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ムギの罰


 七日の後、ムギは言われた通りイローネを再訪した。

 放るように置いていかれた書状と睨めっこしても、不安が募るばかりでここまでの足取りは重かった。


「そんなもんは、坊ちゃんの嫌がらせ(私刑)で、拘束力なんてないんだ。無視していいんだぞ」


 ローディスと旧知の仲らしいガイアスに、そう勇気づけられはしたものの、無視をすればさらに悪いことが起きそうだと思うのがムギだ。

 ここで終止符を打たねばならないという予感に背中を押されて、どうにか足を動かしてきた。


 マムートとワトゥマには、変化してもらったうえで、獣人とわからないよう変装させた。

 わずかな間に道中の町々には「麦穂の乙女と妖獣公爵(仮)」の恋物語が広まっていて、噂される特徴から、妖犬を連れているものは老若男女問わず町中の視線を浴びる洗礼を受けねばならなかったのだ。


「おお、ワトゥマ! 僕の選んだ服に袖を通して、会いに来てくれたのだな! うむ、よく似合っている!」


 ムギが意図したところとは違うのだが、掴みはばっちりだったようだ。ローディスはヴァルド家の居城の前で、にこやかに()()()()を出迎えた。


 城門の前には客車を引いた三台の馬車と、積み荷の乗った犬ぞりが並んでいる。そりを引くのはナルスとヴィゴーだ。

 ローディスに付き添う侍従三名の他には、いつぞやの〈聴き手〉イスカの姿もあった。


 ムギは緊張で指先を震わせながら、スカートの裾をつまんでお辞儀した。すうはあと息を落ち着けてから顔を上げると、喉の奥で調えた声が濁らないうちに口を開いた。


「ほ、本日から謹んで罪をそそがせていただきます、ムギと申します。よ、よろしくお願いいたしますっ」

「はんっ。逃げずにやってきたことは、評価してやろう。では早速、出発するぞ」

「えっ!? あ、あの、具体的にわたしはなにをすれば……」

「詳しい話は馬車のなかでだ。さぁ、ワトゥマ。僕の隣に座るのだ」


 ムギにはぴしゃりと言い放つローディスだが、ワトゥマに向き直った途端、声の調子が数段高くなった。

 馬車の振り分けは、先頭車に侍従が三人。後続の一台目にローディス、ワトゥマ、イスカ、ムギの四名。二台目にガイアスとマムートだった。


「酷い偏りと悪意を感じるなぁ、ローディスくん」

「しごく当然の振り分けだ。そもそも君は来なくてもいいというのに……座席があるだけ、ありがたく思いたまえ!」

「へいへい、ありがたく」

「それで感謝しているつもりか! もっと品よく振る舞いたまえ!」


 喧嘩するほどの仲とでも言うのか、緊張感の欠けた二人の様子を、侍従たちは黙して見守る。

 ムギの目にはローディスが、獅子や虎に噛みつこうとしている子猫のようにも見えた。

 緩みそうな口許を引き締めるムギの肩が、ふいにとんとんと叩かれた。振り返ると、マムートが馬車を指差して首を傾げている。


「なぁ、俺とムギは一緒じゃないとだめじゃないか?」

「どうして?」


 マムートは青い香りが立ち上ってきそうな、若々しい首元を撫でた。


「あっ、そうか! 枷、かぁ……」


 馬身と客車に車間距離まで加えたら、枷は容易に伸び切ってしまうのではないかと、マムートは言いたかったらしい。

 いまだに半径五メートルほどしか離れられないマムートとの信頼関係を、自らの口で再確認して、ムギはしょんぼりと肩を落とした。


 本職の妖獣使いであるローディスに勇気を出して打ち明けると、鼻で笑われてしまった。だが、道程の安全を確保するためだ。今のムギに後悔はない。


「しかし、変化を解いたとしても、さすがにそっちの客車が狭いんじゃないか?」


 ガイアスがムギにおいでおいでと手招きする。ところが、任務の説明があるため、ローディスとムギが離れるわけにはいかないようだ――お互いに不本意ながら、だが。


「それならワトゥマが、にに様に席を譲りますの。ガイアス様、ご一緒してもよろしいですかぁ?」

「ああ、もちろんいいぜ」

「なぁあ!? ならん、ならんぞ! ワトゥマは僕の隣でおやつを食べると決まっているのだ!」


 それだけを楽しみに今日を待っていた、とでも言わんばかりの焦りようだ。


「ワトゥマ! ワトゥマも本当は僕と離れたくないだろう!?」

「んー……。はい、ですの! ローディス坊ちゃまとも、ムギ様とも。本当はみーんな一緒がいいですの! でも難しいんですから、ここは()()するですの」

「おお、ワトゥマ……なんと無体な」

「馬車をご覧になって、ローディス坊ちゃま」


 くずおれた肩に、そっと手を添えてワトゥマがおっとりと語りかける。


「ワトゥマ、後ろから坊ちゃまたちを追いかけていきますの。馬車同士は、森とお城ほど離れておりませんもの。お馬様が停まったら、すぐにまた会えますの」

「あぁっ、ワトゥマ……! そなたはどこまで、僕の胸をかき乱すのだ! ファムプールに着いたら、めいっぱい愛を捧げさせておくれ!」


 可憐な少女に跪くローディスの姿に、侍従たちは認識を改めることとなったが、ひとつ肝心なことに気づいていない。ワトゥマからローディスへの特別な感情は、まだ生まれていないということだ。

 ローディスの一人劇場が終わると、馬車は西へ向けてようやく動き出した。



 ***



「知っての通り、港街ファムプールは昨年末、大型船の座礁により、港湾機能を著しく損ない、市民生活にも大きな被害を受けた」


 馬車が安定した速度で街道を走り始めると、ローディスはいよいよ本題を切り出した。

 ワトゥマのときとは打って変わって、落ち着いた口調だ。


「埠頭の損壊と、船の油による海水の汚染が深刻だ。ファムプールの海で採れる塩や珊瑚は、諸外国の王宮に献上されることもある特級品であるがゆえ、王も格別の御心を割いてくださっている」

「座礁の原因はセイレーンだとうかがいました。討伐の決定が早かったのは、そういった事情からなのですね」


 膝の上で組まれたローディスの拳が、ぐっと強く握り込まれる。


「僕に父と同じ権限があったなら、セイレーンたちを救える道があっただろうか。いまだに時計の針を遡らせて考えるが……情けないことに答えは出ない」


 彼になら、セイレーンの姉妹が生きていることを伝えても、許されるようにムギには思えた。だが逆にポーラたちがそれを望むとは思えず、そっと胸に秘めた。

 ローディスもしばし黙祷を捧げたあと、咳払いをして仕切り直した。


「復興を最優先に、徴税を減免するなどの措置を取った甲斐あって、先月からは国内の連絡船に限ってではあるが航行が再開された」

「それは、おめでとうございます」

「ファムプールの使節からも、再建は順調との報告を受けている。しかし……この〈聴き手〉がどうもおかしなことを言うのだ」


 隣に座ったイスカが静かに一礼し、ローディスから言葉を継いで、静かに右手を挙げた。

 揃えた指先は耳の高さに掲げられ、精霊のありのままの声を伝えることを誓っている。大地に敬意を示す〈聴き手〉の作法だ。


「まず、わたしの所見を述べさせていただきます。ファムプールの復興は、予定より早く進んでいる印象にあります。また、困難の渦中にありながらも、港街特有の気質か、住民には笑顔が見られ、わずかに残った獣人族とも一丸となって、作業に当たっている様子が見られました」


 しかし――、とイスカは細めに整えられた眉を寄せた。


「かの地に宿る精霊たちが怯えているのです。恐怖に震えた彼らの言葉は、はっきりとは聴こえませんが、なにかひどく焦っているようでもあります。ファムプールは、いびつなのです」

「いびつ……?」

「ファムプールがかつてのように栄え、住民が朗らかでありながら――なぜ、精霊から喜びが感じられないのでしょう」


〈聴き手〉たちの耳は、目よりも確かな真実を拾い上げる。

 言葉以上に、彼女の感じた違和感に重みを覚え、ムギは胃の奥がぐっとせり上がるような感じがした。

 馬車に酔ったと思ったマムートが、背中をさする。その手がとても温かく、心強くて、ムギの口からは自然と感謝の言葉がこぼれた。


「それで……なぜ、わたしの処罰として、お二人とご一緒することになったのでしょう?」


 イスカは自分が答えていいか確かめるように、ローディスの様子をうかがった。顎をしゃくる仕草に促されて、ムギに向き直る。


「あなたと会った日の晩から、ファムプールの精霊たちの言葉の一部を聴き取れるようになりました」

「わ、わたしに会ったあと……?」


 不法占拠を咎められた日のことをムギは思い返す。あれから、あと数日でひと月になるが、このような形でイスカと再会するとも思っていなかっただけに、ムギにはまったく心当たりがない。

 それはイスカも同じようだ。納得できない顔でうなずくと、耳をそばだてて精霊の言葉を代弁した。


『……マメタとわたあめが来ないと始まらない。このままだと始まる前に終わってしまう。急いで。林檎の実が落ちるよ――』





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