真名剥奪! ネーミング・ハイ
「……おい、佐藤(仮)。いつまで私の隣で検閲スマホののぞき見を続けている。死にたいのか」
放課後のベンチ。京子はスマホを握りしめ、隣の佐藤(仮)を睨みつけた。
その時、背後から「あははっ! 何これー!」と、陽光のような明るい声が降ってきた。
サオリだ。
「なにー? 楽しそうじゃん、このカップルwww 目が離せないんだけど、二人とも!」
「カッ……!? 不敬ふけいだぞサオリ! この男はただの観測者エネミーだ!」
京子が顔を真っ赤にして叫ぶ。そんな京子をニヤニヤ見つめながら、サオリは佐藤(仮)の方を向いた。
「でも、いい感じじゃん。ねえ、そう思うでしょ?」
その瞬間。
京子は、何の疑いもなく、ごく自然にその名を呼んだ。
「…思わん!!…そうだ。佐藤。貴様からもサオリに言ってやれ。我々の間にあるのは覇道バズりの盟約のみであると」
――一瞬。空気が凍りついた。
佐藤(仮)が、彫像のように固まった。
二度見。
三度見。
……そこから、四、五、六、七、八。
やっぱり八度見くらいして、佐藤(仮)の口から魂が漏れ出した。
「……ぼ。……ぼぼぼぼ。……僕は。佐藤?佐藤ではない。うん。どうして。どないしてねぇ? どうして佐藤? 佐藤 is どこから? どこから来たの、その平凡な名前。ねえ。佐藤。一言も。一言も言ってない。一言も言ってないのよ、僕!!」
佐藤(仮)は、かつてないほどの激しい動揺を見せ、ガタガタと震えながら否定した。
「(……っ!?)」
京子は戦慄した。
(マズい……! 私は……私は今まで、この男が佐藤であると一分の疑いもなく信じ込んでいた……! 先入観テンプレートという名の毒薬ポイズンに侵されていたのは、この私だったというのか……!?)
「新井田。あらいだ。……新井田 恭二。うん。それが僕。マイ・ネーム。あらいだ。恭二。……今日、二回。言ったかな? 言ってないけど。きょっきょ恭二。あらいだ。佐藤じゃないのよ。ねえ。キサキョン。」
佐藤(仮)が、必死の形相で学生証を差し出す。
そこには確かに「新井田 恭二」という、京子とどこか似通ったひびきの名前が記されていた。
だが。
京子の脳内データベースは、すでに「佐藤(仮)」として全てのフォルダを暗号化済みだった。
今さら「新井田」という新ディレクトリを作成するなど、覇王ハーンのプライドが許さない。
京子は冷徹に、学生証を指で弾き返した。
「……ふん。新井田……恭二……だと? 認めん。認めんぞ! 貴様のその、不条理キモいな喋り。空気を読まぬ無礼デリカシー。どこをどう切り取っても、貴様は佐藤だ! 断じて、お前は絶対に佐藤なのだ!!」
「横暴。横暴すぎる。うん。僕。僕の、親。両親。新井田。みんな、新井田。佐藤、いない。一族に、一人も。うん。なのに、佐藤。強制。強制佐藤。うん。ひどい。ひどいのよ、君。」
すると、横からサオリが追い打ちをかけるように、ケラケラと笑い声を上げた。
「あははは! キサキョンひどーい! 佐藤くんのこと佐藤って呼ぶのやめなよー!www」
「(……サオリ、貴様っ!!)」
それは全くフォローになっていなかった。
むしろ、「佐藤ではない何か」を「佐藤くん」と呼び続けることで、新井田のアイデンティティは木っ端微塵に粉砕された。
結局、この日を境に。
京子の中でも、サオリの中でも
新井田恭二という名は忘却の彼方ブラックホールへと消え去り、彼は永遠に「佐藤(仮)」として生きていくことになったのである。
「……ふん。佐藤(仮)よ。名を捨てて実を取れ。それが……覇道バズへの第一歩だ」
「……捨てた。捨てさせられた。うん。名前。アイデンティティ。もうティティー。さようなら。……うん。いいよ。佐藤。佐藤で。もう。佐藤として、生きる。うん。」
「……マジウケんだけどw サトゥーwww」
こうして、史上稀に見る「本名を失った男」と「擬態する覇王」の、奇妙な二人三脚が本格的に始まってしまった。
私は如月京子だっ…もう…助けてぇw




