の身では想像がつかず及ばずとも、金瀬八菜自身は信頼はしている。

なら鍛冶師である自分の役割は、その道を楠木が完走する為に必要とする剣を作り出すこと。

 必要とされるからこそ人は成長する。

 己の技量はまだまだ発展途上だと、天才鍛冶師は気合いを入れ槌を手にした。


















 キラキラと光る、無数の明かりにその身をゆだねながら金瀬八菜は空間を漂う。

 八菜が身をゆだねるのは、現世から一歩外側へと踏み出した外の世界。

 きら星のごとく輝くその明かりが1つ1つの世界であり宇宙。

 その数は数えきれるものでは無く、果てなきほどまでに続いている。



「さて恵子さんには、あぁは言いましたが、楠木さんを折る為にはどうすれば良いでしょうか」



 無数の世界を見つめながら八菜は独りごちる。

 楠木の強さとは圭子が示すとおり、その心の強さ。

 幼なじみを失い、疑われ、刺され、蔑まれ、全てを失い、それでも折れることなく前に進める。

 あの強靱な精神力は、優れた血統に生まれていれば希代の術者として名を残すほどに稀有な者。

 だからこそ縁が選び、玖木姫桜さえも一目を置きそうですその血脈を求め従っている。

 だがそれではダメだ。

 楠木勇也は勇者ではない。神官なのだから。

 神に祈るとは、自分の無力を嘆き、どうしようもない絶望中に沈み込み無残にもあがく弱者が生み出す祈りの声。

 絶望の淵で耐えしのぎ、倒れようとも自ら立ち上がれるだけの精神力を持った楠木では、最後のラインを超えられない。

 自らの身を全てゆだね託しただ幼子のように神に任せる。

 それが出来無いから、楠木の祈りは弱く、あれだけの相性の良さがあっても縁の力を十全に引き出すことが出来無い。

 かつての主ならば『そりゃ脳筋ステなら魔術職は弱いって』とゲームにでも例えて一言で切り捨てるだろう。

 今の楠木に必要なのは、自分の無力を嘆き、完膚無きまでに折れ、絶望したのちに、その絶望から縁が救い上げること。

 その経験が楠木と縁の絆を真の意味で完全なる物とし、あの一人と一柱は完成する。

 異神である八菜の力、そして目的もまた同じ異神であるレイディアットと同様に限定されている。

 世界を見る事。

 人を送り出す事。

 小さいながらも己の世界を創り出す事。

 その望みは、終わる世界から人を逃すこと。

 しかし自分がメインで動くのではなくあくまでもサポートに徹する。

 極めて強大な力を持ちながらも、その嗜好故に自らは動かない。動けない。

 だから特三という現世から半分外に出た異世界を生みだし、そこを根城にし、他世界を見て人を集め繋がりを深め、必要な時に必要な人材を派遣する異世界業を執り行っていた。

 その中でも縁と楠木は、あらゆる意味での八菜の切り札として着実に成長を重ねてきた存在。

 絶対的な奪還者である彼らが完成すれば、より多くの人々が安心して世界へと渡り歩けるだろう。

 その繋がりがやがて強固な縁となり、いつかこの世界が終わるときに、この世界の人々が渡り歩けるだろう。



「楠木さんは下手に成長した所為で、縁さん達から見放されても立ち上がるだけの精神力を手に入れてしまいましたし、どういたしましょう」


 

 だが楠木の強さは八菜の予想すらも上回っている。

 今も謹慎を言い渡されていても、単独で動き、誰かを救おうとあがいている。

 あの強さは喜ばしいが、それ故に縁の力を完全には引き出せないのは、皮肉な事実だろう。


 

 死刑間近で召喚された死刑囚。


 神と崇められ利用される特殊能力者。


 世界を護る勇者に仕立て上げられ、世界侵略の先鋒道化として躍る者。


 多数の世界から人間を秘密裏に浚って行われる娯楽の為のデスゲーム。


 現世を救う為に神剣に見いだされ、かつて神剣が殺し数多の世界に散った火之神を求め異界を滅ぼしながら渡り歩く女性剣士。


 数多の世界があれば、その数だけあらゆる召喚者達が存在する。



「楠木さんを折るには彼女に接触させるのが確実ですが、”また”無かったことにされるだけでしょうね」



 終わりかけの世界にピントを合わせた八菜は、ままならない現状に歯がゆさを覚えつつも、自らが見いだしたが、相性の良さ故に暴走してしまった少女を見つめていた。 
























 かつてこの世界は死にかけていた。

 世界は熱を失い、生物は活力を無くし、大気は滞り、水は腐り果てていた。

 誰もが世界の終末を知り膝をついたその時に、この世界に火が落ちてきた。

 その激しく燃えさかる火は、消えかけた世界を激しく照らし出し、新たな活力、世界改変力を膨大に生み出し世界を救う存在となった。


『原初の火』


 そう呼ばれたその火はこの世界の命であり、何物にも変えがたい宝となっていた。

 この火を狙い他世界から無数の侵略者が訪れたが、その火に触れようとして誰もが消え滅び去っていた。

 誰も狙う事が出来ない。永遠の宝……だと思われていたのは今日までだった。







『なんでだ!? 何が起きている!?』



 誰もが驚愕の声を上げる。

 原初の火を護るために作られた都市は、鉄壁の城塞に囲まれ、強力無比な兵団により護られている。

 それが彼らの知識。それが彼らの常識。

 では何故だ? 

 あんな巨大な穴が開いた城門が鉄壁の城塞だというのか。

 僅か数人の年若い新兵が屈強な兵団だというのか。

 そんなはずが無い。あり得ない。

 だが彼らの記憶にはあれが正解だという記憶しか無い。

 まるで悪夢のような現実に狂い頭をかき乱す人々を尻目に、剣を振るった少女はただ前を見つめる。



「………………」



 謝る言葉も、理解を求めるための言い訳も出来無い。

 彼らから見れば自分は悪魔であり世界を終わらす者。

 だから語らう言葉はなく、見つめ合う事すら許されない。

 ただ前を目指す。



「天之尾羽張。あそこにいるのね」  



 少女が握る古代剣はかつて神すらも斬り殺した神剣。

 人であろうと鉄であろうと事象であろうと、その存在その物を切り虚無へと消し去る。

 少女に切られた物は無かった事になる。記憶すらも。



「えぇ参りましょう。我が勇者結城由喜。我が夫火之迦具土神を再生させる為に。世界を救うために」



「うん。いこう。世界を救うために」 



 語るべきは一心同体となった神のみ。

 大切な幼馴染みと彼の住まう世界を救うために。

 自分を求め、違う世界まで追いかけてきてくれたその思いに答えるために。

 勇者結城由喜はいくつ目になったか判らない世界を滅ぼす覚悟を持って、剣を握りなおした。

 改めましてお久しぶりです。

 ”記憶無き奪還”これにて終了。そしてメインストーリーの顔出しです。

 今回のタイトルにもあるのですが、主人公、幼馴染みとは既に幾度か遭遇していますが、全部負けてますw

 無かった事にされて、忘れており、金瀬さんからまだ無理かとその行き先を教えて貰っていない状態です。

 同天之尾羽張と完全シンクロ+火之迦具土神の力も持った勇者で、現世を救う為に他世界を滅ぼすだけの意思を持った幼馴染み相手に、主人公が勝つには、徹底的に折れて、縁にすがるか。それとも?ルートに突入するか。

 そんな感じです。

 ぶっちゃけると由喜さん某ダオス様的なラスボスポジションです。

 あらゆる意味で主人公の対極に立つ幼馴染み相手に、奪還者楠木勇也はどうするか。

 世界を救うために彼女を見逃すか。

 それとも彼女を救い、世界を見捨てるか。

 それが今回の特三のメインストーリーとなっております。

 



 この先は後書きという名の言い訳になりますので、興味なければ無視してください。 

後ネタバレ、裏話注意です。



















 2年半近く書かなかったというか、書けなかったのは主人公の立ち位置に困って書けなかったっての理由です。

 本文でレイディアットが見せた幻としてちょっと書きましたが、本来のプロットであれば母陵辱ルート+娘が召還被害者ってのが最初の構想でした。

 主人公は母親が陵辱されていても、純粋に別世界の事だから介入できない助ける事も出き無い。

 娘に手を出されそうになってようやく介入できる条件が整い、陵辱犯を姫様喰らって排除。

 娘を無かった事にして、母親の記憶も無くす。

 これで一件落着かと思ったら、結局父は殺されていた事実は変わらず、娘もいない母親は天涯孤独の身に絶望し自ら命を絶つ。

 当時のリアル精神状況にふさわしいそんなバットエンドな感じだったんですが…………この結末を起こしても魅力的な主人公を書けませんでした。

 異世界の誰かを不幸にしても、自分の世界を選ぶ道を貫く。

 これが目指すべきヒーロー像なんですが、どう書いても上手くいかず、書いて消して書いて消してを延々と繰り返し、スランプ状態に陥りました。

 気分転換に軽い話を書きたいなとプロットを考えていた別作品に傾いておりました。

 あっちの作品はこっちと結構深い繋がりあったりしますので、こっちを見つめ直すっていう意味もあって書いていたら、まぁ書きやすくて集中してしまったのが計算外でしたが。 そんなこんなでいろいろ考えたすえに、今の私の筆力、表現力じゃダークヒーロー路線はまだ重いと、プロットを今回の形に変更しました。

 自分の考えた設定に敗北したと認めるのにこれだけ掛かるとは思いませんでしたがw  

 ただこの問題。自分の世界を救うために誰かを犠牲にするのか?

 ってのは、物語の根幹テーマの1つなので何時か書かないとなりませんので、精進していくつもりです。

 ですので自らの筆力、表現力を上げるためにも、容赦の無い批評を戴けますと大変ありがたく思いますので、放置していた作品なのにコメントしていただけた方々本当にありがとうございます。

 

追伸 

 復活ついでにOVL文庫様とコラボしたなろう様の賞に応募してみました。

 異世界×バトルかと言われると微妙かなと思いつつも、目標一次突破で少しでも読んでくれる人増えたら嬉しいなという目標の低い小心者ですが、お付き合いいただけましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ