4話 御令嬢の里帰り
都市内の最も高い場所に構えられた館。
それが領主とその家族の居住地となっている。
建物や内装は地位相応で、使用人が少ないのか、隅や窓の汚れが少し気になった。
「ただいま帰りました。」
「お帰りなさい、クレア。」
母親と思われるドレス姿の夫人がやって来て、クレアさんを抱き締める。
分類上、ドレスではあるがきらびやかでも、露出が多くもない。生地は丈夫さを重視したものであり、見る人が見れば安物ではないのがわかる。
アリス様の服飾仕事に付き合うことが多く、私の目も肥えてしまったようだ。
「こちら、護衛を務めてくださっているアクアさんです。」
「ヒガン一家のアクアです。この度、お嬢様の護衛のご依頼をしていただき、光栄の極みでございます。」
何度目か忘れた礼をする。
貴族の前でも緊張せずにできるのは、作法がしっかり染み付いた証だ。
「一家の名声はこちらでも語り草です。このような小貴族の依頼を受けていただけるとは思いませんでした。」
「実は帰省を諦めていたくらいですよ。」
母娘並ぶとやはり雰囲気が似ている。
一家は血の繋がりがあまり無いので、逆にその点が不思議に感じる。
…いや、旦那様のお子様は全員母親似だ。最近は寮住まいなので忘れていた。
「道が整備されていたので楽な往路でした。男爵様のご尽力に感謝申し上げます。」
「その言葉、夫も喜びますわ。」
ニコニコ顔の男爵夫人。
いやみったらしかったらどうしようかと思っていたが、クレアさんの母親にその心配は杞憂だった。
しかし、クレアさんの方は表情が暗い。
「今年も橋が流されていましたね…」
「今年もまた遠回りしないといけなくて、ゆっくり休めないかと思っていたのよ。」
「アクアさんがライトクラフトで運んでくださいましたから。」
「流石、ヒガン一家の方ですね!」
ニコニコ顔は早い娘の帰省が理由のようで、橋のことで気に病ませないためだろう。
きっと私の母も帰ったら同じようにニコニコ顔で抱き締めてくれるかもしれないが、それが叶わないのは分かっている。
まあ、一家とそこに関わる方々が、姉妹のような母親のような親戚のような感じなので、寂しく感じたことはないけど。
「お役に立てて光栄です。」
「ヒガン一家は冒険者集団だと聞いていましたが、礼を欠かないのですね。」
「上司が大変厳しい方でして…」
「まあ。」
何度泣かされたか、投げ飛ばされたか分からない。
いやまあ、投げ飛ばされたのは訓練でだけど、私にだけはやたら厳しく感じられた。
「ヒガン一家のメイド長は大変美しく、大変厳しく、だけどお優しいと先輩がたから伝え聞いていますよ。」
「それは間違いありません。こちらが似顔絵となります。」
『えっ』
私の描いたカトリーナさんの絵を見て、2人と控えていた護衛の方の目が飛び出しそうなほど見開かれる。
そこまでの絵だろうか?――いえ、そこまでの絵でした……
静かにスケッチブックを閉じ、改めてメイド服姿のページを開いた。
「こちらが似顔絵となります。」
「お、お美しいですね。」
「こう、メイド服でも隠し切れないなんというかその」
「メイド服姿しか見せてません。イイデスネ?」
『は、はい。』
3人が声を揃えて返事をする。
そう、私はヒガン一家のメイド。チョンボなどありえないのである。
「じ、人物画も素晴らしいですが、風景画も素晴らしいのですよ。何枚か見せてもらいました。」
「大陸を巡っていた際のもので、こちらがマーマンの住処である『海淵の園』、こちらが『北の果て』の最奥となります。」
当時の渾身の2枚を男爵夫人にお見せする。
今ならもう少し上手く描けるが、これはこれで初見でしか出せない線や色があった。
「これは水面でしょうか?」
「はい。『北の果て』は隔絶された場所で、海も風も止まっていました。」
「海へ行ったことはありませんが、こんな場所もあるのですね…」
「大変厳しい場所でした…」
「優秀な冒険者でなくては行けない場所ですよね…」
私の絵に目を輝かせつつ、クレアさんがしみじみと言う。
まだ若く、可能性に溢れるお嬢様だが既に進む道は心に決めてしまっている。調子に乗ってこんな絵を見せたのは正しかったのか、だんだん不安になってきた。
「この都市も暮らすのは大変かもしれませんが、とても素敵だと思いますよ。帰るまでに絵を1枚描かせていただきます。」
「天気が良くなったら良いのですが…」
そう言う男爵夫人の視線が窓ガラスの方を向く。
透明ではなく、空の様子はよく分からないが、今も外の雲行きは怪しいはずだ。
「水量が多いのは上流が原因ですか?」
「いえ、すぐ下流の方です。領地替えのゴタゴタで河川の整備まで手が回っていないようで…」
「そうなのですね。」
都市内もだが、領内まで河川で区分けしているとなると一刻も早く対応したいはず。
「これは領主間の問題ですのでアクアさんが気になさる事じゃありませんよ。引き続き、この跳ねっ返りの護衛をよろしくお願いします。」
「お任せくださいませ。」
「もう!そんな子供じゃないから!」
うん。クレアさんは十分良い子ですよ。
一家には鉄砲玉みたいな跳ねっ返りがいるので…
きちんとしてれば絶世の美少女と世に紹介したい方と思わず比較してしまう。
ハルカ様はそういう所こそかわいいとカトリーナさんは評するのだが。
「アクアさんもお疲れでしょうから今日はゆっくりお休みください。部屋は来客用のを…いえ、クレア専属の使用人部屋を使ってください。」
「良いのですか?」
「護衛としても、メイドとしてもそちらの方が都合が良いかと。部屋も隣ですので。」
「ありがとうございます。」
きっとこれは新興の貴族だからこそだろう。
古株だと、ちょんぼの時点でつまみ出されてた可能性が非常に高い。
「では、行きましょうか。お母様、お話はまた後ほど。」
「失礼します。」
「2人とも、今日はゆっくり休みなさい。」
クレアさんに連れられて2階へ上がり、奥の方の部屋への前に移動する。
人が住むにはやや不便で、物置などになっていそうな位置だ。
「今は年に1度しか戻って来ませんからね。だから」
扉を開くとホコリっぽいが、そこまで汚れてはいない。部屋には大きめのベッドとテーブル、椅子だけが置いてあり、カーペットなど敷かれていない。ここは年頃の女の子の部屋にしては物があまりにも少ない。
「物置を自室にしてるんですよ。」
そう言って、部屋の引き戸を動かすと沢山の木箱が目に入った。
恐らく、本来はドレッサーに収められるべき服やアクセサリーだったり、部屋のあちこちに飾られるべき小物なのだろう。
主不在の部屋は、今もまだ主を迎え入れる準備ができていないように感じられた。
「先ずは空気の入れ替えをしましょうか。それから少し埃も払って水拭きもしましょう。必要な道具はすぐ出せますから。」
「はい。」
嫌な顔をすることなく返事をするクレアさん。
最初に『お嬢様』などと侮っていたのが恥ずかしくなってきた。
「では、ヒガン一家のメイドの力、お見せしましょう!」
「おー!」
魔法と魔導具を駆使した掃除でクレアさんの部屋だけでなく、やたら汚れていたり臭ったりしていた使用人部屋も綺麗さっぱり片付いた。
やはり、メイドとして正しい仕事を果たせるのは実に気持ちいい。メイドは護衛などせずに家事に尽力すべきである!




