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異形街の狼探偵《こちらオオカミ探偵事務所》  作者: 藤村 丈一
1章 §LPD事件
20/23

Ep18

見つけて頂きありがとうございます。

是非、最後までお読みください。

ロビーの職場に踏み込んだが、血の海が広がっていた。


恐らく、技師も患者も殺したのは奴だろうと直感していた。


奴は自身の職場であり、城でもあるはずの工房を血に染めたとすると、それはもう戻らない意思表明なのではないだろうか。


うっすらと、奴が紡ぐ凶行の物語はクライマックスに向けて大きく動き出してたと感じた。


アパートの憎悪と、工房で見た細かなチューニング仕様。

奴が何故婚約者の姿を使っているのか、そもそもLPDも含めて、犯行動機が見えてこないがそれでも、探偵としての直感が焦燥感を生み出し、落ち着こうと煙草を咥えるが、火が中々点かず、舌打ちをした。



「ロビーの仕様書、見たわ」


舌打ちを何度かして、やっと火が点くと同じタイミングでフェリシアから通信が入る。

フェリシアの声もまた、どこか焦りを感じた。


「…この装備が街をウロウロしてるなんて、ゾッとするわ。今、ボスのところに居て、これからブラームスを使って奴の居場所を特定するから、待機してて」


そう告げられて、通信が終わる。

俺は、急いで事務所へと向かうことにする。

バイクを準備して、すぐに移動できる様にする為だ。



まだ陽の高い時間。

足早に事務所の一階に駆け込むと、じんわりと汗ばむ。

こういう時は、毛皮は邪魔だ。

掛けてあるカバーを剥がし、バイクのキーを回して愛車を起こす。


息を落ち着かせようと、ゴーグルやグローブを着け、微振動するシートに跨ってから煙草を吸う。


吸いながら、ぼんやりと奴の犯行動機を考える。


何故、奴は痛みを拡散したのか?

被害者達の様子は、痛みではなく”快感”を感じている様に見えた。

それは何故なのか?

考えれば考えるほど、よくわからなくなって、頭をガシガシと掻いていると通信が入った。


「…見つけた。奴は、英霊丘庭園にいるわ」


その言葉を聞き終わる前に、俺はアクセルを絞る。

エンジンからタイヤへと伝わった推進力は、馬のように、前輪を跳ね上げるウィリーをバイクに取らせた。


跳ぶように道へ出て、最短、最速で目的地へ向かう。

道はおあつらえ向きに、空いている。

信号を無視しながら、ハイウェイへと合流し、更にアクセルを回す。


風圧を軽減する為に、バイクにしがみつく様に頭を低くすると、俺とバイクは一体化して、全ては背後へと流れる線の景色を創り出した。


通常であれば、二十分程かかる距離を十分で走破して庭園へと辿り着く。

既に癖となり無意識にバイクを止め、スタンドを払ってキーを抜いて、庭園の入口を抜けた。


以前来た夜とはがらりと雰囲気が違う。

昼は、子供連れの来園者達の憩いの場になっていた。

幸せを体現している様なファミリー達の笑顔を横目に、奴を探す。


ーー居た。


ベンチに座る、一人の女。

昼間なのに、そこだけ夜闇を纏っている様な、黒色のワンピースと、同じ色の長い髪。

俯き加減で、一人座る女は明らかに異質であり、来園者も遠巻きにして近づかない。


俺はゆっくりと女に近づく。

女の左後ろに立つと、煙草を咥えて火を点けてから、静かに声をかける。


「ドロテア、いや、ロビー・バーンだな?」


俺の声にぴくりと反応し、俯いて顔を隠していた黒髪のベールがさらさらと流れ、特徴は無いが、深淵を連想させる黒い瞳が目に留まった。


「…はじめまして、かな?狼男くん」


女性の低いアルトの声。

いやに落ち着いているのが、不気味だった。


「あぁ。こっちは危うくてめぇの代わりに追われて死にかけたけどな」


「あぁ…君の顔は報道で見たよ。僕の私が悪い事したね」


何も悪いと思っていない、反省の籠っていないどころか、クスクスと笑いながら言う。

その様は、まるで子供の我儘を笑う母親のそれだ。


それにしても、気味が悪い。

僕、という時には少し声が低くなり、私の時はアルトの女声になる。

会話の中で声の高低差が発生するのが、耳障りに感じる。


煙を肺に入れながら、視界の端でフェリシアがこっちに向かっている旨のテキストメッセージが表示されていた。

俺は紫煙を吐きながら、ずっと気になっていた事を聞く。


「…なぜ、あんな事をした?動機はなんだ?」


「お前は、その女に憎悪を持っているじゃないのか?」


言い切ってから、短くなった煙草を落として踏みつける。


「僕は私を愛しているんだよ」


「愛は風化するけど、痛みは風化しない」


「僕は私と一つになる事で、愛超えた痛みという本当の愛を見つけたんだ」


ベンチに座りながら、ギラギラとした暗い目で恍惚と語る。

女の背後では、遥か遠くに見える海の煌めきや、街の全景なども含めて、この女だけが異質だった。


「…痛みだけを与えたわけじゃないだろ。被害者達の様子は明らかにおかしかった」


異質さ、発せられる明らかな狂気に、思わず気圧されて唾を飲んでから、カラカラの口で聞く。


「…痛みには弱いが、快感には強いという人の特徴は知ってるかな?」


「私は、僕が感じた”痛み”をみんなに届ける為に、彼らには”痛覚を快感”として受ける様にしたのさ」


「痛みの上限が10だとすると、快感は1000

まで耐えられる。だから僕は私の与える痛みが酔いしれる快感に変えて、長く痛みを感じてもらえるようにしたの」


つまり、拷問ですぐに死なないように痛覚を快感には変えたと言っている。

そして、LPDでは感じていた痛みをそのまま伝播されたと言うのか。


「…これ以上話しても無駄だな。お前を捜査機関に突き出させてもらう」


もうこの狂人とこれ以上話したくはなかった。

何一つ、理解が出来ない不気味さに吐気すら覚え、俺は女へと右手を伸ばす。



「さわるなぁぁっ!」


肩に触れる直前で、悲鳴を上げ、俺の腕を払う様に腕を振ると同時に右手を引っ込めれば、

俺の毛皮が焦げる音と臭い、そして擦れによる熱い痛みを感じた。


女の降った手を見ると、小指の外側に湾曲した鈍色の刃がぎらりと光っている。


素早く後ろに飛び、胸のホルスターから右手で銃を抜くのと同時に、女が座ったまま足を強く踏み込み、そのまま後ろ向きのまま、高く空中に飛び、一回転して、着地するのはほぼ同時だった。


狙いを定めトリガーを引く瞬間、銃を持つ手を衝撃が襲い、思わず地面へと落とした。


銃が地面に落ちると同時に、右手に激痛を感じて、視線を向けると指があらぬ方向に折れ曲がり、肉を突き破った骨が飛び出している俺の手。


寒気に感じる程の熱量のある痛み。

食いしばった奥歯が、みしっと悲鳴を上げる。


一拍遅れで血が溢れ、思わず手首を掴んで跪き、女を睨む。


女は、両足と右手を地面につき左手を広げてこちらに向けていた。


正面を向く掌には穴が空いており、向こう側の景色が見えている。

左手から肘までが、トンネルの様になっていた。


不可視の衝撃を受けて激痛の脂汗を垂らして跪く俺への追撃を、女が始めた。


兎に角、その場に留まるのが危険だと思い、足を動かして横に跳ぼうとするが、一足遅く、伸びきった左足の膝に、横から強い衝撃を受け、折れて砕けた。


膝の痛みと、体内で骨が砕けて肉を裂く音が聞こえながら、地面に吹き飛ばされて転がり、仰向けになると、高く跳び上がり、太陽を背にして、両手を広げる女の黒い影。



「あ゛あ゛ぁぁっ!」


声になっていない叫びをあげながら、空中で膝を曲げ、鋭角になった膝が重力を伴って俺の腹へと突き刺さった。


「ごはぁっ!」


空気と一緒に、血が口から飛び出し、息が吸えなくなり、痛みと合わせて意識が白く遠のく。


「……っ!」


白くなっていく意識と視界の中で、フェリシアがこちらに向かって走ってくるのが見える。


ーーよせ。来るな!


彼女の瞳が、一瞬こちらを見て揺れた。

何かを叫んでいる。


それに気づいた女は、俺と彼女の顔を何度か見比べて、にんまりと裂ける様に笑う。


そして、素早くフェリシアに近づくと、ひょいと肩に担いだ。

暴れる彼女をものともせずに、一度佇むと、俺に顔を向けて、一言呟いた。


ーーほんとうのアイを教えてあげるよ。


そうして、彼女が連れ去られながら、何かを叫んでいるが、もう俺の耳には聞こえていなかった。

そうして、意識は白く染まっていった。

お読み頂き、ありがとうございます。

次回も、よろしくお願いします。

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