44.赤龍
なんか最近、自暴自棄です。
小説とは関係ありませんが。
さて、今回は少し趣向を変えて、廃人について考えてみる。
人はその言葉をどう捉えるだろう。
社会に不適合で、それを認識していても自堕落に日々を貪る人間……それを廃人と言うのだろうか。
少なくとも、俺はそう思っていた。
しかし、俺は今日でその認識を改めることになった。
今、目の前にいる彼……女性を人質にとり、あまつさえ隙あらば殺そうとすら考えているこの男もまた……廃人、と呼ぶに相応しい男ではないだろうか。
文字通り、精神が廃しているこの男もまた。
……話を戻そう、合図を見た俺達は急いでテントに駆けつけた。戻ってみると、スーツが似合いそうなメガネを掛けた男が、十代後半くらいの若い女の子を人質にとっている。
話を聞く時間がない現状、解っているのはそれぐらいのものだった。
「恐らくは、この女の子には何の言われもないでしょう。……ですが、ここで死んでもらいます」
「ひぃ……っ! い、いや……」
男が言った。
近くに首の取れた鹿のような、それもさっきまで生きていたのだろう、大量の血が今も流れ出ている無惨な死体が転がっていて、男が簡単に女の子を殺せるという証明になっていた。
そのことが加えて恐怖になり、人質の女の子が悲痛な叫びをあげる。
しかし、動機も男の発言も、全く以て意味がわからない。
「……やめて。これ以上、仲間が死んでいくのを私は見ていられない……」
俺の隣にいる、女の部隊長が言った。
恐怖で声が震えていたが、やはり気丈な女性のようだ。
自分よりも仲間の身を案じて、カタカタと震える脚で狂った男の前に歩み寄っていく。
「それ以上、僕に近付くなッ!」
ビクッ、と全身を強ばらせ、女性の足が止まる。
「要件はなんだ? こんな事をしでかしたんだ。それなりの理由を答えてもらおうか」
我慢出来なくなったのか、レノアがこめかみに青筋を立てて一歩踏み出した。
だが、男に焦った様子はない。
「……はて? そう言われればそうですね……。理由、あえて言うなら飢えでしょうか。僕の場合……喉が渇いた、とかと同義ですが」
「っ! コイツ……っ!」
「ふ、ふざけるな!」
「もう少し言葉を選びなさい。わたしはそれを許すほど、心優しくないわ……!」
男の言葉に、その場に居た全員が激昂する。
俺自身、頭が煮えたぎっておかしくなりそうだ。
「フフフ、これが優越感と言うものですね。僕の上司も、僕を怒りの捌け口にしてさぞ楽しかったことでしょう」
もはや自分の行動とは関係ないことを口走る。
後半はただの愚痴とも言えた。
「その八つ当たりに、人を殺していいと思うか? ……お前が思っているほど、人の命は軽くない!!」
男の軽い態度に、我慢は限界に達した。
冷静さを欠いた俺が声を荒げたのと同時に、男の動きが止まった。
能力を行使し、男の動きを制限する。
「な!? なんだこれは? 体が動かない……!?」
試みは成功して、男は見る間に焦り始めた。
それを確認した俺は、この凶人に後が無いことを警告する。
「ここにいる全員、もう我慢の限界だ……! これが最後だ。抵抗すれば殺す!」
男は最初は外聞もなく動揺していたが、徐々に大人しくなっていった。
人質の女の子は解放され、今は藍華が庇っている。
最後に警告したことで、自分の犯した事態の重さを理解したのか、狂気に染まった瞳にも色が差してきた。
「……こ、殺さないでくれ。僕はまだ死にたくない」
「……ならそのまま動くな」
「まぁ、連れて行かれてタダで済むと思わない事だ」
この世界には日本なんかと違って、与えられる罰に限度がないらしい。
この男に待っているのは拷問だ。
想像したくないが、死よりも辛いものを見ることになる……。
「……え? な、なにしてるんですか?」
その時、あの気丈な部隊長が聞かずにいられないといった様子で口を開いた。
「なにって、こいつの捕縛だ……ですけど」
「か、からかわないでください。この男のせいで……私の仲間が何人死んだと思ってるんですか?」
「……確かに許せません。だから、こいつには死ぬより辛い現実が待ってます」
危うい精神になりつつある女性をレノアが宥める。
「……っ!! どいて!」
……だが、女性は抑えきれない怒りに任せ、レノアを突き飛ばした。
「私達を馬鹿にしてるの!? 私の仲間達が死んで、そいつが生きてるなんて許さない!!」
「ひ……っ!!」
鬼気迫る勢いで、自分を殺そうと駆け寄る女性に、男の顔が恐怖に歪む。
その女性を俺は殆ど反射的に抱き寄せて引き留めた。
「気持ちは分かるけど……殺せば、それはこいつと同じことじゃないのか?」
「あ……でも、それは……だからといって、この男が生きていい理由になりません!」
俺の腕の中で、女性の目が泳いでいた。
よかった……。まだ声が聞こえてるみたいだ。
「あんたがやることじゃない……。それは他の誰かが代わりにすることですよ」
おっさん染みた言い回しだと思った。俺が言えたことでもない……。
それでも俺にはこの人が手を汚す意味は無いと思う。
「……それに、まぁこれは詳しいやつに聞いた話ですけど……こいつには放って置いても死よりも堪え難い苦痛が待ってます。その方が殺された人達の気も晴れますよ」
言って少し照れくさくなってはにかんだ。
「……そう……ですよね。私……敵討ちなんて考えて……」
「確かに今は辛いと思います。でも、生き残った人達が笑っていた方が仲間の人達も喜んでくれる筈ですよ。そんなに怒れるってことは、いい人達だったんでしょう?」
「……はい、とても。……仲間達も……そう、思ってるんでしょうか……?」
「だと思いますよ。仲間が殺されて、抑えきれないぐらい怒ってたあなたなら」
「……わかりました。信じます、あなたの言葉を」
さっきまで今にも飛びかかりそうな状態だった女性は、今は何故だか頬を朱に染めて俺なんかの話に聴き入っていた。
我ながら恥ずかしいセリフがスラスラ出てきて、
来世では俳優気取ってみようかな……?
なんて呑気に考えていた。
……この時までは。
「……落ち着きました?」
「えぇ。ありがとう……なんだか情けないですね。私の方が年上なのに」
無理に抑える必要もなくなり、掴んでいた腕を離した。
「いえ。じゃあ、さっさとあいつを縛っておかないと……」
気持ちを切り換えて、当初の目的であるあの男を拘束しなければならない。
仕方なく、男の方へ歩を進めた時、少し遠くで咆哮が響いた。
「グァオォォォォ……!!」
「……なんだ?」
「嫌な予感がする……。悠、早く拘束してしまえ」
「あぁ、わかってる」
嫌な予感がするのは俺も同じだ。
少し急ぎ、足早にレノアから手錠を受け取り、男の元に急いだ。
なんの偶然か、手錠を掛けようと手を伸ばしたその時だった。
目の前で血飛沫があがったのは。
思考するのに数瞬、理解するのにさらに数瞬。
人間、驚き過ぎると声が出なくなるのは本当のことらしい。
さっきまで男の立っていた場所に、岩を叩きつけたような爆音を散らし、目の前が真っ白になる程の砂埃を巻い上げ、血と同じ色をした深紅の龍が降り立った。
あれー?
気付いたら名乗る前に死んでる……
そんな積もり無かったのに