記憶の壁 02
自分の居た部屋を出て、案内人さんと一緒に通った一本道を思い出すように通り受付に行く。余りにも静かだったから誰もいないのかと思ったが、どうやらそうでは無かったようだ。ペラリと、何かが擦れる小さな音が耳につく。案内人さんが居るであろうカウンターへ足を進めると、そこには案の定案内人さんの姿があった。どうやら雑誌のようなものを読んでいるようで、僕には気づいていないらしい。話しかけて良いものかと躊躇しながらもそもまま進んでいくと、ようやく僕の気配を感じたのかその瞳が僕へと向けられた。
「……あれ、相谷さんじゃないですか。どうかしました?」
「えっと……」
キョトンとした顔で僕を見据える案内人さんをみて、ふと思う。そういえば、受付まで来たのはいいけど、何をどこから説明すればいいかとかそういうのを何も考えないで勢いだけで来てしまった。そのことに後悔しつつ、ゆっくりと自分の中にある疑問を噛み砕きはじめた。
余りにも遅い行動だっただろうが、案内人さんは僕が答えるのを何も言わずに待ってくれている。それが僕の落ち着きを取り戻させるには、十分過ぎるものだっただろう。
「あの、僕のポケットにいつの間にかこれが入ってて……」
僕がまず提示したものは、知らない間にポケットに入っていた音楽プレイヤーだ。差し出したそれを案内人さんが手に取ると、「ふーん……」と言いながら縦や横に色んな方向へクルクル回しながら確認し始める。それはまるで、はじめて目にしたものを手渡された時のそれだ。
「今ってこんなのあるんですね。……っていうか、これ何ですか?」
「え、えーっと、音楽プレイヤーっていう音楽が聴けるやつで……」
その質問から察するに、どうやら案内人さんは本当にそれを知らないらしく、音楽プレイヤーに挿してあったイヤホンも「なんか見たことがある気がする」という曖昧なもので、その後数分の間質問攻めにされてしまった。このボタンはなんですか? とか、ぶっくまーくって? とか、画面に表示される曲のジャケット写真にかなり興奮していたりと、とにかく色々と試された。何も知らない子供に教えているみたいで少し面白かったけど、プレイヤーの中に入っている曲のことだけは何も聞かれなかったということだけが不思議だった。単に興味が無かったというだけならそれで良いのだけれど、何か理由があったのだろうか?
「便利な世の中になったんですねぇ……」
一通り聞いたところでお年寄りみたいな頷きを見せる案内人さんは、手に持っているそれを僕へと渡しながら本題に入る。
「えーっと、何でしたっけ……ああそう。これが知らない間にポケットに入っていたってことで合ってますよね?」
「は、はい……」
「ということはー……」と、案内人さんは座っている椅子を自身の足でくるりと回す。それはどうやら彼が考え事をする時の合図のようで、そこから右へ左へとユラユラ揺れながら、何もない空をひとり眺めはじめた。
そして彼が出した結論は、とても単純で簡単なものだったと言えるだろう。但し、理解するには少し時間を要するものだった。
「じゃあ、これが相谷さんにとって必要なものだったから、一緒についてきちゃったんですね」
「ついてきた……?」
それはつまり、僕以外の知らない誰かの物でもなく正真正銘僕のものであって、僕がこれを必要としていたということだろうか? 僕のものであるならいいのだけど、音楽プレイヤーがついてきた、という言い方には少々疑問が残る。
「ここって、基本的に持ちものは淘汰されるので、こういうことは余り起こらないんですけど。そんな中でもそのー……ぷれいやー? があなたの元に来たっていうことは……」
一呼吸おいて、案内人さんは僕を見据える。
「それは、相谷さんにとって大切なものだったんですよ」
その優しく光る瞳が、僕にはどうしてか寂しそうに見えた。




