3話 旅は楽しく賑やかに
冒険者の朝は日の出と共に明ける。
遠出の同行も少なくないので、旅も慣れっこだ。
ルエーリヴで買っておいた食パンを厚切りにしてからプレストースト用のフライパンで焼きつつ、乗せる具材を違うフライパンで焼きながら、野菜も洗ってから切って盛り付けておく。
人数が少ないのは楽で素晴らしい。いや、多いのも楽しいけれど。
「おはようございまひゅ…」
「おはようございます。すぐできますのでもう少しお待ちくださいね。」
「はい…いや…いやいや!」
クレアさんはこのまま二度寝を決め込むかと思ったが、気合を入れるように声を上げて起き上がる。
フードをしていないクレアさんはなんともかわいらしい顔立ちで、護衛なしの一人旅なんてさせられないのがよくわかる。一家を雇う相場は安くないはずだが、それくらい親御さんはクレアさんが大事なようだ。
「どうして里帰りの徒歩旅がこんなに快適で野宿のはずが屋根トイレ付きの小屋で朝食まで用意してもらえるなんておかしいおかしいですよ!」
「おお、噛まずに言い切りましたね。」
良い感じに焼けた食パンを皿に移し、塩と香辛料だけで味付けした肉野菜炒めを乗せる。ソースやケチャップも持ち歩いてはいるが、ディモスもエルフもこのくらいの味付けが好みなのであまり使わない。
一家でも召喚者組とお子様たちくらいなものだ。
「お茶も淹れますので、朝の準備を済ませておいてくださいね。」
「はい。すぐに。」
クレアさんはやや片言でそう答えると、迅速にトイレを済まし、手を洗ってから顔も洗う。出先で身体はあまり洗いすぎるなとユキさんに言われたっけ。
清潔にし過ぎると賊や冒険者崩れに狙われやすくなると説明は受けたが、メイド姿の時点でだいぶ危うい気がしている。
「寮と変わらないくらい…いえ、メイドなんて雇ってないから、それ以上に整ってて変な感じですよ…」
「あはは。そうですよね。」
お茶を差し出して朝食の準備は完了する。
予定では、お昼まで歩きづめなので食事はしっかり摂っておきたい。
「いただきます。」
「おぉ。」
手を合わせてする食事の挨拶に思わず声が出る。一家の外の人がこうするのは初めて見た。
「ヒガン一家と食事する時はこうしろって、先輩から言われてまして。」
「なるほど。では、マナーとか気にせずお召し上がりください。今の私は冒険者ですので。」
「ありがとうございます。」
ナイフとフォークも出しているが、クレアさんは手掴みで食べる。私はカトリーナさんに仕込まれてしまっているのでナイフとフォークを使う。使わないと怖いし落ち着かない。
「足りないようでしたら、おかわりも用意しますのでお申し付けください。」
「おかわりまで…!いやいやいや…」
様子が変わったような気がしたが、首を振って振り払われる。
「ただでさえケチった料金で引き受けていただいているので…」
「食事分は含みませんよ。むしろ、万全な状態じゃないと困りますから。」
「そ、そうですよね!では、パンだけお願いします!」
「少々、お待ちくださいね。」
自分の分を食べてからおかわりのパンを焼き始める。
匂いが気に入ったのか、しきりに鼻をヒクヒクさせるのがよくわかった。ディモスは感情に正直なので、こういうのは我慢できない人が多い。
「お待たせしました。」
「いただきます!」
言うのとほぼ同時にパンを掴み、勢い良く食べる。
粉が飛び散るのは愛嬌だ。しかたない。だってかわいいんだもの。
「旅の途中でこんなおいしいパンが食べられるなんて…」
「お店のですけどね。ただ焼き直してるだけですよ。」
「往復分の依頼ですので…なにとぞごしょうかいを…」
ついに我慢できず、食べると喋るを同時にし始めた。
こちらでもマナーとして完全にアウトだが、どの種族も美味しい時はそんなもの気にしなくなってしまう。知っていればこれは最高の出来だったという自信になる。
「わかりました。ちゃんと教えますから、しっかり噛んで食べましょうね。」
「あっ!?はい…」
中腰にまでなっていたことにようやく気付いたのか、椅子に座り直してパリパリと音を立てながら残りもすぐに食べ終える。少ないかな?と思ったが、【看破】のスキルは満腹を示していた。
厚切り2枚で満腹は、一家の基準だとかなり少食に分類される。上は2斤くらい当たり前のように食べるのだ。
「ごちそうさまでした。」
「はい。おそまつさまでした。」
「粗末だなんてそんな」
「あー、こういう返事なんです。」
「あっ!そうなのですね…」
流石にそこまで教えてもらえなかったようである。
私だって、本気を出したらもっと豪勢な料理だって作れるから、今朝はかなり楽をさせてもらった。
「お皿を下げますね。お茶のおかわりも注いでおきます。」
「ありがとうございますー」
満足な様子ですっかりふにゃふにゃなクレアさん。やはりかわいい。一家の誰にもないかわいさがある!
なんとなく、カトリーナさんがハルカ様を甘やかしたくなる気持ちが分かってしまった。
お皿を洗い、本日の予定を確認したところで旅の再出発となる。
小屋はしっかり掃除と解体しながら魔法による洗浄を行うが、クレアさんにも顔を真っ赤にしながら手伝ってもらったのですぐに済んだ。
腹に力を入れて搾り出す声からしか得られない栄養もある。
「では、2日目、出発しましょう。」
「は、はい!」
既にクタクタにも見えるが若いから回復も早い。
目的のヴェーラ領の領都まで3日は、楽しくあっという間に過ぎたのだった。
「予定より早く着きましたね。」
「そ、そうですね。」
何故か顔の引きつっているクレアさんだが、だいぶ汚れが目立ち始めていた。
この3日間、顔と手と足くらいしか洗っていないので当然である。
「入都市前に綺麗にしておきましょう。」
「ふおおぉぼぼぼばぁっ!?」
【洗浄】の魔法を使って、クレアさんと私の旅の汚れをつま先から頭のテッペンまで綺麗に落とす。【浄化】は念の為の処置だ。気付かず毒や感染などしていることもあるらしい。
「こ、これがあの綺麗にする魔法…」
「一般的ですよね?」
「そうですけど、服を着ながら身体まで綺麗になんてなりませんよ!?」
「あー、そうなんですね。」
普及しているものは『洗濯』や『水』に対する理解度が低いのだろう。
この魔法を改めて作ったバニラ様に感謝したい。
「さて、汚れも落ちましたので出入都市管理所に行きましょうか。」
「は、はい。」
困惑が抜けないまま審査の順番待ちをしていると、クレアさんに気付いた管理官が優先的に私たちを通してくれる。
良いものかと思ったが、『普通に並ばれている方が仕事に差し障る』そうだ。気になってしかたないらしい。
出入都市管理所から出ると、目の前には防壁で分からなかった都市の風景が広がっている。
木製の2階建て住宅が多く、地面もかなり起伏が激しい。石や鉄筋コンクリート製の多いルエーリヴとは大違いである。
「ルエーリヴと比べたら田舎ですよね。」
少し、消沈気味にクレアさんが言うが、私は首を横に振る。
「土地の事情が異なりますから。ここ、頻繁に川の氾濫がありますよね?」
「分かりますか?」
「低地に古いちゃんとした家がありませんから。おそらく、頻繁に都市の広い範囲が水没しているはずです。」
「その通りです。」
クレアさんと違う方向から、全く違う声が答えてくれた。
「お父様、ただいま戻りました。」
「お帰り、クレア。そちらが護衛の方で…メイド?」
うん。やっぱりそうなる。
「ヒガン一家のアクアです。この度、クレア様の護衛を承りました。」
カトリーナ様仕込みの礼で自己紹介をする。
これだけは一家で誰にも負けない自負がある。
「想像以上に快適で安全な旅でしたよ。最後はビックリしましたが…」
上流が雨で増水した川を飛び越えた事だろう。そこだけは橋が落ちてしまっていたので、ライトクラフト(装着する飛行装置)を使ってショートカットしていた。
そうしないと、3日は遠回りか待ちぼうけをくらうところだった。
「クレアが無事で何よりだよ。」
「お父様はこれから外へ?」
「そうだ。橋の修復の計画を立てねばならん。」
「そうでしたか。」
「2人は屋敷でゆっくり休むといい。その旨は既に伝えてある。」
「お気遣い、感謝いたします。」
「う、うむ。」
メイドらしく礼をすると、ヴェーラ男爵は戸惑いながら頷いてくださる。
まあ、他所のメイドが護衛は困惑しかないのが当たり前だ。
「では、クレアよ。積もる話は後で。」
「はい。いってらっしゃいませ。」
部下と兵を率いて出発するヴェーラ男爵を見送る。
うん。普通はあのくらいちゃんとした護衛をつけるよね。
「では、先に冒険者ギルドに寄って良いでしょうか?」
「あ、はい。そういう手筈でしたね。」
「こちらの事情ですが、規則なので…」
後回しでも良いが、慣れない仕事の報連相はしっかりしておきたい。
「では、案内しますね。冒険者ギルドは向こうの区画になります。」
勝手知ったるクレアさんに案内され、すぐに冒険者ギルドへと辿り着いた。
ギルドへの中間報告と通話器(通信機のような魔導具)で一家に到着を知らせ、依頼はここで折り返しなのだと実感が湧いてくる。
とはいえ、クレアさんの護衛依頼はルエーリヴに戻るまで続く。気を抜けるのはまだまだ先だ。




