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特三捜救 異世界召喚者奪還物  作者: タカセ
記憶無き奪還
19/27

依頼編 記憶無き奪還③ 〆

「本当にあまり変わっていないんですね。ほらあの井戸なんか今も使えそうですよ……そういえば夏になるとここで西瓜を売ってて賑やかでしたよね」



 日本国内の林業が全盛期だった時代。

 切り出した木材を運び出していた森林鉄道の駅はいつも賑わっていた。

 貨物車へと木材の積み込みをする作業員が汗を流し、買い付けにきた材木商や自らの目で品定めに訪れた職人が汽車を乗降する。

 暑い夏の最中には近くの農家が丸々と育った大きな西瓜を行商におとずれ、駅前に一件だけあった雑貨屋の井戸を借りて冷やした西瓜が飛ぶように売れていた。

 時間の流れすらも狂ったおかげであまり変化していなかった故郷の光景にある意味感謝しながら、木之崎夫人は子供時代を思い出し懐かしんでいた。

 


「…………」



 一方話しかけられる木之崎は苦虫を噛みつぶしたような顔をうかべて、夫人の声にも応えず無言のまま杖を強く握りしめる。

 あの日感じた絶望を昨日のように思い出し心が抉られるような痛みが再発する。

 あの時、自分があんなことを言い出しさえしなければ妻だけでも。

 その後悔が木之崎の人生を決定づけた。

 異世界召還という荒唐無稽な話が事実だと認識した後は、死にものぐるいで会社をさらに巨大化させその豊富な資金力と培った人脈を駆使しして、異世界関連の政府機関である異事庁を後援し続けてきた。

 偏に我が子を助けるため。

 あれから40年以上の月日が流れ何度も諦めそうになった末に、ようやく発見されたという一報を受けた時は、ついにこの日が来たかと図らずも男泣きをした。

 それだけに妻が子を殺していた可能性があったという信じがたい話や、諸事情からすぐに助けにいくことができないと告げられた木之崎の怒りや憤りは強く深かった。 



「あら忘れちゃったんですか? ほら西本のおばあちゃん。よく私たちに売れ残りの切れ端をくれたじゃないですか。でも昔のことだからしょうが無いですかねぇ。お互いに年取りましたし」



 黙りこくり物思いに耽ってしまった木之崎を見て、夫人は無理もないと微笑む。



「……そこまで耄碌しとらん。なんでお前はそんなに嬉しそうなんだ」 



 長年連れ添った妻。

 同じ物を見て、同じ絶望を味わっているはずなのに。

 この朽ち果てていく風景を見て、どうしてこうも妻はのんびりと楽しめるのかと木之崎は苛立ち混じりに問いただす。

 物も知らぬ小僧時代は確かにこの村の景気は良く大勢の人が訪れていたかもしれない。

 だが木之崎が材木商として独り立ちした頃には国内の林業は外国産の安い木材に押され徐々に斜陽の時代を迎えていた。

 このまま生まれ故郷が寂れていくのを黙ってみていられなかった木之崎はさらに会社を発展させ生まれ故郷への開発投資をおこなっていた。

 老朽化した森林鉄道を買い取り、政治家に働きかけ林道を整備させ、バスの路線を整備し、この先林業だけでは衰退するのが判れば温泉掘削やスキーリゾートをも視野にいれていた。

 故郷に恩を返し錦を飾る。

 今では古くさいと笑われるかもしれないが、この一念こそが木之崎の原動力であった。

 だがその生まれ故郷は理不尽な理解しがたい異常事態で閉鎖され木之崎の夢とともに滅び、さらには生まれてくるはずであった我が子や数十人もの古なじみまでも奪われた。

 人が絶え朽ちかけた駅舎や雑草に割られたアスファルトが広がるこの光景は木之崎にとっての敗北そのものだった。



「だって嬉しいじゃないですか。生きている間にまたこうしてここに来られるなんて思ってもみなかったんですから……本当に懐かしいですね」



「………………」



 しんみりとつぶやく夫人の姿に老いた顔の目尻に光る物を見て、木之崎は罪悪感からただ押し黙る。

 もっと早く連れてくれば良かったか。

 10年以上前から一部の安全だけは確保できたとの知らせを畑中から受けとっていたが、この朽ち果てた風景を見たくないという思いが強く訪れる気にはなれず妻にも黙っていた。

 ここを見ればどうしても自分が冷静でいられなくなるのは判っていた。

 今回だって本当は訪れる気などなかったが、長年懇意にしていた畑中に秘密裏に取り戻すための計画を打ち明けられた際、夫妻と直接に顔を合わせこの光景を見せたい男がいると執拗に説得された。

 その男の力が秘密裏の奪還には必要不可欠になるといわれれば、木之崎は折れるしかなかった。

 ふと二人の背後から大きな人影が差す。



「ご歓談中失礼。少しよろしいですか」



 振り返った木之崎夫妻に声をかけてきたのは、その力が必要不可欠と畑中が推薦した楠木と名乗る巨漢の若者だった。

 敬語は慣れていないのかどこか言い回しが固く、先ほど木之崎が怒鳴ったせいかその表情も先ほどまでのふぬけてにやついていた物と違いどこか硬い。

 本当にこの男を信じて任せていいのか。

 自分たちの気持ちを痛いほど判ってくれていると思った畑中すらも、その職務上の責任から表立って動けずと言っていたのに。

 焦りや怒りから生み出された不信感はどうにもぬぐいようがない。



「歓談など楽しいものでは無い。何だ。手短に言え」



「もうあなた。ごめんなさいね。私は楽しんでますよ。えーと……楠木さんとおっしゃいましたよね。この人、見た目通りの意固地な頑固爺だから。悪い人じゃないんだけど、許してくださいね」 



「知り合いに似たような方がいますので慣れてます。頑固で生真面目すぎてすぐに厳しい口調になる方なんですが俺は敬意をもってます。だから木之崎さんの言葉も俺に対する激励だと思っていますから」



 あまりフォローになっていない言い回しで甘い顔をする妻の言葉に対して、調子に乗ったのか楠木が軽い口調のおべっかで答える。

  


「無駄口を叩いている暇があったらとっとと子供を連れてこい。畑中から話は聞いたのだろう」



「はい。ですがその前に必要な物がありましてお願いに参りました。私がお力を賜る方にご協力いただくにはお子様との繋がり、『縁』が宿る品を捧げていただかなければなりません」



「それか。畑中から聞いておる……美也子」



 まだ生まれてもいなかった子との繋がりが必要だと畑中に言われても木之崎には思いつかなかった。

 未だ大切に保存している産着も、男女どちらが生まれても良いように用意した名も、気が早すぎると笑われた玩具も違うような気がする。

 しかしその事を愚痴としてこぼした夫人は違ったようだ。



「はい。こちらに」



 木之崎の呼びかけにうなずいた夫人は懐から桐の小箱を取り出す。

 筆箱ほどのサイズの小さな箱は夫人が長年肌身に離さず持ち続けてきた物だ。

 よほど大切な物だということは判るが、その中身は木之崎も知らない。

 時折それを見ている時の妻の横顔が寂しげで声をかけることができなかったからだ。

 それを供物として差し出すと妻が言った時に初めて中身に言及したのだが、絶対に大丈夫だと答えるだけで夫人から中身を教えてもらえずに今に至った。



「でもあなた少し待っていただけますか。楠木さんと是非二人で話したいの。これは私にとっての宝物だから。それを託す方とちゃんとお話をしたいですから。だからちょっと離れていてほしいの。ほらあなた喧嘩腰だからゆっくりとお話しできないでしょ」



 小箱を手に持ったまま夫人はお願いしますとにこりと微笑む。

 優しげでおっとりとしたいつもの口調だがその言葉には有無を言わせぬ力を持っていた。



「判った。畑中と打ち合わせをしてくる……若造。減らず口は叩かず貴様は聞き役に専念しろ」

 


 余分なことは言うな。

 おっとりとして人の良い妻が生まれてきた子供を殺す可能性があった。だから子供が攫われた。

 そんなあり得ない巫山戯た話を妻には一生聞かせるつもりはなく、聞かせない

言外と視線に意味を込めて木之崎は楠木を睨み付けてからその場をゆっくりと離れた。







「ごめんなさいね。こんなおばあちゃんと二人で話なんて若い人にはつまらないでしょうけど是非聞いてほしいことと、お願いがあったの」



 木之崎が十分に離れた所で夫人が話を切り出した声の質に変化が生じていた。

 先ほどまでとおっとりとした優しい声は変わらないが、先ほどと違い僅かな悲しみが混じっていた。

 おそらくは木之崎にこの感情を見せたくなかったのだろう。

 


「あの人は本当に悪い人ではないの。でも必死でどうしてもきつくなってしまうの。ずっと後悔しているから……私達夫婦は長い間子宝に恵まれなかったの。いなくなっちゃった赤ちゃんの前にも二人授かったんだけどね流産と死産でね。だから私の年齢もあってあの子が最後の望みだった」


 

 医療が発展した現在でも高年齢出産のリスクは高い。ましてや当時は昭和の中期。夫人にとってはまさに命がけの妊娠だったのだろう。

 夫人は淡々と語っているが、その言葉の裏に隠れた感情に他者との交渉を得意とする楠木が気づかないはずがない。

 いつもの饒舌で軽い口調を控え楠木はただ聞き役に徹する。



「だからあの人ったら張り切っちゃって。健康な赤ちゃんが生まれてくるのに海草類を食べたら良いって聞いたら、食べきれないほどのワカメとか昆布を買ってきたり、まだ生まれてもいないのにオモチャを大量に用意して、入学するならどこの小学校が良いかとか会社の人に聞いたり資料を取り寄せて調べたりね。本当に気が早いんだから」



 幸せな日々だったのだろう。

 生まれてくる我が子を楽しみに待ち望む二人の姿。

 楠木の目に思い浮かぶ。



「終いにはその当時に住んでいた空気の汚れた都会の病院より、生まれ故郷の澄んだ空気のある御角志の方が落ち着いて子供を産めるだろうって自費で病院まで作って私を入院させるのよ。お前は妊娠してても自分や社員の面倒を見てしまうからそこで大人しくしてろってね」



 その木之崎の決断が全ての悲劇につながる。

 生まれ故郷と我が子を失ったのは自分の所為だとでも思ってしまったのだろう。

 決して落ち度がないのに木之崎が過ごしたであろう悔恨と慚愧の日々。

 楠木は手に取るように判る。



「…………だからこれをあなたに託します。」



 夫人が楠木の前に桐の小箱を差し出し閉じられていた蓋を開ける。

 敷き詰められた真綿にくるまれているのは乾燥した蔓のような形状の茶褐色の物体が姿を現す。



「あの子とつながっていった証……へその緒です。これだけが私の胎内に残されました。これでお願いします。私の大切な愛する人達を助けてください」



 木之崎夫人が再度楠木へと頭を下げた。

 夫人が救済を願うのは子だけではない。存在しない罪に苛まれる木之崎も含まれているのだろう。

 


「お任せください。すぐにお連れしますので楽しみにお待ちください」



 いつもの作り笑いではない、心からの笑みを楠木は浮かべる。

 年老いていてもこの目の前の老婦人は母親であり妻。良妻賢母の鏡。

 その切なる願いを込めて夫人が差し出すのは母と生まれる前の子をつなぐ唯一の繋がり。

 この世で最も強いであろう絆の一つの形。

 この夫人が抱く感情が籠もる縁ならば、召還者に現世での記憶が無かろうが、異神による転生召還であろうが、いかほどの困難が待ち受けていようが物の数ではない。

 人を安堵させる力強い笑みを浮かべながら楠木は桐の小箱を受け取り懐にしまってからスーツの襟を正す。

 さて依頼を受け取った以上、ここから先は一秒たりとも無駄にできない。

 木之崎夫人の思いを、木之崎の怒りを全て背負い飲み込む。

 異世界へと連れ去られた召喚者を奪還するためならばいかなる手でも使おう。

 どのような状況下であろうとも絆を取り戻そう。

 異世界召喚者を奪還しようと思った始まりは、ひょっとしたら同じ痛みを持つ己の心を癒やす為の代償行為だったかもしれない。

 だが今は断言できる。

 救いたい。

 取り戻したい。

 切り裂かれた縁を紡ぎ直したい。

 崇め奉り敬意を持つ退魔創世救心縁に仕える神官として。

 それが奪還者楠木勇也としての生き方だ。










「楠木君の奪還成功の報告があり次第、私はすぐに特三へと抗議に赴くつもりです。横紙破りの勝手なことをするなと。その際にお子様も保護という名目で受け取って参ります。おそらく特三にはほかにもこの機会に抗議の声を上げる我が国内の関係者や他国の機関も多数出ます。あそこはあらゆる意味で型破りなため味方も多いですが敵も多い交差街路ですので。もっとも管理人である女性を初めとしてこの状況を面白がってやっている節も多々ありますが。とにかくそのフォローを会長にはお願いいたしたいのですが」



「ふん。抗議してくる輩への取りなしか。貴様も含めてだな。良かろう。その程度ならいくらでもしてやる……ただしそれはあの若造が成功した場合の話だ」



 国内のみならず他国の権力者にもある程度、顔の効く木之崎にとって、畑中の頼み程度のこと造作もない。

 子供が取り戻せるのならば茶番にも協力はしよう。

 しかしそれは成功した時の場合だ。

 もし無残な失敗に終われば妻の言葉があろうとも畑中も楠木も許す気などない。

 相応の報いを与えよう。

 妻と話していた楠木へと木之崎が視線を向けると、妻との話が終わったのかこちらへと楠木が近づいてくるところだった。



「畑中局長。木之崎さん。ご婦人のお話は終わりましたし物は受け取ったので、俺はこれで失礼します」



 木之崎の前で一瞬立ち止まった楠木だったが挨拶もそこそこにすぐに踵を返すと、朽ち果てた駅舎へと向かい歩き始めた。

 何かもう少しあると思っていた木之崎は予想外の楠木の行動にしばし呆然とする。

 話は終わったとばかりに足早にすすむ楠木は駅舎の中に入っていってしまった。

 


「待て若造! 貴様に任せて本当に大丈夫なんだろうな!?」



あまりに言葉の少ない楠木の挨拶に不安を感じていた木之崎はその後を追いかけて呼び止めた。

 言葉の少なさは自信の少なさの表れではなかろうか。



「爺さん。あんたが一週間以内にぽっくりいかなきゃ大丈夫さ。お子さんに会わせてやるよ。任しときな」



 古びた金属製の柵でできた改札口の前で振り返った楠木は無礼な口調で返す。

 楠木がはき出すのは目上の年長者に対する礼儀も知らない若者の言葉そのもの。

 しかしその表情を見た木之崎は不思議と怒りが浮かばす、むしろ不信感が心を占めていた木之崎の目にすらも頼もしげに映った。 



「楠木君。相手世界のファイットは世界大戦が終わったばかりで治安の悪い世界だ。気をつけてな」



「大丈夫ですよ。姫さんが付いてるんだ。あの姫さんならピクニック気分で戦場を渡り歩けますから。じゃあ行ってきます」



 木之崎の後を追ってきた畑中の忠告に対して心配ないと軽い口調で答え楠木は別れの挨拶をする。

 そういえばあの男はどうやってここまで来て、今から帰る気なのかと木之崎が注視していると楠木は一枚のカードを取り出す。

 そのカードをもって改札口を通り抜けた瞬間、楠木の姿は木之崎の目の前から忽然と消え失せた。

 


「大丈夫そうですな……会長。彼は情に厚い男です。それが故にこの地に呼び、お二人のお目に掛からせました。この光景を見て会長と同じ痛みを持つ彼が心奮わないはずがありません。言葉通り一週間以内に連れ帰って来ます」



 摩訶不思議な光景に驚きから目を見開いた木之崎の横で畑中が力強く断言した。


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