6話 白々しい相手、頼もしい味方
「アクアさん、もう大丈夫ですか?」
「いえ、大したことなかったのですが、寝過ぎちゃいまして…」
犯人がスッと視線を外し、声を掛けてくれたクレアさんの陰にサッと隠れる。
既に昼も過ぎていたが、食事は道具が揃っている使用人室で済ませておいた。
「川の方はどうですか?」
「水量は減りましたが、また雲行きが怪しくなってきまして…」
「男爵サマがお隣に交渉に行ってやすぜ。費用はこちら持ちってぇことで川の緊急整備をするって。」
「そうですか…では、こちらの状況は?」
「良い感じの広い土地が確保できたんで、洪水の可能性も大幅に減ってやす。こっちのモンが協力してくれたおかげでさぁ。」
「そうですか…」
ユキさんはホッとした様子で話すが、私は心中穏やかではいられない。
きっと、開発の準備のために用意していた土地を利用したのだろう。クレアさんの表情があまり優れない。
「大丈夫ですか?」
「えっ、あっ、はい…眠れてなくて…」
心中穏やかでないのは明らかだった。
覚悟は決まった、と言葉にできても心までスッパリと割り切れるものじゃない。
「父の交渉次第なところですが、これで洪水が続かなければ…」
そういって、深いため息をつく姿に出会った頃の少女らしさがない。休暇のはずの帰省が、逆に苦しめることになるとは思いもしなかった。
「アズサ様とリリも同行してやすぜ。説明役としてこれ以上…」
ユキさんがそこまで言ったところで、メイド服越しでも分かるくらい腕輪が強く光る。何の魔導具だろうか?
「離れてくだせぃ。」
少し早口で腕を振って私たちを遠ざける。
腕輪を床に置いて起動すると、外に埋設されたリレーと強制接続されるのを感じとれた。
これは【テレポート】だ。
数名の人が一斉に宙に現れて地面に降りる。
1人だけリリ様に抱えられていた。
「おとうさま…?お父様!!」
「大丈夫だ、傷は浅い。」
そう答えるヴェーラ男爵だが、声も顔も苦痛が隠せずにいた。
「ごめん。数が多すぎてカバーが…」
「それより、ここで手当てをします。アクア。」
「はい。お手伝いします。」
リリ様主導で男爵の治療が開始される。
説明はなくとも、状況はひたすら悪くなる一方だということだけは察していた。
遅効性の毒や糞などが塗られた矢に憤慨しながらも、リリ様は無事に男爵様の治療を終える。
鮮やかな手際に、本当になんでもできるのだなと感心してしまった。
「毒や不浄は消えていますが、体力や体調の回復に休養が必要です。少なくとも今日、明日はしっかり休んでください。」
「すまない…」
わずかだが、リリ様がポーションに睡眠薬を混ぜているのが見えた。
それが効いたのか、男爵様はすぐに眠ってしまう。
責任感に駆られ、眠れないのでは後に響くのを知っているからに違いない。
「何があるかわかりやせん。あたしは男爵サマの近くに控えてやすぜ。」
「お願いします。では、私はタマラ様のそばにいますので、アクアはクレアさんをお願いします。」
「わかりました。では、クレアさん。」
「…はい。」
名残惜しそうなクレアさんと共に男爵様の部屋を後にする。
どうする。休ませるべきか。それとも
「お嬢様、お客様がお越しでございます。」
「お客様?」
「北部の子爵、ザリーネ卿でございます。」
「先触れもなしにですか!?あぁ…どうして……」
クレアさんが取り乱すくらいだし、かなり差し迫った事態かもしれない。
老執事さんの伝えた名前を聞き、緊張が走る。
最悪のタイミングで最悪なのが来てしまった。
「お、お母様は?」
不安なのか、声を震わせる。
都市規模に応じた爵位とはいえ、相手は格上の当主だ。この状況で緊張や不安を抱かないほうが難しい。
「既にお伝えしております。お嬢様の事でお話があると。」
「…わかりました。」
握った拳は白く、小刻みに震える。
恐怖、不安、絶望…次代の領主としての責任感と何もできない無力感に押し潰されそうな背中がとても小さく見えた。
「クレアさん。」
私は通話器を緊急送信限定モードで起動して話しかける。
この事態はあまりにも大きすぎ、私の手に負えるものではない。もう、一家に頼るしかなかった。
だが、バレてはいけない。密かに確実に伝えなくては大事になってしまう。民が犠牲になるのだけは避けなくてはならない。
「大丈夫。私は、私たちはいつでもそばに居ますよ。焦る気持ちはわかりますが時間は平等です。互いにとって敵であり、味方でもあるのですから。」
「…はい。ありがとう、アクアさん。」
クレアさんと共に応接室に入ると、先にタマラ様が子爵と話をしていた。リリ様もいるが、メイドに徹するようである。
ディモスだが、タヌキと呼ぶに相応しい見た目の子爵。その恰幅の良さは貫禄をつけるためか、私腹を肥やしているからか。
「子爵様、お目にかかれて光栄です。」
「これはクレア嬢、大きくなられた。最後に会ったのは…」
「拝領するずっと前ですわ。その際はお気遣いいただき、夫共々感謝しております。」
クレアさんはタマラ様が感謝を述べる間に横へ座り、私もリリ様の横に並ぶ。
私たちは離れているが両者の間に立つような形で待機。この位置からだと、両者の横顔がよくわかった。
子爵の隣にはよく似た若い人物が座っており、それがあてがわれる婚姻相手に違いない。正直、ボンボン感が強い子狸で、上昇志向の強いクレアさんとは釣り合わないだろう。
「お茶は私がお出しします。アクアさんはしっかり『聞いていて』くださいね。」
通話器が起動していることは気付いているようで、それを考えてのことだろう。
今のままでは良いようにやられるだけだと考えているのはリリ様も同じようだ。
「して、男爵は?」
「洪水対策と処理に奔走しておりますわ。今年は雨に悩まされておりまして…」
「昨今の諸問題でも屈指の不幸続きであろう。我々としても助力は惜しまぬ。」
チラッと視線がクレアさんの方へと向く。
リリ様はクレアさんとの婚姻が目的だと仰っていたが、早くも馬脚を現した。
「クレア嬢もいい歳だ。そろそろ嫁ぎ先を決めても良いのではないか?」
「ご冗談を。うちの娘は学生ですのでまだ早いですわ。それに、もう領地を継がせると決めておりますので。」
「なに。婿入りという形でも良い。この四男はうだつが上がらなくてな。むしろクレア嬢のような聡明な者には都合が良いのでは?」
婚姻外交という言葉に心が躍らなかったわけではない。だが、実際に居合わせると生々しく嫌になる。
自分の子も、相手の子も道具にするのは、一家で子育ての大変さを身をもって知っただけに不愉快だ。
そんなやり取りを2人がしていても、リリ様は淡々とお茶とお菓子をお出しする。
私だったら多少なりとも感情が行動に出てしまっていそうだ。
「当領地にお飾りを置く余裕はありません。クレアでさえ、学生の身分でありながら今朝まで工事の指揮をしておりましたので。」
「そうか…はぁ。残念。残念だ。」
子爵はわざとらしいため息をついてから、大仰な身振りで嘆いてみせる。
「所詮は南部からの成り上がりというわけか。立ち回りの仕方を知らんと見える。」
「ええ。この地を北部の古いしきたりに染めるつもりはございませんので。」
「後悔する事になるぞ。」
「それは領地決めをなさった魔王陛下への宣言と受け取らせていただきます。」
「そうか。帰るぞ!」
「いたっ!は、はい!」
子爵が立ち上がるなり、ぼんやりしていた息子を蹴り、急かす。
あのボンボン、クレアさんに相応しいとは思えないが、思考や行動まで父親似というわけでもないようだ。
「ザリーネ様、次にこの話をする際は先触れをお忘れなく。こちらもしっかりおもてなしいたしますので。」
「チッ。」
本来の使用人に先導される形で去る子爵親子。
クレアさんを差し出すという最悪の状況だけは免れた。
「はぁ…」
天を仰ぎ、深いため息を吐くタマラさん。
事態が悪くなる一方なのはその様子から明らかだった。
「お母様、どうにもならないようでしたら…」
「バカ言わないで。あれを婿入れするという事は、領地を差し出すのと同じなの。やっと形になりそうなのにそんな事なんて出来ないわ。」
「そ、そうでしたね…」
タマラ様が身を竦めるクレアさんを引き寄せ、抱きしめる。
「ごめんなさい。これではあれと同じね。」
「いえ、そんなことは…」
「あなたの隣に立つ人はあなた自身が決めるの。これが南部の流儀であり、伯爵家に連なる矜持よ。」
「はい。お母様。」
タマラ様の肝っ玉は、南部の伯爵家の血筋であることに合点がゆく。
国内最強と名高い軍を擁する南部の伯爵家だが、それを支える夫人の豪胆さも有名だ。
夫の不在時に都市防衛の判断を即決した話はとても人気で、重版を重ねている。私が描いて広めたものでもあるし。
「ただ犠牲になるだけなんてありえない。しっかり、失った物の対価を支払わせましょう。」
「当然です。」
最初からお嬢様らしくないなとは思っていたが、この母の影響が強いのだろう。
もし時期やタイミングが異なれば、ハルカ様のもう一人のライバルになっていたかもしれない。
でも、クレアさんは領主を目指すと心に決めている。冒険者を目指すようなことはないか。
「あれは恐らく男爵様の負傷を知りませんね。」
「そうなんですか?」
リリ様が小声で言ったことに驚いてしまう。
これは弱っている所につけ込む訪問ではないということか。だったらいったい襲撃は誰が…
「私も北部はよく知らないので、今は見当もつけられません。ですが、誰にケンカを売ったのか、わからせて差し上げましょう。一家の仕事の邪魔までしてくださいましたからね。」
そう言うリリ様の口元に笑みが浮かんでいるが、目が全く笑っていない。
かつての内乱で20人以上の兄弟姉妹を失っているが、ほぼ全て婚姻外交のためだけに育てられたそうだ。だからこそ、今回は思うところがあるのかもしれない。
「あ、そういえば。」
思い出して、亜空間収納から子爵宛の小箱を取り出す。
「どうしましょうこれ。」
「開けるのは信用問題になりますからね。中身はどうあれ、しっかり届けはしましょう。」
「そうですよね。」
再びしまい込み、この件は後回しにすることにした。
「戦力の逐次投入はお終いです。ここから一気に仕事を片付けますよ。」
そう言ってリリ様が指を鳴らすと、更に【テレポート】でやって来る。
『えっ!?』
急に現れたことでクレアさんとタマラ様が互いに寄り添うように驚いた。私も聞いてないので驚いた。
「ヒガン一家のメイド一同、ヴェーラ男爵のお力になるべく参上しました。」
中心のメイプルがそう言ってお辞儀をすると、他のメイド姿の面々もお辞儀をする。
メイドとそうではない顔ぶれがやって来てしまったことで、事態が一気に進む予感がしていた。




