55.弱点
「なぁなぁ、今回ってウチの話やねんって」
「あぁ? オレだっつの、馬鹿が」
「いやいや、ウチの方が喋ってるて」
「今日はいつもの倍は喋ってるオレの方だ!」
という二人のお話。
「起きてぇなー、ご主人様っ♪」
…………チッ。
持ち主のイメージと比べると、明らかに違和感のあり過ぎる声に思わず舌打ちする。
最低な目覚めが、肇には今日が嫌な1日になりそうな予感として伝わった。
「……気持ッち悪ィ、次言ったら壁に突っ込むぞ」
「それはギャグなんやろか、やとしたらウチは笑ったらいいんかな……?」
「ギャグじゃねー。お前がご主人様っ♪……なんて言うからだろーが」
肇がそう言うと、少女は少し照れたような反応をして見せた。
「それがなぁ、自分でもびっくりしてんけど自然にでちゃった感じで……なんかなぁ、ウチとしては、兄さんにめっちゃ甘えたいというかなんというか……」
少女は脚を摺り合わせ、顔を紅潮させる。
それはなんだか少女のイメージに合わなかった。
「はぁぁ? そんなもん、こっちから願い下げだ」
「わかっとるわ! ウチだって嫌や……、ってんけどぉ。でも……っ、なんやこのもどかしさはぁぁ……! あぁ、もぉ! いっそ、抱き付いてすりすりしていい!?」
今にも飛び込みそうな勢いで少女が言った。
肇はというと、拳を握りしめ応戦の構えを取る。
「祈れ。次、目覚めた時はきっとお花畑だ」
「……また一緒に遊覧飛行しよか?」
「なッ!? ……くそ、なら、もう言うな! 見てわかんだろ? オレは気が短……あ、」
弱みを握らせてしまったことに気付く、しかしそれも遅い。
「あ、じゃあじゃあ! 一回だけやらしてぇ? せやないとぉ、無理やり手ぇ掴んでかっトぶ」
「……っ!!、……一回だけだッ!! 余計な事したら殺すッ!」
「あは、失礼しまーす」
言うと共に、少女が胸に飛び込んだ。
肇は癖になった舌打ちでそれに応じる。
「…………チッ」
「にひひ、すりすり~」
自分の胸に頭を埋め、嬉しそうに擦り付ける少女に肇は言いようのない殺意を覚えた。
「なんだお前? むかつくな……」
「……あれ?」
少女が、なにかに気付いたかのような声を上げる。
「あん? 早く離れろ、馬鹿」
次いで、軽く走っている時のような息遣い。
「……はぁ、はぁ……それがなぁ、そうしたいねんけどぉ……っ」
「お前、頭は大丈夫か……?」
「……あぁん、そないなこと言わんとってぇな? 兄さんに言われると、どぉしても心に響くねん……って、なんかこれ……、はぅ、ウチが変なるかも知れへん……っ」
「あぁ? だから早く離れろって言っただろッ! 馬鹿が!」
少女に起きた突然の異変に、肇は思わず突き飛ばすように押し倒した。
「あぅ……っ! はぁ、はぁ……」
「どうなってんだ? なんでお前、急に息なんか切らして……!?」
突き飛ばされた少女は、手で顔を覆うとなにかに堪えるように声を絞り出した。
「…………うぐっ」
「……なんで泣くんだよ? 意味わッかんねぇ」
……理解できねー。
肇の頭は疑問で覆われ、考えても解らない悩みに頭を掻く。
「自分でもなんでかわかれへん。……けどぉ、兄さんに嫌われたないし……離れたない……」
肇に、そこまで依存される程の魅力はない。
勿論、この少女になにかした覚えもない。
「はぁぁ……? ……まさか、あいつがなんかしたかぁ?」
とすれば、一人の青年が頭に浮かぶが……。
「……なぁ、もっかい抱き付いてえぇ?」
その時、悩みの種である少女が、とりあえず、といった様子で素晴らしい提案をする。
「……頭冷やせ、そんなこと言うキャラじゃねぇだろーが」
……そんなくそみてェな提案は却下だ。
しかし、この少女はそんなことを言う性格だったか……?
「……わかった、我慢する。……あ! その代わり、1日一回お願いなっ?」
「あぁ? 一回だけって言ったろーが」
「じゃあ……、兄さんが寝るとき添い寝するっ!」
「それも駄目だッ! ……じゃあな、今日は行く所がある」
とにかく、今日は休みだが別件で調べものがある。
「え……?」
だが、どうやらすんなり出て行かせてくれそうにない。
少女は、今度は寂しげな顔をする。
「……はー、今度はなんだ? またオレが変なこと言ったかぁ?」
「ウチも行くっ」
「……あのなぁ、オレが女と歩いてたら、いい笑いもんだぞ? ここにいろ」
「……やや」
「どうしてもかぁ?」
「うんっ、ダメ」
「……っっ、はぁー……。もういい、わかったわかった。勝手にしろ」
「ほんまに?」
「ただし、オレのすることに口を出すな。そこは絶ッ対に譲らん」
「わかった、兄さんが言うんやったらウチはそれで……」
「あぁ、それとな……オレは、肇だ。お前みてェな妹はいねー」
「肇……、なんかカッコいい名前やね?」
「はッ、どこがだ? 反吐が出るね、こんなもんは物と一緒で呼び方が解らないと不便、それだけだ。……あー、ところで……絶対呼ばねーとは思うが、お前はなんてーんだ?」
「ウチはね……、偽名と真名とあるけどどっちがえぇ?」
「偽名なら呼んでやるよ」
「あぁん、つれへんねー? 冗談やってば。ウチはアンジェ・リークベル、グリーンフォールの出身なんよ」
グリーンフォール……?
なーんか引っかかんなぁ……。
あぁ、一度だけくそ上司に聞いたんだったか。
「……グリーンフォール、っつーと確か……龍発祥の地って伝説があったっけな」
「そぉ、そしてウチは其処で生まれた緑龍でっす」
「……あ?」
「言ってなかったねぇ? いや、ウチかて言おうと思ったんやけど……タイミングなかったんよ」
「おま……っ! とんでもねェことをサラッと言ってくれんなぁ?」
「兄さ……あ、違った。肇がそんな驚くとはねぇ? そんな大したことかいな?」
「大したことだろッ!! まさかマジもんとはなぁ? ……あぁ、それとだ!」
「なんやの?」
「なんでオレはッ! そんな奴に懐かれてんだぁ!? 其処がいっちばんわッかんねぇ!」
「……そやねぇ、なんで?」
「知るかッ!!」
やっぱこりゃあ……調べなきゃ駄目かぁ?
「まぁいいか、どぉせこれから調べる積もりだったしな」
「……はぇ? なんか言うたぁ?」
「馬鹿がッつったんだよ」
そんな経緯もあって、二人は今、この街にある書庫に向かっていった。
徒歩で20分のその場所は、肇にとって長く遠い道のりだった……気がする。
なにせ、
「なぁ、肇ってなんか好きな食べ物あるー?」
「……唐揚げだッ!!」
や、
「服は?」
「もっぱらパーカー」
とか、
「ぶっちゃけどんな子タイプ?」
「おとなしくて寂しがり屋ッ!!」
……など、とにかく肇が思わず返してしまうような質問ばかりを的確に聞いてくるのだ。
「昨日と違ぉてよぉ喋んねぇ?」
「……ぐくっ、お前の質問が悪ィんだよぉ!!」
「ふふん、ウチなぁ……この手の嫌がらせめっちゃ巧いねん。キャラが崩れてくのはいつ見てもサイコーやわ」
「……あぁぁ! ウザッてェェェ!!」
「にひひひ、じゃあなぁ……アクセサリーはなに派?」
「クールにシルバー派だッ!!」
「あははははは! じゃあじゃあ、辛党?甘党?」
「甘党!! プリン大好きだッ! ……だぁぁぁぁぁぁッ! くそッタレがぁぁぁ!!」
いつぞやの闘いより、よっぽど苦戦を強いられる肇だった……。
そんな肇がとうとうプリン食いてぇ、とか、こんなウゼェ奴じゃなくておとなしい子がいい、とかキャラを見事に崩壊させていた頃、ようやく書庫に着いたのだった。
「卵焼きには?」
「ソースッ!! ……くそっ! 黙れぇぇぇ!!」
「書庫ではお静かに願います」
溜まりに溜まった苛立ちを遂にぶちまけると、そこは既に書庫の中だった。
責任者だろうか、厳ついおじさんが注意を促す。
「あぁん!? ぶっ殺すぞ?」
「な、肇? こういうトコでは静かにすんのが、人として当然のマナーちゃうかなっ?」
「ぐぐぐ…………っ、お、お前ェに言われたかねぇ!!」
叫ぶと、今度はつまみ出されかけた。
幸い、アンジェの一言、
「おっちゃん、後でウチといいことしよっ?」
「……よし、今日は特別! 儂の権限で許すわ、叫んでおっけー!」
一発で陥落。
「……にひひ、なんもするわけないけどなっ」
「オレはな、お前ほど歪んだ人間を見たことねぇ」
「人間ちゃうもん」
「…………チッ」
気を取り直し、目的の本を探し始める。
「確かな……前はこのコーナーにあったんだよ」
「へぇ、詳しいんやねぇ? 意外やわ」
「だろーな。ついでに言うとオレは小説とか好きなんだよ」
「なんの?」
「あぁ、ラノベと……いや、なんでもねぇ」
(やっちまった……ッ!)
「あらぁ? なぁんで隠すんかなぁ?」
「忘れろ……」
「今からラノベのコーナー探してくるっ♪」
肇は慌ててアンジェを止めた。
「忘れろ」
「無理っ♪」
「………………チッ」
「……今なんか決意したねぇ?」
「なんでわかんだ? ……いや、いい。とにかく忘れろ」
「いーやーやぁー」
「…………じゃ、じゃあな、その……あ……後で、ぎゅって……して……やる……から……」
「うん、忘れるっ♪」
「ぐぐ…………ッ」
肇は、なんだかやるせない気持ちになった……。
続く。
「……手抜……き……」
「そ、そんなことありませんわ……!」