54.三人組Ⅲ
「……三人組……完……結」
「ニーナ?」
俺達は今、戦場にいる。
まずこの三人が受けた仕事が紛争の鎮圧なのだから当然だ。
そうデカくないある国と、その隣に位置する村の青年達。
俺は気を失っていたので詳しくは知らない。
しかし、
「親父が病気なんだ!助けてくれ!」
「俺達には金が必要なんだ!」
とか、
「ふん! 金を払わないお前たちが悪い!」
「それが解ってるから、安くしてやってんのに!」
なんて聞こえてくるから理由は自ずとってやつだ。
つまり、金に困った村の青年達が国側に金を要求してるようで、それが通らなくて暴動を起こした。
多分、そんなとこだろう。
それから、その青年達がこの三人に依頼し、事情を知らない俺も何故か付き添っているようだ。
「金ぐらいやれば良いのにな。向こうの国は別に金に困って無さそうだし」
俺がそう言うと、フローが残念そうな顔をした。
「この人達は困ってなどいませんわ」
「え?」
「単に金が欲しくてこんな暴動を起こしたのでしょう。彼等の心は真っ黒ですわ」
「真っ黒……?」
「かといって、敵国の方々も褒められた色ではありませんけれど」
「色、って……?」
ちょっと気になったので聞いてみようと思った矢先、声は俺の隣から聴こえた物騒な物音によってかき消される。
「……ニーナ、それ……なに?」
「ん……おも……ちゃ?」
音は、ニーナの持つ狙撃銃からだった。
俺の質問に可愛らしく小首を傾げていたが持っているのは紛れもない銃である。
それも、彼女の腰ほどまである特注の。
「いや、それどう見てもライフルだろ?」
「…………えへ」
「いやいや、誤魔化せねーよ?」
「話してるとこ悪いけど、そろそろ行っとこっかぁ?」
ルイスが巨大な扇を大きく振るうと、ニーナの前に踏み出す。
ニーナはそれに無言で頷いて返すと、
「……み……ぎ」
小さく呟いた。
「あいよー」
ルイスが面倒くさそうに、小さな彼女の身の丈程もある巨大な扇を振るう。
「「うぉぁぁぁぁぁ……!!」」
すると、大勢の声が遠ざかっていく。
一度に、五人ほども吹き飛んだのだった。
「……1、2……3」
呟きながら、至って無表情で機械的にニーナが弾丸を放つ。
どうやら、呟きは当てた人数を数えているみたいだった。
「4……5……」
彼女の狙撃は正確で、100メートルは離れて防衛戦を行う敵兵が悉く撃ち抜かれていく。
やり返そうにも、ニーナの照準が圧倒的に早過ぎるようだった。
敵の悲痛な叫びが此方まで聞こえてくる。
「凄いな……」
「6……な……?」
その時、ニーナが弾を外した。
「あ、外したー」
「……動揺しましたわね?」
「ち、ちが……」
パァン!
もう一度、ニーナが弾を外す。
「ニーナ、コイツに褒められたのが嬉しいんだもんねー?」
ルイスが楽しそうに茶化す。
「そうなんでしたの?」
「…………ちが……う、ねむい……だけ」
誤魔化すように、また弾丸を放つ。
「おぉ、この距離でよく当てれるな? ギリギリ見える距離なのに」
「……!!」
パァン!
「あららら、こりゃマジだねー」
「ニーナ、多分敵は多いですわよ……」
ニーナは、また弾を外した。
「なぁ、さっきからなんのはなしを……っ!?」
ニーナがその長大なライフルを構えた。
但し、俺に向けて。
「うる……さい……っ!」
「…………はい」
ここでようやく、フローが動き出した。
「そろそろ、わたくしも出ますわ。ニーナ、お願いしますね?」
「…………こくっ」
フローが戦闘に加わった途端、スタイルが変わった。
「敵部隊の中心を崩して雑兵を散らします。ニーナ、指揮官はどれですの?」
「……茶色の……ぼう……し?」
「わかりましたわ。後ろっ!!」
「あいよー」
ルイスの相づちと同時に、後ろにいた数人が吹き飛ぶ。
「…………ぐっ」
ニーナが手で合図を送る。
「待って……、あぁ、敵はどうやら指揮官を分けてますわ。一小隊に一人……、確かにこれなら指揮系統が乱される可能性は減りますけれど……ふふ、混乱しないよう、指揮官全員に茶色の帽子は、戦術としては無し、ですわ」
「え? なんでそんなのわかるんだ?」
「ふふ、茶色の帽子は全員が赤いんですの」
「……?」
首を傾げる俺に、ルイスが説明を加えた。
「フローはねー、人の心が色で見えるんだってー。だから赤は多分、正義感とか責任感の強い人って事だよー」
「あぁ、なるほどね」
それで、心が赤い人が茶色の帽子を被ってるから指揮官ってことか……。
「お分かりになられましたわね。そう言うことですわ、悠さん?」
「え……?」
にこっ、とフローが優美な笑みを浮かべる。
「……ルイス、フローって考えまで読めるのか?」
「さー、それはないと思うよー?」
「そうか……?」
だとしたら、考えてないけどやらしいことも考えられないぞ……?
俺は考えてないけど!
「まぁ……わたくしは大歓迎ですわ?」
「……っ!? なななな?」
なっ、なんで?
「悠さん、心が薄いピンクになってますわ」
あー、それでか。
「ふふっ、わたくしでも考えまでは読めません。言うなれば、洞察力ですわ」
「……なるほどね」
そう言うと、フローはコロコロと笑った。
気のせいか、俺には上手く騙せた時の笑みに見えたような……。
「……なぁ、ルイス?」
「どしたぁー?」
「女って怖いな……」
「…………あん? アタシだって女だぁっつのー!」
「……そうだったな」
俺が思ってないように言うと、
「……今度、アンタの部屋で裸になって叫んでやるー」
ルイスが不吉な事を呟いた。
というか、彼女なら本当にやりかねない。
「……ごめんなさい」
俺達がふざけてる間に、戦局が変わっていた。
フローの指示が加わってから三人の戦術が完成した為だ。
俺の素人目からでも、個人の時に比べ圧倒的に力を発揮しているように見える。
終始押され気味だった組が、今では国側を圧倒するまでになっていた。
「うし……ろ……」
「へ?」
前に居たニーナが、構えていたライフルを俺に向けて発砲した。
「……っ!!」
「うぐ……っ!! な、なんだこれはぁぁ!」
「……こお……り」
驚いた俺は思わず目を瞑ってしまう。
しかし、恐る恐る目を開くと、撃たれたのは俺ではなく、重々しい鎧に身を包んだ敵兵だった。
すると、敵兵の体が撃たれた箇所から凍っていく。
「退いてくださいませ、悠さん?」
「えっ? あ、あぁ」
フローの声に俺が後退ると、敵兵の体が、
「う、ぉぉ? なっなんだこれは!? うぁぁぁ!」
ビキッ、と、気味の悪い嫌な音を立てた。
それから身の氷を散らし、パンッ! と砕け散った。
「フ、フロー?」
「ふふ、これが本来のわたくしのSpecial、Breakrですわ」
「砕く者……ってことか?」
「えぇ、対象が脆ければ脆いほど、形が在るものなら例えそれが心であっても砕くことができますわ」
「心も……? え、まず心って形あんの?」
「わたくしにはそれが色で見えますわ。元々、それはBreakrの副産物ですけれど」
「へぇぇ……そう言えば、ニーナは氷の能力者だったのか?」
「う……ん……ぐっ」
ニーナが手で合図する。
「ニーナが弾丸に込めた冷気を炸裂させ、わたくしがそれを砕くのですわ。特に弾の通らない、鎧を着ているような方には」
「近くの敵はアタシが吹き飛ばすのー」
彼女らは、その言葉を自らで体現していた。
近付く者達はその愚かさを思い知らされるように振り出しに戻され。
逆に、近付かない者達もまた、遠距離から放たれた氷の弾丸によってその愚かさを思い知らされる。
最後にはフローが氷諸とも身を砕き、二人に足りないものを鋭い勘で埋めて補う。
これなら生き残る確率は段違いに上がるだろう。
「三人揃ってこそだな?」
「「「ぐっ」」」
見ると今度は、三人揃って手で返事を返していた。
「……今度、俺も混ぜてくれよ」
「おっけぇー」
「それでは、終わらせますわよ?」
「う……ん……」
三人が動き出した途端に、戦闘は激化する。
そして、
「長官、準備が整いました」
戦場に現れた投石機のような設備。
片方に紐で錘がぶら下げてあり、それを切ると鉄球が飛んでいく単純な機構。
「よし……、放て!!」
程なくして、投石機が黒く塗られた大きな鉄球を放った。
「中に約1tの火薬を積め込んだ総重量2tの鉄球だ! 戦況を覆しおって、これはお前たちには止められんぞ!」
「な……っ? 1tもの火薬が炸裂すれば、この辺りが火の海になりますわ……っ!!」
「あー、そりゃやっばいかもー」
……2t?
「止められるぞ?」
「え……?」
「ニーナ、狙撃出来るか?」
「…………ぐっ」
「よし、じゃあ止めるぞ」
俺に集中する時間は必要ない。
もはや自分で自分の体を動かすように、天高く放たれた鉄球は重力に逆らい、動きを止めた。
「おー、すっごいじゃーん? 顔だけじゃないんだねー?」
「……うっせぇよ」
「…………撃つ……っ!」
パァン! ニーナの弾丸が鉄球を貫いた。
そして、撃ち抜かれた鉄球は一瞬にして凍りつき、
「フロー、あとは?」
「え? あ……、砕きますわっ!」
パン……ッ! 心地よい音が鳴り響き、鉄球は形を失うと、辺りに小さな結晶を散りばめた。
「おー、キレー」
ルイスが興味なさげに力無い目で空を見上げる。
「……お前が言うとなんだか力が抜けるな」
「ふふ、ホントですわ」
「…………ゆ……う」
「お?」
「…………ぐっ」
ニーナは、俺を呼ぶと手で気持ちを表した。
俺は、その時だけは……、素直に笑っているように見えた……気がした。
「ニ、ニーナが……」
「男性の名を、呼びましたわ……!!」
「……気の……せい……」
抑揚のない声に、素っ気ない態度のニーナだったが、今は少し違って見える。
これは俺もやり返すべきかな?
「ニーナ?」
「……?」
「ぐっ」
俺がやってみせると、ニーナはほんの少しだけ、微笑んだ……ように見えた。
「あ、笑った?」
「……気の……せい」
「……そっか」
俺とニーナのやり取りを見たルイスとフローの二人が、驚きに体を震わせた。
「あららら? ……マジ?」
「これは……マジ、ですわね……」
「あの子って、あんな感情豊かだっけぇ?」
「いいえ、わたくし達二人としか……特に男性とは喋る事も無かったはずですわ」
「だよねー、そっかぁ。まさか、ニーナが……」
「驚きですわ……」
衝撃に言葉を失う二人をよそに、戦いは急速に終わりに向かっていった。
「な、俺があそこの集団の動きを止めたら、狙えるか?」
俺が大まかに指差すと、
「よ……ゆー……」
ニーナは応じてくれた。
照準を合わせる為のスコープを外し、パチッ、とライフルに付いたスイッチのようなものを指で上げると目を鋭く細める。
「それって、なんの動作だ?」
「……本気……モード……?」
「じゃあ、そのスイッチは?」
「セミ……オート」
「……すげぇ」
「…………えっへん」
「おっし、じゃあ改めて始めるぞ」
「りょー……かい」
それから、俺が敵の体の一部を止めていき、ニーナがそれを淡々と撃ち抜いく。
単純な作業のように、敵は数を減らしていき……、戦意を失った兵から順に、ついに武器を捨てて逃げ出していった。
それを見て、彼女らに依頼した青年が駆け寄ってきた。 尤も、依頼主を俺は知らないんだけどな。
「ありがとう! 助かったよ、あんたらに頼んで正解だった……って、あなたは……?」
……え?
「あ、俺か?」
「えぇ、依頼したときには居ませんでしたが?」
「あぁ、通りすがったんだ。気にすんな」
「え? あ、そう……なんですか? でも、一応お礼を……」
「気まぐれで手伝っただけだから、金ならいい」
「いえ、このたまたま持ってた汚いストラップを……」
男は、そう言うと見るからに汚いストラップを差し出してきた。
「いや、いらな……」
俺が言い切る前に、男のストラップは氷の結晶と共に弾け飛んだ。
「あぁ! きったねぇストラップが!」
「…………ムっ」
どうやら、ニーナが撃ち抜いてくれたようだ。
「はは、ありがとな」
「……べつ……に」
ニーナはそれだけ言うと、ふいっと顔を背けた。
「ニーナ!?」
それを見た二人が、もう一度驚きに身を震わせていた。
「しゅー……りょー……」
「……後書きに書くことが無くなりましたの?」
「…………」