Ep1 【リライト】
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リライトしました。
異形の街と狼探偵
街には、異形の者ばかりが歩いている。
獣耳の女、金属の皮膚を持つ少年、全身を機械化した者や、液状の水袋に変わってまで生を繋ぐ者すらいる。
共通点がないことこそが尊重される――ここは、フラクト。千変万化の街。
二度の世界大戦を経て、義体技術と再生医療が融合した。
服を着替えるように肉体を換える“リボ”技術。
人は、生身であることをやめた。脳幹以外、すべて作り変えることが可能になった。
だが、それでも“自分”を保つ術はある。
一つは、“スピンドル”――生まれたときに海馬へ埋め込まれるナノマシン。
それは思考、感情、体験、記憶のすべてを、“ネモ”と呼ばれる不可視の記録領域に送り続ける。
死ぬまで止まらない。止められない。
もう一つが、“ネモログ”。
ネモと個人を繋ぐIDのようなものだ。チップはナノサイズで、アクセサリーや体内、持ち物など、どんな形にも埋め込める。
誰もが自分を記録されながら生きる社会。
記録されることが存在証明であり、記録されない者は、この世界に“存在しない”とされる。
そんな社会の片隅で、狼の顔をした俺は生きている。
違和感なく、溶け込んでいる理由はわからない。
この街に熱があるからか、それとも、誰も他人に興味を持たないからか。
だが一つだけ確かなことがある。
狼顔なんて、珍しくもない――そういう街だ。
記録情報からパーソナライズされたCMや広告が、視界の中にちらつく。
ヴァーチャルの看板がビルの壁を塗り替え、色と音で喧しく主張している。
そのメインストリートを抜け、一本路地を曲がれば、途端に色彩はしぼむ。
くすんだ路地。古ぼけたビル。ヴァーチャルの気配すら薄い。
その奥に、二階建てのコンクリ構造がひっそりと建っている。
玄関脇、錆びた金属板に書かれた手書きの文字が風に鳴る。
《オオカミ探偵事務所》
昼でも薄暗い路地に、看板の灯りはない。
夜になると、壁面に光の粒が浮かび、「在室中」の文字が浮かび上がる仕掛けになっている。洒落ているかどうかは、見る者次第だ。
中へ入れば、小さなロビー。コンクリ打ちっぱなしの壁。
左手に、くたびれたソファと観葉植物。埃まみれだ。
壁には、弾痕と古びた血痕の跡が一つ。
カウンターの内側、天井から吊るされたファンがゆっくりと回る。
二階は私室と資料部屋。
一階奥の鉄扉の向こうには、《整備室》がある。
義体パーツや解体した部品、工具が雑然と並び、中央には一台のバイクが鎮座している。
昔ながらの無骨な車体。
今では珍しい小型核融合エンジンを心臓に積んだ、俺の愛車。
――名はマナガルム
この部屋は、物置であり、研究所であり、俺の最後の拠点でもある。
探偵事務所なんて看板だけ。
実態は、居場所を失くした男の溜まり場にすぎないのかもしれない。
◆
季節の狭間。夏には早く、春には遅い昼下がり。
来客がいた。
白い猫耳を垂らした少女。尻尾の先は、黒いハート型。
顔つきはどちらかと言えばタヌキだが、好みには口を出さない主義だ。
彼女はソファに腰掛け、右耳のピアスを細い指でいじっている。
仕草には落ち着きがなく、目線も定まらない。
俺は灰皿を挟んで正面のソファに座り、煙草をくゆらせながら訊ねた。
「……で、依頼内容は、“友人の異変の原因を調べてほしい”、で合ってるな?」
少女は煙たげに顔をしかめながら、こくりと頷いた。
「一昨日、”ポイント”で“ダイブ”してから、様子がおかしくて。急に叫び出したり、泣き喚いたり、笑いながら転げ回ったり……」
「クスリじゃないのか?」
「ないよ。ポイントで出るのは“デジドラ”だけ。
身体に残るやつは、デトックスしなきゃアウトだし。
トリップっていうより……壊れた感じ。意味、わかんないけど」
俺は身を乗り出し、タバコを灰皿に押し付ける。
真面目な顔で、少女の目を見た。
「……すまん。言ってることの半分も理解できない。いや、マジで。
ダイブ? ポイント? デジドラ、はデジタルドラッグだな。わかる」
少女の眉がピクリと跳ねた。
「……意外とおっさん?てか、それで探偵名乗ってんの? 不安しかないんだけど」
目に浮かぶ、あからさまな侮蔑。
俺は、それをスルーする。というか、スルーせざるを得ない。
顔に出さず、表情と声色だけで押し切る。
今までも、だいたいそれで何とかしてきた。
ーー多分、今回もなんとかなる。きっと。
ただ一つ確かなのは、俺が“若者”ではなくなっているということだ。
それが地味に、いちばん心にくる。
お読み頂き、ありがとうございます。
次回も、よろしくお願いします。