1.一緒に歩いて
只今午前2時半。明かりが消えて、パソコンの明かりが部屋に伸びている。今は6月なので少し湿っぽいが、肌にふわりと触るような風が気持ちいい。ニマの暮らす部屋は、川沿いにあり、川向うに線路があり電車が走っているのがよく見える。今は終電も終わり、夜のしんとした何も聞こえない。川辺に電灯がおぼろげに映っている。都心から離れている、この辺りは程よく住みやすい街だった。
喫茶店「レモンサンド」。仕事場から家までの住宅街の中にある深夜までやっている喫茶店。仕事で落ち込んだ時、あんまり気分が上がらい時、家にそのまま帰りたくない時、ニマはここのお世話になってきた。温かい湯気ををぼうっと見つめる。なんだか体が強張っている、不安が強くイライラするといったニマの話を聞いた店主の小春さんが出してくれたラベンダーのハーブティー。
「あなたは胃が弱いんだから、今のじめっとした季節で冷たいものを取りがちのこの時期にこそ、温かいお茶を飲むのよ。」と言った小春さんの唇には赤に数滴オレンジを差し、ピンクやベージュを混ぜたような色が乗っている。綺麗だなあと見ながら曖昧に頷く。
「胃っていうのはね、メンタルにも影響してくんのよ。落ち込みやすいな、言葉を真に受けて傷つきやすいなと思ったら、胃が冷えていたり荒れていることが多い人も多いの。」
水色と白を混ぜたような陶器のカップになみなみと入ったお茶を鼻に近づける。温かい湯気が顔にかかりラベンダーの主張しすぎない香りが鼻に入ってくる。「あち、」少しずつ口に含むと渋みもなく何だか柔らかみがある印象が強い。ほっとしたのか、肩の力が抜ける。
「確かに今の時期って冷たいもの摂りすぎますもんね。」
彼は少しぎこちない微笑みを造りながらこちらを見ている。「佐々木さんのおすすめのお店が知れて嬉しいです。」と付け加える。
花本君は、会社の同僚で、隣のデスクに座っている。彼は人好きのする雰囲気の良い成人男性だが、たまにこうしてぎこちなかったり、自分自身もどうしていいか分からない対人コミュニケーションが苦手であるという顔がほんの少し見え隠れするところが好きだ。
柔らかいけど、生ぬるい風にたまに吹かれながら、ちらほらと見える外套の明かりや、住宅や店の明かり、夜のぼんやりとした黒に淡いオレンジや黄色が見える。建物というきちんと形作られた中に窓を通して淡い光や人が生活しているということが、分かって楽しい。
「今の時期のこれくらいの時間が好きだな。夜の明かりの中を帰るのは楽しい。」
ぼそりとつぶやいたのを聞いて、少しだけど手を触りたくなった。ほんの少し。だから触れるか触れないか位を行き来していた彼の人差し指と自分の人差し指を絡めた。




