51.三人組
また主人公視点です。
「休んでいいと言っておきながら……突然、済まなかったね」
ここは、いつもの屋敷ではなく、アパートとマンションの中間のような建物、その一室である。
サンテは恐らく肇を助けに行った時の話をしているのだろう。
「あぁ、いいよ。あいつ結構死にかけてたし、仕方ないだろ」
「そう言ってくれると気が楽だよ。僕としては、あいつに貸しを作っておきたかったんでね」
「はは、お互い嫌い合ってたもんな」
「まぁ、僕の私情はこれぐらいにして、明日から一週間の休暇だ。とにかくゆっくりしてくれ」
「一週間ね……、いいのか?」
「あぁ、元々君たちがいなくても回ってたんだ。大丈夫だよ」
「まぁな、そう言われればそうだけど……」
「ここなら暫くは大丈夫だろう。キミ達の指名手配もとけてる筈だしね。近くの街で必要なものでも揃えるといいよ」
そう言って、サンテは紙の束を無造作に放った。
予想してなかった俺は、慌ててそれを受け取る。
「おっと……、これは?」
「例えるなら……、そうだね。一般男性凡そ一年分の給与かな」
「はぁ? なんで俺がそんなに貰えるんだよ?」
「君たちの行いはそれほど危険だと言うことだよ。それで一週間分……、キミ達の好きに使えばいい」
「……あぁ、わかった」
次はわからないが、いつでも金は必要なものだろう。
持ってないのはマズいと思った俺は、素直に受け取ることにした。
因みに、勿論諭吉ではない。
「じゃあ、これで失礼するよ。あ、ここに住んでいる子はキミ達だけじゃないんだ。挨拶も忘れないようにね? ……それで怒る子もいるから」
「え……? あぁ、わかってる」
それだけ言うと、サンテは部屋を出て行く。
俺はと言うと、暫く札束を眺めていた。
……が、そろそろ動く事にするか。
綺麗な装飾が彩る扉を開け、外に出ると通路がある。
この建物自体は三階建てで、一つの階につき10部屋あるらしい……。
ちなみにここは三階で、サンテが管理しているので大家さんと呼ばれる人はいない。
賃貸ではないので、自由に使っていいらしい。
住人の平均年齢は20前後で若い人ばかりだ……。
まぁ、これは早く馴染めるようにサンテが気を利かせてくれたんだろうが。
「で、挨拶だったっけ……。なんだろうな、こんなときは何がいいんだ? 若い子が洗剤とか貰っても仕方ないだろうしな……」
……困った。
「……ん?」
これまで経験のない悩みに頭を抱えていると、部屋をノックする音がした。
「ノックしたからねー? お邪魔しまーす」
「え?」
ノックの主は、返事を待たずに部屋に上がり込んだ。
かと思えば、俺と目が合うとなにやら驚いた顔をする。
一体なんだろうかこの珍客は?
「わ、期待した以上じゃーん? ね、ニーナ?」
「……興味ない」
「そっかそっか。ニーナ男嫌いだもんねー」
「…………おい! まず、用件を言え! ないなら出てけ!」
堪えかねて俺がそう言うと、見るからに鬱陶しそうな顔をされた。
「えー? ちゃんと靴脱いで入ってんだからいーじゃん」
「いや、そうじゃないだろ?」
そこで、突然入ってきた子がなにか思い出したように手を叩く。
「あー、今日新しくここに来るって聞いたからどんなやつかなー? って。あ、挨拶はいらないよ? だって、面倒でしょ?」
「……あぁ、そういうことか。でも、勝手に入ってくるのはよくないぞ?」
「いいじゃんねー、ニーナ?」
「……ルイス、うるさい」
とにかく一人で喋り出す彼女を、もう一人、彼女の後ろから出てこない子が咎めたようだ。
「えぇッ!? そ、そんな、ニーナが酷い~」
入ってから喋りっぱなしの叱られた子は、出てもいない涙を拭いながら俺の方へ走って……、走、
「どーん!」
「おフッ!」
体当たりしてきた。
「ぐぁぁ……、もう、訳がわからん……。で、なんでお前は俺に体当たりしてんだ……?」
「慰めてー? 変わりにルイス、心も体もぜーんぶあげちゃうっ♪」
「……帰れ」
「まぁ、冗談はこれぐらいにしてー。じこしょーかいでもしますかー」
「なんだ、お前は? 力が入んないのか?」
押し入ってからずっと猫背な上に、あまりにもダルそうな声に思わず突っ込んだ。
「だぁって、面倒じゃーん? ほんじゃまーアタシから、ルイス・リントって言いまーす。これは意外ですがぁ、実は十七です。あとは、常にちゃんと開いてない半目がキュートでーす」
押し入った、実に厚かましい女の子はルイスと言うらしい。
自分で言うとおり目は力なく、半分ほどしか開かれていなかった。
ボーっとしたその顔は、無表情とも言えるかもしれない。
薄い茶髪で、軽く猫背。
優しい彼氏を募集中とのこと。
いや、聞いてないけども。
「……そう言えば半目だな。なんでだ?」
「ぜーんぶ、きょーみないからだよー? はい、次ぃー。この子は初対面の相手だと喋んないからアタシが変わりに……」
「……ニーナ……」
ルイスと名乗った女の子が話し出そうとすると、後ろに隠れていた子が前へ出た。
「……えぇッ!?」
「ニーナ? へぇ、ちょっとティーナに似てるな」
「……ニーナ・ニーダ…………よろしく」
「あぁ、よろしく」
前へ出て名乗ると、手を差し出してきた。
が、決して笑顔ではなく、いたって無表情で。
髪は青みがかった黒で、ルイスとは違い、目はちゃんと開かれているのにどこか遠くを見ているようで……、そう言えば雰囲気は最初に会ったときの藍華に似てるかも知れない。
とにかく、その子、ニーナと握手すると、今度はルイスが2、3歩後退った。
「はぇぇぇぇッ!? し、しし喋ったぁッ!? ど、どったのニーナ?」
「……別……に……、気分……」
「なぁ、ニーナ? ルイスとはどんな関係なんだ?」
「……えっと、ね。………………友……だち?」
「いや、俺に聞かれても……。友達なのか?」
「う……ん、多分……」
「ほぉぉ? あんた、きょーはよく喋るねー? アタシなんか、30回も話しかけてよーやく返事してくれたのにね!」
「へぇ、そっか。普段からそんな、つまんなそうにしてるのか?」
「……う……ん」
「なんで?」
「……えっと、ね……ぜーんぶ……、きょーみないから……だよー……?」
「おぉい。ニーナぁ、アタシのモノマネなんかいつ覚えたぁー?」
ニーナと名乗った女の子が、今度は俺の後ろに隠れた。
「ありー? もう、そいつと仲良くなったってー? ルイスんとこ戻っといでよぉー」
それから、俺の背中から顔だけを出して、
「…………ふふん、親離……れ」「うぇぇ!? うっそ……、ニーナって、そんな人懐っこかったっけぇー?」
「おーい、ニーナちゃーん?」
それから、顔だけ出して、
「……うる……さい……この、はんめ……」
ブチッ、と、なにかが千切れた。
「……うるぁぁぁ! ニーナ、コラぁ!! アタシが気にしてんの知ってんだろがぁ!」
「……って、こいつが……」
そこで、ニーナが俺を指差した。
「はぁ? なんで俺が?」
「あぁん!? ……って、あ、あんたか……な、なら仕方ないなぁー。でも、気にしてんだからあんま言わないでねー?」
「気にしてるってお前、自分で言ってなかったか?」
「開き直ってんだよぉ! 人に言われんのは嫌なのー」
「……ま、まぁわからんこともないけど。そう言えば、いつも2人で行動してんのか?」
「……いつもは……三人……」
「うん、きょーは呼ぶの忘れたけどねー」
「そうなのか? それなら、今から挨拶行けば都合良いんじゃないか?」
「……そだねー。あの子は挨拶行かないと大変だから、ホントに都合良いかもしんないよー?」
「大変? なにが?」
「きしょーが荒いんだよ。それも、アタシらのボスが怯むぐらいねー」
「サンテが……? それは大変だな」
「まー、アタシも人のこと言えないから最初はケンカになっちゃったけどねー」
「それって一体、どんな人なんだ?」
「……お嬢……様……」
「お嬢様?」
「ま、会ってみたらわかるよーってことで、行ってみよー」
「あ、あぁ……」
よくわからないまま、愉快な2人に連れられ、一番下の階、その最も奥のやけに大きい部屋に着いた。
「ここか?」
「そー、じゃ呼ぶね。やーい、フロー」
ルイスは、多分郵便受けだと思われる場所を開け、部屋の主をいたって適当に呼んだ。
……しかし、返事はない。
「フロー、聞こえてんのー? ……あー、入って良いって」
「え? でも、返事は……」
俺が言い切る前に、扉が開いた。
部屋の主の手で。
「……ふぅ、お客様の言うとおりですわ……。相変わらず、思慮が足りてませんわね、ルイス」
「うっせー」
「あなたは、そんな言葉遣いしか出来ませんの?」
「あー、めんどいから。それよりフロー。まずはじこしょーかいしないと、お客様にしつれーだろー?」
「……た、確かにそうですわね……。く……っ、あなたに正論を言われると一万倍、腹が立ちますわ……!」
「へー、そうなんだー」
犬猿の仲……と言うやつだろうか。
中から出てきたお嬢様は、ルイスに苛立ちを募らせていた。
しかし、ルイスに済まないと言うような表情は存在しない、というより、興味すらなさそうだ。
会った時から変わらない、力なく開かれた目で適当な返事を返す。
「くぅぅ……っ!! あぁ、苛々しますわ! ……失礼致しました……。わたくしはフローラ=エル・シュナイダー、フローと申しますわ」
彼女は、光に煌めく金色の髪を靡かせそう名乗ると、その周囲に纏った優雅な仕草で一礼した。
「あぁ、えらく丁寧にどうも。俺は悠だ……いや、悠です……?」
「ふふ、お気遣いなさらなくて結構ですわ。貴男のような素敵な男性なら、わたくしは大歓迎ですの」
「そう言うことなら、あー、フロー……さん?」
「フロー、と呼んで下さいな?」
「わかった。じゃあ、フローもくだけた話し方でいい」
「あら、そうですか? ……では、わざわざわたくしの部屋までご足ろ……、あらら? 来ていただ……あぁ、えぇと……、来て下、来てくれて……? あぁ……っ、こんなの、なんだか慣れませんわ……」
「えっと、無理しなくていいぞ? むしろ好きにしてくれ……、聞いてて息が詰まりそうだ」
「わかりましたわ……。わたくしも、あんな話し方はあまりしたことがないので……、言いたいことが出てこなくて、凄くもどかしいですわ」
「うん、俺はやっぱりそっちの方がフローの雰囲気に合ってると思う」
「うふふ、まだ初対面ですのに……。もう、わたくしの印象がつきましたの?」
印象もなにも、その腰まで真っ直ぐ伸びた髪と、絵に描いたように溢れる気品と、なんだか住む世界が違いそうな口調、存在と佇まいと纏う空気と、
「まぁ、見たまんまだけど、本物のお嬢様みたいな……」
その通りだった。
「あー、悠……だっけぇ? フローは本物のお嬢様だよー」
「う……ん、シュナイダー家は……みんな……知ってる……」
あぁ、本物だったんだ。
いや、今更驚かねーけども、
「そ、そうなのか? だったらなんでこんなとこに……?」
「まぁ……、わたくしに興味がおありですの? 普段ならお断りですけれど、素敵な貴男に免じて、なんでも教えて差し上げますわ」
「お、おぉ……。ありがとう」
「……と、その前に、あなたわたくしの執事になりません?」
「え? いや……」
「あー、ズルいー。アタシが狙ってたのにー」
おいおい、
「黙りなさい半目。あなたにはもったいないわ」
あぁ、禁句を……。
「あぁん? なんだコルぁぁ! この首筋敏感女ぁ!」
「え……?」
「はぁっ? そ、それは仕方ないですわ! そんなことより、わたくしとヤるんですの?」
うーん、言っていいのかわからないけどちょっと気になるな……。
「あ、そうなのか? やったらどうなるんだろうな……」
「ッ!! それは駄目ですわ……!」
俺がそう言うと、フローはかなり過敏な反応を見せた。
若干だが、こちらを睨んでいる。
「へぇ、そう言われると余計に気になるなー?」
「ふふふふ、面白いよー? 一回やってみー」
「あなたは黙ってー……!?」
「あぁ、やってみよう」
「ま、待って下さいな……?」
フローが俺を警戒している隙に、ルイスが後ろに回り込んでいた。
更に羽交い締めにし、煽るように笑いかける。 いやいやと首を振るフローだが、動けないようだし……、なにより楽しそうだから首の後ろを優しく撫でてみた。
すると、
「え……? あぁっ! や、あん……だ、駄目ですわ。そんな……はぅあっ……だめぇ……」
なんだか冗談じゃ済まない反応が返ってきた。
それに、声がなんかエロく……と言うわけでテロップ、
--暫くお待ち下さい--。
「はぁ……、はぁ……うぅ……、駄目だと言いましたのに……」
「ご、ごめん。まさかそんなに敏感だとは……」
「あはははは! もっとして欲しかった癖にー」
「……そそ、そんなことはないですわ……」
「どーだか……。ね、それよりさー仕事しよーよ。アタシ金なくなってきちゃって」
とても、心の底から気怠そうにしてルイスが言う。
「そうですわね。悠さんとも親睦を深めたいところですし……、ご一緒しましょう?」
フローはそう言って返した。
そこにさっきまでの赤面した女の子の姿はなく、まるでなにかを狙うように目を鋭く細めていた。
俺に対しても。
「あぁ、一週間も暇だしな」
「なら……これで、決まり……」
「とゆーわけで、また明日ねー」
「……また、明日……」
興味無さそうに、ルイスが手を振ってどこかへ消えた。
ニーナも後に続く。
「あー、俺は他の部屋も回ってみようかな……」
「わかりましたわ。では、わたくしもこれで」
「あぁ、またな」
そう言って、お互いに手を振って別れた。
部屋を回るとは言ったがどーしようか……、正直に言えば面倒だな。
あー、話が進まない。