強力な協力者
「オルジュ! オルジュはいるか!」
ヴァルド家の王都屋敷の庭に、ローディスの声が木霊した。いつもながら、舞台役者ばりに響く声だ。
「は、はいっ、ここに!」
生垣が揺れ、脇の小道から水色の頭が飛び出てきた。くくった髪や侍従の制服に葉っぱをつけて、手には一角猪の革を貼り合わせたボールが握られている。
ローディスが睨むような目を向けると、立ちはだかるように黒柴の妖犬が間に割り込んだ。
庭でボール遊びをしていたムギとマムートだが、ローディスがやってきたのは、それを咎めるためではない。
「貴様……その姿で王城に出入りしていたというのは、事実か?」
ぎくりとした。
「城には、ヴァルド家ゆかりの者もいるのを知らぬのか」
神殿の奥で見習いの子に会っているという名目で、ジェゾの目を掻い潜るのも、とうとう限界だったらしい。
「聖女リリベルはヴァルド家の小姓をいたく気に入り、日の高いうちから逢瀬を重ねているとの醜聞が、宮廷でにわかに広がりつつあると、報告があがったぞ!」
「えっ、ええええ!」
「麦穂の乙女の存在を隠すためにオルジュの姿を与えたというのに、新たな火種を撒き散らすとは、なんたる愚か者か!」
「す、すみませんっ。軽率でした……」
ローディスが怒るのも当然だった。ムギは顔を上げられない。ローディスの磨かれた革靴の先がリズミカルに上下するのを、じっと見つめるしかできなかった。
「しかし、神殿側にも非はある。聖女であろうが神殿長であろうが、当家の人間に用があるならば、次からは正式な手順を踏むよう、苦言を呈しておいた」
「重ね重ね、申し訳ございません……」
「まったくだ!」
ぷいっとそっぽを向きながら、ローディスは屋敷のほうに手を振る。誰かに合図を送るような仕草だ。
「そして早速、聖女からお呼びがかかったぞ! これ以上、醜聞を流布されては敵わん! 身なりを調えたら屋敷の裏手へ回れ! 城まで馬車を出してやる!」
やってきた侍女たちに引っ立てられるようにして、ムギは屋敷の中へ連れ戻された。
オルジュとは全く印象が異なるように、これでもかというほど念入りな化粧を施される。たっぷり時間をかけて、めかしこむあいだ、ジェゾからもたっぷりとお叱りを受けた。
◇ ◇ ◇
「――それで今日はドレスなんですね」
頭から爪先まで、流れるように向けられたリリベルの視線に、ムギは縮こまった。
思い返せば、少女ムギとして対面するのはこれが初めてだ。必要以上に盛っているため、ムギはどうしても気後れしてしまう。
光沢を抑えたミスティブルーの生地と正反対に、頬はじわじわと赤みを増していった。
すぼめられた肩を抱くように、シフォンのショールがふわりと包み込む。所在なげで子供っぽい仕草では、せっかくのドレスも見栄えがしない。
蔦模様が刺繍された裾を揺らして、マムートがムギをつついた。しっとり濡れた鼻先の冷たさに、思わず背筋が伸びる。
リリベルは満足そうに、大きく頷いた。
「とても素敵です! 今日は華やかなガールズトークになりますね!」
するとリリベルの手元から、聞き慣れない声があがった。
『どこがガールズトーク? ひとり、ガールじゃないのが紛れてるんだけど』
リリベルのスキル「もしもしポータル」によって、現世とテレビ通話が繋がっている。
画面に映るのは、大きな丸眼鏡をかけた若い女性だ。彼女はアシンメトリーなボブヘアをさらりと片耳にかけ、流れるように頬杖をつく。
真っ白な髪にピンク、黄色、黄緑のメッシュを入れた大胆なカラーリングに、ムギの目は引きつけられた。
目が合うと、彼女は小首を傾げるようにして、ムギに向き直った。
『顔を合わせるのは初めてだね。こんにちは、ムギさん――いや……名無し、あるいはOatmeal。アタシは水無月あやめの片割れ、cucu、あるいは月島蘭子。好きに呼んでくれて構わないよ』
リリベル最大のチートは、cucuという切り札が現世に残されていることである。
この一週間、彼女がエンシェンティアの物語について、独自に調査を進めてくれていたことは、ムギもリリベルのスキルを介して知らされていた。
今日は、その報告のための「秘密のお茶会」だ。
「ご助力いただき、ありがとうございます。ら、蘭子さんと呼ばせていただきます。どうぞ、わたしのことはムギと……それから」
マムートをカメラに映るよう抱き上げる。
「この子がマムート……わたしのマメタです。ガールではありませんし、この場では会話に参加できませんが、同席してもいいですか?」
『もちろんだよ。アンタの大事なナイト様なんでしょ? よろしくね、マムート』
月島蘭子はマムートに好意的な笑みを向ける一方で、リリベルには冷めた視線を投げた。
『で? ムギさんの言葉からするに、アンタはまだ自分の正体を偽ってるわけだ?』
「cucuちゃんったら、なんの話? 水無月あやめのことも、ムギさんには話してあるよ?」
『アンタが、ガールじゃないって話をしてるんだよ』
蘭子の大きなため息が落ちる。
『ムギさんさぁ、水木悠里が三十五のオッサンって知らなかったでしょ?』
「えっ……?」
ムギは咄嗟に、リリベルを見た。
どう見ても可憐な少女がいるだけだ。
可憐さを演出するのは、なにも外見の愛らしさだけではない。体にくっつけるように垂らされた手や、首の傾げ方――そういった仕草も含めて、完成されている。
女性らしさと子供っぽさが共存している様が、どこか艶っぽく感じられる時さえある。そして何より、リリベル自身がそれをよく理解していた。
ムギと出会わなければ、この魅力を武器に、悪役聖女の才を華々しく開花させていたことだろう。
「……水無月あやめ、設定詰め込みすぎでは?」
驚きはしたものの、性別に関してはデリケートな問題なので言葉を控えるムギだが、それだけは我慢できずに突っ込んでしまった。




