6 思い出の庭園
その後、公爵と辺境伯は、病気などを理由にそれぞれの主要な領地と爵位を皇帝へ返上した。
公爵一家と辺境伯一家は、それぞれ親戚のいる外国へと逃げるように去って行った。これにより、皇帝の権力基盤はますます強固なものとなっていった。
公爵一家や辺境伯一家が国外へ去ってから半月後、夏の終わりが近づいてきたある日。男爵領に戻っていたエマのもとに、一通の手紙を持った従者がやって来た。その手紙は、アルベルトからのものだった。
エマは、手紙を握り締め、アルベルトとの思い出の別荘へ向かった。
† † †
「あの後、色々と仕事が残っていてね。ようやく落ち着いた。皇帝陛下から拝命したこの職務、僕には荷が重いよ」
夕方の別荘の庭園をゆっくりと歩きながら、アルベルトが苦笑した。無言で庭園の美しい花々に目を向ける。職務柄、誰にも言えない悩みが多々あるのだろう。エマはアルベルトの心労を思いやった。
アルベルトが花々の方から視線を戻し、隣を歩くエマの顔を見た。少し心配そうな表情でエマに聞く。
「エマやご家族はもう大丈夫?」
「うん。皆、もう元気よ!」
エマが笑顔で答えた。勅命による婚約破棄の後、エマから真相を聞いた両親は、泣きながらエマに謝った。両親は、結婚は自由にしていいとエマに言ってくれた。弟は「僕がしっかり領地を守るから、姉上は心配しないで」と息巻いていた。
エマの笑顔を見たアルベルトが、嬉しそうに頷いた。そして、少し悩むような顔をした後、口を開いた。
「僕に許嫁がいるって話、覚えてる?」
「うん」
「エマと逢えなくなった後も、父上に何度も許嫁の解消を掛け合っていたんだけど、結局、許嫁の側から僕の体が弱いことを理由に婚約が破棄されたんだ……僕としては嬉しかったけど、僕は元々体が弱かったんだし、それならもっと早く破棄して欲しかったよ」
アルベルトが肩をすくめた。エマは、何となくその女性が辺境伯令嬢であることに気づいてしまったが、アルベルトには言わなかった。
アルベルトが立ち止まり、エマの方を向いた。
「父上から、婚約相手は僕が自由に決めていいと、ようやく言質を取れたんだ」
アルベルトが、エマの前に右手を差し出した。手のひらには、綺麗な草花で編んだ指輪があった。子どもの頃に、エマがアルベルトから貰ったものと同じ花の指輪だった。
「あの時、まだ未熟だった僕は約束を果たせなかったけど、今なら出来る……エマ、遅くなってしまったけど、もし君がよければ、僕と結婚してくれない? ダメなら遠慮なく言って欲しい。僕は全てを受け入れる」
アルベルトが顔を真っ赤にして、緊張しながらエマに言った。
エマが、とびっきりの笑顔でアルベルトに言った。
「いいに決まってるでしょ!」
エマの両目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。アルベルトがエマに近づき、ハンカチでエマの涙を優しく拭った。
「アルベルトにこうしてもらうの、これで何回目かな」
エマが微笑みながらアルベルトに言った。アルベルトも微笑み返す。
アルベルトがエマの体を抱き締めた。庭園の美しい花々が晩夏の夕陽に照らされ、まるで2人を優しく見守るかのように輝いていた。
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