Ep8 【リライト】
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犯行状況と目的が、どうにも噛み合わない。
フェリシアと共にカジュアルバーのボックス席に座る俺は、膠着状態に陥っていた。
「それで、これからどうするの?」
話題を変える様に、彼女は悪戯な笑みを浮かべて聞いてくる。
そう。
今の俺は、捜査機関に追われる殺人犯だ。
考えても答えが出ないものより、対応をどうするかに思考を切り替える。
「ただの捜査員が来るだけ、ってのは楽観しすぎだよなぁ」
ウイスキーの入ってるグラスを持ち、咥えタバコでぼやく。
脳裏に浮かぶのは、ハイウェイ上からみた大量の赤色灯。
「ここは、凄腕の情報屋の腕に頼るってのはどう?」
ニマニマと笑うフィからの提案。
背凭れに寄りかかり、浅く座っていた姿勢から、しゃんと座り対面の自称凄腕の情報屋さんに頭を下げる。
「しょうがないなぁ」と、まんざらでもない顔でネモログを操作し始めた。
目の前で、大小幾つもディスプレイが出ては、消えを繰り返す、忙しない動きを見ながらまったりと酒を呑み、煙草を味わう。
五分ほど経過したころ、フェリシアの集中してる表情に変化が起こる。
徐々に眉根を寄せ、深い皺が眉間に刻まれる。
そして、ペロリと下で唇を舐める仕草をする。
ーートラブル発生の癖。
十分程経っただろうか。
グラスは空になり、灰皿に吸殻が少し溜まるころ、表示されていた複数のディスプレイが一気に消え、一枚だけ残された。
とんでもなく難しい顔をしている彼女の口から、成果報告が始まった。
「結論から言うわ。かなり、ヤバい」
「…フィの語彙が無くなるってこたは相当だな」
真剣に聞く為に、吸い始めたばかりの煙草を灰皿に押し付け、目を合わせる。
「捜査機関の連絡を傍受してたの。あなた捜査は強行介入班が指揮を取ってるって」
強行介入班、と言う聞き馴染みのない単語。
しかし、彼女の表情から察するに相当な連中なのだろうと予測する。
フィは、そのまま説明を続ける。
「強行介入班は”カマキリ”って揶揄される、捜査機関の中でも一番の武装部隊」
カマキリは虫の名前だ。
虫の名前としては強そうだが、フェリシアがそこまで警戒する理由までは、まだ俺には実感が伴っていなかった。
きっと、その戸惑いが顔に出ていたのだろう。
「カマキリ、って当て字なんだけど”頭切”なのね」
「奴らの目的は捜査して捕える事じゃない、”再犯の撲滅”、つまり犯人と疑わしい者の抹殺が許されてる」
下から伺う様な顔をされる。
伝えたかった危険度が伝わったかを、確認しているのだろう。
安心してほしい。
抱いていた危険度のレベルを一段引き上げる。
「具体的な装備や規模は?」
伝わった事でほっとした表情をしながら、残されていたディスプレイを指差し、これしかないと申し訳なさそうに言う。
画像を注視する。
画質は荒く、視界もブレているが、左上から下へと鈍く光る一筋の線が確認できた。
恐らく、それは振るわれた刃の軌跡だ。
こちらに飛び出てきそうな刃先。
それを振るうのは、全身は黒で背景の闇に紛れて身体と背景の境界線が曖昧になっているが、その中でも射抜く様に赤く発行する一つ目。
恐らく、中身は強化・チューンナップされた義体。
シルエットが分かりにくいが、細身に見える気がするので、装備は軽装。
機動力を重視した攻勢重視。
突破力よりも、部隊で連携して絡めとる狩人みたいな戦い方をする連中だと予想をつける。
俺は、感謝の言葉をフェリシアに伝え、グラスの残りを一気に呑み、席を立つ。
彼女にはまた連絡する旨だけ伝え、一人で店を出た。
店を出ると、夜も深まっていた。
メインストリートには、酒などで酩酊した連中が騒いでいる様は、昔見た事があるヨウカイと呼ばれた怪物達の百鬼夜行だ。
通りは明滅する多種多様なヴァーチャルビジョンに飾られ、直視して歩けばすぐ色に酔うだろう。
俺はキャップを目深に被り、通りを歩きながら、さっきのカマキリの静止画を頭の中で思い出していた。
敵の装備や戦い方は、全く予期できないよりも、軽く当たりを付けれるだけでも精神的に安定する。
妄信しすぎないバランス感は軍時代に培った。
偵察を主任務とする斥候。
大事なのは自身の痕跡は残さずに、敵の痕跡を拾う事だった。
あの頃は今ほどの義体技術はなく、電波や通信が殆ど通らない密林の中で、生身でやっていた。
あの時と違い、中身は保証しないが少なくともこの狼頭の性能はピカイチだ。
全てワンオフで構成され、高い情報集積、解析性能がある。
ーー三人。五十メートル後方。
雑踏の中でも、耳は聴き分ける。
俺とほぼ同じ歩調で、一定の距離を保ちながらついてくる気配がある。
店を出てから十分ほど、三人の存在がずっと背後にまとわりついていた。
後ろを見る、なんて素人くさい事はしないで、歩きながらも顔を空へと向ける。
上空にはきらびやかな広告を振りまく白い商業ドローンたち。
その影にまぎれるように、音もなく光も反射しないで飛ぶ黒い異質なドローンたちの視線が、俺を確かに捉えていた。
強行介入班というのは、かなり優秀らしい。
予想より早く発見された事に、驚いていた。
しかし、それだけだ。
人混みを避けながら、メインストリートを外れて道路へと進み、街をぐるりと囲う様に作られた道を回遊し続ける自動配送車に乗り込んだ。
目的地は放置区画。
拡張工事が行われると言われ続けて、既に二十年。
今では街のあらゆるゴミが捨てられ、放置される区画。
静かなBGMが流れる車内で、じわじわと闘争心に火を点しはじめた。
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