表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/88

明日は明るい


 涙でびしょ濡れになってしまったムギの顔を、マムートはそのへんの布で大雑把に拭いた。手は器用に動いても、女子の扱いは不慣れだ。それが寧ろ気取らない彼らしい。


「腕の痣は明日、神殿に見せに行こうな」


 ムギの右腕を、マムートはじっと見つめる。

 うなずきながらも、ムギはカーディガンを引き寄せた。自分で見ていても、気持ちのいい見た目ではない。マムートも嫌だろうと、右から先に袖を通す。


「待て。もっとちゃんと見せてくれ」


 マムートはカーディガンを着かけたムギの腕を掴み、肩口を引き下ろした。

 思わず叫びそうになったムギだが、まじまじと赤紫色の痣に視線を這わせるマムートの真剣な顔を見たら、恥じらうのも的外れなようでぐっとこらえた。他意なく乙女を恥じらわせるマムートを、どう躾けたものかは、後で考えることにした。


「ねぇ、マメタ。そろそろ……。伝染るものではないと思うけど、わからないし……。それに、気持ち悪いでしょ……?」


 無意識に隠したがるムギの腕を、マムートは離さない。まったく気味悪がりもせず、痣を撫でるまでした。


「戦いでついた()が気持ち悪いもんか。立派な勲章だ」

「うう……っ。マメタが眩しすぎるよぉ……」


 実際、眩しかった。マムートに触れられた部分が、ほのかに光を宿したのだ。


 光は瞬く間に、痣をすべて包み込む。

 一度だけ強く輝くと、引き絞るように少しずつ収束し始めた。光の波紋が揺らいで消えていくのに合わせて、痣も色が薄くなっていく。

 そして、やがては跡形もなく痣を消し去ってしまった。


「マメタ、なにをしたの!?」


 マムート自身が驚き、戸惑っている。ワトゥマ同様、魔封じスキルが発現した可能性がある。ムギはすかさず鑑定眼を使ってみたが、新しい項目は追加されていなかった。


「じゃあ、いまの光は……? 呪いは、どうなったの?」


 マムートと顔を見合わせたその瞬間――。


「ムギ様、お待たせいたしましたですの! ご安心くださいませっ!」


 扉が勢いよく開き、衝立も倒さんばかりに真っ白な毛玉が飛び込んできた。ワトゥマだ。


「にに様を躾けていただくために、ローディス坊ちゃまをお呼びしましたの!」

「えっ、な、なんで……!?」

「もうすぐ参られますの……あら?」


 寝台の上にいる二人を見て、ワトゥマは目をみはった。内から喜びを開花させるように、ぱぁっと顔を輝かせる。


「仲直り……されましたの?」

「えっと……、うん。もとから仲良しだよ。心配かけてごめんね、わたあめちゃん」

「平気ですの! 後で、ちょっとだけ、にに様にはワトゥマからお説教ですけれど!」


 くるりと背を向けると、ワトゥマは再び駆け出した。


「ローディス坊ちゃまーっ! 大丈夫でしたのー! すっかり仲直りして、いちゃいちゃでしたのー! ガイアス様には内緒でお願いいたしますのー!」


 ワトゥマの嬉々とした声が、廊下に響き渡る。

 寝台の上で手を取り合った二人を、おませなワトゥマは大いに好意的な解釈で受け取った。

 その斜め上すぎる寛大さは、誤解という名の弾丸となり、ヴァルド家の王都屋敷を全速力で突き抜ける。


「ちょ、ちょっと待って……っ。誤解……誤解ですー!」


 慌てて追いかけてはみたものの、ローディスとワトゥマの姿は見当たらない。声を頼りにムギは屋敷中を走り回った。

 ワトゥマを部屋へ連れ帰る頃には、すっかり汗をかいてしまった。もう一度お湯を使わせてもらうことになったり、状況を理解していないマムートに噛み砕いて説明したりと――。なんとも恥ずかしくて、穴があったら入りたい気分を、ムギは布団に潜り込んで誤魔化した。


 胸はまだどきどきしている。妖犬たちに聞こえてしまいそうで、ムギは両手で胸を押さえた。

 掛け布団の下の、薄い闇のなかで白い寝巻きがほのかに光って見える。それに対して痣のあった右腕はもう、輝いては見えなかった。


 あれはなんだったのかと、改めて気になりムギは布団から腕を引き抜いて、鑑定眼を使ってみた。

 目を背けたくなるほど、はっきり記されていた「状態異常:呪い」の項目が消えている。代わりに、見覚えのない「ステータス履歴」なるものが追加されていた。


 ムギの鑑定眼は、気になる項目に意識を集中すると、詳細が表示される。今も、履歴にカーソルを合わせるイメージで視線を動かすと、これまでのステータス変化がずらりと表示された。

 大半が「動悸」「赤面」「発汗」の状態異常で埋められている。いかにムギが動揺ばかりしているのか知らしめられるようで、ますます恥ずかしくなってしまった。


 いたたまれない気持ちになりながら、「呪い」の文字に目を留める。

 ご丁寧に新着順で表示されていたので、案外すぐに見つかった。


『解呪条件を満たしたため、呪いが打ち消されました』new!


 マムートの力ではなく、知らぬ間に何かをしていたらしい。

 さらに、それよりも直近の出来事として、このような文言もあった。


『乙女の恥じらいの幸運効果により、鑑定眼が強化されました』new!


 履歴が追加されたのも、スキルがレベルアップしたためかと、ムギは自分を納得させる。

 スキルが強化された今なら、以前は見られなかった呪いの詳細もわかるかもしれない。そこで今度は、呪いの文字に意識を集中させた。


『呪い:痣が全身に広がると、本能的に人々を恐れさせ、愛する者にすら疎まれるようになる。誰にも見られず、触れられず――絶望の果てに、心臓()が潰れて死に至る』


 思った以上に恐ろしい呪いだった。

 途端に寒くなったムギは、枕元のワトゥマを布団に招き入れる。ムギの腕枕で、ワトゥマは大喜びして眠り直した。この温もりがなければ、とても続きを読む勇気は出せなかった。

 ごくりと唾を飲み下して、もう一度鑑定眼を開く。呪いの説明文は、さらにこう続いていた。


『だが、もしも――。どんな姿も受け入れ、心から労わる者が痣に触れたなら、呪いは解けるだろう』


 ムギははっとして、ワトゥマを起こさないように上体を起こした。

 マムートの温もりを、足のそばに感じられる。

 ムギの呪いを解いた温もりだ。


「……ありがとう」


 小さくだが心を込めて囁くと、ムギは静かに横になった。

 寄り添う兄妹の温もりに、身も心もふわりと包まれるようだ。ゆったりと眠気が訪れる。

 蛇の影にうなされることもなく、ムギは久しぶりに朝まで穏やかな眠りに身を任せた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ