推しが引退しました。
『私、メルは…この度、聖愛教団を引退します!』
やばいもうまじ死ぬ。俺の生き甲斐ないなった…。
「魔王様。仕事を進めてください」
「おまっ、鬼すぎんだろ?!こちとら傷心中だぞ!」
こいつは俺の部下であるサモン。俺が1番信頼している男で幼馴染でもある。頭脳明晰、容姿端麗…完全無欠の似合う男だ。
「アイドルが引退しただけでそこまで取り乱すとは…。涙氷の魔王も堕ちましたね。数年前までは戦場でただ命を凍てつかせるだけだった貴方が今やただのドルオタ。よくライブに行ってましたよね。それも人間の、そ、れ、も!聖教国の!馬鹿なんですか貴方バレたら殺されますよ!?」
「殺してくるなら殺すけど?」
「推しも?」
「推しは記憶を消して丁重に保護する。ちゃんと客間に寝かせる」
当たり前だろ。記憶を消すとしても、もちろん推しの前で人殺しはしない。この世界のオタクの必須技能だ。
「客間って、連れてくる気ですか…それも、貴方の推し、かの有名な勇者パーティーの女勇者じゃないですか…。それも、退団理由が魔王討伐への専念。…あ、世界に魔王が数人いることを踏まえても最初に来てくれるかもしれませんね!さぁ職務を全うしてください!」
「俺は勇者と戦いたくない!というかその二つ名も俺をディスったやつだろ?!あーやだやだ!」
そもそも俺は別に人間と敵対したいわけではない。だって見た目はほぼ同じだ。だが人の国家は魔族を敵視している。聖教国は魔族ではなく魔王を目の敵にしていることと推しがいること。これが俺にとっての唯一…いや、唯ニの救いだ。ちゃんと保護してくれているようだし。
「23の大人が何言ってんですか!早く仕事してください…!」
「ひっぱんな!…あ、推しと同い年だ!気が付いた記念日にせねば!」
「この会話推し始めた時もしましたよ!もうボケ始めてるんですか!」
「るせー!…あ、いいこと考えた」
「なんですか?しょうもないことなら許しませんよ?」
「サモン。お前…魔王になってみない?」
「…は?」
…すごい怖い。魔王の才能あるよ君。
「…一つ言わせていただくとですねぇ?この国は貴方が王だからなりたっているんですよ?街への視察の時だって俺より人気じゃないですか」
「んなこと言ってるお前はこの前国民がやってた、白亜帝国人気度ランキングで堂々たる一位だったじゃないか」
「それはたまたまで…」
「へぇ?魔族領ランキングでも一位?それはすごいなぁ…?」
「…」
目を逸らすな。
「…ま、少ししたら戻ってくるから。隠居させてくれ」
「…俺が裏切るとは考えないんですか?」
「当たり前だろ?そもそもそんな奴を隣に置かないしもしそうなってもすぐ駆けつけられる。魔王舐めんな」
「…分かりました。期限…は…って、もう行ったんですかあの人。…前々から準備してたんでしょうね。…よし、頑張るか」
「魔王様ぁーっ!…魔王様はどちらへ?」
「魔王様はしばらく隠居すると言ってました。なので、代理を務めさせていただきます」
「なるほど。サモン様が代理なら安心ですね。それでは民に伝えて…」
「いやいやいや」
「?」
「…疑わないんですか?」
「当たり前ですよ。だって嘘ならとっくに首が飛んでますよ?」
「…そうでしたね。…報告があるのでは?」
「あ、そうでした!只今、隣国であるドラグ共和国からの使者がやってきたので報告を、と…」
「……あいつ絶対仕組んだな…」
いやー愉快愉快。一応、監視魔法設置してたけど問題なさそうだ。俺の隠居生活が今始まる…!
「……隠居ってなにすればいいんだ?」
やばい早速行き詰まったんだが?!こういう時はどうすればいいのやら…。折角なら人間の国に行ってみるか?もしバレたら絶対ブチギレられそうだが…もしかしたら友好関係になれるかもしれないし…よし、善は急げだ。
「グァァァァァァォ!」
む、竜の鳴き声か。この辺りはもうそんな季節なのか?
「くっ…俺を置いて先に行け!」
「リ、リーダーぁ…でも、貴方だってもう片腕動かないんですよ!どうにかして一緒に…!」
「ダメだ!他の奴らはもう逃げたろ!お前も早く…!」
「…嫌です!好きな人を置いて行きたくない!」
「…っ。俺だってお前が好きだ。だから生きて欲しいんだ…っ!」
「まるで絵に描いたような状況だな」
「っ?!誰だ!」
「魔王」
「…はっ?!」
「ああああああ…」
女の方は痙攣してるし…。とても責任を感じる。
「ーっと、なんだ…その…助けようか?」
「助ける…?まさか助けた見返りとして奴隷に…」
「違う違う。というか今の俺は魔王であって魔王じゃないし」
「…あばばばば」
男の方もバグってしまった。とても、とても責任を感じる。
「グルル…」
「見たところ…それなりに上位種みたいだが、竜人と比べればまだまだだな」
「グァァァァ!」
「遅い五月蝿いデカい弱い」
俺との相性最悪だな。俺が得意なのは氷結魔術。簡単に言えば氷を作って操る魔法だ。ドラゴンなんて羽がなけりゃ火を吹くトカゲ。
「グガァグッ?!」
「ちょっと黙ってろ。頭に響く。ほら、起きろ!ウェイクアップ!」
「…はっ!殺されて…ない?」
マジで起きちゃったよ。主人公の才能あるんじゃない?
「さっさと選べ。俺に助けられるかここで死ぬか」
やっぱり悩むよな。俺、魔王だし。敵対の意思はないんだけどなぁ…。
「……もし、奴隷にするのなら俺だけにしてくれ。その要求が飲めるなら、助けて欲しい」
「図々しい奴だ。ま、気に入った」
指パッチンで氷結解除。ドラゴンは怒りのままこっちに向かってきて…
「って、助けてくれるんじゃないのか!?」
「そこの女を起こせ。竜の倒し方を教えてやるよ」
「その前に死」
ドラゴンに男が喰われかける。ま、喰われることはないけど。
「…ぬ?」
「ったく…避けるくらい頑張れよ」
「…そ、その魔術、は…」
「お、起きたのか。これは寒獄門。簡単に言うと…召喚魔法だ」
そこから出てきた1匹の竜に助けられたんだぞお前ら。大きさこそ負けるもののうちに秘めた魔力量は桁違いなんだから。
「ま、作ったの俺なんだけどネ!」
「あばばばばばば」
女がまた痙攣した。
「…ったく。貧弱だなぁ。ほら、乗れ」
「あ、あぁ…?」
男の方はもう慣れてきたみたいだ。よかったよかった。
「本当はちゃんと教えたかったが…仕方ないか。じゃあ説明するぞ。竜ってのは普通、羽を殴って落すんだが…」
「あの、羽って?」
「…人間は飛ぶ器官をなんて言うんだ?」
「翼。というか魔人も翼って言ってましたよ?」
「あんなの鳥と変わらないしな。続けるぞ」
「えぇ…?お願いします」
「…竜の翼は風の保護膜で守られてるから並の攻撃じゃ弾かれる。だから、翼じゃなく鱗の隙間を狙うんだ」
「…飛んでいる時は?」
「ひたすらブレスを避けろ。そうすれば痺れを切らした竜が降りて肉弾戦を仕掛けて来る」
「…俺にそんな身体能力はないけど」
「人間もできるやつはいるぞ?…と言うかお前、碌な筋トレしてないだろ。強くなりたきゃ最低でもいつものメニュー掛け5はしろ」
「…分かった」
…こいつ、早死にするな。だから俺の言葉を素直に、冷静に聴ける。力を求めすぎている。力を求めること自体はいいが度が行き過ぎればただの自殺行為でしかない。ま、俺が知ったことじゃないけど。
「待たせたな飛竜。喰っていいぞ。確かお前、子供できたんだろ?ならそのガキにも食べさせてやれ」
撫でるとひんやりとした感触が俺の手に疾る。こいつらは俺の実験の成果である魔法生物だが自我がある。そして普通の魔物より数段強い。だからこそ、心苦しいが異空間に閉じ込めなければいけない。ちなみに増え方は雄と雌の魔法生物が体を打合せ、砕けた破片から生まれる。飯を食わせれば成長するので普通の生物と変わりないだろう。一応国の警備の一部もこいつらに任せている。
「さて。一つ聞きたい」
「…なんだ」
「人間の国はどこだ?」
「…まさか、襲撃…じゃなさそうか。さっきから殺気を感じないし」
「え、駄洒落?度胸あるなぁお前」
「…っ?!違っ、そんな意図はない!」
なんか人間っておちょくるの楽しいな。
「寒獄門。小群竜。乗せてくれるか?」
「ギャス!」
「じゃあ頼む。お前らは道案内だ。女ももう起きてるだろ?」
「…なんで分かったの?」
「魔力が荒れたから」
何故かよくわからない顔をされた。魔力で相手の状況を見るのは当たり前だろうに。それからしばらく小群竜の背に乗って走った。そして、人間の街に着いた。
「礼を言う。助かったよ」
「俺達こそ…竜から助けてくれてありがとう。意外といい奴なんだな?」
「戦争なんて望んじゃいないしな」
そう言うと奴は苦笑して金を渡してきた。そして価値を教えてもらった。ギルドに入っていない者は通行税を払う義務があるらしい。多少の礼金でもあるらしいので素直に受け取った。
「次の方」
「すまないがギルド証を無くしてしまった。銀貨で頼む」
「分かりました。次からお気をつけください。次の方」
…ザルすぎる。俺が魔力を隠しているから、魔王だと気付かれないのは当たり前だがなにもなし?身分証もない俺に?同じ王として少し疑問だ。
「ここが人の街か」
とても綺麗なところだ。魔族領特有の土地を生かした建造物とは違って一度更地にしてから建てているのか。これは俺の国でも取り入れたいな。国民も活気で溢れている。国が平和な証拠だ。…警備はザルだが。
「まずば冒険者登録とやらをしないとな。その後は…騎士団にでも行ってみるか」
俺は必ず隠居生活を平穏に過ごすからな、サモン!
通りすがりの魔王に竜の倒し方を教えてもらった冒険者くん。…とてもカオスな状況だ。