33.それが理ならば
まだだらだらと続いてます…
ごめんなさい(^_^;)
「…今日が、最後か…」
あれから同じような日が二度巡り、ついに翌日、咲妃の葬式を迎えることになった。
空は暗く、月は七割ほど欠けた三日月を形作っている。
自分の言った最後、という言葉は、あまりにも弱く震えていた。
惨めだった…
なにもできない自分が、咲妃を目の前にしてなにもできなかった自分が…
ずっと悔やんだまま、明日の昼頃、咲妃とは二度と会えなくなってしまう。
「…こんな時、お前はなんて言うんだろうな…?だってこんなに綺麗で、いつもなら今すぐにでも抱き付いてきそうなものなのに…」
あの日、ホテルに戻った俺は勝手に部屋に居た藍華から咲妃の話を聞いた。
聞けば、みんなにも最後に残した言葉があるんだそうだ。
-リリィ-
話は三日ほど前の朝…
三日前、それは咲妃が死を覚悟した日だ。
「…咲妃さん…諦めないでね?今、悠達がぜーんぶ解決しに行ったから…」
「私の話…ちょっと聞いてくれる?」
その時、あたしは咲妃さんの苦しむ姿を見て圧し潰されそうな心を更に抑えつけ、出来る限り明るく振る舞った。
でも、あたしのそんな気遣いはそれこそ全部お見通しのようで、意味のない話なんか相手にされてなかった。
今思うと、ありきたりな話だけど自分の死期…みたいなのはなんとなく感じてるようだった。
も普段とは違う咲妃さんの姿に、あたしもそれを感じ取って微かな声に聞き入った。
「リィちゃん…メイクの仕方とか教えるって言ったのに…破ってごめんね…」
「そんなの…ま、また今度でいいよ…っ。だ、だからそんなっ…諦めるようなこと言わないで!」
「…ごめん、ね」
駄々をこねるようなあたしの言葉に、困った姉のような表情で苦笑いする咲妃さん。
あたしにとっては、堅物な兄なんかよりよっぽど姉妹みたいだった…
「…あなたは…もうちょっと暴力を振る癖を直しなさいね?」
「そっ、そんなの…咲妃さんが言うことじゃないもん…」
「ふふ…そういえば、リィちゃんはそこが可愛いとこだったっけ…?」
「も、もっと他にもいっぱいありますぅ……あれ、あったっけ…」
「あはは、大丈夫よ。あなたは"顔だけ"、は可愛いから男なら選び放題……のはず…多分…だからちゃんとこの人!って決めなさい…それが姉としての最後の説教かな…?」
「か、顔だけ…っ!?多分って!…でも、最後のはわかりました…ちゃんと…ちゃんと選びます…う…っ」
自分の言った最後…の一言に、あたしの緩んだ涙腺が限界を迎えた。
泣かないって決めてたのに…
「…悲しまないでよ…私の方が先に逝く…ってだけで、後でリィちゃんが来たら嫌ってぐらいダメ出ししたげるから…」
「…ひぐ……はは、咲妃さんならホントにやりそう…」
「あ、また減らず口叩いて…」
それを聞いてまた笑って…そんなやり取りが悠達が戻ってくるまで続いた…
あたしの中ではまだ整理できないけど…
咲妃さんは、この続きは"また今度ね"って言ったから…だから、咲妃さんの為に泣くのはこれが最後。
だって…"今度"会った時に目一杯泣きたいから…
-レノア-
同じく三日前。
咲妃さんが倒れ、街中の病院を探し回っていた頃に聞いた言葉。
この時はそれが最後なんて思ってもいなかった。
「…ね、レノアさん」
動けない咲妃さんを抱え、あちこちを飛び回る最中、風を切る音に混じって声が聞こえてきた。
「なんでしょうか?」
「私は…最近あなたに気が移ってきてるような気がするの…」
突然のことで、驚きのあまりに着地の際に足を踏み外しそうになった。
「な、何故今そんなことを…?」
「…わからない。でも、言っておきたくて…」
この時点で、既に死を悟っていたのか…
そんなことは私にはわからない。
あまりに急だったが、不謹慎にも私はその言葉が嬉しかったことは確かだ。
「それなら、治ったらデートでもしましょうか」
「ええ、治ったら…ね?あ、でもこれ…浮気になっちゃうのかな…?」
「あぁ、あんなやつのことなんか関係ないですよ」
「う…まぁ、相手にされてないからねー…」
私が言うと、咲妃さんは少し拗ねたような顔をして、どちらともわからない方に目をやる。
私はその仕草が愛しくて、絶対に助けると意志をより強く結んだ。
「もしデート出来たら…その時はホテルじゃなくて民宿の方がいいかな…」
「民宿…でいいんですか?」
「うん…昔、家族で行ったんだけど…それが今でもいい思い出だったりするの。」
「…わかりました。」
「ふふ…そんな堅くならなくていいの、じゃあ…次は民宿でお願いね?」
咲妃さんがそう言ったのとあの隠れ家に着いたのとは殆ど同時だった。
その後は藍華嬢やリリィと喋っていたので、それが私への最後の言葉になった。
もうそれはうやむやになってしまったが、私には天使の"我が儘"に答える義務がある。
一度忠誠を誓った以上、私は諦めない。
-藍華-
私が話をしたのはあの隠れ家が見つかってからの少しだけ…
初めて会ってから話したのもほんの少し…だけど、彼女とは不思議と気があった。
性格が似てるのかな…?
なんて思ったりもしたけど、今はそんなことはどうでもよかった。
ただ気の合う友達、それでよかった。
「…咲妃、私も探しに行ってくるね?」
「待って、もうちょっと話そうよ」
声を掛けて出て行こうとした私を咲妃が制止した。
咲妃、と呼んでいるのは彼女がそうしろと言ったからだ。その後、彼女を呼び捨てにしてるのは私を含めて四人しかいないんだよ?と自慢されたりした。
何故かそれが可笑しくて、私が笑ったのをきっかけに仲良くなったのを覚えている。
「あなたのことはよく知らないけど、私は凄く気の合う友達だと思ってるの…なんでか気が合ったよね?」
「ふふ…それは私も思ってる。でも、それがどうしたの?」
咲妃は唐突に言った。
私も素直に同意する。
「友達だから、約束…してほしいの」
「…わかった。私に出来ることだったらね?」
「…悠を、間違った育ち方しないように見守ってあげて」
咲妃のそんな台詞を聞いた私は、少し…いえ、ちょっとだけ逡巡したあとやっぱり言った。
「…悠くんは、少なくともあなたよりまともだと思うけど?」
「で、でも…やっぱり不安なの!私が見てないとすぐに危ないことするんだから!」
「ぷ…っ、それじゃまるで親みたいね?でも、それが約束の内容だったら私には出来ない。」
「な、なんでよ…?」
「あなたが自分で言ったの、それは咲妃がやらなきゃ駄目なんでしょ?」
「…それは…」
「いっつも咲妃が言ってる言葉、そのまま返すわ。…大丈夫。私も全力を尽くすから」
「…うん。ありがとう」
そこで話は終わって私は部屋から出た。
その直後に、中からすすり泣くような弱々しい咲妃の声が聞こえてきた。
「…もし…わたしが、駄目だったら…その時は…」
私は、1人呟いた。
「…わかった。」
その時、私は友達と"約束"を交わした。
悲しいけど、咲妃の"これから"は私が代わりに繋がなければならない。
-悠ー
みんなそれぞれに思うことがあるんだろうけど、それだけに出した答えは違うと思う。
だから、答えは自分で見つけないといけない。
多分、受け入れられずにみっともなくもだらだらと引きずってるのは俺ぐらいのものだろうから…
「…なぁ、こんなこと聞いちゃいけないのはわかってる…けど、俺はどうすればいい?」
俺は部屋に居た藍華に問い掛ける。
それが答えのない、意地の悪い質問だとわかっていながら…
「…外でも、ちょっと歩いてみる?」
俺の質問には答えず、気分転換しろ…と言っているように聞こえる。
このままだと眠れそうになかった俺は散歩でもしてみることにした。
そういえばあんまり寝れてないな…なんて一言呟きながら…
「「・・・」」
一旦外に出てみた俺達だったが…
部屋の中にいた時と変わらず、その空気はとても重く、冷たくのしかかった。
「…昔、さ」
「え?」
呆然とした表情で記憶の渦を乱暴に手繰っていると、咲妃とした昔の話がどんどんと蘇ってくる。
「咲妃と約束したんだ…アイツは覚えてるかわかんないけど、俺達がちっちゃかった頃に。」
「それは…どんな約束だったの?」
「…ありきたりな話だったよ…大人になったら結婚してくれ、とか…そんなこと。」
「…そう」
「そんなことばっかり思い出してると…やっぱり咲妃は俺の中で大事な人だったんだ、って…今になってわかった。」
「……そうね…大事なものほど…気付けば、いつだって遅いわ…手にあったものは零れて初めてその大きさがわかるもの…。」
「そうみたいだな…。」
気付けば遅い…か。
全く、そのとおりだ。
「遅いよ…俺は…遅すぎた…。」
枯れたと思った涙は、人前なんか気にせずに流れてきた。
「…人は誰だって慣れないもの…別れは唐突に、だけど。それは誰にだって平等に訪れるの。」
最後に、これは咲妃の受け売りなんだけど。
と藍華は言った。
「そっか…咲妃が。」
「幸せそうだった、なんてお世辞にも言えないけど…あれだけ一途になれたのはあなたが咲妃にとってそれだけ大事だったんだよ…だからあなただけには、他の人とは違う特別な言葉を残した…ちがう?」
「…そんなこと…なんで俺に…っ!なにも出来なかった!…なにもしてやれなかったのに…っ!!」
「その答えはあなたが見つけないといけないわ。時間はいつだって立ち止まることを許してくれない…私達は咲妃の思いを抱えて進まなくちゃならないの。」
「…強いな…藍華は…」
道が見えている藍華に対し、本心からそう思った。
俺も進まなくちゃならないんだ…生まれた時から終わりが見えない道を歩かなくちゃならない…
こんなシナリオを作った神様に会ったら絶対にぶん殴ってやる。
「残酷だな…。」
「だけど、それが理なら…私達は抗えない。」
それが理ならば、か。
誰の言葉だっけ…?
…全部、気に入らない。
そんなもの、生涯掛けてでも変えてやる。
こんな思いは俺達だけでも十二分だ。
「…一人にしてもらっていいか?勝手なのはわかってるけど。」
「…うん。もう、大丈夫なの?」
藍華の言葉に少し考えて応えた。
「あぁ、なんとかなりそうだ。」
その後、藍華と別れた俺は夜の街をただ歩いた。
藍華と話していて一つ変わったことがある。
俺はもう立ち止まったりはしなくなった…
今更ながらこんな小説です