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王都行きの切符


 ***



 一角猪を肉屋に預けてカーミング邸に帰ると、すぐにガイアスの言った通りになった。

 だが、彼の想定よりも早かったのか、屋敷の前でムギたちの帰りを今や遅しと仁王立ちになって待ち構えていたローディスには、驚きを露わにした。

 ジェゾをはじめとした侍従たちを後ろに控えさせ、ローディスは不敵な笑みを浮かべる。


「喜ぶがいい、麦穂の乙女! ワトゥマの王都セリフィオラ行きへ、貴様も同行させてやろう」


 言っている意味はさっぱりわからないが、やはり――と頷けてしまう言動だ。

 彼の心が動くところにはいつだって、獣たちの存在がある。


「先日の戦いで、妖魔の卵を消滅させたというワトゥマのスキルだが、どうやら魔封じの力であるようだ」


 得意げに語るローディスを、ムギは驚いたふりで受け流す。まさか鑑定眼ですでに目星がついていたとは、口が裂けても言えない。黙って聞き役に徹した。


「今は使えないのだったな、ワトゥマ?」

「はいですの。あのときは夢中でしたの」


 ワトゥマが適度に相槌を打ってくれるおかげで、彼は気分がよくなりどんどんと語ってくれる。


「窮地に追い込まれて顕現したのだろうが、魔封じは神職にあるものが得意とするスキルだ。訓練をすれば、自分の意志で使えるようになるだろう。そこでだ。王都セリフィオラの神殿で、スキル研鑽のため師事を受けてみてはどうだろうか」

「尻尾にピンと来ましたですの、ローディス坊ちゃま! お勉強して使えるようになったスキルで、ワトゥマがムギ様の杖を浄化せよと仰るのですね!?」


 ワトゥマは尻尾を大胆に振って踊り跳ねる。しかしローディスは頷かなかった。

 それどころか、ワトゥマのふわふわの両肩をしっかりと掴み、切々と言い聞かせた。


「ならん! ならんぞ! 浄化や解呪とは、一朝一夕で身につくものではないのだ。甘く見れば、身を滅ぼすことになる。主人の役に立ちたいと願う妖犬の本能を、僕もできることなら尊重してやりたい。だが、ワトゥマよ。主人を……そして、ゆくゆくは真の()()となるこの僕を……悲しませたくないと思ってくれるなら、くれぐれも魔封じでどうにかしようとは思わないでおくれ」

「坊ちゃま……」


 真剣なまなざしに射すくめられ、ワトゥマはぴんと背筋を伸ばした。ローディスの瞳に宿るのは、厳しさだけではない。心から妖獣を思う深い愛情が、確かに感じられた。


「わかりましたの。ワトゥマ、しっかりお勉強に専念しますの!」


 素直に頷くワトゥマの尻尾が、穏やかに揺れる。そこへ、不満げにずずいと割り込んできたのは、マムートだ。


「それで、ムギの杖はどうなるんだ」

「当然、神殿の預かりとなる」


 さらりと告げるローディスは、どこか得意げだ。


「王国いちの退魔の術で、穢れを祓ってもらえるのだ。喜びたまえ、麦穂の乙女」

「は、はひっ……! 恐悦至極に存じます……!」


 じっと考え込んでいたガイアスが、小さく鼻を鳴らした。


「おいおい、ファムプールを救った麦穂の乙女様に、ヴァルド家流のもてなしはそれだけか?」

「ぐぬぬ……! 察したまえ!」


 きょとんと首を傾げるムギに、ローディスは焦れたように吐き出す。


「王都はちょうど祭りの季節だ。宿を取るのも容易ではなかろう。よって貴様には、ヴァルド家の王都屋敷に部屋を用意した。ワトゥマが修練に励み、杖の浄化を待つあいだ、ゆるりと王都の空気を楽しむがいい」


 何気ない言葉だったが、そこには王都での滞在費も、神殿への寄進もすべてヴァルド家が賄う意志が含まれていた。

 領地を救った褒賞にしたって、ムギにとってはあまりにも大それた厚意だ。


「お、畏れ多くて反応に困ります!」


 断るのも失礼にあたるし、どうしたらいいのか迷った挙句、ムギは思ったままを口にした。


「そ、それに……わたしがお屋敷に出入りしていたら、またおかしな噂が広まってしまうのではありませんか」


 そんなことになったら、いずれ表面上はローディスと婚姻を結んで、ワトゥマと一緒にお輿入れ――なんてことになりかねない。

 煌びやかな宮廷恋愛ファンタジーは大好きなムギだが、自身が白い結婚をして公爵夫人となり、社交の場に出る未来にはまったく夢が持てない。


「珍しく意見が合うではないか、麦穂の乙女。僕もそれが迷惑で仕方ない!」


 一番好きなのはワトゥマだ、と告げるようにローディスは真っ白い毛並みを抱きしめる。


「だから……僕にも考えがあるのだよ」


 毛に埋もれながら、ローディスはちらりと不敵な笑みを覗かせた。彼の視線の先には、静かに控える侍従たちがいる。

 いつも通り、身分をわきまえた存在感だが……なぜか彼らの表情には、かすかに楽しげな気配が滲んでいた。まるで、すでにすべての準備が整い、あとは役者が揃うのを待つだけだとでも言うかのようだ。

 ジェゾが進み出て、ムギに恭しく一礼する。


「ご安心くださいませ、麦穂の乙女様。ヴァルド家の名にかけて、あなた様が王都で心安らかにお過ごしいただけますよう、我々で万全の策を講じております」

「え、えっと……? それは、どういう……」

「セリフィオラ行きの船は、五日後に出航します。それまでにひとつひとつ、お話しいたしましょう」


 ムギは、じっとこちらを見つめるジェゾの瞳に、どこか悪戯めいた企みの色を見た気がした。だが、それがなにを意味するのか、今のムギには想像もつかなかった。



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