プロローグ
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狼の顔をした男が、雑多な街を歩く。
口元には、紫煙を燻らせるタバコ。金色の眼が、薄汚れた街灯を映して揺れる。
灰色の体毛と錆色の長髪は、無造作にひとつに括られていた。
軍用のカーゴパンツに白シャツ。肩から吊るしたサスペンダーが、脇に下げた大型のリボルバーを軽く揺らす。
男は名残惜しげに煙を吐き出し、吸殻を路面に弾いて、古びた木製のドアを押し開けた。
店内は、数少ない「人間のバーテンダー」がいるバーだった。
カウンターの隅に、白髪と髭が目立つ壮年の男が腰掛けている。
「よぉ、ドクター」
「……久しぶりだな。いつ戻ってきたんだ?」
並んだふたりのグラスに、琥珀色の酒が注がれ、静かに音を立ててぶつかる。
「戻ったのは、二ヶ月くらい前だな」
「二ヶ月前か。今さら声かけてきやがって。冷たい奴め」
「冗談言うな。命の恩人であり、俺にこの顔《狼面》をくれたあんたには、足向けて寝られねぇよ」
「……もう十年になるか」
「ああ。俺たちの戦場も、今や過去の“記録”さ」
「“ドクター”と呼ぶ奴も、お前くらいになったよ」
「軍医を辞めたって?」
「今は軍大学で教鞭をとってる。プロフェッサー様さ」
「おお、お偉いさんじゃねぇか」
「で? 彼女には会ったのか?」
「家にはいなかった。……どっか出てんだろ」
「……そうか。で、こっちじゃ何する気だ?」
「ようやく準備が整ったんでね。まずはあんたに挨拶だ」
男は胸ポケットから紙の名刺を取り出し、カウンターの上を滑らせる。
そこには、筆文字風のロゴでこうあった——“オオカミ探偵事務所”。
「紙の名刺とは、また時代錯誤だな……」
「覚えてもらいやすいだろ? これからは、“オオカミ”って呼んでくれや。何かあれば、特別価格で請け負うぜ」
「“トライペア”の眼を誤魔化してるお前さんには、うってつけの仕事だな」
グラスを傾けながら、ドクターはふと思い出したように口を開いた。
「そういえば最近、妙な噂を聞いたぞ」
「なんだ。ついに宇宙人でも現れたか?」
「“笑顔が捨てられてた”ってよ」
オオカミの手が止まる。眉がぴくりと動いた。
「……頭じゃなくて?」
「さあな。あくまで噂さ。ま、探偵稼業なら気をつけろよ」
「俺の首なら、誰かの家の壁にでも飾られてるだろうよ」
「その時は、挨拶しに行ってやるよ」
「楽しみにしてる。じゃあな、ドクター」
最後の一口を流し込んで、男は立ち上がった。
その背に向かって、ドクターがぽつりと呟く。
「——帰ってきたか。馬鹿野郎が」
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