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コミュニティ


「隠すつもりはなかったんですけどね。ほら、最初に水木悠里として自己紹介した時から、ボクって言ってましたし」

『アンタ、名前も紛らわしいんだよ』


 今日の茶菓子は蘭子からの差し入れで、コーギー・コーナーのフィナンシェやどら焼きが並ぶ。水無月あやめは同じタイミングで、それぞれ好きなものに手を伸ばした。


「ムギさん、あのね、ボクは別に心の性別がどうとか、女の子になりたいとかってわけではないんですよ?」

「え、そうなんですか……?」

「ほらぁ。ややこしくなるから、敢えて言う必要もないと思ってたのに、cucuちゃんってば! ……あのね、これも例の女神効果なんです」


 水木悠里の現世の未練が、転生後の姿に「変換」されているという。


「姉夫婦の子……つまり姪なんですけど、その子がボクにとっても懐いてくれてましてね。我が子同然に思っていたんです。死を覚悟した時は、ああもう成長を見守れないんだ……と泣きましたね。あれが一番悲しかったかもしれない」


 そして女神は、落胆する悠里にこう告げた。



――わかりました。転生後は、少女の成長を一番身近で見守れるような肉体を授けましょう――



「で、気付いたら美少女転生してました」


 安定の曲解だった。


「ボクが見たいのは、見知らぬ女の子じゃなくて、姪っ子の成長なんですけどねぇ。まぁこれはこれで、実体験をもとに女性の描写にリアリティを持たせられて、いいかもしれませんけどね」


 ムギは、フィナンシェをちびちびかじりながら、リリベルの話に耳を傾けた。女神の理不尽に弄ばれながら、こうも前向きでいられるのが、清々しくさえあった。


『なんていうか、アンタらの言う女神の曲解ってさ……』


 どら焼きを食べ終えた蘭子が、指先を舐めながら口を開く。


『タイプミスとか、誤変換みたいな話の捻れを感じるんだよな』

「誤変換……?」


 ムギが小さく首を傾げると、蘭子は「ほら」と指を立てた。


『変換の女神、って言うくらいだからさ。アタシは真っ先にコレを思い浮かべたのよ』


 言いながら、蘭子は傍らに置いていたノートパソコンを持ち上げた。キーボードが映るように、敢えて折り畳まずに開かれている。

 ムギの胸がざわついた。背中を、蛇に這われるような寒気が走る。

 画面越しに現れたパソコンは、ムギが愛用していたものだ。嫌でも悪夢が蘇る。


『事前に予告してた通り、ご実家から借りてきたよ』

「ご面倒おかけします……あの……いえ」


 両親は元気にしていたか尋ねたかったが、ぐっとこらえて、ムギは先を促した。


「何か、わかりましたか?」

『……結論から言うと』


 蘭子は指先をキーボードの上に滑らせた。


『ムギさんのPC上のデータに、おかしなところは見当たらなかった。保存されてたファイルも、教えてもらったストーリー通りだし、改竄や破損の痕跡もなかったよ』


 蘭子によって開かれたエンシェンティアのテキストファイル――新たな出会いに期待で胸を膨らませる少女マリエルの姿が、生き生きと描かれている。

 五十万字を超える文字列の、一言一句を覚えているわけではないが、拙さの残る文章を見てムギはこれが自分の物語だと、疑いなく頷けた。


『アンタの物語そのものがバグったせいで、このトレスされた世界も変換されたって線は薄い。……少なくとも、手元に残ってたデータに限っては、ね』


 蘭子の妙に引っかかる言い方に、再びムギは寒気を覚えた。不安の匂いを感じ取ったマムートが、そっと寄り添う。


『盗作――って可能性も考えられるからね。エンシェンティア関連でネットを洗ってみた。そしたら――』


 蘭子は言葉を切り、モニターに別のページを映し出した。


『見つかったのは、これだけ』

「あれ? これってENaのコミュニティじゃない?」


 リリベルが、意外そうな声をあげる。

 ENaは創作活動を行うユーザーのための大型サイトだ。その中に設けられているコミュニティ機能は、掲示板のような形で作品宣伝や情報交換、同じ趣味を持つ仲間を集めるために活用されている。

 ムギは利用したことがなかったので、実際に目にするのは今日が初めてだ。


 蘭子が開いているのは、ユーザー自身が作成し、任意で会員を募れるグループ板のひとつだった。

 活動内容が一目で分かるような名前を、グループ名として掲げる場合がほとんどだ。


 そして今、開かれている画面に掲げられたグループ名は……


「Oatmealさんのエンシェンティアを探しています」だった――。



 ***



『確かムギさんは、ENa運営からのメールを受け取った、その日のうちにアカウントを消したんだったよね?』


 ムギは躊躇いがちに頷く。


『PCに残されたメールの日付からすると、このグループはOatmealの退会から、二日後に作られてる。最初に建てられたトピックは、「Oatmealさん! いませんか!?」がタイトルの掲示板だね。突然消えた理由を誰か知らないか、どこか別のサイトで見かけた人がいないか、捜索目的に開設されてる』

「わたしなんかのことを、探す人がいるなんて……信じられません」

『グループの立ち上げ者は、「ガジュ丸」ってユーザーだね。覚えはある?』


 目を閉じて、パソコンと向き合っている自分をムギは想像した。指先に蘇る感覚から、当時の記憶をたぐり寄せる。


「多分、退会する少し前くらいに……作品に感想をくれて、フォローもしてくださったかただったかと思います」

「ハマったばかりの作者さんがいなくなって、衝動的に捜索願いを出した感じかな?」

『かもね。ガジュ丸のグループ開設から数日して、ちらほらとメンバーが加入、掲示板はようやく動き出したみたい』


 蘭子は古い順から掲示板をスクロールして見せた。


『Oatmealのフォロワーと、作品のブックマーク数はいくつって言ったっけ?』

「四人と……、ブックマークは五十に行くか行かないかだったと思います」

『でも、ここには多いときで二十人以上のレスが確認できる』


 グループに加入したものたちは、忽然と消えたOatmealを心配し、物語の続きを切望してくれていた。

 リリベルが、柔らかく微笑んだ。


「愛されていたんですね、ムギさんの作品」


 ブックマーク登録数、一万超えが常の水無月あやめとは比べものにならないが、読者ひとりひとりの熱量に違いがあるだろうか。

 ムギの胸が、鈍く痛む。いっときの逃避で放り出したものの重みを、今さらながら思い知らされた。


 決して大きな集まりではないが、グループ内は確かに、エンシェンティアを愛する声で溢れていた。

 感想や、キャラクターについて語り合うためのトピックも追加されている。

 中でも一番盛り上がり、書き込み数が多かったトピックを蘭子は開く。


「エンシェンティアの今後を予想しよう」――と題されたトピックに、ムギは目を見開いた。

 そこに並んだユーザー同士のやり取りは、ファムプールの地下や悪夢で見聞きした「声」と同じだったのだ。


「それなら、この世界を書き換えたのは……この掲示板?」

『おっと、慌てないでね。アタシの調べたものには、まだ続きがある』


 蘭子の指は、一定の速度で画面をスクロールさせた。

 思い思いの結末予想や、マメタの改名を始めとしたテコ入れなどで、トピックは盛り上がりを見せている。しかし、だんだんと様子がおかしくなっていった。


 Oatmealの物語には、強烈で魅力的な悪役が欠けている――とひとりが発言したのをきっかけに、波乱尽くしの展開やバッドエンドに関する書き込みが増えていく。

 それはそれで盛り上がってはいたが、次第にメンバーがグループを去り始め、管理者であるガジュマルは嘆くような顔文字とともに、こう投稿していた。


『もう、これは私たちの読みたかった作品じゃないよね?』


 その一言を最後に、グループは活動停止。実質の解散となっていた。


「まさかcucuちゃんが、ここまでしか調べてない……なんてことはないよね?」


 リリベルの挑発的な笑顔に、蘭子は少し睨むような目を丸眼鏡の奥から返した。


『ここで、獣人と人間が対立する展開を書いていたユーザーをピックアップする』


 蘭子が手元でキーワードを設定し、該当の書き込みにマーカーが付くようにする。すぐに数人の発言が拾い上げられた。


『さらに、この中から、今のアンタらが置かれた状況と同じ展開に焦点を絞ると……』


 獣人と人間の関係の悪化、マメタ生存ルート、神殿側の策謀――それらの要素を満たした書き込みをしたユーザーがひとりマークされた。


「あっ……このひと……」

『さすがに、すぐ思い出せるね。ENa経由で送られたメッセージの受信履歴も、ほとんどコイツだったくらいだから、当然かな?』


 アイコンを見れば、すぐに名前も浮かぶ人物だった。だが、戸惑いに声が掠れて、ムギは上手にその名を呼べなかった。


 一番最初にOatmealをフォローしてくれた人物で、作品を更新すれば真っ先にリアクションをくれた。章が変われば、感想を添えたメッセージをくれたり、温かい言葉に励まされてムギは書き続ける力をもらっていた。

 なのに、グループに残された書き込みから聞こえてくる声は、ムギの知っている「そのひと」の声とは違っていた。


『面白いけど、もっと事件性が欲しい』

『マメタを退場させたくらいじゃ、全然泣けない。もっと山場を作れただろうに、あそこでマメタ切り捨てたのは、もったいなさすぎる』


 辛辣な言葉が、淡々と並ぶ。

 メールボックスに残る、優しいメッセージたちと同じ手で打たれたとは信じたくなかった。

 だが、アイコンも名前も、ムギの記憶とは寸分違わない。

 手書きの米俵のイラストアイコンに手を伸ばし、ムギはやっと、つかえていた名前を押し出した。


「こめっこさん……」




こめっこって誰?

と、思われる方が多いかと思いますので

振り返られる方は、ep34大いなる誤解の前置き部分をご確認ください

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