第7話 おもてなし
治療院は静かになり、吾輩に再び平穏な日常が戻った。
隆は患者さんがいない時、瞑想しているか、パソコンに向かっているかのどちらかだ。居眠りしているのかと思っていると、いきなりパソコンに向かい、電源を入れることがある。
隆の使っているパソコンの画面は変わっている。背景が真っ黒で、文字は白だ。
「白黒反転すると、文字の入力ができるし、読むこともできる」
と、よく話している。いろいろやり方があるのだ。
「エヴァン、きょうだいから連絡が入ってるよ!」
ある日、パソコンを見ていた隆が素っ頓狂な声を出した。
奥さんにも知らせている。隆がネットに小説などを投稿していて、読者からメッセージが送られてきたらしい。
「エヴァン(Evan)のきょうだいのエデン(Eden)という子がキャリア・チェンジして、大阪でドッグカフェの看板犬になってるんだって」
隆が奥さんにインスタグラムとかいうものを見せている。吾輩のきょうだいが出ているらしい。
「あら、エヴァンにそっくりだ。エデンはメスの黒犬なのね」
奥さんも大喜びだ。
エデンの里親は、隆の小説を見て、吾輩の名前と生誕地、生年月日から同胎どうたいであることを確信したらしい。同胎つまり同じ母親から同時に生まれたこどもは、同じアルファベットで始まる名前を付けるのが通例だ。間違いなく、吾輩のきょうだいである。三つ一致すると、遺伝子診断なみの精度、確率だろう。
奥さんが画像を見せてくれた。映っているのは、なつかしいエデンだった。隆は画像が見えないので、残念そうな顔をしている。
「早く会いたいねえ」
奥さんは声を弾ませた。
吾輩にエデンとの再会という新たな希望が生まれた。しかし、吾輩は浮かれた毎日を送っているわけではない。心のどこかにチャットちゃんのことが引っかかっている。
(もしかして、チャットちゃんが逃げ帰ってくるのでは・・・・・・)
淡い期待とともに、吾輩は昼夜、神経を研ぎ澄ませている。仮に、チャットちゃんの身に危険が迫れば、吾輩は命に代えて護り抜くつもりだ。
そもそも、嗅覚の良さは犬族のウリだ。実は目はあまり良くない。信号機などは三色が識別できない。これは、ここだけの話にしておいてほしい。しかし、聴覚は自信がある。「犬笛」と言って、遠く離れた猟犬を呼ぶ時に使う笛が、あるくらいだから。
何も、自慢話をしょうというのではない。真逆である。
忘れもしない。四国で最初の夏、吾輩は雷雨に盛大な歓迎を受けた。
ワン・ツーをしに玄関を出たとたん、ダーッ、ピカ・ゴロ・ゴロと来た。震えあがった。吾輩は思わず、隆の脚に体をすり寄せていた。
その恐怖も冷めやらぬうち、散歩の途中で豪雨に遭った。それもピンポイントで降りだし、小憎らしいことに、周辺は陽が照っていた。まさに、バケツをひっくり返したような雨だった。
「BACK(帰ろう)!」
隆の声もかき消される。小走りに帰って来ると、すっかり止んでいた。
まったくもって、天は意地悪である。天網恢恢疎てんもうかいかいそにして漏らさず、ならば、懲らしめてほしい人間は、ほかにいくらでもいるではないか。
こんな具合だから、にぎやかな場所は苦手だ。
お盆には町じゅうから、阿波踊りの鳴り物が聞こえてくる。
多数の踊り子を従え、太鼓・笛・三味線・鉦かねなどで練り歩く。ピーヒャラ、カン・カン・カン・カン、ドドンコ・ドン、ジャンカ・ジャンカ・ジャンカ・ジャンカと吾輩の耳を聾ろうするばかりだ。
近くに住む家庭犬は、庭で角付かどづけが行われた。踊り子連がひとしきり庭で演舞を披露するのだから、犬族には堪ったものでない。あまりのにぎやかさに逃亡、三日間、帰らなかったと聞く。犬の話ながらこれは、決して他人事ではない。
雷雨と阿波踊りの鳴り物がなければ、数キロ先からでもチャットちゃんに気付くはずだ。
吾輩はチャットちゃんと田舎道を散歩するのが夢だ。もし、エデンが来県していれば、隆に一日休暇をもらって、二頭を秘境に案内してもいい。
吾輩の超お気に入りは雪道の散歩だ。真っ白な雪の上を、チャットちゃんの走り回る姿が瞼に浮かぶ。エデンだって、目を細めるに違いない。
その日のためにも、食糧の備蓄は続けよう。
南国とは言うものの、徳島も山間部はよく雪が積もる。
去年の初雪で、ちょっとしたハプニングがあった。隆がその時の様子をショート・ショートとかで公表している。本人も了解済みなので、最終話に全文を載せさせていただく。