Ep10 【リライト】
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強行介入班の威力偵察。
つまり”俺の戦闘記録”を取得するのが目的だったのであれば、それを活かした本命が来ると思い、気を張りながら隠れ家の一つへと向かった。
街の外れにある、建設中に放棄されたビルの十六階。
その一角を隠れ家として使っている。
此処は、社会に居場所を無くした者や、社会に疲れてしまった記憶に残りたくない者達の住居だ。
ぱっと見は工事道具などが放置された埃まみれの何の変哲もない部屋。
だが、決まった手順で壁を何度か押すと、一部が開き壁裏の空間、俺の隠れ家が現れる。
6畳程度の広さに、ギリギリ立っていられる程度の低さの天井。
シンプルに、寝床と着替え一式とハウラーの銃弾が置かれただけの空間を、黄色い照明が照らす。
キャップを放り、寝床に倒れ込む。
思考より先に意識が沈む。
ーーどこにいるの?
目覚めは頭の中に響く、フェリシアの声。
寝惚けながら、隠れ家にいる事を伝えると、通信が切れると同時に、俺の意識も再び切れた。
「…いつまで寝てるつもり?」
次に意識を起こすのも、彼女の声。
今度は、通信越しではない。
頭の上から降ってくる生の声。
おはよう、と返すがもう昼よ、っと怒る彼女。
今日はピタリとしたレザーパンツに丈の短いコンバットジャケットを着ている。
呆れ気味のフェリシアを尻目に、大きくあくびをしながら全身を伸ばすと、なんとも言えない声が自然と漏らしてから、置いてある服、白シャツ、サスペンダー、カーゴパンツにブーツのいつもの格好に着替え、ショルダーホルスターに銃を納める。
二人も入れば狭い空間で、彼女は最も有名なハンバーガーショップの紙袋を開ける。
合成食材で作られた、独特のジャンキーな匂いが、空腹を思い出させた。
「チーズバーガー、マスタード多めが二つ。あなたのいつものセットよ」
ありがたい。
大きく開く口では、小さくも感じるハンバーガーを頬張る。
「…無事でよかった」
床にあぐらをかいて、大事にバーガー咀嚼する俺の正面に座り込み、顔を触りがら彼女は呟く。
残り一口になったバーガーを口に放り込む。
「大した事ない、言いたいところだがな」
「何かあった?」
「威力偵察だと、言われたよ」
「……真打登場、ってことね」
はぁと二人の溜息が重なる。
彼女に何か動きがあったか聞きながら、煙草を吸おうとして、狭い事に気がついた。
壁を内側から開けて、カモフラージュの廃墟部屋に出る。
ガラスが一枚もなく、枠だけになった窓際に立つ。
下から吹上てくる風が心地良い。
陽光をキラキラと返す街並みを見下ろしながら、煙草を口に咥え、火を点す。
「悪いニュースとヤバいニュースがあるけど、どっちから聞く?」
聞かない、という選択を与えてくれない声が後ろから訊いてくる。
とりあえず、ヤバいニュース、と答えると。
すると、街並みを見下ろしていた俺の視界に、一枚のディスプレイが横入りしてきた。
美しくも気高い灰色の毛並み、隠しきれない知性を感じさせる錆色の瞳、意外にチャーミングな大きな牙だけらけの狼顔の男。
ディスプレイの視聴者を睨むような表情で映る俺。
その下には、原色で目を惹く彩りをされたテキストが点滅している。
ーー最重要指名手配犯・情報提供賞金有ーー
一夜の間に俺は殺人犯から、指名手配犯にクラスアップしていたらしい。
俺を睨む、ディスプレの顔に向けて煙を吐くと、くすくすと後ろから聞こえる声と共に、ふっとディスプレイが消失した。
ため息をついてから、悪いニュースを聞いた。
「今朝、新しい笑顔が捨てられてたみたいよ。ニュースでやってたわ。これで三個目ね」
後ろからかかるフェリシア声を耳に入れながら、景色に目をやる。
ここから見る街は、春の日差しを乱反射して、綺麗に見えるが、不気味な笑顔投棄事件が続いている。
「ねぇ…あの部屋様子、覚えてる?」
不意に後ろから彼女が質問する。
振り向くと、ピタリとしたレザーパンツに丈の短いコンバットジャケットを着ている彼女と手が合う。
忘れるわけがなく、うなづく。
すると、そうよねと言ってから彼女は続けた。
「もしかして、あの部屋に無かった頭って、捨てられてる笑顔じゃないのかって……どう思う?」
不安げに揺れる緑が強い蒼い瞳。
顔からは肯定と否定、どちらも期待する矛盾が読み取れた。
「さぁてねぇ…可能性はある、としか言えないよ」
俺の曖昧な逃げの答えに、「そうね」と言って顔を伏せた。
俺は彼女の期待に、応える事はできなかった。
◆
「おぉーい。狼のあんちゃんよぉ」
俺と彼女の空気を破壊する、間延びして嗄れた闖入者の声。
扉もなく、ぽっかりと廊下に向けて口を開く部屋の入口に、ひょっこりと初老の男が現れた。
全体的に薄汚れた服に、頭頂部は染みだらけの頭皮が丸見えとなっており、それ以外はまばらに生え散る白髪。
数本しかない黄ばんだ歯の老人ーージェム爺。
ジェム爺はここの中でも重鎮だ。
前にトラブルを解消してから、色々と世話を焼いてくれる。
ジェム爺が、手招きしながら話す。
「あんちゃんよぉ。ボスが呼んでんぜぇ。”司令室”に来いってよぉ」
そう言って、手をひらひらさせながら片足を引きずりながら去っていった。
司令室。
廃墟ビル最上階、二十五階のフロア全体を指す言葉。
フェリシアを連れて司令室へと向かう。
二十四階までは廃墟なのに、二十五階だけは完成された豪華で煌びやかな装飾が施されている。
赤い絨毯が敷き詰められた廊下を歩き、暗い色をした木製の両開きの重厚な扉の前に立つ。
扉の前には、鍛え上げられた肉体をキツそうなジャケットスタイルに納めるボディーガードが二名。
手を広げて上げると、素早くボディチェックを行い、終わると同時に銃を預ける。
フェリシアのボディチェックが終わると、扉がゆっくりと開けられる。
中は元々スイートルームとして作れた広い部屋。
上品な装飾品の数々が、部屋を彩る。
しかし、異質な存在が豪勢な部屋の中央に鎮座する。
機械と融合した様な寝転がるな角度の椅子。
その頭部に当たる部分には、見るからにテクニカルな無骨なデザインのヘッドマウント。
椅子を囲う様に並ぶ、複数のディスプレイ。
戦中末期に導入された超広域探査及び遠隔監視ユニットーーブラームス。
凡ゆる通信帯に対する同調機能を持ち、戦略衛星と接続する事で、地表の裏にいる相手の毛穴まで数える事が出来るといわれた代物。
俺が知ってる限り、現存するのはこの一台だけ。
そして、俺達を呼びつけた本人が、そのブラームスを使用している。
「ちょうど良いところにいたよ、オオカミ」
ブラームスを使用していたのは、ボスと呼ばれる女…いや、正確には中身は女だが、外側は筋骨流入の男性型義体を使ってる変人。
こいつとは昔に一悶着起こした。
その後、色々あって和解し、今では一緒に飲む時もある仲だ。
ブラームスの椅子から降り、230センチもある身体が近付いてくる様は、まるで機械の胎内から這い出る巨人だ。
ちょっとした恐怖すら感じる。
フェリシアは俺の後ろに隠れ、シャツの袖を握る。
「笑顔だ。オオカミ、”四体目”だよ」
腰を屈め、窮屈な体勢で耳打ちしてくるボス。
その言葉は、予想だにしないものだった。
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