第三十八話 呼び覚まされし記憶
「はっ!?・・・ハァハァ・・・今のは?」
目が覚めたのは、先程のベッドの上で周りには先程の男はいなかった。
「ハァ・・・ハァ・・・あのお姫様は・・・私?あの男の人って・・・それにあの精霊王の顔はもしかして!?」
「ああ、目が覚めたのですね?どうでしたか?」
「どうって・・・?」
声がする方を見るといつの間にか男が立っていた。
男はニコニコとしていてこちらを楽しそうに眺めていた。
「あの男の人は・・・貴方なの?何で・・・」
「何故?それは何に対する問いですか?私が貴女を求めた理由ですか?それとも封印される
原因についてですか?」
「・・・」
本当に分からないという顔に困惑して答える事が出来ずに黙り込んでいると、自然な感じで話し始めた。
「私が貴女を求めた理由は初めて貴女と会った王宮の庭園で、花々に囲まれた貴女を見て一目惚れしました。あの時の私には貴女はまるで女神の様に見えましたからね。そして封印されるに至っては、私の気持ちに応えてくれなかった貴女に私の醜い心が魔を集め歪みを得てしまったのです」
「分かっているなら・・・!」
「分かっています。でも、私の貴女を求める気持ちはどうしても止められない・・・こんなに近くに貴女がいるのに、求めないでいられるわけが無い」
そう言いながら頬をゆったりとした動作で撫でる男の手を跳ね除ける事が出来なかった。
男の手付きも、その瞳にも悪意は感じる事が出来なかったから・・・
男の手は頬から首筋を通って肩に触れていた。
気付いた時には男に肩を押され、真っ白な天蓋を眺めていた。
「え・・・?」
「ついに手に入れた・・・この時を、どれほど待ち望んだ事か」
自分の上から押え付ける様に覆いかぶさってくる男に恐怖が芽生え、無我夢中で男の厚い胸板を押す。
それでも男の力と女の力は天と地ほどの差があり、押し返す事が出来ない。
「いやぁ!」
「うぐっ!」
ユニの背からは光り輝く翼が現れ、男をベッドの外へと吹き飛ばした。
男は呻き声を上げて立ち上がりゆっくりとベッドに寄って来る。
しかし、男はベッドの周りに張ってある輝く結界に阻まれて入る事が出来ず悔しそうにしかし、どこか悲しそうに結界を拳で軽く叩いた。
少し離れて振り返ると掌から闇の光を放ち結界に攻撃をするが、結界はびくともしなかった。
「いや・・・来ないで・・・」
「姫、落ち着いたら・・・結界から出てきてください。私は別室にいますので・・・」
闇に搔き消えた男がいなくなった部屋にはユニの恐怖の声が響いていた。
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「ここが飛行城塞の中か・・・嫌な雰囲気が漂っているな」
「ええ・・・では先ず、お嬢様を探す事にしましょう」
「そうだな、おい!ユニがどこにいるか分かるんだろ?早く案内しろよ」
「うるさいな・・・言われなくてもユニは俺が助ける!」
暗い城の中をゆっくりと見渡してから目を閉じユニの魔力の道筋を探す。
小さい頃から一緒にいたユニの魔力は魔力の塊の様な城の中でも一際輝いてはっきりと見えた。
「あった・・・行こう、こっちだ!」
「王子・・・張り切るのはいいですが、城内には魔物がいる可能性が非常に高いです。気を
つけて進んでくださいよ」
リヒターの言葉も耳に入らず、先に進む道には魔物が転々と徘徊しており倒しながらゆっくりと進んだが、そのゆっくりさが余計に不安を煽った。
魔物を倒した数が十回を優に超えて数え切れなくなった時、ユニの魔力が波打っているのが分かった。
「ユニ!?」
今までゆっくりとうねる糸の様に見えていた魔力の線が、荒波の様に激しくうねる。
自分の心臓が自分の物ではなくなったように激しく暴れまわり、浅かった呼吸がさらに浅くなる。
「どうかしたのですか?」
「ユニの魔力が・・・今まで一定の波の様だったのが突然・・・」
「ユニに何かあったのか!?」
「落ち着け!魔力は感じるのだろう?」
「ああ」
「ユニに何かあったのは間違いないかもしれんが、魔力を感じるのなら大丈夫だ。きっとユニは無事でいる」
「ええ、早く先に進みましょう」
「ここだ・・・」
「ここ?何もない、壁じゃないか」
「いや、間違いないユニの魔力をこの向こうから感じる」
まるで繭の様な壁に剣を突き立てると、壁はボロボロと崩れた。
その向こうは開けた空間になっていて、中心には真っ白の天蓋付きのベッドが鎮座していた。
「ユニ!!」
ユニの姿を目に止めた俺はベッドに駆け寄り、周りを覆う光の壁にぶつかった。
後から駆け寄って来た三人も壁にぶつかって行く手を遮られる。
「何なんだこの壁は!?」
レイが焦った様に杖を壁に突き立てるがビクともしない。
「この壁は・・・」
「結界の様だな。これは、ユニ自身が張っているのかもしれん」
「何でだ?」
「通常結界と言うものは、術者が中心となって展開する結界と魔方陣によって固定する結界
の二つに分かれる。しかし、この結界の中にはユニしかいない上に魔方陣らしき物も見当たらない」
「そんな事はどうでもいい!この結界はどうやったら解けるんだ!?」
結界に拳を叩き付けながらルーが怒鳴った。
「分からない、しかしこの結界はユニが張っている以上ユニが解除するまでは・・・」
その先を言うのが憚られたのか、フレッドが黙り込む。
ルーは結界に頭を押し付けるように凭れ掛ると、心の中でユニに届く事を願って思った。
(ユニ・・・助けに来たんだ・・・ここを通してくれ・・・ユニ!)
その時、するっとまるで何も無かったかのように結界をすり抜けた。
ベッドに歩み寄るとユニは俺に気が付いたのか、こちらを見た。
「い・・・や・・・こない・・・で・・・」
「ユニ・・・」
ユニの顔は涙で濡れ、その瞳には拒絶が浮かんでいた。
「ユニ、助けに来たんだ・・・ユニ」
「来ないで!いや!」
近付こうとするとユニは拒絶の意を表した。
しかし、その瞳には自分ではない誰かを見ている様な気がした。
ベッドサイドに座ると、拒絶するユニの手を掴んでできるだけ優しく話しかけた。
「ユニ・・・俺を見てくれ、ユニ」
「いや・・・いや・・・」
ギュッと正面から抱きつき優しく名前を呼ぶ。
「ユニ」
「あ・・・ルー・・・」
「ああ、大丈夫か?」
「ルー!」
一方的に抱きついていたのにユニがギュッと力強く抱き返してくる。
また涙を流すが、その涙が今までとは違うものなのが分かる。
いつの間にか結界は消え、三人がベッドサイドに近づいてくる。
その時・・・ゴンッ
「いってえな!」
「いつまで抱きついてんだ!離れろ離れろ!」
「そうですよ・・・お嬢様、淑女としての慎みが足りません」
ビクッと肩を揺らしてソロソロと離れていく。
恥ずかしい事をしたという事を理解したのか、顔を真っ赤にして俯く。
隠しているつもりだろうが耳まで真っ赤なため直ぐに分かってしまう。
「ユニ・・・一体何があったんだ?」
「あの男の人が・・・」
「何だ!何をされたんだ!?」
「いや・・・あの・・・前世の記憶を思い出したの」
「・・・?」
「で、その中にあの男の人が出てきて・・・目が覚めたら男の人が覆いかぶさってきて、怖
くて・・・その後何も覚えていないの・・・」
「何だと!あの野郎!!」
「お、落ち着いて・・・ルー」
切れるレイにオドオドとしてルーを見るがルーも怒りに震えていた。
「もういいですか?早く行きますよ」
「「?」」
「ここに来たのは、お嬢様を助けるのだけが目的ではないのですよ?」
「「ああ」」
立ち上がってみんなが入り口の方に歩いていく中、フレッドが頭を撫でてくれた。
「あ、お嬢様」
「何?」
リヒターに呼ばれたユニはリヒターを見上げるとキョトンとした顔をする。
「無事でよかったです」
「ありがとう」
「さ、行きますよ」
「うん」
みんなを追って、部屋を後にした。