46.ご主人様
レノアのちょっとした過去と、とにかくの説明……です。
「……ん、んん……っ」
「うぉ、ええェ……っ!?」
龍が寝ている、それをみんなで囲んでいる。
龍が目を覚ました。
……しかも、女の子っぽい、とても可愛い声を出して。
(……なんてシュールな光景だ……? 突飛過ぎて、一個も理解出来ないぞ……?)
「……んーー、」
「おぉっ!?」
目の前の"女の子"が起き上がって伸びをした。
自分の部屋で、心地よい朝を迎えた時のように。
「ぅあ……ッ?」
お、こちらに気付いた。
そして……、
「っ!? ふ、服っ!!」
「あ……ッ!? キャァァァァァ!!」
「うぉぉぉい!? ッギャァァァァ!!」
全てが見えてしまった。
リリィより少し大きいくらいの体格、ちょっとだけ小さい胸、引き締まった腰……そして、
藍華と同じ紅い髪に紅い瞳の愛らしい顔をした女の子は、受けた恥辱に全身を薄くピンクに染めて……。
全てを焼き尽くす業火を吐かれた、照れ隠しに。
余りに突然過ぎて交わすので精一杯……いや、掠って服が台無しになった……。
「ッ!! 悠っ! なにマジマジ見てんのよ! 最ッ低っ!! ってか死ねっ!」
「は、破廉恥ですっ! 汚らわしいです!悠くんっ!! 私のだけでは足りないんですかーーッ!?」
次いで浴びせられる罵声、罵声。
「…………お、俺が悪いのかよぉぉぉーー……ッ!?」
なんだ?
キレていいんじゃないだろうか?
……偶には。
「……はぁぅぅ……驚いたぁ。……はっ!? ……しっ、失礼しました!! ご主人様っ!」
2人の鬼神に追い回されている中、そんな声が聞こえた。
「えっ!? お、俺がッ!?」
「「見るなぁぁぁぁぁッ!!」」
声に振り返った瞬間、肌を焼き、神経を引きちぎる炎と雷とが炸裂した。
俺に。
「あ、もう大丈夫です。……さっきは取り乱し、ご主人様に粗相を……」
「………………」
返事がない。
新鮮な肌を見ると……少し焦げてはいるが……さっきまでは生きていたようだ、が今はただの屍のようだ。 そんな鬱陶しいナレーションが、消えゆく意識の中に響いた。
「…………? ……は? ……! え……」
……声がする。
遠いがとても近くで。
目を開いていくと奥行きのある天井が見える……。
どうやら、テントの中に運ばれたらしい。
「う……っ、あいててて」
「…………あ、悠」
「……ぅ……」
リリィは興味がないのか、いや、気まずそうに目を逸らした。
藍華もそれに続く。
「おい、目を逸らすな。さっきのはお前らが悪い!」
「あ……さ、さっきは妾の所為で……。すみません……」
「あ、いや、っていうかキミは? それにさっきまで龍だったんじゃ……? そ、それにその服は一体どこから……? と、とにかく! 一から説明してくれ! このままだと解らないことだらけで頭が死ぬ……っ!」
「……だってさ。説明して上げてよ、ティーナ」
俺の隣に居るリリィが言った。
ん? ここにいる面子で俺の知ってる中にティーナ、という人はいない。
ということは……コイツら、また知らない間に仲良くなってやがる……。
「うむ。では説明を始めるが……、異論は?」
「ない。で、そんな話し方だったか?」
「あ……す、すまな……あ! いや、すみません……実は妾、主を持ったのは初めてで……」
「あぁ。言ってる事が良く解らないんだが、とりあえず自己紹介から初めて欲しい」
主? why? なんで、俺だけ敬語なんだ?
うーん……わからないことだらけだがまぁ、それはおいおい聞いていくとして。
「名はティーナ。ミーア・レッド=クリスティーナと言います。龍種は赤龍で……。見れば解ると思いますが、身に炎の属性を宿しています。……と、自己紹介はこれくらいです」
「ティーナ、か。可愛いくて良い名前じゃないか。それで、ご主人様……ってなんだ? それと、なんで……その……人型に……?」
「ご主人様にそう言ってもらえると嬉しいです……、とても。……あ、龍種がとても高い戦闘力とプライドを備えている……というのはご存じでしょうか?」
「あぁ、レノアに聞いた」
「そんな誇り高く、個体としては最強を謳う龍種ですから……普段なら信じられない事、つまり負けるような事があれば……その相手に服従する、という掟があるんです」
「誇り高いから? なんだか矛盾してるような……」
「今回は一対一、という状況でしたので、正式な決闘と見なされ、それに負けた妾はあなたに服従を誓い、仕えるに当たって相応しい姿……つまり人間になったわけです」
あぁ、なるほど。
でも待てよ……
「あー……、この場合、2人の乱入は認められるのか?」
「それは……あの、妾が気に入った……というかその……ま、まぁ……妾が負けを認めましたので。業火の息吹きも尾も通じませんでしたし、あのまま続けても結果は明白……いずれにせよ、妾の完敗でした」
「……そ、そうか。まぁ……わかった」
(いや、あのまま続けば解らなかった……。確かに優勢ではあったけど……まぁいいか。もう一度やり合う元気もないし)
「それで、その服は……? いや、鎧? ローブ?」
さっきは素晴らし……、いや、裸だったティーナは今は服とも鎧とも取れるようなものに身を包んでいた。
「あ、これは……以前の、皮……? というか鱗……です」
「え……? ……えっと、じゃあ……中は?」
あ、やば……。
「あ……それは此処ではちょっと……。ですが……も、もちろん、ご主人様の命令なら妾は……」
「あー、俺が悪かった。だから落ち着け2人共」
肌に焼け付くような熱気と電気を感じた俺は、素直に謝罪した。
「他に質問はないでしょうか? これから妾としては……貴男に捨てられるまでついて行くつもりですが……」
……えぇ!?
「いや、俺としては……無理についてこなくてもいいんだぞ?」
「私からは是非、お願いしたい。龍種の一頭とは強大過ぎる戦力だ。 本来なら、多対一で力を発揮する貴重な存在……それをみすみす……」
レノアの言葉はティーナが遮った。
「黙れ、愚物が。妾がお前に従うと思うか? ご主人様の知り合いでなければ発言するのも烏滸がましいような者が……!!」
「……なんだ? 躾が必要か? 私は、多対一なら勝てる気はしないが、一対一なら話は別だ……!!」
「おいおい……2人共落ち着けって……」
「ほぉ……。人間風情が……! 大層な口を叩くなッ!!」
対立する両者から凄まじい威圧感が漏れ始めた。
「まだいうか……。この、蜥蜴が……!」
レノアは腰から刀を抜き放った。
「と、とか……ッ!? ぐっ、うぅぅ……。あんな生き物と、一緒にするなぁぁぁ!!」
口から炎を漏らし、その愛らしい姿からは想像出来ない程の殺気が迸る。
体はフルフルと小刻みに震え、遂に堪えきれなくなったティーナが火球を撃ち出した……!
ドバァァァン!! と、多量の火花を撒き散らしてそれは炸裂した。
レノアはそれを無理矢理に打ち消す。
「こいつ……! もう許さん、殺……なっ!?」
一線を越え、レノアの目は異常な冷たさを帯びていた。
どうやら言葉では通じないようなので、強制措置。
「落ち着つけって言っただろ!! 頭を冷やせ!」
「ぐ……っ! まさか、お前の力がこれ程とは……ッ!」
「これで80%だ……!! お前が止まらないなら! このまま圧し潰すぞ!!」
思った以上の事態に、俺は声を張り上げた。
レノアがこんなに熱くなるなんて……一体、なにが?
「……ッ!! ……そう、だな……。こいつにはなんの恨みもない。考えれば解るものを……。済まない……」
レノアの謝罪を、ティーナは腕を組んで返した。
「ふん! ……初めからそう言え! 妾に刃向かうなどと……」
「……そうじゃないだろ?」
「え……?」
「謝れよ……! ティーナ、たったこれっぽっちの縁でレノアよりお前を許すほど俺は出来た人間じゃない……」
「ひぅ……ッ!?」
俺の脅すような物言いに、ティーナは頭を庇うようにして小さくなった。
だが、これで許される程ティーナの言ったことは軽くない……。
恐らく、ティーナはレノアの傷を抉ったのだ。
レノアの過去のトラウマを。
「うぇ……っ、ひぐっ……ご、ご主人様……妾を……嫌いに……?」
「はー……、違う違う。謝れって言っただけだ。誇り高いのは解った、だけどお前は言い過ぎたんだ」
「妾は……す、捨てられたり……?」
「しない。……だからちゃんと謝るんだ」
「…………はい」
見ると、ティーナは肩を縮め額に汗を浮かべていた。
少し思いたくなかったが、この子は俺が言った事だけに極端に弱いようだ……。
要するに、俺はこの子の保護者になったわけか。
意識を戻し、ティーナを見る。
顔を真っ赤にし、体格に見合った小さな手を必死に握りしめて……さっきとは違う意味で小刻みに震えていた。
「うぐ……っ、うぅーー……!! ……その……………………ご、ごめんなさい」
「あぁ……。私の方こそ悪かった……昔の事と重ねて、熱くなってしまったんだ……申し訳ない」
「ふー……、ティーナ。……おいで」
来い来い、と手を揺する。
「あぅ……、はい」
また怒られると思ったのだろうか? 萎縮しながらも、ちゃんと従うティーナの頭をそっと撫でてやる。
「……よく出来ました」
「あ……」
ティーナは、それだけで強張った体は解れ、緊張した表情も一瞬にして……ふにゃ、という擬音がぴったり合うような、だらしなく惚けた顔になった。
「なぁ……。こんな事、聞いちゃ駄目な話なんだろうけど……、お前がなんでそんな……それもティーナに熱くなるんだ?」
「別に、聞いちゃ駄目ってことはないさ……。今はもう、昔の話だ……」
そう言って、レノアは過去の事を話し始めた……。
「……昔、私が力のない非力なガキだった頃……、ティーナと同じ赤い龍に襲われたんだ。……その時、二十歳になる姉が私を庇って倒れた……、そして、弱かった私はその場から逃げ出した。それが、今でも忘れられない……、あの時の悔しさが、屈辱が、自分への怒りが……、火球に倒れ、瀕死の姉の……それでも、非力な私を気遣うような優しい微笑みが……ッ! ……焼き付いて消えないんだ。……ずっと」
「……そんなことがあったのか……。でも、なんで言ってくれないんだ? そんな話、一度も……」
「喜んでするような話じゃない。それに、きっかけもなかった……それだけだ」
「……そうか。まぁ、お前が言うんだったら、その通りなんだろうけど……ん?」
隣に居たティーナが気まずそうな顔をしていた。
「……そ、そうとは知らず……、妾は……無礼な事をベラベラと……ッ! 今一度、無礼を詫びよう……。済まなかった……」
「言っただろう?昔の話だ……、忘れてくれ。それに私は、感傷に浸るなんて柄でもないからな」
「……本人がそうして欲しいって言うんなら俺はそうする。それに、人の心に勝手に踏み込むような真似はしない」
「……助かる」
驚いた。レノアのこんな話なんて聞いたことなかったからな。
……それにしても、藍華と同じ、いや、それ以上に紅い髪と瞳を持つこの龍……ティーナ。
なにか関係があるんだろうか……?
「……ティーナ?」
「はい?」
「その紅い髪……藍華となんか関係あったりするのか?」
「ないです。あ、ご主人様がキャラが被ると仰るなら、今すぐにでもこの惑星上から赤髪の女共を全て焼き殺して来ますが……」
「そんな物騒な……止めてくれ。大丈夫。キャラは被ってないから」
「へぇ? 誰が誰を焼き殺せるって?」
そこに、藍華が割って入った。
赤髪と、焼く、というワードが気になったんだろうか?
…………はぁ。
「これだから人間というのは……、その身を灼かれて初めて気付くのでは遅いのだぞ……? ……あぁっ! もちろん、ご主人様は別ですよ!?」
俺が困った顔でティーナを見ると、必死で訂正を始めた。
いや、そうじゃなくてさ……、 藍華には通じるかと同じように目配せすると、溜め息を吐いて向き直った。
お、通じたか……?
「ティーナちゃん。あなたに灼かれる程、私は弱くないの。相手がいくら可愛い女の子でも……燃やすわよ?」
「……面白い。お前が! 妾を燃やすと? そんな甘い幻想……妾が粉々に……」
「……藍華。お前には通じて欲しかったな……」
と、もう一度藍華に困った顔をする。
「……わかった。悠くんが言うんなら……」
「ゆ、悠くん……ッ!? 貴様、友人だかなんだか知らんが……妾の主を侮辱するか……?」
「はぁ……、ティーナちゃん」
「気安く呼ぶな!!」
ピリピリしたムードが広がる中、藍華が全てをぶち壊すような事を言った。
「分からず屋ね……。あ、ちなみに悠くんの好みは巨乳よ……?」
「ッ!? ……………………!!」
「お、お前! 急になに言って……」
という言葉は藍華に遮られた。
「大丈夫。私は冷静です」
そう言って薄く笑う……。
「そ、そんな……。……ぅぐ……ご、ご主人様……?」
全てに絶望し、残っているか知れない希望にすがりつくようにティーナが泣きついてきた。
「おぉ、っと。よしよし」
「…………ぐすっ」
お前、龍としての威厳は?
どっかで落としたのか?
「ほら、ね?」
再び、藍華が笑い掛けてきた。
「あぁ……。確かにティーナは落ち着いたよ」
「……ご主人様ぁ」
「よしよし。俺は巨乳好きじゃないから大丈夫」
「…………え?」
「ほ、ほんとにですかっ!?」
「あぁ、ほんと。だってさ……なんか、デカ過ぎると嫌……って言うかなんと言うか……、俺は……あんまり好きじゃない、かなー……?」
瞳の潤んだティーナを撫で撫でしてやると、藍華の方からガラガラと崩れ落ちる音がした……。
続いて、同じ方から微かに震える声がする。
「そ、そん……な……」
「…………あ……、いや! 違うぞ! これはティーナを慰める為に……っ!?」
「それも私を慰めるためなんでしょう……? 巨乳の子が嫌いな癖に……っ」
「ち、違……っ!」
そういえば俺はもう一つ地雷踏んでたような……。
「そ、そうだったんですか……? ……ご主人様」
……ミスった。
どっちに対応も出来ず、二方向から怖い顔で詰め寄られる。
「あー、いや、それは……その……」
あぁぁ、こういう時なんて言ったらいいんだ!?
「……っくそ、……俺は!巨乳も貧乳も大好きだー……ッ!!」
「……ッ、この変態!!」
「そんな節操のないご主人様なんて……大ッ嫌い!!」
……結果、俺の顔に2つの大きな紅葉のような跡が残った。
続きはしばらく、音声のみでお送りします。
「なぁ……、藍華?」
「…………変態」
「ぅ……。じ、じゃあ……ティーナ?」
「…………ふんっ」
「……撫で撫でしてやるから」
「!! …………そ、それなら……」
「……ギロッ!(多量の殺気)」
「いや、いい……。なんかすいませんでした」
後書きって……意外と書くことないですね(^_^;)