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第4話 交友録

挿絵(By みてみん)


 吾輩が四国にやってきて五年が経った。この間は七歳の誕生日を祝ってもらった。

「まあ、牛肉ならいいですから、誕生日くらいは食べさせてやってください。牛肉の量に合わせて、ドッグフードは減らすことですね」

 訓練士が隆に言っていた。隆も覚えていてくれ、何歳の誕生日だったか、奥さんが牛肉を買ってきた。きっちり、朝食は減量された。吾輩は我慢して、夕食を心待ちにしていた。


 隆が何か入力作業をしていて興が乗り、吾輩たちがリビングに行くのが遅くなってしまった。案の定、夕食は始まっていた。

「やっぱり、高い肉は違うなあ」

 家族が舌鼓を打っていた。


 牛肉はかなりの分量だったはずだ。しかし、吾輩には二、三切れしか残されていない。

「それじゃ、エヴァンが可哀(かわい)そうだよ」

 隆はさすがに吾輩を気遣っていた。ダシにされた。

 隆がこの話を、知人の民宿オーナーにしたところ、吾輩に同情してくれた。犬の気持ちをよく理解してくれている。 


 苦沙弥(くしゃみ)先生()の無名猫には、それでも心を寄せる三毛子がいた。吾輩の場合、近所に、そのような異性はいない。まあ、車屋の黒みたいな乱暴者も町内会にはいないから、安心ではある。


 人間社会と同じように、田舎では犬の棲息数も減っている。散歩していても、あまり会わない。数少ない知り合いの中で、一頭だけ紹介しておきたい友達がいる。

 彼は「蘭丸」と呼ばれている。ただし、和犬ではない。それどころか、吾輩にそっくりなのである。


 蘭丸君に初めて会った時、鏡に写っている吾輩を見ているのかと勘違いした。吾輩は動揺した。蘭丸君は吾輩をシカトして通り過ぎた。よくできた犬だ。二頭並ぶと、蘭丸君は吾輩を二〇%ほど拡大した大きさがある。


 奥さんも紗耶香ちゃんも、道で

「あっ、エヴァンだ」

 と近寄ると、蘭丸君だったらしい。

 隆以外の人間と吾輩が公道を歩行しているわけがないではないか。家族といえども、いい加減なものだ。


 県の盲導犬啓発イベントなどがあると、よく出かける。

 仲間とは話が弾む。みんな頑張っているようだ。それにしても、会うたびに体が立派なのには驚かされる。とりわけ、パピーは、可愛(かわ)いく、シッポなど鉛筆みたいだったのに、四、五か月で、吾輩たちの体格に近くなっている。シッポは長くフサフサになり、圧倒されてしまう。ドッグ・イヤーとは、よく言ったものだ。


 パピーの成長に目を細くしていると

「エヴァン、少し()せてるんじゃない」

 ユーザーさんからも、仲間たちからも、口々に指摘された。

 隆は決まった量のドッグフードしか与えてくれない。おまけに、いつぞやの牛肉事件のようなこともある。仲間たちはおやつにもありつけているというのに、吾輩は耐乏生活だった。


「じゃ、一〇グラム増やしましょうか」

 心配して隆が相談すると、訓練士のお許しが出た。

 大したもので、一か月ほどで吾輩の体重は一キロあまり増えた。これが標準体重なのだろう。


 弟が同じ県内にいる。弟は吾輩より少し小ぶりだ。

 吾輩の住む街で毎年、酒祭りが開かれる。山紫水明の地であるため、当地にはその昔、十指にあまる酒蔵があった。あの繁栄を再び、ということから始まった催しらしい。


 ある年の夏、弟が遠路はるばる酒祭りに来てくれた。暑かった。炎天下の酒盛りだった。隆たちユーザーは完全に出来上がっていた。あの時ほど、自分たちの境遇を(のろ)ったことはなかった。


 ユーザーの中には、我が家に立ち寄ってくれる人もいる。直近の酒祭りでは我が家に集合して、行った。その時に会った吾輩の仲間は、見るからに弱りこんでいた。一〇歳を過ぎていて、会場でもほとんど寝ていた。


 やはり、彼は引退した。和歌山県の里親のもと、幸せな余生を送っていると風の便りに聞いた。お疲れ様でした。


 次の盲導犬がすぐやってきた。我が家で対面した。やや小柄。とてもおとなしい感じを受けた。

 彼は治療院に入ってくるなり、トコトコと吾輩に走り寄った。吾輩も思わず、後ろ足で立った。ところが、彼は吾輩の歯磨き用のボーン(骨)に直行したのだった。

 吾輩は肩透かしを食らった。しかし、憎めない。そんなことを根に持つような吾輩ではない。


 長く盲導犬生活をやっていて、人間には驚かされることが多い。環境破壊など、地球規模の問題はさておき、アルコール、いわゆる酒は由々しき問題の筆頭だ。酒祭りなどというイベントの趣旨がよく分からない。


 一度、隆がトイレに立ったスキに、こぼれた酒を()めてみたことがある。むせてしまった。

 無名猫君は飲み残しのビールを口にした結果、あえない最期を遂げた。日本酒のアルコール度数が強いことは実証試験ずみだ。体格からして、盲導犬クラスの犬ならビールは、少しくらいはいいかも。ビール党の奥さんが用足しに行く時が、チャンスだ。



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