表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

3 不思議なお茶会

「これは相当大きなお屋敷だな……」


 エマの父が感嘆の声を漏らした。


 エマたちの乗った馬車が着いたのは、公爵家にも引けを取らない大きな館だった。広い庭園には、色とりどりの花が植えられていて、一年中、花を楽しめるようにしているようだった。


 館の中に案内されたエマたちは、カーテンが締め切られた薄暗い部屋に通された。


 部屋の中央には長テーブルがあり、テーブルの手前には蝋燭が置かれていたが、奥にはなく、部屋の向こうは暗くてよく見えない。テーブルの奥には、既に席に着いている人影が見えた。


 服装からすると男性のようだが、暗くて顔は判然としなかった。


「申し訳ありません。我が主は皇帝陛下から首席紋章官を拝命しておりますゆえ、顔をお見せすることが出来ず……ご容赦くださいませ」


 館の執事が深々と頭を下げた。「首席紋章官」の名を聞き、エマたちは息をのんだ。


 首席紋章官は、紋章の授与や貴族の系譜を管理する帝国の高官だが、皇帝の密命により貴族の不祥事を秘密裏に調査し、爵位の剥奪等を皇帝に上奏する仕事もしているという噂があった。


 ……顔を見せられないということは、噂はやっぱり本当なのかな。


 エマが緊張しながら両親とともにテーブルの手前の席に着くと、テーブルの向こうから声がした。若い男性の声だった。


「このような形でのおもてなしとなり恐縮です。先程のお詫びに、少しでもお茶を楽しんでいただければ幸いです」


 その声はとても優しく、心が落ち着くように感じられた。エマが少しホッとしていると、テーブルにお茶と焼き菓子が用意された。


 派手さはないが上品な茶器に、美味しそうなお茶と焼き菓子の香り。


 薄暗がりの中、不思議なお茶会が始まった。



 † † †



「そうだったのですか。公爵家との婚約の打ち合わせの帰りだったとは。皆様にお怪我がなく何よりでした」


 エマの父から経緯を聞き、首席紋章官が申し訳なさそうに言った。


「いえいえ、こちらこそ首席紋章官様にお怪我がなくて良かったです。こうしてお茶会にまでお招きいただき光栄です」


 エマの父がティーカップをテーブルに置くと、笑顔で応じた。


 首席紋章官の判別としない顔が、エマの方を向いた。


「婚約者である公爵のご子息の為人(ひととなり)はいかがでしたか?」


「あ、はい……公爵家のことをとても大事にされているお方かと……」


 エマは言葉を選びながら答えた。


「そうですか……」


 首席紋章官がポツリと呟いた。しばしの沈黙の後、首席紋章官が再び口を開いた。


「お茶はいかがでしたか? せっかくですので、最後に少し庭園を散歩しませんか?」


「素晴らしいティータイムでした。感謝申し上げます。それではご厚意に甘えて」


 エマの父が応じ、一同が立ち上がった。


 暗い部屋の奥から首席紋章官がこちらに歩いてきた。エマより少し背が高いくらいの小柄で華奢な体つき。顔は帝国の紋章が刺繍された面布で覆い隠されていた。


 首席紋章官と館の執事に案内され、エマたちは美しい庭園を散策した。


 しばらくすると、いつの間にかエマは首席紋章官と2人きりになっていた。


 首席紋章官が、庭園に咲く一輪の花を指で優しく撫でながら、口を開いた。


「この度のご婚約、おめでとうございます」


「あ、いえ……」


 首席紋章官の温かみのある声に、エマは思わず頭を下げた。


 面布で隠された首席紋章官の顔が、エマの方を向いた。


「幸せになれそうですか?」


 首席紋章官の優しく、そして真摯な声色に、エマはすぐに答えられなかった。


 公爵の館でルドルフに言われた酷い言葉がエマの脳裏をよぎり、エマの目に涙が浮かんだ。


 しかし、エマがルドルフと結婚しなければ、男爵家の未来はない。どんなに辛い未来が待っていようとも、結婚するしかない。


 エマは、目から涙が溢れそうになるのを必死に(こら)えながら、首席紋章官の面布で覆われた顔を見つめた。


「我が男爵家のため、がんばります!」


 エマはニッコリ笑ったが、我慢しきれず、一筋の涙が頬を伝った。


 首席紋章官がハンカチを取り出すと、そっとエマの頬を拭った。


 初めてなのに、初めてではないような、心が温かくなる感触。


 不思議に思ったエマが首席紋章官に尋ねようとしたそのとき、エマの両親が執事と一緒にこちらへ歩いて来るのが見えた。


 エマと両親は、首席紋章官に礼を言うと、馬車で宿へと向かった。


 首席紋章官は、馬車から見えなくなるまで、館の門前でエマたちを見送っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ