始まらないはずの終わり【リライト】
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リライトしました。
暗く、澱んだ室内に仰向けに倒れた、小太りな男の死体がある。
下は歯よりも外へと飛び出し、眼球も収まるべき眼孔に引っかかる様に出て、左右の別々にあらぬ方向を向き、服は着てるが、下半身は丸出しで、漏れた小便が、合成食品の空容器や黄ばんだティッシュを湿らせている。
脱ぎ捨てられた下着と混ざり合い、床一面に汚物と怠惰の風景を描いていた。
不快な汗と脂の生臭さが充満する室内の一面で、体躯に対して胸だけは大きい女児のアバターが空間ディスプレイ上で、心配そうな表情で、鼻にかかった猫撫で声を発する。
「だいじょうぶぅ?ごしゅしんさま、だいじょうぶ?」
その音声に応える音はない。
暫く、それが続くと少女はすっと表情を消して合成された機械音声に変わった。
「生体反応消失可能性大。回収・清掃プロトコル実行準備開始。反応消失十分前から状況再生の為、ネモへのアクセスをトライペアに要請」
ーー承認。状況再生開始。
少女の姿で淡々と事務的に進めていく様は、不気味を通り越して、最早滑稽にも見えるだろうが、既にそれを見る人はいない。
暗い室内に、複数のディスプレイが浮かび上がる。
その中では、ホログラムで構築された男が、鼻息荒く、ディスプレイに怒鳴っている。
音声は聞こえないが、怒鳴る視線の先を見る。
背景には、SynCroのコメント欄
投げつけられるような罵倒と嘲笑。
ーーまた妄想かよ
ーー証拠出せよ、アホか
ーーおじさん働く時間だよ
男が書き込んでいる。
ーーある!バックドアはある!ネモログにはバックドアがある!
再生映像の中で、少女が何かを告げる。
次の瞬間、男は怒りを爆発させ、転がっていた性具を彼女に投げつけた。
立ち上がり、粗末なイチモツを揺らしながら部屋の隅へ移動し、ヘッドマウントを取り出し、装着して座り込む。
操作する様に指先を動かし始める。
頭部から目元まですっぽりと覆ったマウントで表情は分からないが、露出している口元は明らかな怒りと、見返す事を妄想する喜びが混じった暗い笑みを浮かべている。
数分経つと、男は慌ててマウントを取ろうとしているのか、両手で頭を抑えて、転げ回り始めた。
例えるならば、屠殺前に暴れる豚。
涎を垂らしている口からは、絶叫に似た悲鳴が出ている事が映像からも伝わる。
そして、びくんっと一度大きく震えると再生映像の男と、床の死体がぴたりと重なった。
音も、光も、すべてが一度きりの聞こえない絶叫を残して、闇の中に沈んでいく。
「生存反応消失を確認。死因:ネモ外接アクセスによるスピンドル破壊、脳漿の局所爆裂。倫理規定第12条・第27項違反を確認。回収部隊到着予定:12分」
この男の死は、何も生まないはずだった。
──はずだったのだ。
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