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はじまりのモルノ村

 遠くに見える風車は、ムギの推測が正しければノルファリア王国リットン地方の辺境にあるモルノ村のものだ。


 理不尽な転生をさせた女神に対して不満を募らせているムギだが、初めに辿り着く予定の場所がモルノ村であることにだけは感謝した。

 そこが、エンシェンティアの()()を確認するうえで一つの指標となるからだ。


 村に着いたらすべきことを、頭に思い浮かべて足を動かす。ついでにムギは、素性をあらためられた時のために、この世界における自分の設定も用意することにした。


「えっと……わたしは落ちこぼれ魔法使いのムギ……。海の向こうから、魔法の師匠にくっついてこのノルファリアにやってきた。日は浅い。あまりに出来が悪すぎて、数日前師匠に見限られたばかり。天涯孤独の身で、放浪中……こんなところかな」


 空想に没頭しながら歩いても、風車が大きいため目的地を見失わずにいられた。

 前世の肉体であれば、もう既に根を上げていいだけの距離は歩いているが、モルノ村まではまだ距離がある。しかしチートステータスによる健脚のおかげで、まったく息が切れていなかった。


「本当に……ちょっと前までのわたしじゃないんだ」


 ムギはチート能力を備えたモブが、この世界で生きていくため、自分に戒めを設けた。

 それは……与えられた能力を他人のために使わないこと、だ。

 並外れた能力をもってすれば、人助けは容易いことかもしれない。だがその分、人目に付く。


(そうなったら、あれよこれよのうちにあんなことやこんなことになって、王様とかに呼び出されて、あんなこととかこんなことまで期待されて、キラキラ転生街道まっしぐらになっちゃうに違いないわ。そんなの無理だもの……)


 まして能力自体が努力で培ったものでなく、たまたま戯れに与えられたものだと思うと、それを使って他人に感謝されるのも気が引けるのだった。


 ***


 やがて風車が見上げるほどに迫るようになると、草原は柵をさかいに麦畑へと姿を変えた。

 まだ青々とした麦畑を見て、ムギは現在の季節を初春と見積もった。


 そうしてついにモルノ村へ辿り着いた。

 モルノ村は二十世帯ほどが集まった、のどかな集落だ。


「えっと……まずは」


 エンシェンティアにいることを前提とし――ムギが真っ先にしなければならないことは、ここが()()()()()であるか確認することだ。

 エンシェンティアの物語は、エピソードによって時代が異なり、広いものではエピソードとの間に五百年の開きがある。

 時代によって種族の置かれた立場も異なるため、その時代に合わせた生き方をしなければ悪目立ちしてしまう。ムギはそれを何よりも警戒していた。


 その目安とすべく、ムギはこの村のシンボルである風車に目を留めた。


 村の大きさに対して、やたらと大きな風車は地下水を汲み上げて各家庭に供給する他、畑へ散水する役割を担っている。

 エンシェンティア史初期は人々の営みあるところどこにでも見られたものだ。

 魔法文明が発展してからは水の管理が容易くなったため、風車のみに頼っているモルノ村の生活様式は次第に珍しくなっていく。中期以降になると、貴重な文化遺産として、ちょっとした観光スポットとなるのだ。

 

 つまり、観光客の有無から大まかな時の流れを探れるとムギは踏んだ。


 太陽が中天から少し傾き始めた昼下がり、大風車の足元には、村人の数を上回る人間が群がっていた。一様にゆったり回る羽根を見上げては、感嘆の息を吐いている。

 風車のそばには、送迎用の幌馬車の発着場が設けられており、村人が利用客の整理などを担っていた。

 それを目にしたムギは、この村が観光地となってそれなりに月日が経っていると確信した。


(中期以降は確実、後期に近い時代かな)


 ムギは風車を離れると、次は共同墓地へ歩き始めた。

 そこにはもう一つ、モルノ村でわかることがある。獣人と人間の関係だ。


 ***


 獣人とは、獣と人間の特性をあわせ持ち、身体能力に優れ、群れの統率に秀でるものが多い。エンシェンティアにおいて、彼らに比べて非力な人間は長らく差別的な扱いを受けてきた。

 エンシェンティア史中期に差し掛かると、人間の中に魔法を扱える者が現れ始め、力関係は少しずつ傾き始めた。やがて、人間の独立国家を築いたのが、このノルファリアである。

 隣り合う獣人の国ロアールとは常に緊張状態にあったが、そこへ一石を投じたのがこのモルノ村出身のマリエルという娘だった。


 マリエルはしがない平民の出ではあったが、類い稀な魔法の才に恵まれ、その腕を買われてノルファリアの宮廷に召し抱えられた。

 獣人と人間を等しく愛しく想う彼女は、国の内側から互いの架け橋となるよう努め、やがて時のロアール王レックスに、友人と認められるまでになる。

 互いを唯一無二の存在と思いながらも二人が恋仲になることはなく、彼らの友愛の絆はやがて、獣人と人間の手を繋ぎ合わせるきっかけとなった。

 他種族が友好関係を結び、穏やかで平和な日々が訪れるのが――エンシェンティアの後期の物語だ。


 ***


(身分差、溺愛――でも、くっつきそうでくっつかない関係……。好きな要素を入れてみたかったんだよね)


 我ながらご都合主義だったかもしれない――と、ムギは少し気恥ずかしい思いで、自作品を振り返った。


 そのうちに目的の場所についた。

 共同墓地は人目を憚るように民家の裏手に設けられていたが、日当たりは悪くなく、供えられたばかりの花が穏やかに揺れている。

 この墓地の真ん中にマリエルの功績を讃えて建てられたのが、仲睦まじい獣の王とマリエルの像だ。その像が大切にされていれば、獣人と人間の関係性を推し量れるというものだ。


 ムギの、争いを避け平和を求める心は物語にも息づいているため、そうそう心配することはないはず――そんな思いで、絆の像の在処へ目をやった。


 だがそこには、お目当ての像自体がなかった。

 いや……、あったらしい痕跡は台座の名残りから察することができるのだが、肝心の像は見当たらない。足元に散らばった無骨な石の欠片は、撤去された形跡に見えなくもない。


「壊した? なんのために? それとも、マリエルがまだ存在しない時代? いや、違う。風車と矛盾する……」


 世界が一人歩きする、と言った女神の言葉を思い出して、ムギは背筋がひやりとするのを感じた。


(ここは()()――? 本当に()()()()エンシェンティア?)


 物語の行間に存在する世界か。

 はたまたよく似た全く別の世界なのか――。

 足元が急に見えなくなるようだった。


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