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特三捜救 異世界召喚者奪還物  作者: タカセ
日常の終わり
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ありふれた日常の終わり

 夕日が差す板張りの道場は静寂に包まれ対峙する二人の剣士の影が長く伸びる。

 一人は大柄な剣士。大垂れには楠木と姓が刻み込まれている。

 構えは正眼。

 相手を真正面に見据えながらその一挙手一投足に対して僅かに竹刀の先を動かし牽制する。

 対するは小柄な剣士。大垂れには結城の姓。

 構えは同じく正眼。

 小刻みに竹刀を揺らしながら欺瞞した攻め気で相手に警戒を促す。 



 両者の体格や動きはまったく異なっていながら、基礎たる部分は何処か似ている。

 僅かなりとも剣の修練を積んだ者ならば、この二人が同じ師より教示を受けていると気づくだろう。

 互いに攻め手にかけるのか、それとも先手を取った方が不利になると判っているのか、どちらも己から仕掛けようとはしない。

 これが公式な大会であれば攻め気がないと両者とも指導の一つももらう所だが、今はそのような無粋な第三者は存在せず、ただ互いに全霊を傾け合うだけだ。 



「せぇぇぇぇっっ!」



 気勢を上げた小柄な剣士結城がすり足で前に出ながら、大柄な剣士楠木が前に出していた右小手に目がけて竹刀をくり出す。

 しかし結城の攻撃のタイミングは楠木に完全に読み切られていた。

 無造作に一歩踏み出し結城との間を詰めた楠木が、前進の勢いを持って結城の竹刀へと己の竹刀を打ち合わせかちあげた。

 甲高い音と共に竹刀を簡単に弾き飛ばされ、結城自身も棒立ちとなってしまう。

 楠木は竹刀をかちあげた状態から無防備になっていた結城の面へと容赦なく面を打ち込む。

 胸がすく快音を道場に響き渡らせながら二人の影が交差した。



「…………」



 余韻が消え去って静けさを取り戻した道場には床に弾き飛ばされた結城の竹刀が転がる小さな音だけが響く。

 竹刀が転がる音にようやく自分が負けた事に気づき力尽きた結城は、言葉もなくその場に崩れ落ちてペタンと座り込んでしまう。 

勝者である楠木も体力的にも精神的にも消耗していたのだろうか、大きく深呼吸して息を整えてから結城の側に寄ってくる。



「俺の読み勝ちだな」



 最後の一本は上辺だけ見れば楠木の完勝だが、あと僅かでも早く結城の小手が入っていたのならば、結城がもっとも得意とする小手から面への繋ぎ技の流れが出来ていた。

 楠木の声が嬉しそうに弾んでいるのは簡単に勝者は入れ替わっていたと判っているからだろう。

 


「で、ユーキこれで満足か? 10本勝負プラス泣きの5回。これ以上はいくらお前の頼みでも勝負しないぞ。部の追い出し会に遅れちまうからな」



 面を外した楠木は頭を保護していた手ぬぐいを使って汗まみれの顔を乱暴に拭く。

 今日中学校を卒業した楠木は体格だけならば大人にもひけはとらないが、その顔にはどこか悪ガキじみた幼さが残っていた。



「ったく。卒業式終わりに呼び出したかと思えば、最後の勝負ってお前もほんと剣道バカだよな。しかも昔懐かしい約束まで持ち出しやがって。こっちの都合も考えろっての」



 結城の頼みに嫌々付き合ったかのようにも聞こえる物言いに反して、楠木は実に楽しげに笑っている。

 しかし下を向いている結城は楠木の笑みに気づかない。

 ただ楠木の言葉を額面通りに受け止め悔しげに拳を握りしめる。

 楠木と結城は一つ違いの幼なじみだ。二人は近所の剣道場に同時期に入門した間柄。

 しかも偶然にも母親同士が同様に剣道をやっていた上に高校時代のライバルであった。

 入門当初は二人は背丈もさほど変わらず、剣道を始めたばかりの初心者同士であった事もあり稽古の際に組んでいたせいかすぐに仲良くなり、親友であり良い意味でライバルといった間柄となった。

 道場だけでは飽きたらず時間があれば二人で打ち稽古をし、切磋琢磨を繰り返し互いを磨き続けてきた。

 やがて強豪剣道部がある私立中学に入った楠木を追っかけるように結城も同中学に入学。

 一年も経つと開英中に楠木、結城ありといわれるほどに成長し、県内では負け無し全国大会でも上位常連となるほどまでに精進していた。

 しかし二人で行う勝負の戦績には、いつしか大きな隔たりが生まれていた。

 楠木の背丈が伸びると共に結城が徐々に負け越し始め、ここ最近では大人並みの体格を誇る楠木に、同年代から見ても小柄な結城ではほとんど勝てる事ができなくなっていた。

 極めつけは最後の稽古と称し挑んだ今日の試合だろう。

 最初に取り決めた10本勝負ではことごとく結城の打ち負け。楠木に頼み込んで何とか引き出した5本勝負でも結城は全敗を記してしまった。

 


「つーかよ。お前が幹事だろ。次期部長。とっとと着替えて先代部長を快く送りだせ。こちとら春からは上京して地獄の毎日なんだからよ」



 座り込んだ結城の面をうりうりと揺すりながら楠木はカラカラと笑う。

 楠木の態度と言葉に結城はさらに強く拳を握りしめる。

 自他共に認める剣道バカである楠木は、東京の剣道強豪校のスカウトの言葉に感銘を受けていた。

 それは九州でおこなわれる三大大会の一つ玉竜旗全国高等学校剣道大会が優勝旗。

 『玉竜旗を東京に』

 未だ成し遂げられていない目標に楠木は燃えたのか、幼なじみである結城になんの相談もせずに男子校であるその高校への進学を決めてしまっていた。  



「最後くらい楽しませろっての。それに15回分の命令権だからな。なにやらせるかな。久しぶりに楽しめそうだぜ」



 最後。

 楠木の言葉に結城の肩がびくっと震える。

 最後。そうこれは最後の機会だったのだ。

 もし……もしも勝ったのなら。

 東京へいくのは止めて欲しい。

 東京にいくのだとしても男子校では無く共学にして欲しい

 一年留年して同じ高校に通って欲しい。

 一緒に剣道を続けて欲しい。

 結城自身も無理難題だと判っている願いが幾つもあった。

 そんな事出来るはずがないと思いながらも、だがどうしても押さえきれない思いが、結城を最後の賭へと走らせていた。

それは幼いに時に交わしたたわいもない約束。



 勝負稽古で勝った方の命令に敗者は何でも従う。


 

 楠木は負けた事自体には悔しそうな顔を浮かべるが、結城の命令にはいつでも二つ返事で楽しそうに引き受けてくれた。

 勝っても負けても楽しむ事ができるこの幼なじみなら、自分の胸の中にある切なる願いを叶えてくれるかも知れない。

 そんなすがるような希望を結城は抱いていた。

 しかし負けてしまった。

 完膚無きまでに負ければすっぱりと諦められる。

 心のどこかでそんな思いがあったのかもしれない。

 しかしそれも無理だった。

 ただ無念で、悔しくて、どうしようもない気持ちが結城の中で渦巻き、ついには外へとあふれ出す。

  


「ユーキちょっとまて!? お前泣いてんのか!?」



 肩を振るわせた結城が押し殺した泣き声を漏らし始めたところで、楠木はようやくいつもと様子が違う事に気づいたのか慌てた声をあげる。



「まてまてこら! 俺は男で一つ年上! んでお前の方はいっこ下で女だろ! 負けてもしょうがねぇんだから泣き止めって! しかも俺の場合お前の癖が判ってるんだからある意味勝って当然だっての!」



「うっさい! あたしの事なんにも分かんない癖に! ユウ君のバカ!」



 自分は勝った負けた等で泣いているのではない。

 もっと大事な事。

 間近に迫っている別れが嫌で泣いているのに、なんでこの男は気づかないんだ。

 心の底からわき上がる怒りを怒声と共に吐き出し、身につけていた小手を楠木の顔面にむかって投げつけ結城由喜は憤然と立ち上がる。

すんでの所で小手を受け止めた楠木だが、体勢を崩して尻餅をついてしまう。



「おわっ! あぶねぇなユーキ! 防具は大事にしろよ!」



 打った尻が痛むのか擦りながら楠木が立ち上がって文句を言ってくるが、こんな時でも剣道の事がまず口に出て来ることに由喜の苛立ちはさらに募る。



「判ってる! あーもう! 東京でもどこでも好きにいけ! この剣道バカ!」



 倒れている楠木の手から、自分の小手を引ったくると由喜は道場の出口へと向かう。

 判ってない。なんにも判ってない。こんなにずっと一緒にいたのに。

 楠木に向かって叩きつけたい言葉が由喜の中に渦巻く。

 だが今更そんな未練がましい惨めな真似はしたくない。 

 楠木は由喜の太刀筋や足運びの癖。確かに剣道に関しては全て判っているだろう。

 だが結城由喜が楠木勇也にむける感情に対しては全く気づいてはいない。

 そうでもなければずっと一緒だった自分をここまで蔑ろにするわけがないと由喜は怒りを覚える。

 なんの相談もなく勝手に東京行きを決めて強豪高だから強い連中と稽古がやれるとずっと楽しそうに話していた楠木をみてどれだけが自分が落ち込んでいたと思っているんだと。

    


「ちょっと待てって! 負けたからって怒るな。手を抜いたらお前が怒るだろうが!」



「着替えてくんの! ついてくんな! これ以上近寄ったら襲われたって悲鳴あげる!」



 引き留めようと肩に伸ばされた楠木の手を由喜は邪険に振り払う。

   


「い!? 襲われたってお前!? ……悪い」



 一瞬驚きの顔を浮かべた楠木だが、面の下に隠れた由喜の顔が悲痛で歪んでいたのに気づいたのか払われた手を下ろして小さく頭を下げた。

 理由は分からずとも、自分が由喜を怒らせたのだと考えたようだ。



「…………」



 由喜は何も言わず……言えずきびすを返した。

 誰が悪いのかと言えば自分が悪いのだという事は由喜も判ってはいた。

 もっと早くに自分の気持ちを……ずっと一緒にいて欲しいと伝えていれば、楠木が東京へと行く事はなかったかも知れない。

 だがそれを伝えるには二人の距離はあまりに近すぎた。

 もし万が一にも拒絶されたらと由喜は恐れ伝える事ができなかった。

 最後の最後。この土壇場になっても出来ず、ただ叫き当たることしか出来ない自分の不甲斐なさが余計に情けなくなる。

 

 

「ったくしょうがねぇな。待ってるから着替えたら声かけろよ……こっちだってあんまりいい気分じゃねぇんだぞ。自分の彼女を滅多打ちにすんのは」



(何がいい気分がしないだ! あたしとやるときだけやたらと嬉しそうに全力で打ってくる癖に! 自分の女って何様だっ…………) 



 苛立ちを覚えていた由喜が、楠木の言葉の意味に気づくには数秒を要した。

 硬直し歩みを止めた由喜は驚愕の声をあげながら振りかえる。



「…………はぁぁっ!? ち、ちょっとそれって!? な……」



 何言ってんの!?

 言葉の意味を聞き返そうと由喜が振り返った瞬間、視界がまばゆい光に包まれる。



(剣に生きる勇者よ。我が願い。我が祈りによりこの地に現れたまえ)



 急速に薄れゆく意識の中で由喜の脳裏には同じ年頃の少女の声が響き渡っていた。



  









「っ!? 車のライトか?……あれユーキのやつどこいった? 怒って先に行きやがったか」



 目がくらむほどの強い光源に目をふさいでいたのは数秒ほどだろうか。

 武道場のすぐ横は学校の敷地外で細いが裏道として車の通りが盛んな道路がある。

 この道を通過する車のライトが飛び込んで来て、稽古中に邪魔されたのは二度や三度じゃない。

 それに目が眩んだ僅かな時間に先ほどまでいた小柄な少女の姿が消え失せていた事も、楠木はさほど不思議にも思わなかった。

 結城由喜という少女はとにもかくにもすばしっこい。

 ずっとその姿を見て練習をしてきたから対応が出来るが、初見でやり合ったら負けているだろうなと呑気に考えてから、理由は分からないが怒らせたなとばつが悪そうに頭を掻く。

 

  

「そこらの陸上部より早いってのがあいつの武器なんだけど、こういう時は参るよな」



 楠木としても一年間とはいえ一人地元に残していく年下の恋人と喧嘩別れというのは避けたい。どうやって機嫌をとるかと頭を悩ませるところであった。



 楠木勇也と結城由喜の間には大いなる認識の違いが存在した。

 いつも一緒に朝早く登校し学校で朝稽古。

 昼食を道場で一緒にとった後は昼稽古。

 放課後も最終下校時間まで夜稽古し一緒に帰る。

 休日ともなれば昼は部活。夜は昔なじみの道場で稽古。

 由喜の誕生日やクリスマスには新しい竹刀やら昔の剣術書を買い求めプレゼントする。

 大晦日には二年参りした後に道場の大人に混じって初稽古に一緒に参加。

 夏休みや冬休みの長期休暇ともなれば、毎日稽古の日々だ。

 四六時中一緒にいるのだから結城由喜が自分の恋人であると楠木勇也は認識していた。

 何より由喜が好意を寄せてくれている事も昔から楠木には判っていた。

 楠木にとって今更俺たち付き合っているよなと確認するほどの事でもなく、横にいて当たり前の存在だと思っていた。

 高校進学にしても、東京に出れば強豪と出稽古がしやすくなる最高の環境というのが強いが、由喜の腕ならば同じように東京の高校からスカウトが来るだろうと確信している。

 一緒に廻ってみるのが今から楽しみだと気軽に考えていた。

 つまりの所、楠木勇也の中にはとことんまでに剣道のことしか頭になく、結城由喜も同種だと思っていた。

 

 

「とりあえずとっとと着替えて自転車置き場で待ってるか」



 いつでも由喜に会うことができる。

 自分の認識が非常に甘い物であったことを楠木が痛感するのはこのすぐ後の事だった。 







 今から開幕する舞台は異界へと召喚されし勇者、聖女達の物語ではない。

 当たり前であった日常から大切な者達を異界へと連れ去られた者達の物語。

 彼等の気持ちを受け取り奪われた者達を奪還するために、数多くの異世界を駆け回る公務員達の話。

 すべての世界へと繋がる道の始まりの場所。

 日本国異界特別管理区第三交差外路が所属組織『特殊失踪者捜索救助室』

 通称『特三捜救』の物語である。

 

 

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