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メイドは厄介事も掃除する!  作者: RayRim


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5話 水は留まることを知らず

 今日は朝から館も都市も大騒ぎとなっていた。

 飛び越えたあの川が溢れたのである。


「あの川はこの時期になるとよく溢れるのですが、今年は既に3度目だそうで…」

「多くないですか?」

「多すぎますよ。幼い頃は数年に一度だったのに…」


 やはり、男爵夫人のタマラ様が仰っていたように下流に原因があるようだ。

 冒険者ギルドとは共有されているようだが、土木工事は領主の仕事。依頼がない限り越権行為になってしまう。

 それは事態の共有をした旦那様、アリス様、バニラ様も同意見で、私たちがクチバシを差し込んでいい問題ではなかった。

 だが、3人とも揃って苦々しい声色だったのが印象深い。迂闊に手を出せないが、知ってしまった以上は無視もできない。そんな様子にも感じられた。


 ということで、クレアさんの視察に付き従う形で、見やすいように飛んで現場にやって来ている。

 泥を多く含んだ水は酷く淀み、ゆっくりとその量と領域を拡大していた。


「もう少し下流へ…ああ、堤防が…」


 悲しげな声を上げるクレアさんの視線の先で堤防が破れ、農作地へと泥水が流れ込んでいく。破れた口は徐々に広がり、流入量も増えていく一方だ。


(どうする。どうすれば…)


 ただ止めるだけじゃ解決にならない。それでも、何もせずにいられない!


【アイス・ブラスト】


 着陸し、破れた堤防とその周辺を氷漬けにする。

 農作地への流入は止まったが、これだけでは解決にならない。すぐに溢れるか、またどこかで破れてしまうかもしれない……


 通話器を一家全体に向けた緊急チャンネルに切り替えて声を絞り出す。


「ダメです…堤防が破れて農作地にも被害が出てしまって…どうしようもなくて……」

『把握している。ひとまずよくやった。』


 私の泣き言に、バニラ様が慰めるように通話器から声をかけてくださった。


『既に人は送っている。なんとか凌いでくれ。』

『えっ?』


 バニラ様の言葉に私とクレアさんの声が揃い、互いの顔を見合う。


「追加のメイドと土木職人、大急ぎでお届けに参りやした!」

「ぅごっ!?」


 影から飛び出した真っ白な頭が、背筋の悪い私の顎を打ち上げる。

 戦いの苦手な私が不意の一撃を避けられるはずもなく、勢いよく宙を舞うのであった。

 



「あたしもちゃんと手伝うんで許してくだせぇ。」


 私は泥濘んだ地面に仰向けになったまま、何度も犯人に謝られた。わざとのような気がするが、この人は簡単に許したらまたやりそうなので、もっと見返りを釣り上げておきたい。

 ……まだ世界が回っているが。

 

 破れた堤防には木杭と金具を繋いで骨組みが組まれ、河川側に粘土質の土が、裏に砂利が詰め込められる。水流に晒される最前面は、淡く光る補強の刻印が描かれた護岸用の厚板が張られていた。

 亜空間収納を擬似的な遊水地とし、専用の『リレー』を通して容量を越える度に上流へループさせる仕掛けまで用いられる。

 私の泣き言が、一家発の技術まで惜しみなく投入されるとんでもない工事となってしまった。

 

 アズサ様とリリ様の仕事がとても早く、従来なら水量が減るまで待ち、それから一月はかかりそうな作業を半刻ほどで終えてしまっている…


「やっぱり、あっちの領地に手を加えないとダメだよー」

「高低差が無くてダムやため池にするのも効果が薄いですね…」

「そうですか…」


 うちの土木職人であるアズサ様とリリ様からそう告げられ、クレアさんが項垂れてしまう。

 アズサ様は四義姉妹の三女で大陸屈指の名工のドワーフ。リリ様は旦那様の第6夫人で元西方エルフ第2位の領主であり、一家で最も木工技術に長けている。

 一家では最も常識的な性格のリリ様だが、肩書きが一番おかしい。

 

 だが、なぜ2人までメイド服姿なのか。それが分からない。


「こっちでやれることもあるけど、大工事になるし、今からじゃちょっと厳しいかなー…」

「亜空間収納も無限じゃありませんからね。」

「時間が足りないのですね…」

「単純に危ないからでもあるけど…」


 大規模工事はなるべく現地の人の手で、というのが一家の方針だ。

 魔法で無理やり解決も出来るが、現地の人が現地の技術で対処できなくては一家に頼り続けることになる。残念ながら、継続して関われるほど人も多くなく暇でもない。


「アクアの対処は悪くなかったですよ。少し土砂が残りましたが、収量にそこまで影響しないでしょうから。」

「ありがとうございます…」


 まだ目眩が消えず、大の字になったままリリ様から褒められるがなんだか申し訳ない気持ちになってくる。


「そこで、私たちが提案する対処法なのですが。」


 リリ様が亜空間収納からキャスター付きの黒板を出す。屋外用なのか、キャスターというよりタイヤと呼んだほうがいいサイズだ。

 気になるので、私も体を起こして説明を聞こう。


「遊水地を設けてキャパシティを増やします。地形から考えてこの辺りが最良かと。」

「そこは」

「わかりました。そうしましょう。」


 私の言葉を遮るようにクレアさんが即決する。

 そこは将来、クレアさんが統治する地域であり、産業を振興させる為の計画も練ってあった場所だ。


「良いのですか?というより、あなたに権限があるのですか?」


 普段、バニラ様やハルカ様といる時と違い、今のリリ様は終始厳しい表情と冷たく感じる物言いだ。

 きっと、それだけ差し迫った状況なのだろう。

 2人のやりとりは学生と冒険者という関係ではなく、為政者同士のもののように感じられた。

 

「はい。緊急時は私の判断で人を動かせますので。」

「では、すぐ作業に移りましょう。」

「オラベリア様、至らぬ点の多い私にご指導のほどよろしくお願いします。」


 オラベリア領と関係を築こうとしていたくらいだ。リリ様のことは聞いたか、調べたかして知っていたのだろう。

 

「大丈夫。あなたはきっと私より上手くやれますよ。」


 固く握りしめられたクレアさんの手を(ほど)くと、リリさんは両手で優しく包み込むようにして言う。

 

 あったかもしれない将来をBETする覚悟。それだけ、クレアさんはこのヴェーラ領が好きで、大切なのだろう。

 私も出来る限りその思いに応えたくなってきた。


「ありがとうございます。そのご期待にお応えします。」

「私のような余所者ではなく、民の期待に応えてください。」

「は、はい!」


 まだ少女の域を抜け出ていないクレアさんだが、依頼だからというのは抜きで支えたくなる。

 その心に宿しているであろう覚悟は、身の丈に不相応にも感じられた。


「では、先に父に報告しましょう。作業はその後、すぐに。」

「護衛はあたしが引き継ぎやす。アクアはもう少し休んでくだせぇ。」

「サボらないでくださいよ?」

「いやあ、流石にそれはカッコ悪いんで…」


 すぐサボるのはお調子者の先輩の悪いところだが、時と場はわきまえている。

 私も無理をして邪魔はしたくないので、お言葉に甘えて休ませてもらうことにした。


 立ち上がって【洗浄】の魔法を使い、泥をきれいに洗い落としておく。

 …やはり少し目眩がする。


「手を貸しますよ。行く場所は同じですよね?」

「はい。ありがとうございます…」


 来た時とは異なり、クレアさんはユキさんが抱きかかえ、私はリリ様に手を引かれる形で飛んで館へ帰ることにした。


「アクア、これは少し大きな事件になるかもしれません。」


 小声でリリ様から告げられ、ドキッとする。

 ただの護衛と配達がどうしてこんなことに。

  

「まだ、配達の方は終えてませんよね?」

「はい。帰りに遠回りしていこうと考えていましたから。」

「配達先がこちらへやって来ますよ。」

「え?」


 どういう事だろう?

 届け先は北部の子爵。隣接した領地を治めておられる方だ。


「婚姻外交ですよ。目当てはクレアさんで、この洪水も交渉材料の可能性が高いです。」

「それじゃあ…」

「民の暮らしを人質にするやり口は何処も同じですね。」


 淡々とした口調で述べるリリ様だが、その表情はうかがえない。楽しそうな口ぶりではない事だけは確かだ。


(ツラ)を拝む良い機会となります。黒幕かどうかはさておき、ふざけた真似をする輩に泡を吹かせてやりましょう。物理的に。」

「大問題になりますから、控えめにしましょうね…」


 常識的な(かた)ではあるが、一家の流儀に染まり切ってしまっている。舐められたら全力で殴りつける精神がその証拠だ。


 館に到着するなりタマラ様に回復のための交代を申し入れ、私はすぐに使用人室へと帰る。

 そこで配達品である小箱を亜空間収納から取り出し、またすぐ片付けた。

 中身は相応の重さで、おかしな魔力が漏れ出る様子もない。厳重に魔法的な封もされているので、これだけでは何かの判断材料にならなかった。


 ベッドに身を投げ出し、目が回るのを感じながら石の天井を眺める。


「みんな、上手くいかない時はどうしてるんだろう…」

『妾の助言が必要かの?』

「いらない。おやすみ。」

『つれないのぅ…』

 

 『北の果て』で貰った小さな九尾狐の擬人化マスコットには、静かにしていてもらう。

 個人のプライベートへ又聞きで踏み込むのは違う。聞き出すなら面と向かって尋ねたい。


(面倒な依頼でハルカ様がイライラしてたのも分かる。直接踏み込んで捻じ伏せて白状させられたら楽なのに…)


 そんな様子を思い描きながら眠りに落ちる。

 ダメージが大きかったのか、思った以上に長く眠り込んでしまったのだった。

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