斜交の夏
欲望はまっすぐ進まない。いつも斜めに人を壊す。
浴室の棚の奥で、それは静かに眠っていた。
小学生だった僕は、ちょうど色気づき始めた頃、親の使っている甘い香りのシャンプーを物色していた。
指先が触れたのは、見慣れない白いチューブ。除毛剤。排水溝に絡まった髪の束に、試しに垂らしてみた。
泡が静かに立ち上がり、黒い糸が溶けて消えていく。その様子に、胸の奥が熱くざわめいた。
翌日、もみあげの先端、一センチにも満たない範囲に塗ってみた。火に焼かれるような激痛が走り、すぐに洗い流した。
それでも先端は、まるで最初からなかったかのように消えていた。皮膚は赤く腫れ、やがてかさぶたになった。
そのとき、計画はすでに形を成していた。劇的に抜くのではなく、徐々に、気づかれないように。原液を薄め、シャンプーに混ぜる。
知識など何もなかった僕は、何度も自分の頭で試した。最終的にたどり着いた配合は、シャンプー一本にキャップ一杯分。
それなら、ひと月かけて髪が抜け落ちていく。おかげで中学時代のほとんどを、僕はスキンヘッドで過ごした。
三年間、誰もが僕を「サンプラザ」と呼んだ。
小学校の頃、夏実という少女がいた。クラスのマドンナで、どこを見ても彼女の存在が際立っていた。どうしても自分のものにしたかった。
その欲望が、僕を突き動かした。彼女を、誰も見向きもしない姿にすればいい。ただし、いつか元に戻れる醜さで。
髪がすべて抜け落ちればいいのに――
だが、自分以外の人間に効くかどうか、疑念が芽生えていた。隣家に住む不登校の女子、ゆかりがいた。僕はいつもプリントを届けていた。
ある日、彼女のほうから切り出した。
「毎晩、風呂でぶつぶつ言ってるけど、髪の毛とかして何が楽しいの?」
バレた。だが、不登校の彼女に知られたところで問題はない。むしろ、自分以外の実験台になる。そう思って打ち明けると、彼女は目を細めて言った。
「おもしろいじゃん」
一週間後、彼女はつるつるの頭になっていた。
「親が『学校に行け』ってうるさかったけど、おかげで『病院に行け』って言われた。学校に行かない理由ができたよ。ありがとね」
準備は整った。高校生になった真夏の深夜、僕は彼女の家の裏庭に忍び込んだ。浴室の窓に、たまたま置かれたシャンプーボトルを見つけた。
誰のものかはわからない。キャップ一杯分の除毛剤を静かに混ぜた。ひと月後、親の車に乗せられた彼女を見た。帽子を目深に被り、顔を伏せている。
成功した。それだけだった。胸の奥が熱く高鳴った。
そして、僕は夏実に近づいた。引きこもりがちになっている彼女を、さまざまな場所へ連れ出した。
信頼を積み重ね、結ばれるのは時間の問題だと思っていた。そこへ、ゆかりがお祝いの言葉を持ってやってきた。
「君の手伝いがあったから、ここまでうまくいった」
僕は頭を下げた。
「頭を下げるのは、わたしじゃないよ。夏実に下げるんだよ」
頭上で、悪魔のような声が響いた。顔を上げた瞬間、目の前にいたのは、もはや人間ではない顔をしたゆかりだった。
「あたし、ひとが不幸のどん底に落ちる姿を見るのが好きなんだ。何年もこの日を待ってたんだから、いいもの見せてね」
彼女はそう言い終えると、静かに喉を鳴らして笑った。
その笑い声は、浴室の排水溝に流れた髪の残骸のように、いつまでも消えることがなかった。
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